ナレッジ

eスポーツ興行の概観と参入時の論点

近年、社会的にコンピューターゲーム、ビデオゲームで行うeスポーツへの関心が高まっています。本稿では、eスポーツを用いた興行をビジネスの側面から捉え、その動向を考察します。

社会的関心の高まりとスポーツ大会への採用

eスポーツとは「エレクトロニック・スポーツ」の略で、広義には、電子機器を用いて行う娯楽、競技、スポーツ全般を指す言葉であり、コンピューターゲーム、ビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉える際の名称とされるが、近年その社会的関心が高まりを見せている。国内では、ゲーム会社、ゲーム関連メディア、eスポーツ団体等が主催する大会に加えて、2018年3月から5月にかけて、eスポーツ大会「明治安田生命eJ.LEAGUE」が開催された。Jリーグが開催する初めてのeスポーツ大会であり、エレクトロニック・アーツ社のサッカービデオゲーム「EA SPORTS FIFA 18」を用いたものだ。オンライン上で行われる予選ラウンドと、オフラインで行われる決勝ラウンドとで成り立ち、総勢182名が参加して優勝が争われた。優勝者には国際サッカー連盟(FIFA)が主催する、公式eスポーツ大会「FIFA eWorld Cup 2018」の世界予選である「EA SPORTS™ FIFA 18 Global Series Playoffs」への参加権が与えられた。

村井満Jリーグチェアマンは、「Jリーグとしてeスポーツに参入したのは、eスポーツを通じて、実際のサッカーやスポーツに関心を持つ方々が増えるだけでなく、eスポーツを通じてサッカーの楽しみに多くの方々に触れていただきたいという想いがあります。」と述べており、年齢、性別、国や地域などに関わらず一緒にプレーできるeスポーツの特徴を通じたマーケティング効果への期待が窺える。

eスポーツの盛り上がりはこれに留まるものではない。2019年に茨城県で開催される「いきいき茨城ゆめ国体」において文化プログラムとして競技会が実施される予定であり、五輪でも国際オリンピック委員会(IOC)が正式種目への採用を検討している。また、アジア・オリンピック評議会(OCA)が主催し、「アジア版オリンピック」とも呼ばれるアジア競技大会では、2018年にインドネシア・ジャカルタにて開催される第18回大会にてデモンストレーションを行い、次回2022年アジア競技大会(第19回大会)にてメダル種目として正式に採用する予定であることが発表された。

-------------------------------

1 日経テレコンにおいて「eスポーツ」をキーワードとした記事検索件数に基づく

eスポーツを「スポーツ」として捉えるべきか?

日本においてスポーツという言葉は「楽しみを求めたり、勝敗を競ったりする目的で行われる身体運動の総称」とされ、ビデオゲームが用いられるeスポーツをスポーツと捉えるべきか、依然として議論がある。クロス・マーケティング社が実施したeスポーツに関する調査によると、「対戦ゲーム(オンライン)」をスポーツだと思う割合は5%であった。なお、年代別では10代が最も値が高く、10%であった。

一方、eスポーツが「スポーツ」か、という議論は「スポーツ」の捉え方次第であるとも言える。スポーツの語源はラテン語で「ある場所から別の場所へ移動する」という意味から転じて「気晴らしをする、遊ぶ」を意味するようになった「deportare」に遡ることができ、日本では明治期に「スポーツ」という言葉が流入した際、国策的な背景も相まって、身体競技としてのみ理解された、という考え方もある。

先に示した調査に基づけば、「スポーツかどうか」という定義は個人の解釈や価値観の影響を多分に受け得るものであると言える。野球やサッカーにおいても、スポーツだと思う割合はいずれも80%を下回っており、20%強の回答者は野球やサッカーをスポーツと認識していない。本稿においては、eスポーツを用いた興行をビジネスの側面から捉え、検討することとしたい。

図表1:「スポーツだと思うもの」に関する調査結果
※画像をクリックして拡大表示できます

 

 

eスポーツ興行の市場規模と構造

2016年に493百万ドルであった世界におけるeスポーツ興行の市場規模(収益ベース)は、2018年には906百万ドル、2021年には1,650百万ドルまで成長すると予測されている。参考としてJリーグの収益規模を申し添えると、本稿執筆時点で公開されている最新情報であるJリーグの経常収益(2017年度)が約273億円、J1クラブの営業収益(2016年度)の合計が約655億円であり、年度の不一致はあるもののそれらを合わせると約928億円(約841百万ドル2)となる。なお、eスポーツ興行の日本に限定した市場規模は2017年時点において5億円未満と言われる。

