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第3回 財務諸表の分解表示、経営者業績指標(MPM)

月刊誌『会計情報』2020年6月号

よくわかるIASB「全般的な表示及び開示」公開草案シリーズ(3)

公認会計士 藤原 由紀

はじめに

国際会計基準審議会(IASB)は、2019年12月に公開草案「全般的な表示及び開示(General Presentation and Disclosures、以下「本公開草案」という。)」を公表した。よくわかるIASB「全般的な表示及び開示」公開草案シリーズ(以下、「本シリーズ」という。)では、本公開草案の主要な提案事項や背景等につき、IASBでテクニカル・フェローとして本公開草案の策定に携わった筆者が、全3回にわたってわかりやすく解説する。

シリーズ最終回となる本稿では、財務諸表の分解表示に関連する提案事項、及び経営者業績指標(Management performance measure, MPM)について解説する。

553KB, PDF ※PDFダウンロード時には「本記事に関する留意事項」をご確認ください。

財務諸表の分解表示

それでは早速1つめのトピックである、財務諸表の分解表示 *1を見てみよう。本公開草案の分解表示に関連する提案は、主として以下のとおりである。

  • 基本財務諸表及び注記の役割
  • 集約表示及び分解表示の原則
  • 表示項目の要求事項
  • 営業費用の分析
  • 通例でない収益・費用

以下で1つずつ順に解説する。

 

基本財務諸表及び注記の役割

それではまず、基本財務諸表及び注記の役割に関する提案について解説する。この提案は、企業がある情報を財務諸表で提供する場合、それを基本財務諸表に表示するか、注記で開示するかの判断の助けとなることを意図したものである。これは全般的な提案であり、P/L *2項目のみならず他の基本財務諸表に関わる項目に関しても適用される。

ある種の情報は、必ず基本財務諸表に表示される。たとえば当期純利益金額や総資産金額を注記のみで開示し、基本財務諸表に表示しないことは認められない *3。別の種類の情報は、基本財務諸表ではなく注記でのみ開示される。たとえば固定資産の減損判断に係る見積りの根拠数値自体を基本財務諸表に表示することは(仮にIFRS基準上は許容されていたとしても)ほぼ不可能であろう。一方である種の情報は、基本財務諸表と注記のいずれにも記載が可能である。たとえば棚卸資産の分類ごとの内訳科目を財政状態計算書上に表示することも可能であろうし、財政状態計算書上は「棚卸資産」という項目のみを表示して、その分類ごとの内訳科目を注記で開示することも可能である。

このような「基本財務諸表と注記のいずれにも記載が可能な項目」については、その記載場所は企業の判断に任されている。企業は自社にとっての当該項目の重要性や、財務諸表全体の理解可能性などを勘案しながら当該判断を行うであろう。基本財務諸表に表示する項目は、あまりに大括りすぎても情報量が不足するであろうし、あまりに細かすぎてもかえって理解が難しくなってしまう。

このような判断の助けとなることを意図して、IASBは基本財務諸表と注記の役割を定義した。わかりやすく言うと以下のようになるであろう。

  • 基本財務諸表の役割は、資産/負債/持分/収益/費用/キャッシュ・フローについての概観を得るため、企業間/年度間の比較をするため、及び財務諸表利用者が注記の有用性を認める項目を識別するために有用な要約を提供することである
  • 注記の役割は、基本財務諸表の項目の理解に必要な追加の情報を提供すること、及び基本財務諸表を補足することである

なお、企業はこの提案事項を根拠として、IFRS基準の具体的な表示箇所の要求事項を無視することはできない。

 

集約表示及び分解表示の原則

続いて集約表示及び分解表示の原則について簡単に触れておく。この提案は、時として財務諸表の表示(注記開示を含む)が大括りすぎる、すなわち必要な詳細情報が十分に表示されていない、という投資家からの懸念に応えるためのものである。本稿では詳細は割愛するが、IASBは情報の集約表示及び分解表示に関する原則を提案するとともに、この原則を実務上適用するにあたっての3段階のガイダンスをあわせて提案している。

なお関連する提案として、IASBは、項目の記述(項目名)は当該項目の特徴を忠実に表現しなければならない、という要求事項を提案している。一見ごく当たり前の一般的な要求事項のように見えるが、これは「その他」と記述される項目(たとえば「その他の収益」「その他の営業費用」など)に影響を与えると考えられる。すなわち、共通の特徴を有しない雑多で少額の費用項目を「その他の費用」という項目名で表示することは、当該項目の特徴を忠実に表現しているとは考えられないのである。

