スポーツビジネスの
本質的な価値を数値化するSROI
FC今治×デロイト トーマツの取り組み

スポーツビジネスの課題は「可視化」の難しさ

デロイト トーマツ グループは明治安田生命JJ3リーグ(J3)に所属する岡田武史氏が代表を務めるFC今治のソーシャルインパクトパートナーとなっている。この2社がSROI(Social Return on Investment:社会的投資収益率)評価で活動成果を可視化する取り組みを行った。可視化に取り組んだFC今治の運営をする株式会社今治.夢スポーツの氏家翔太執行役員とデロイト トーマツの里崎慎が語る。

——お二人は現在スポーツビジネスに携わっておりますが、そのきっかけはどのようなものでしたか?

氏家翔太氏(以下、氏家):私は3年前、教育業界からスポーツ業界に入りました。それまでは当たり前ですが、スポーツをビジネスとして見ていませんでしたね。FC今治に参画して感じるのは、ビジネスとして売上を追求すると同時に、社会的な価値も生み出す必要があることです。ご存じの通り、Jリーグのチーム名には企業名ではなく地域名が入っており、58チームはそれぞれの地域を盛り上げていく役割も担います。これは一般的な民間企業ともNPOとも違う部分かもしれません。



氏家 翔太 株式会社今治.夢スポーツ
執行役員

都内の外国語教育関連企業でCEOを経て、パートナーシップグループ長として2019年5月に今治.夢スポーツ入社。同年11月より執行役員に就任。スポンサーシップからパートナーシップへの転換を掲げ、デロイト トーマツ グループと行ったしまなみアースランドの環境教育プログラムをベースとした環境教育冊子「わたし、地球」の共同制作を主導するなど、サッカークラブの運営会社にとどまらない今治.夢スポーツならではのパートナーアクティベーションの在り方を確立することに注力している。

里崎慎(以下、里崎):私は高校1年生の時にJリーグが開幕した世代で、ファンとしてサッカーを楽しんできました。就職先は監査法人だったのでいよいよスポーツビジネスとは縁遠くなると感じていた矢先、デロイト トーマツ ファイナンシャル アドバイザリー(DTFA)の仕事で偶然、スポーツビジネスに関与する機会があったのがきっかけでした。やってみての感想ですが、スポーツコンテンツの特徴の一つは、人が大人になっても喜怒哀楽を体感できる数少ないコンテンツであるということだと感じています。



里崎 慎 デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
スポーツビジネスグループ シニアヴァイスプレジデント

監査法人にて会計監査業務に従事した後、グループ会社であるデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリーに移籍。M&A支援業務に従事する傍ら、グループ内でのスポーツビジネスグループの立ち上げを提案し、その中心メンバーとして活動する。日本野球機構(NPB)の業務改革支援や、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の組織再編支援業務にプロジェクトマネージャーとして関わる。Deloitteから発表されている「J-League Management Cup」の執筆責任者も担当している。

——喜怒哀楽、すなわち感動を生み出すスポーツの裏側はどういったものでしょうか?

里崎:質の高い感動を継続的に作り出すためには、ビジネスとしての仕組みがないと難しいと感じています。打ち上げ花火のような単発的なものではなく、サステナブルな設計が求められるからです。ところがこれまで日本では「スポーツ」と「ビジネス」は「別もの」として扱われてきました。最たる例として、スポーツと体育の混同があります。スポーツが文科省管轄で教育の一環として位置付けられ、そこをビジネスとして捉える発想があまりなかったのが実態です。

氏家:お金がない中で志の高い人が頑張っています、というイメージは持たれがちですね。

里崎:志だけに支えられる仕組みでは、綱渡りに近く、サステナブルではありません。その人の心が折れたらおしまいです。社会的意味のある活動を継続的に実行できる仕組み(ビジネス)を作ることが大事であり、そこが得意領域であるデロイト トーマツで何かできないかと考えていました。

氏家:FC今治では協力していただける企業・団体を「スポンサー」ではなく「パートナー」と呼んでいます。これは単にスポンサーとしてお金を出していただくのではなく、お互いの理念を実現するために協業していきたいという思いからです。自分たちがサッカークラブとして活動をしていくためにスポンサーとしてお金をいただくだけというのは、サステナブルではないと捉えています。

FC今治は、「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」という理念を持ち、他のチームよりユニークであるという自負はあるものの理念の実現と安定経営のための売り上げ確保を同時に両立するためのリソース分配が難しいというのが課題でした。これまで私たちが単独で行ってきた活動や、パートナーと共に行ってきた協業は「やってよかった」という感触はあるものの、成果を可視化・数値化できないと比重をどうすればいいか分からない。そんな時、里崎さんからSROI (Social Return on Investment:社会的投資収益率)というものがあると教えてもらったのです。

