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スポーツビジネスグループ:「ESG投資先としてのスポーツ」

ESG/気候変動シリーズ(ファイナンシャルアドバイザリー) 第2回

投資家が投資においてESGを投資基準に加える傾向が強まる昨今、ESG投資先として注目されているのがスポーツである。本稿では、欧米でスポーツが選ばれている背景と事例、および日本の現状と今後に向けた取り組みについて紹介します。

1. ESG投資先として欧米でスポーツが選ばれる理由

投資家が投資においてESGを投資基準に加える傾向が強まる昨今、ESG投資先として注目されているのがスポーツである。本稿では、欧米でスポーツが選ばれている背景と事例、および日本の現状と今後に向けた取り組みについて紹介する。

欧米ではESG投資先としてスポーツへの投資が加速している。その背景には、スポーツがESGの「S (社会)」 にポジティブな影響を与え、社会変革をリードする存在として捉えられる風潮が挙げられる。2つの具体例をもって説明したい。

1つ目の例は、欧米の女子サッカーである。2010年代前半まで日本がアメリカと並んで世界の強豪として君臨していた女子サッカー界は、昨今欧州勢の躍進が目覚ましい。2022年8月時点のFIFAランキングでは、トップの米国の後ろに、ドイツ・スウェーデン・イングランド・フランス・オランダと、欧州勢が続く (日本はトップ10から陥落してしまった)。欧州女子サッカーの実力向上の背景にあると考えられているのが、ESG名目での女子サッカーへの投資である。例えば、FIFAは2026年戦略にて女子サッカーをトッププライオリティと位置づけ、加盟211連盟と連携しグローバルに普及・収益力向上・持続的成長のための環境形成に取り組む方針を打ち出したのだが、この流れに呼応する形で、英銀Barclaysはイングランド・女子サッカーリーグWomen’s Super Leagueと2019-22年に年間1,000万ポンドを供給する複数年契約を結んでいる (なお、この契約はその後、増額のうえ2025年まで延長となった)。契約には各地の学校や女子サッカースクールでの普及活動の支援も含まれており、英国女子サッカー全体の底上げも図られている。
一方アメリカでは、女子サッカー代表チームが、主将のMegan Rapinoe選手を中心に多くの支持を集め、同国内での女性およびセクシュアルマイノリティの地位向上運動の旗手としての立場を確立している。例えば、サッカー男女米国代表チーム間の賃金格差に異を唱えて格差是正を訴える運動と訴訟を起こし、和解を経て男女同一賃金を獲得した。この動きに触発される形で、2022年5月大手人事サービス企業UKGは、同国女子サッカーリーグNWSLに男女賃金格差是正を趣旨として数百万ドル規模のスポンサーを複数年間行うことを発表している。
このように、女子サッカーはジェンダー問題解決をリードする存在として認識され、それに賛同する企業や投資家から多くの投資を集めることに成功している。

もう1つの例として、米国シアトルのアリーナClimate Pledge Arenaを紹介する。

図1:米国シアトルのClimate Pledge Arena
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同アリーナのオペレーターであるOak View Groupは、2018-21年の改装を機に、「来場者やパートナー企業、プロモーターやアーティストの参画によるカーボンゼロ経済圏の創出」というコンセプトを打ち出し、建物に太陽光パネルや雨水利用施設等を設置しただけでなく、スポンサーや利用者をそのコンセプトに賛同する企業やクラブ・アーティストに絞るという極めて野心的な方針を打ち出した。ターゲット顧客層の縮小という懸念とは裏腹に、結果として気候変動へのコミットメントを示すショーケースになると考えたAmazonから投資を受けることに成功。ネーミングライツを用いて “Climate Pledge” という気候変動対策を約束する名称が冠された同アリーナでは、Amazonによる緑化やエネルギー負荷削減等の取り組みが行われている。さらに、アーティストについても、英国の人気ロックバンドColdplayが「カーボンゼロ経済圏」のコンセプトへの賛同を表明し、改装後のこけら落とし公演をおこなった。現在では、同アリーナは、ベニュー自体が環境対策の旗頭的存在となり、環境配慮に取り組む企業・アーティストが連携するプラットフォームを形成した例として傑出した知名度を誇っている。