それでは、項目の特徴を忠実に表現できるようにこのような費用項目を集約することができない場合、企業はどうすればよいのだろうか。そのような場合、本公開草案の提案にしたがえば、企業は、注記において、集約された情報がいくつかの関連のない、重要性がない金額で構成されていることを示した上で、その中の最大の項目の性質及び金額を示すこととなる。たとえば、「その他の営業費用126百万円は、それぞれ関連がなく、個別で重要性がない営業費用から構成されており、その最大のものは運送費9百万円である」といったような注記開示をイメージしていただければ良いかと思う。

 

表示項目の要求事項

さて次は表示項目の要求事項、すなわちいわゆる別掲項目(基本財務諸表上、他の項目から独立して表示が要求される項目)に関する提案であるが、こちらに関してはごく簡単に触れるにとどめたい。本公開草案で新たに提案された別掲項目は以下のとおりである。

  • のれん(財政状態計算書)
  • 不可分の/不可分でない関連会社及び共同支配企業 *4に関連する項目(財政状態計算書/P/L/包括利益計算書/キャッシュ・フロー計算書)

 

営業費用の分析

続いて、営業費用の分析に関する提案の解説に入りたい。現行のIAS第1号『財務諸表の表示』は、費用機能法又は費用性質法のいずれかを用いた営業費用の分析を提供することを求めている。大まかに言って、費用機能法とは売上原価、販売費及び一般管理費等、関連する活動ごとに営業費用を集計表示する分析であり、費用性質法とは原材料費、従業員給与、減価償却費等、発生原因別に営業費用を集計表示する分析である。これに関して、IASBは図表1に示されているように、既存の要求事項の強化を提案している。

図表1:営業費用の分析に関する要求事項

内容 IAS第1号の要求事項 本公開草案の提案

1.選択する分析方法

費用機能法又は費用性質法のうち、信頼性が高く目的適合性がより高い方法を選択する

純損益計算書において、費用機能法又は費用性質法のうち、財務諸表利用者に最も有用な情報を提供する方法を選択する

2.選択に際しての考慮事項

明記なし

ガイダンスを提供

3.費用機能法と費用性質法の組み合わせ

明記なし

明確に禁止

4.注記開示

費用の分析を費用機能法で表示する企業は、費用の性質に関する追加情報を提供する

費用の分析を費用機能法で表示する企業は、費用性質法を用いた営業費用合計に関する情報を単一の注記で提供する

 

図表1のうち1点目に関しては、これが果たして強化となっているのか、それとも同じことを言い換えているのかに過ぎないのかはIASBのボードメンバーでも意見の分かれたところである。筆者としては、多くの企業はすでに「財務諸表利用者に最も有用な情報を提供する方法」を選択しているはずであり、この提案事項の導入により選択する分析方法を変更する必要がある企業は極めて少ないのではないかと想像している。

図表1の2点目に関しては、本公開草案は選択に際しての考慮事項として(i)いずれの方法が企業の収益性の主要な構成要素又は決定要因に関する最も有用な情報を提供するか、(ii)いずれの方法が事業が管理されている方法及び経営者が内部的にどのように報告しているかを最も綿密に表現するか、(iii)業界の実務、(iv)費用の各機能への配分が恣意的にならないか、の4点を挙げている。

図表1の3点目に関して、現行のIAS第1号のもとで費用機能法と費用性質法の組み合わされた表示が許容されているかについては議論のあるところであろうが、実務上このような表示を行っている企業は多く見られる。たとえば売上原価と減価償却費の双方を同時に表示しているP/Lは、両者の組み合わせ表示を行っている可能性が高い。この点、本公開草案ではこのような表示は明確に禁じられている。

さらに図表1の4点目に関してであるが、本公開草案の提案のポイントは営業費用「合計」の分析を注記で提供することを明確にした点である。すなわち、(現行の実務上しばしば見られるような)営業費用の一部、たとえば従業員給与と減価償却費の金額のみを注記で開示することは認められず、営業費用の総額を費用性質法で開示する必要があるのである。なお、企業の作成負担に配慮し、費用機能法の各項目(たとえば売上原価や販売費及び一般管理費)ごとの費用性質法での分析は求められていない。

 

