「経済合理性の
リ・デザイン」で、
社会課題解決が企業に
利益をもたらす仕組みへ

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社会課題の解決が、企業にとって「儲かる」仕組みへ

企業の経営や成長において、ESGの視点が重要視されSDGsの取り組みが不可欠なものとなっている今、社会課題の解決への積極的な関与が企業に求められるようになってきている。しかし、利益を追求する企業が正面から社会課題解決に取り組もうとすると、「経済合理性」との矛盾が起きてしまう。ならば、社会課題の解決に貢献することが、企業にとって「儲かる」または「コストダウン」になるような世界に変えてしまおうという、いわば逆転の発想で課題解決の仕組みづくりにチャレンジしているのが、『児童労働白書2020 ―ビジネスと児童労働―』をまとめたデロイト トーマツ コーポレートソリューション マネジャーの小野美和と、デロイト トーマツ コンサルティングの執行役員/パートナーを経て、現在は同社の社外エグゼクティブコンサルタントを務める羽生田慶介だ。

2人は、このように企業の思考回路に沿った新たな仕組みを通じて社会課題の本質的解決を目指すアプローチを、「経済合理性のリ・デザイン」と呼び、その主要テーマの一つとして児童労働の撤廃を推進している。「『児童労働白書2020』で明らかにしているように、児童労働を含む多様な人権リスクに対する企業対応への社会的要請が高まっている世界経済において、日本の政府や企業は大きく後れを取っています。消費者の意識の高まりから、人権対応は企業の売上にも直接的な影響をもたらすため、対応を加速させることが求められています」と、児童労働の撤廃に取り組む背景を小野は語る。

小野 美和 / デロイト トーマツ コーポレートソリューション合同会社 マネジャー

10人に1人の子どもが児童労働に従事している状況をどうチェンジさせるか

デロイト トーマツが取り組む児童労働問題は、国際労働機関(ILO)の調査によると、世界の10人に1人の子ども(約1億5,200万人)が直面しているといわれている。『児童労働白書2020』の「第4節 ビジネスと児童労働に関する課題と展望」でも言及しているが、 今は新型コロナウイルス感染拡大で学校などが閉鎖、行き場のない子どもたちが家計を支える労働を担うことになり、その数が数百万人増加すると各研究機関が警鐘を鳴らしている。この日本の人口よりも多い児童労働を撤廃するべく、グローバルで活動しているのが認定NPO法人ACEだ。日本では産官学連携があってもNPO/NGO連携が少なく、コレクティブインパクトが根付いていないという課題があり、デロイト トーマツ自身が主体となってNPO/NGO連携をしていく必要があるとしてSocial Impact活動をスタートした。その活動を通じてACEとつながり、ガーナの国家計画の一つとしてChild Labour Free Zones(以下、CLFZ) のガイドライン文書を、ガーナ政府、ILO、現地NGOと協働して作成、2020年3月に制度創設を行った。経済には需要と供給があり、ACEが供給サイド(現地)の立場に立って課題を見つけ、デロイト トーマツが需要サイド(企業)に立ってその課題を解決するルールメイクをすることで、今まで両極であったものをつなぎ社会課題の解決にチャレンジしている。

写真提供:ACE
ACE、ガーナの雇用労働省(MELR)、国際労働機関(ILO)、農業労働者組合(GAWU)、ACEの現地パートナーNGO(CRADA)と現地にて協議(2019年11月)

日本が輸入するカカオの77%はガーナ産だといわれるが、このガーナのカカオ産業における児童労働者は約77万人いるという調査報告(2020年)もあがっている*1。サプライチェーンの効率化によって、表面化しにくい児童労働の問題を解決していく上でも、ガイドラインの策定は重要となる。CLFZは児童労働を日常的に監視・予防し、問題が起きた際にコミュニティの住民と自治体が協力して解決できるシステムが機能している地域であることを示す指針だ。ACEは、ガーナにおいて2008年から活動を開始し、2州10村においてカカオ生産や生活の向上を通して、子どもの教育や権利を守る活動を行ってきた。デロイトとACEが出会うことにより、その活動を加速化させるべく、ガーナ政府によるガイドライン策定を後押ししてきたのである。「ガーナ政府は児童労働を撤廃したい。しかしガーナでは古くから児童労働が当たり前のように存在し、それが村の人々のマインドに根付いてしまっています。人々の行動とマインドを変えていくためには、制度を普及させ、CLFZを拡大していく必要があるのです」と小野は話す。

経済合理性のリ・デザインが目指す未来

デロイト トーマツではこうしたCLFZのような認証制度に基づき、児童労働によらない産品(Child Labour Free Product)の関税を撤廃する国際通商ルール作りも提案している。児童労働を用いない方がビジネスを優位に導く仕組みを構築=経済合理性をリ・デザイン することで、児童労働撤廃への動きを大きく加速させようというのだ。