これらの事例を踏まえると、スポーツがジェンダー問題や環境問題の解決といった社会変革をリードするポジティブな存在として捉えられていることがわかる。スポーツが社会に好影響をもたらす力が広く社会に認識されているからこそ、ESGの文脈で投資が集まっているのである。

 

2. 日本の現状

翻って日本では、スポーツは娯楽・趣味として人気を確立しているものの、社会変革をリードする重要な存在とまでは見做されていないのではないだろうか。例えば、コロナ禍ではスポーツは真っ先に「不要不急」とされ、東京で開催された世界的スポーツの祭典は開催自体が危惧された。プロ野球やJリーグ等では、行動制限が無い今でも、興行スポーツでは不可欠な要素である声出し応援が政府方針で制限されている。我が国においては、スポーツは単に世の注目を集める娯楽・趣味としての存在の域を出ていないように思われるのである。

ただし、我が国でもスポーツがもたらすポジティブな社会的インパクトを評価し、活用する取り組みが地域を中心に進められつつあることにも触れたい。その好例が、スタジアム・アリーナの活用である。

図2:デロイト トーマツ グループが支援を行っている茨城県鹿嶋市におけるスタジアム活用事業
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経済産業省とスポーツ庁が2017年から推進するスタジアム・アリーナ改革では、まちづくりや地域活性化の核としてスタジアム・アリーナを活用することが目指されており、デロイト トーマツ グループも茨城県鹿嶋市や鹿島アントラーズと共同で、「人が集い、消費が生まれる鹿行地域の核となる新たな“まち”の創出」というコンセプトの下、スタジアム・スポーツをまちづくりに活かす事業の支援を行っている(図2)。

また、京都府亀岡市では、経済活性化、知名度向上、交流人口・移住定住人口の拡大を中長期的なゴールに据えた、スタジアムを活用したイノベーション促進事業「サンガスタジアム by KYOCERA・イノベーション・フィールド実証事業」に、運営受託者として参加している。

 

3. スポーツの投資価値を社会的インパクトとして可視化する

ところで、プロスポーツチームやスタジアム・アリーナ等への投資によって、ESG経営に取り組む企業はどのくらいリターンを得ることができるのだろうか。殊に日本では、これまでスポーツへの投資が進みづらかった背景に、財務諸表に載る価値しか可視化できていなかったこともあると考えられる。欧米のようなトップダウンの経営判断が一般的でなく、合議制で意思決定する多くの日本企業では、スポーツ投資の想定リターンを明確にすることが諸外国以上に求められる傾向があるからだ。

デロイト トーマツ グループでは、費用対効果 (ROI) の考え方を応用した社会的インパクト評価の一手法である「SROI (社会的投資便益率)」 を用いて、事業により生まれる社会的・経済的・環境的変化の価値、つまり社会的インパクトを定量化し可視化する取り組みを行っている。スポーツに当てはめると、スポーツや健康への意識向上、地域課題の解決、スポンサー企業の課題解決、住民同士の社会的関係の構築等といった、従来は定量化が難しかったポジティブインパクトを貨幣価値に換算し、SROIを算出している。

図3:デロイト トーマツ グループが支援したFC今治の社会的インパクト可視化事業
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例えば、JリーグのFC今治と共同で同クラブの社会的インパクトを評価し、ホームタウンのまちづくり促進の材料を提供している (図3)。非財務価値も含めたリターンの可視化により、本邦におけるスポーツ等の社会的インパクトを創出する事業への投資が進む一助になれば幸いである。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
スポーツビジネスグループ
ヴァイスプレジデント 太田 和彦

(2022.9.12)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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