通例でない収益・費用

それでは、分解表示の最後のトピックである通例でない収益・費用の解説に移ろう。現在、多くの企業がunusual items、special itemsあるいはnon-recurring itemsなどのIFRS基準で定められていない項目を開示している。このような持続的でない収益・費用の情報は財務諸表利用者の分析にとって有用であると考えられるが、一方で企業毎に開示する情報の内容や開示方法が異なっていたり、開示内容が不十分との懸念の声がIASBに寄せられていた。また、これらの企業のほとんどは通例でない費用(又は損失)を開示しているものの、通例でない収益(又は利益)を開示している企業はほとんどなく、経営者のバイアスがかかっている可能性も懸念されていた。

このような懸念に対応するため、IASBは通例でない収益・費用に関する要求事項を提案した。まず、通例でない収益・費用を以下の通り定義する。

通例でない収益・費用とは、予測価値が限定的な収益・費用をいう。種類及び金額が類似している収益又は費用が、将来の数事業年度について生じないであろうと予想することが合理的である場合に、その収益・費用の予測価値は限定的である。

この定義の大きなポイントは、予測価値に焦点を当てた定義、すなわち、将来の発生可能性に焦点を当てた定義となっている点である。種類及び金額が類似している収益・費用が過去にどの程度発生していたかは、将来の発生可能性の検討において参考にはなるであろうが、ある項目が通例でない収益・費用であるかどうかを判断する際の決定要因とはならない。

たとえば、地震あるいは洪水による災害損失を考えてみよう。ある会計年度に発生した災害損失が通例でない費用かを判断するためには、将来の数事業年度において同規模の災害損失が発生しそうかどうかを検討することが必要となる。そのような損失が将来の数事業年度について生じないであろうと予測することが合理的である場合には、当該災害損失を通例でない費用として開示する必要がある。過去数事業年度に同様の災害損失が発生していたかどうかは、災害の発生可能性を検討するためには有用な情報であるかもしれない。しかし、仮に前事業年度に(あるいは過去数年連続して)同様の災害損失が発生していたとしても、そのような損失が将来の数事業年度について生じないであろうと予測することが合理的である場合には、当年度の災害損失は通例でない費用に該当することとなる。逆に、当年度の災害損失が過去に類を見ない大規模なものであったとしても、そのような損失が将来の数事業年度に生じないであろうと予測することが合理的でない場合には、当該損失は通例でない費用には該当しない。

また、上述の定義で「種類及び金額が類似している収益・費用」とあるのは、企業レベルで判断すべきである点にも留意が必要である。すべての災害は固有の事象であり、毎年災害損失を計上している企業も、被害を受けているのは毎年異なる国や地域、事業所等であるかもしれない。しかしながら、同程度の規模の災害損失の発生が将来の数事業年度について生じないであろうと予測することが合理的でないのであれば、当年度の災害損失は通例でない費用とはみなされないであろう。

なお通例でない収益・費用については、単一の注記において以下を開示することが提案されている。

  • 通例でない収益・費用の各項目の金額
  • 当該項目を生じさせた取引又はその他の事象の説明的記述
  • 種類及び金額が類似している収益・費用が将来の数事業年度について生じないと見込まれる理由
  • 通例でない収益・費用の項目が含まれている財務業績の計算書における科目名
  • 通例でない費用が含まれている、費用性質法を用いた分析における科目名(P/Lにおいて費用機能法を用いている場合)

 

経営者業績指標

ここからは2つ目のトピックである経営者業績指標について解説する。まずは、実務上使用されている業績指標について整理しておきたい。業績指標には以下の通り非財務業績指標と財務業績指標があり、財務業績指標はさらにIFRSで定められているものとIFRSで定められていないものに分けられる。ちなみに非財務業績指標はすべて後者に該当する。

  • 非財務業績指標―購読者数、顧客満足度指数など
  • 財務業績指標
    • IFRSで定められている財務業績指標 *5―純利益、営業利益など
    • IFRSで定められていない財務業績指標―フリーキャッシュフロー、調整後純利益、調整後営業利益など

これらの業績指標のうち、IFRSで定められていないものは「代替的業績指標」と呼ばれることもある。本公開草案の提案する経営者業績指標は、代替的業績指標のうちの一部をカバーするものである。具体的には、経営者業績指標とは、収益・費用の小計のうち、以下を満たすものをいう。

  • 財務諸表の外での一般とのコミュニケーション(プレスリリース、業績説明資料など)において使用されている
  • IFRS基準で定めている合計又は小計を補完する
  • 企業の財務業績の一側面についての経営者の見方を伝える

したがって、たとえば以下の指標は経営者業績指標の定義を満たさない。

  • 顧客満足度指数―収益・費用の小計ではないため
  • 営業利益―IFRS基準で定められている指標のため
  • 売上総利益—IFRS基準で定められている指標のため *6
  • 減価償却及び償却前の営業利益—IFRS基準で定められている指標のため *6
  • フリーキャッシュフロー―収益・費用の小計ではないため
  • 総資産利益率―収益・費用の小計ではないため

