中堅企業こそ、戦略的なブランディングを ブックマークが追加されました
ナレッジ
中堅企業こそ、戦略的なブランディングを
FA Innovative Senses 第16回
良質な雇用や成長投資を通じた中堅企業の成長は、地域経済社会の多くの側面で貢献に資する可能性が高い。そこで本稿では、今後の日本経済を支える中堅企業が成長するための、ブランディングに関する戦略を講じたい。
はじめに
2024年9月、経済産業省は産業競争力強化法の改正法において、従業員2,000人以下の企業を「中堅企業」として明確に定義した。更に同省は、良質な雇用や積極的な成長投資を実施する意欲の高い中堅企業を「特定中堅企業者」として各種支援を講じるとしている。この動きに見られるように、日本に約9,000社あるとされる中堅企業が、これからの日本の経済成長の担い手としていま注目されている。
中堅企業は地方にも多く立地しており、地域の経済や雇用の要となっている企業も少なくない。一方で、投資余力が大企業に劣ることから成長投資に足踏みがされる傾向や、M&Aに関するノウハウや人材不足、海外展開等の事業拡大に向けた意欲のばらつき等の課題によって、ポテンシャルが十分に発揮されていないという指摘もある。少子高齢化や人口動態の変化を背景とした、地方の人口減少や都市との格差拡大等が課題としてのしかかる中、良質な雇用や成長投資を通じた中堅企業の成長は、地域経済社会の多くの側面で貢献に資する可能性が高い。そこで本稿では、今後の日本経済を支える中堅企業が成長するための、ブランディングに関する戦略を講じたい。
ここで、成長の実現に必要なものはなにか、経営資源の切り口から考えてみたい。例えばマッキンゼー・アンド・カンパニー社では経営資源を「7つのS」というフレームワークで定義している。「戦略(Strategy)」、「構造(Structure)」、「システム・制度(System)」という3つのハード資源と、「価値観(Shared Value)」、「スキル(Skill)」、「人材(Staff)」、「組織風土(Style)」という4つのソフト資源である。成長を実現するには、量と質の双方の観点からこれらの経営資源を適切に、また継続的に事業に投じ、事業効果を向上させていくことが望ましい。この点、ハード資源については、大規模な設備投資やM&A等による企業・事業統合、社内の各種制度設計など、一見すれば成長への直接的な打ち手と映るものも多い。
一方のソフト資源においては、改善や向上といった具体的アクションがさほど取られていない印象がある。実際に経営者とのコミュニケーションの中でも、「そもそも何から着手すればよいのかわからない」、「他社を見て羨ましく思う場合もあるが、自社では難しいと考えてしまう」、「これまでもこのスタイルできたので/○○という業界特性があるので、改善・向上の必要性が腹落ちしない」といった言葉をよく耳にするのだが、実はこのような企業ほど、「ブランド」という観点からソフト資源を活用できる可能性がある。
ブランドとは
フィリップ・コトラーによる定義では、「ブランドとは、個別の売り手もしくは売り手集団の財やサービスを識別させ、競合他社の財やサービスと区別するための名称、言葉、記号、シンボル、デザイン、あるいはそれらを組み合わせたもの」とされている。
従来は、自社が良い製品・サービスを作り、前述のような識別機能や差別機能を持たせるブランディングを行い、市場に提供していくことが一般的な売れるセオリーだった。しかし、ビジネス環境が加速的に変化し続け、情報の多様化・グローバル化が進む今、特に先進国などの成熟した市場においては「良いものを作れば売れる」という単純な方式はすでに終わりを迎えつつある。顧客やステークホルダーがブランドに求めているのは、例えば「その商品にはどんなストーリーがあるのか」、「この会社はどのような理念を持って事業活動をしているのか」、「これを購入することでどのように自身の事業/体験が変わるのか」といった、より複雑でリッチな情報であり、4Sのソフト資源に通じる要素でもある。
また、従来ブランドと言えばBtoCビジネスで重視されるケースが多かったが、事業環境の変化や企業自体の新陳代謝、人材獲得の必要性等からBtoBビジネスにおいてもその重要性を増している。事業者にとっては、従来のブランド認識で立ち止まるのではなく、機を見てブランド戦略やアクションを起こしていくこと、つまり時宜を得たブランディングへの投資が重要と言える。