収益の内訳を2018年の値を用いて説明すると、最も大きいのはスポンサーシップで359百万ドル(40%)、次いで広告が174百万ドル(19%)、以降、メディアライツが161百万ドル(18%)、パブリッシャー・フィーが116百万ドル(13%)、マーチャンダイズ・チケットが96百万ドル(11%)と続く。

-------------------------
2 1 ドル=110.3 円換算

図表2:eスポーツ興行関連収益内訳
※画像をクリックして拡大表示できます

市場を支える主要な項目として、スポンサーシップ、広告、メディアライツ、マーチャンダイズ・チケットが並ぶのは、従来のスポーツ興行と共通する点である。

一方、パブリッシャー・フィーの存在はeスポーツ興行の特徴的な点と言える。冒頭で述べた「明治安田生命eJ.LEAGUE」の場合における「EA SPORTS™ FIFA 18」のように、eスポーツ興行を行う際には、特定のゲームを用いるため、興行主はゲームを販売するパブリッシャーに対して許諾を受ける必要がある。パブリッシャーとしては、自社のゲームを興行に用いてもらうことでマーケティング上のメリットを享受できることが想定される。パブリッシャー・フィーは、パブリッシャーからeスポーツ興行主催者に対して支払われる、自社のゲームを用いた大会を主催することに対する対価である。

なお、パブリッシャー・フィーについては、個別事例における大会主催者とパブリッシャーとの関係性によって、その位置づけが変わり得る点は留意が必要である。例えば、パブリッシャーにとって大会で自社のゲームが使用されることに大きなメリットを想定しにくい場合、パブリッシャー・フィーではなく、一般的な許諾料という形で、大会主催者からパブリッシャーへの支払いが発生することも想定される。また、パブリッシャー自身が大会を主催する場合には、支払自体が発生しない。
 

図表3:eスポーツ興行を取り巻く主要なキャッシュの流れ(例)
※画像をクリックして拡大表示できます

また、チームや選手における資金調達の自由度が高い点についても、特筆に値する。世界的に見れば、選手がプレーする様子を動画配信サイトなどに投稿して広告収入を得ている例や、選手が大会に参加する渡航費をファンからの寄付により集める事例もあるとされる。

 

細分化された市場

eスポーツという言葉が電子機器を用いて行う娯楽、競技、スポーツ全般を指すと述べたとおり、eスポーツ市場は多岐にわたるゲームタイトルにより構成されている。タイトルによってルールは異なり、選手やファンもタイトルごとに存在するとされる。eスポーツ産業はこれらタイトルごとに存在する選手・ファンのコミュニティによって構成されている。また、使用される端末についても、PC、家庭用ゲーム機、モバイルなど複数存在する。例えば、世界で最もプレーヤー人口の多いとされるタイトル「League of Legends」はPCゲームであり、プレーヤーが2つのチームに分かれ、各プレーヤーがキャラクターを操作し、敵チームの本拠地を破壊する、というルールを基本としたジャンル「MOBA:Multi Player Online Battle Arena」に分類され、月あたりのアクティブユーザーが1億人に達している。

つまり、各タイトルがそれぞれひとつのスポーツ競技のようなものであるため、eスポーツは全体でひとつの市場と捉えるよりも、複数競技の市場が集合したもの、と考えたほうが理解しやすいかもしれない。

世界的に人気の高いeスポーツタイトルの多くはPCゲームである一方、日本ではPCゲームのプレーヤー層が薄いと言われている。「League of Legends」の場合、日本のユーザーが使用するサーバーは全体の0.71%に留まるとされる。世界のゲーム市場と比較すると、北米、欧州、アジアではPC、家庭用ゲーム機、モバイルがそれぞれ一定の市場規模を有し、なかでもPCとモバイルが大きいが、日本では長く家庭用ゲーム機が産業の大部分を占めてきただけでなく、近年はスマートフォンゲームの台頭もあり、世界とは異なる市場が形成されている。

図表4:端末別ゲームユーザー人口
※画像をクリックして拡大表示できます

eスポーツ市場参入の主要論点

本稿では、eスポーツ興行の特徴を、従来のスポーツとの比較を交えて整理した。現時点における国内市場は発展途上であるものの、グローバルにおける成長予測や各種スポーツ大会への採用見通しを踏まえると、引き続き注目に値する市場であると考えられる。以下に、国内eスポーツ市場について、SWOTのフレームワークに基づき整理する。
 