一方、たとえば以下の指標は経営者業績指標の定義を満たしうる。

  • コア事業利益
  • 調整後EBITDA
  • 日本基準の営業利益
  • ストック・オプション費用控除後営業利益

上記の「経営者業績指標の定義を満たしうる」指標のうち、あるもの(たとえば日本基準の営業利益)は広く合意された定義があるかもしれないし、別のもの(たとえばコア事業利益)は企業毎に異なる定義を持っているかもしれない。本公開草案の提案はこの点に関して何らの制限もつけておらず、いずれも経営者業績指標として適格である。また、今までの話からほぼ自明かもしれないが、IFRS基準に準拠していない指標も(他の条件を満たしている限り)経営者業績指標として適格である。

読者の中には、このように制限の少ない、企業毎に定義が異なりうる指標をIFRS基準が経営者業績指標として定め、当該指標に関する情報を財務諸表に表示・開示することに関して違和感を覚える方もおられるかもしれない。IASBとしては、このような懸念は承知しているものの、現実に多様な代替的業績指標が開示されている実務を勘案し、この状況に一定程度の規律と透明性をもたらすことが必要だと考えたのである。

具体的には、IASBは以下の情報の開示を要求することにより、規律と透明性をもたらすことが可能だと考えている。なおこれらの情報は、財務諸表利用者が情報の場所を特定しやすいよう、単一の注記において開示することが求められる。

  • 経営者業績指標は企業の財務業績の一側面についての経営者の見方を提供するものであり、他の企業が提供している類似した表記を共有する指標と必ずしも比較可能ではない旨
  • 各経営者業績指標が業績についての経営者の見方を伝える理由の記述(下記の説明を含む)
    • その指標がどのように計算されるのか
    • その指標が企業の業績に関する有用な情報をどのように伝えるのか
  • 経営者業績指標とIFRSで定められている最も直接的に比較可能な小計又は合計との調整表
  • 調整表において開示する各項目について、税効果及び非支配持分への影響
  • 税効果の算定方法
  • 経営者業績指標の計算を変更するか、新たな経営者業績指標を導入するか、又は過去に開示していた経営者業績指標を財務諸表から除外する場合には、以下の情報
    • 変更、追加又は除外とその影響を理解するための十分な説明
    • 変更、追加又は除外の理由
    • 比較情報(要求されている注記開示を含む)の修正再表示

 

おわりに

本シリーズでは全3回にわたり、本公開草案の主要な提案事項について解説した。シリーズ第3回目となる今回は、分解表示及び経営者業績指標についての解説を行った。本公開草案は、付随資料を含めると日本語訳で240ページにのぼるボリュームであるが、具体例等も交えて可能な限りわかりやすく解説したつもりである。本シリーズが読者の本公開草案の理解の一助になれば幸いである。

以上

 

*1 本公開草案及び本シリーズ第1回、第2回では、基本財務諸表(財務諸表本表)に記載する場合を「表示」、注記に記載する場合を「開示」と言い分けている。ただし本稿では、基本財務諸表及び注記の双方に関連する場合も「表示」という用語を用いている場合もあるのでご留意いただきたい。

*2 本シリーズ第1回・第2回と同様、純損益計算書については、日本の読者に馴染みのある「P/L」という用語を用いている。

*3 これらの情報を(基本財務諸表での表示に加えて)注記で開示することは明示的には禁止されていない。しかし、もし当該注記が何も追加的な情報を開示していなければ、おそらく「財務諸表は可能な限り理解可能でなければならない」という忠実な表現の一般的制約により、そのような注記は認められないであろうし、そもそも企業がそのような開示をわざわざ行うとは考えられない。

*4 不可分の/不可分でない関連会社及び共同支配企業に関する提案事項については、シリーズ第2回を参照されたい。

*5 本公開草案で提案されている小計を含む。

*6 本公開草案で、経営者業績指標に該当しないものとして明示的に指定している。

本記事に関する留意事項

本記事は皆様への情報提供として一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、特定の個人や事業体に具体的に適用される個別の事情に対応するものではありません。また、本記事の作成または発行後に、関連する制度その他の適用の前提となる状況について、変動を生じる可能性もあります。個別の事案に適用するためには、当該時点で有効とされる内容により結論等を異にする可能性があることをご留意いただき、本記事の記載のみに依拠して意思決定・行動をされることなく、適用に関する具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

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