ブランディングが効果を発揮しやすい状況
では、特に中堅企業において、どのような状況でブランドディングが効果を発揮するのだろうか。ここでは以下2つのパターンを紹介したい。
① 成長の踊り場で事業成果が停滞している
② 事業承継、M&A実施を検討している
① 成長の踊り場で事業成果が停滞している
一つ目は、成長の踊り場で事業成果が停滞している場合である。具体的には、従来の手法に則って事業を展開しているものの、売り上げや収益が横ばいで推移しており、自社の市場ポジションも定位置化している状況である。更に、今後の業界動向や事業環境に鑑みれば先細りの危機感もあるものの、どのような打ち手を講じれば良いかがわからない、と言った場合もある。このような状況で、ブランディングはどのような打ち手となり得るのだろうか。
【BtoCビジネス】
BtoC事業における前述の状況をブランドビジネスの観点から考察すると、「ブランドが歳を取ってしまっており、新しい顧客獲得ができていない」ケースが散見される。ブランドが品質の保証機能として市場(消費者)の認識や理解は得ているものの、若年層や新規の潜在ターゲットになかなか届いていないという状況だ。また、社内外において「(企業名)といえば(商品)」というイメージが固定化されていることで、なかなかイノベーティブな商品開発等に着手できていないといったケースも多い。
○打ち手(例):ブランド戦略に基づく新定番商品の開発、事業領域の拡大
このような状況を打破する一例としては、ブランドを再定義しながら、新たなブランドイメージのもとで新定番商品の開発や事業領域の拡大を図るという戦略が挙げられる。以下に王道のプロセスイメージを図示する。
個別事例によって具体のプロセスは異なるが、以下いくつかの要素について案内する。
1. 現状把握
- ブランドイメージ調査:ブランドから想起されるイメージを把握するために市場調査を実施する。ブランドイメージの変遷や、競合と比較した際の自社の印象なども併せて確認するとより効果が見込める
2. 事業戦略
- 市場の選定:今後の事業成長にとっての重要市場および戦略を特定する。市場のポテンシャル把握や市場の将来予測を踏まえながら、現在の市場でシェアを拡大するのか、周辺市場に進出するのか、といった戦略を立て市場を選定する
- 製品(商品)/チャネル戦略:製品(商品)のコンセプトや機能を通じた提供価値を再設計し、市場/ターゲットごとに効果的なチャネルを選定する
3. ブランド戦略
- ブランド価値、コンセプト等の検討:上述の事業戦略と並行して、ブランド戦略を実施する。1.現状把握や2.事業戦略をベースに、ターゲットのニーズやインサイトに働きかけるブランド価値やコンセプトを再定義(ブラッシュアップ)し、ブランドストーリーを作成していく
- 成功ブランドのベンチマーク:事業領域の異同を問わず、ベンチマークとなるブランドを分析し、自社ブランド戦略に活用できる点や、ブランドイメージとして差別化を図るべき点などを検討していく
4. マーケティング実行
- マーケティング戦略立案:対象市場に適したマーケティング戦略を立てる、マーケティングに紐づくプロモーションやコミュニケーション戦略、資料やツールを作成するなど、ここまで検討してきた各種戦略を実行に移す
【BtoBビジネス】
BtoBビジネスの場合は、事業環境に起こっている技術の進展、ビジネスモデルやサプライチェーンの変化等について危機感を抱きながらも、旧来からの商取引に終始してしまうケースが目立つ。例えばDXやAIの進展、GX、少子高齢化といった環境変化がもたらす自社事業への影響を検証の上、戦略的に対応すべきであるが、自社の構造が硬直化しており、新規事業開発などのアクションに手が延ばせていないといった状況である。
○打ち手(例):ブランドドリブンの新規事業開発・展開