羽生田 慶介 / デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 社外エグゼクティブコンサルタント

「コストダウンにつながるから児童労働を選んでしまう企業がある。それならば児童労働でコストが上がるような国際ルールを作り出せばいい。企業は、その経済合理性から児童労働によって生まれた産品を選ばなくなるはずです」と羽生田は話す。「企業の罰則規定を強化するだけでは問題解決のための英知が集まりません。ビジネスの根幹たる経済合理性の担保を前提としつつ、収益の追求と社会課題解決を両立させるイノベーティブな社会作りをするのが、私たちコンサルタントの真の仕事ではないでしょうか」。

小野も「村の人たちの中にも児童労働をなくすべきという強い思いを持つ方がいますが、全ての村にそういう方がいるとは限りません。児童労働をなくすことで一時的に働き手は減ったとしても、子どもに教育を受けさせることで結果的に豊かな生活を送ることができた、という声もあり、そのようなケースを増やしていく必要があります。そうした意味で村の人たちのインセンティブも含めた制度設計が求められており、かつ国際ルール化していくといったエコシステムの革新が社会課題解決を進める手立てと考えます」と話す。政府の大きな目線、NPOの現場の目線、それを変革のカタリスト(触媒)としてつなぎ、部分最適ではなく全体最適まで見据えたスケーラビリティのある像を描き出せるのが、デロイトトーマツ グループの強みと言える。

「経済合理性と社会課題解決をつなぐルール形成に向けて、政府、国際機関、非営利組織などと連携した取り組みを行い、これに基づき新たな経済合理性のあり方、つまり経済合理性のリ・デザインを提案するのが、我々デロイト トーマツの役目です」と小野は語る。

小野はガーナに4度足を運び、現状をその目で見てきた。「政府はもちろん、家族も児童労働をさせたいとは思っていません。しかし、生活をするためには仕事をしなければいけない。でも、子どもも働かないと生活ができないというのは、仕組みとして間違っています。この間違いを正し、さらに生活を豊かにする仕組み作りを生み出すことが私たちデロイト トーマツの仕事の一つです」と話す。小野は今回の白書によって、日本企業に自社のサプライチェーン上で起きている出来事について認識してもらいたいとも補足する。「そして、実際に企業はこの社会課題に取り組むことで投資家の評価を得ることもでき、自社の企業価値を上げることにもつながります」。

こうした背景下で、2020年10月、外務省では「ビジネスと人権に関する国別行動計画」を発表した。今後はこの行動計画に沿って、企業の人権デューディリジェンスなどの取り組みが加速することが予想される。「ここ数年で日本企業の対応も大きく変わってきています」と小野が話すように、日本企業は人権問題について大きくマインドを変えなくてはならない時に来ている。

経済産業省で通商交渉に携わった後に民間に転じ、デロイト トーマツでSocial Impact活動を推進してきた羽生田は次のように語る。「30年前、『環境“ビジネス”』という言葉は、高邁な「環境保全」を金儲けの対象とする考え方に違和感を持たれつつも浸透し始めました。それが今は、100兆円産業にまでなっています。児童労働を含む人権問題についても経済合理性のリ・デザインを通じて『人権ビジネス』が創出されることで、課題解決が加速すると考えています」。

小野も「デロイト トーマツがSocial Impactの活動を続けることで、社会課題を非連続に 解決する求心力が生まれていく。共感するあらゆるセクターからの英知で創られる新しい世界観に期待したい」と近い未来を見据える。

デロイト トーマツは現在、先日公開した協定文ドラフトの実現に向けて、日本の外務省やカナダ政府に働きかけを行っている。最終的には、自由貿易だけではない進化を求めているWTOでのルール化を目指している。「この動きをきっかけに、カカオの児童労働だけにとどまらず、グローバルなサプライチェーンを持つ日本企業を巻き込んで、より広い議論、ルールメイクをしていきたい。WTOでのルール化に3年はかけてはいけないと思っています」と二人は口をそろえる。

経済合理性だけでは推し量れない不確かな現在の経済社会において、デロイト トーマツは経済合理性をリ・デザインしながら、日本企業が変わるべき姿へ向かうことを今後もサポートしていく。

<関連サイトのご紹介>
児童労働白書2020 ―ビジネスと児童労働―
「経済合理性のリ・デザイン」による社会課題解決の提案〜児童労働撤廃〜特設サイト

※1 Assessing Progress in Reducing Child Labor in Cocoa Production in Cocoa Growing Areas of Côte d’Ivoire and Ghana(NORC)

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