図表5:eスポーツ興行市場のSWOT分析
※画像をクリックして拡大表示できます

プレーヤーの特性や物理的な距離を問わず一緒にプレーが出来るということは、eスポーツの最も特徴的な点であると言える。eスポーツ興行を行う場合においても、オンライン、オフラインを問わず、多様なプレーヤー・観戦者の参加・観戦を想定することができる。また、eスポーツではプレーヤーが必ず電子機器を用いることから、プレーヤーの属性情報を得やすく、双方向コミュニケーションを取り得るため、マーケティング活動に資する価値があるものと考えられる。

一方、eスポーツでは、個人がプレーを開始する際に従来のスポーツとは異なる障壁が存在すると考えられる。例えば、eスポーツ興行が人気を博し、視聴者がその興行で使用されているゲームをプレーしたいと考えても、専用機器が必要であったり、一定の利用料金が必要であったりする場合、視聴者がプレーヤーになる前に離脱してしまう原因になることも考えられる。使用するゲームのプレー環境や料金体系に応じて、興行の実施目的や獲得目標を設定する必要があると想定される。

ただし、現時点における国内の市場規模は限定的であるものの、世界的な市場拡大の見通しは、今後国内市場を牽引し得る。また、「eスポーツはスポーツか?」という議論が残ることは先に述べたとおりであるが、アジア競技大会への採用決定や、オリンピックへの採用機運の高まりに応じて、従来のスポーツと同様に普及や育成、強化が推し進められ、業界の様相が急激に変化することも考えられる。

 

おわりに

eスポーツ興行はさまざまなステークホルダーによって成り立ち、収益構造もそれぞれに異なるため、市場参入を検討するに際しては、自社の立ち位置と目的を明確にする必要がある。eスポーツの盛り上がりが一過性のものとなるのか、持続的なエコシステムが形成されるのか、それらは中長期的な視座と事業への深い理解を有した企業が、自社と市場の成長に向けた適切な意思決定と経営資源の投入を実行し得るかにかかっている。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
スポーツビジネスグループ
ヴァイスプレジデント 金田 明憲

(2018.6.27)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

記事全文[PDF]

こちらから記事全文[PDF]のダウンロードができます。
 
ダウンロード[PDF:683KB]

出典

公益社団法人 日本プロサッカーリーグ ホームページ
https://www.jleague.jp/release/post-52773/
https://www.jleague.jp/release/post-53808/
https://www.jleague.jp/aboutj/

京都新聞 「バーチャル競技ゲームに夢「eスポーツ」で世界へ 京都(2018/6/10)」
http://www.kyoto-np.co.jp/local/article/20180610000097

NIKKEI STYLE  「国体にeスポーツ「参戦」 19年の茨城、全国で予選会(2018/5/21)」(https://style.nikkei.com/article/DGXMZO30699120Y8A510C1000000?channel=DF220420167265

ファミ通.com 「2022年アジア競技大会で“eスポーツ”がメダル種目に 2018年大会ではデモストレーションが開催(2017/4/19)」
https://www.famitsu.com/news/201704/19131393.html

gooデジタル大辞泉(https://dictionary.goo.ne.jp/jn/119831/meaning/m0u/%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84/

 株式会社 クロス・マーケティング 「eスポーツに関する調査」
https://www.cross-m.co.jp/report/sports/es20180531/

 早稲田大学 大学院スポーツ科学研究科 スポーツ科学専攻 スポーツビジネス研究領域 島田 創
 「eスポーツのイメージに関する研究」
http://www.waseda.jp/sports/supoken/research/2009_2/5008A032.pdf

 総務省情報流通行政局情報流通振興課 「eスポーツ産業に関する調査研究報告書」
http://www.soumu.go.jp/main_content/000551535.pdf

一般社団法人日本eスポーツ連合ホームページ
https://jesu.or.jp/contents/about_esports/

 newzoo “2018 GLOBAL ESPORTS MARKET REPORT”

東洋経済 ONLINE 「eスポーツ上位選手がプロを目指さない理由(2018/4/20)」
https://toyokeizai.net/articles/-/216927

 経済産業省 商務情報政策局 文化情報関連産業課(メディア・コンテンツ課) 「平成28年度コンテンツ産業強化対策支援事業(オンラインゲームの海外展開強化等に向けた調査事業)報告書」
http://www.data.go.jp/data/dataset/meti_20170510_0024

各所有識者へのインタビュー

 

記事、スポーツビジネスに関するお問合せ

>> 問い合わせはこちら(オンラインフォーム)

※ 担当者よりメールにて順次回答致しますので、お待ち頂けますようお願い申し上げます。

関連サービス

スポーツビジネス(インダストリー)

M&Aアドバイザリー
お役に立ちましたか?