SROIで見えづらかったものを「視える化」する

里崎:先ほど、スポーツコンテンツの特徴としての喜怒哀楽の体験という話をしました。この体験は直接的なキャッシュ・フローは伴いませんが、非常に大きな価値を社会に生み出していることは、皆さんが実感されていることと思います。我々は、現在スポーツビジネスとして見ているスポーツの価値はキャッシュ・フローを伴う「可視化できる」部分に限定されており、スポーツコンテンツが生み出している価値のごく一部にとどまっていると考えています。いわば氷山の一角です。海上に出ている氷山をイメージしてみてください。見えているところは「可視化できる」部分。しかし、その下には見えている部分をはるかに凌ぐ「可視化できていない」土台が大きく存在しているのです。



——氷山は浮力から見えている部分の体積がおよそ1割で、残りの 9割が海の下と言われていますね。

里崎:おっしゃる通り、実は見えていない海中の氷こそスポーツビジネスの本質的な価値だと考えています。先ほどの氷山で例えるなら、スポーツコンテンツの生み出している価値のうち、現在はまだ海上に見えている1割程度しかお金に換算することができていないということです。スポーツビジネスが生み出す社会的価値は非常に大きいのに、そのうちわずかしか金銭価値に換算できないのが現状。にもかかわらず、多くの場合、金額換算できる部分だけが評価指標となっています。これでは「不完全な情報に基づく判断」と言わざるを得ません。そこで着目したのがSROIです。SROIはより広い価値の概念に基づき、評価や検証を行うためのフレームワークです。参考までにSROIの計算方式は以下のようなものです。

社会的投資利益率(%) = 一定期間の社会的成果 ÷ 投下された資源額

投下された資源をインプットとし、活動をアクティビティ、結果をアウトプット、成果をアウトカムとしてロジックモデルを構築します。事業の実施、活動によって生み出されるアウトカムをいかに把握していくかが評価の鍵となります。



——シンプルですが、成果の可視化は難しそうです。

里崎:金銭価値と異なり、どのような取り組みをもってどのような効果を目指し、どのような成果を得たのか、ということを全て棚卸しする必要があります。そのため私たちと氏家さんたちFC今治チームでワークショップを行いました。

氏家:ワークショップでは、これまで私たちが取り組んできたことを洗い出し、それは何のために行い、どのような成果があったのかを話していきました。参加したスタッフが全員ワークショップを楽しんでいる様子だったのが印象的です。

里崎:定量化のためには、実施事業を整理して、アウトカム(成果)の中からその成果量(KPI)を拾い上げ、それと金銭代理指標を掛け合わせていくプロセスが必要になります。ワークショップでは自分たちのアクティビティ(活動)が、最終的にどんなアウトカム(成果)につながっているのかということを考えていきました。



氏家:実際にやってみると可視化しやすいものと、しづらいものが見えてきました。しづらいものは、どうすれば可視化しやすくなるかという議論ができる。結果はもちろんですが、ワークショップで得た私を含めスタッフ全員のマインドチェンジが大きかったと感じます。これまで手探りで歩いていた場所で地図を与えられたような気持ちでした。



INTERVIEW

2022/04/15

「僕らの終着点は、Jリーグで優勝するチームをつくることではない」。今治.夢スポーツ会長・岡田武史が思い描く、理想のスポーツの姿とは

#スポーツビジネス

SROIで本当に得たものは数値化ではなく内省できる指標が誕生した点

——先ほどの結果よりも、マインドが変わったことが大きいとは?

氏家:当たり前ですが、SROIを使ったところでデータがなければ算出はできません。イベントの参加人数はいつも集計していますが、例えばそのイベントに参加する前と後の行動や心理変容には十分に焦点を当てられていなかった。「終わってどうだったか」という問いだけでなく「始まる前の気持ち」に関するデータをとる必要性があることに気づくことができました。そして何よりも自分たちが何をやっているのか自己認識できて整理ができたことが大きな収穫です。ワークショップをみんなで行うことで、自分の担当外の活動を認識することができましたし、最終的に我々が何を目指しているのかの方向性を確認することができました。SROIは活動成果の可視化だけでなく、自分たちの位置と目指す位置の可視化でもありました。

里崎:もちろん、これらを個々のサッカーチームが継続的に行っていくことはそれなりの負荷になるでしょう。そこで私たちはデータの取得や分析、そしてSROIの算出のサポートができればと思っています。可視化できる領域を増やしていけば、日々の活動を改善してさらにバリューアップしていくことができる。私たちも、FC今治と行ったことが財産になるし、ケースを蓄積して面で展開していくことで、世の中のスタンダードにしていきたいと考えています。