このような状況を打破する一例としては、ブランドドリブン(ブランドによって牽引される)新規事業開発や既存事業の展開が挙げられる。プロセスイメージはBtoCと大まかには相違ないが、例えば「自社が、あるいは自社の商品は顧客にどのような価値を提供しているのか?」を見直し、提供価値を商品(モノ)で定義するのではなく機能や効用(コト)で定義していくことで、自社の強みを源泉とした新規事業の開発などに柔軟に着手できるケースも多い。同時に、事業変革や新規事業に対する機運を社内に醸成していくことも重要だ。
- ブランド価値構造規定フレームに沿った検討
- 自社の提供価値の検討:ブランド価値構造規定フレームに沿って、「誰に(社会に)」「どんな価値を提供するか」の2方向からブランドエッセンスを抽出していく。中でも自社の提供価値については、様々なプロセスで多角的に検討できると良い。
- 事業環境からの分析:「市場・業界の変化」「技術の進展」「社会課題の変化」「原材料の高騰、サプライチェーンの変化」など、ミクロ/マクロの事業環境が変化する中で、自社の提供価値を分析する
- ステークホルダーインタビュー:社内外の様々なステークホルダーに自社の提供価値をインタビューする
- 自社の提供価値の検討:ブランド価値構造規定フレームに沿って、「誰に(社会に)」「どんな価値を提供するか」の2方向からブランドエッセンスを抽出していく。中でも自社の提供価値については、様々なプロセスで多角的に検討できると良い。
② 事業承継、M&A実施を検討している
二つ目は、事業承継、M&A実施などにより、組織に大きな変化が起こるタイミングである。例えば代々一族で経営権を継承してきておりオーナーの引退により代替わりをする場合や、ファミリービジネスを脱却する場合、M&Aにより他社を買収し子会社を増やす場合、グループ再編を行う場合など、経営の節目で組織が変化するタイミングは、どの企業にも訪れる。
○打ち手(例):インターナルブランディングをベースにした理念設計と組織風土醸成
このような時こそ、いま一度「我々は何者なのか」という観点から企業理念を共有・更新し、伝統は守りながらも新しい風潮を融合させ、組織風土をブラッシュアップする好機となる。
- 段階的なインターナルブランディング
- インターナルブランディングとは、社内に向けて実施するブランディングである。「社員は自社/事業をどのようなイメージでとらえているのだろうか?」と気になったことはないだろうか。あるいは社内からの自社イメージに対して特に手入れをせず、在るがままにしていないだろうか。
自社に将来性を感じたり、組織の風通しが良いと感じる社員が多い程、採用の成功率や組織の求心力は高まる。また、柔軟な商品開発を可能にする組織風土や人事制度が備わっていれば、事業の将来性に及ぼす影響は大きいだろう。
インターナルブランディングは一朝一夕では実施できない。理念の押し付けではなく、社員との段階的なコミュニケーションプロセスを経て文化になることは、他社にとって模倣困難な組織力となりえる。
- インターナルブランディングとは、社内に向けて実施するブランディングである。「社員は自社/事業をどのようなイメージでとらえているのだろうか?」と気になったことはないだろうか。あるいは社内からの自社イメージに対して特に手入れをせず、在るがままにしていないだろうか。
終わりに
上記いくつかのケースを代表例として挙げたが、もちろん実際に効果が見込めるタイミングやブランディング内容は個社ごとに異なる。ただし、ソフト資源を更に有効に活用したいと思う企業であればどのような段階であっても、ブランドを切り口にさらなる成長の機を得ることができる可能性は高い。
また、地方に所在する中堅企業の場合、自治体等と連携の上で地域への投資や貢献を行うこともあるだろう。地域活性(域外からの集客など)に向けたシンボリックアクションの検討や、地域における共創側のエコシステム構築へのアクション時なども、ブランディングの活用余地がある。
これからの成長が期待される中堅企業こそ、経営・事業活動における投資の選択肢に「ブランド」を含め、戦略的なブランディング活動による自社事業の成果向上を検討いただければ幸甚である。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ブランディングアドバイザリー
パートナー 栗原 隆人
マネジャー 棚橋 千尋
(2024.12.11)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。