氏家:少し話はそれますが、日本は良いことをするのは我慢や痛みを伴うイメージを持ちがちです。例えば寄付もお財布を傷めるから価値があるといったようにです。中学・高校時代にイギリスにいたのですが、あちらのチャリティイベントというのは単純に楽しくて、社会的な価値を生み出すことが自然と捉えられていました。どちらが良い悪いということではないですが、企業も社会的な貢献が求められているから「お金を出さなければいけない」という考えから、一緒に私たちと面白いことや良いことをする関係になっていけたらと願っています。SROIの分析でどれくらい価値を生み出し貢献しているかが可視化されることで、社会的な価値を生み出すための経済活動にポジティブに参加していくことができる。そんな世界を作っていく一歩を踏み出していけたらと思います。

里崎:コロナ禍により人々の価値観が変わり、企業の役割も利益追求だけではなく社会的価値活動を行う必要性が明らかに強くなってきたように思います。そこにマッチするのがSROIです。現時点ではまだ実証例が少ないのが課題ですが、グループ全体での横ぐしのサービス提供を行っている我々だからこそ、ビジネスノウハウと経験を基に、客観性が高い指標を提示することができると考えています。SROIの促進はデロイト トーマツができるスポーツビジネス界への貢献の一つのアクティビティ(活動)であり、同時に、それが他の産業の活性化にも繋がることで、デロイト トーマツ自身のアウトカム(成果)にも大きく貢献するものと思っています。

——企業は経済価値だけでなく、社会価値も求められる時代。しかし、社会価値についての算出は金銭的な部分だけでは可視化しづらい。SROIで一定の数値化ができれば、事業と同じような考え方で推進できるようになるかもしれません。

「新しい指標」に振り回されず「使いこなす」経営者マインドの重要性

——SROIによる結果はどうでしたか?

里崎:今回はトライアルとしての側面が強かったため、全てのアウトカム(成果)の可視化ができたわけではなく、まずは足元で拾えるデータに限定して算出したSROIとなっていることにご留意いただきたいのですが、それでも下図のように算出した部分でのSROIはすべて1倍を超える結果となり、特にホームタウン事業は投資対効果が高い傾向が見えました。



——SROIは単なる数値ではなく、社会的変化や社会的価値の質的・量的、さらに財務上の情報を含む分析も求められます。まだ定型があるわけではありません。

里崎:私たちデロイト トーマツは監査法人を有するグループです。私も含め、会計士としての中立公平性・独立性のマインドが浸透しています。それがビジネスを推進していく上で回り道に見えるようなこともありますが、今回のような定型がない指標を数値化していく上では逆に強みになると考えています。

氏家:里崎さんのおっしゃる通りで、私たちがSROIを算出しました!とステークホルダーに説明するよりも、デロイト トーマツに算出してもらいましたといったほうが単純に説得力があります。こうした価値を換算するにあたっては、中立公平の第三者の「目」がとても重要だと考えています。

——第三者の目がなければ、意図的にSROIをあげる企業も出てくるかもしれません。

氏家:その通りです。そこで重要になってくるのが、私たち事業者側のマインドです。SROIを高くすれば、対外的な評価が向上するという金銭価値と同じような考えで向き合ってはいけない。SROIの本質は、自分たちの理念やパーパスに対して正しい動きができているのかという、内省です。本質を見つめて本質を改善していった結果、対外的にも価値を見出していただければ嬉しい。目的と手段を間違えてはいけないと思っています。



これは大なり小なり誰にでも言えることかと思うのですが、自分たちがやっている活動について自分たちで評価をするとどうしても甘くなってしまう。外から見たら過大評価に思われることもあり得ます。そのおごりのようなものをSROIで戒められることが大事。数字にこだわりすぎずに信を残していきたいと思います。

里崎:SROIの数字はあくまでも一つの参考指標です。大切なのは自分たちのアクティビティ(活動)がどのような価値を生み出しているのかを、当事者として認識すること。そして、どれだけ本質的な価値を大きくしていけるのか?その道筋を探すツールとして捉えるべきではないでしょうか。氏家さんのような経営層の口から、SROIの本質を聞けたのは私にとってすごく大きい成果です。

私も企業の人間ではあるので、ビジネスをしていかなければなりません。しかし、今日の氏家さんのお話を聞いて改めて、SROIのような可視化ツールを世の中に浸透していくことにこだわりたいと思いました。それが最終的にデロイト トーマツにしか生み出せないビジネスの種になると信じています。氷山の一角だけでなく、氷山をまるごと可視化していくことをデロイト トーマツとFC今治、そしてスポーツビジネスに関わるすべての人たちと取り組んでいきたいです。

——企業の事業計画には収支見通しだけでなく数々の情報が含まれます。それと同じようにSROIも単なる数値ではなく、そこに至る分析プロセスの情報が不確実な未来へ進む足がかりになるのではないでしょうか。本日はありがとうございました。





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