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争えば税務はもっとフェアになる

月刊誌『会計情報』2020年8月号

DT弁護士法人 弁護士・税理士・ニューヨーク州弁護士 北村 豊

1 審査請求は事実で決まる

審査請求とは、審判所という第三者のレフェリーが、納税者と税務当局の双方の言い分を聞いて判断を示す仕組みである。納税者は、税務当局から納めるべき税金を増やす処分を受けたとき、その処分に納得がいかなければ、審判所に対して審査請求をすることができる。

審査請求の決め手は、何か? それは、事実そのものである。そもそも、税金は事実で決まる。誰が、いつ、いくらの税金を納めるべきかは、納税者が行った取引や取得した財産などに関する事実を、税金のルールに当てはめて決めるのである。従って、納税者に関する事実と、税務当局が把握した事実が違っていれば、当然ながら、納税者が納めるべき税金の有無・納期・金額が変わってくる。

審判所で納税者が勝った事例のほとんどは、税務当局が把握した事実を否定している。しかし、どうすれば、税務当局が把握した事実を否定できるのだろうか? 審判所では、納税者が単に正しい事実はこうだと主張するだけでは勝てない。その事実が正しいことの証拠を示し、審判所を説得する必要がある。ここに、審査請求で勝つためのヒントが隠されている。

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2 納税者に有利な場合

実は、納税者に関する事実について争いがある場合、納税者にとって、とても有利である。なぜなら、納税者は、自分に関する事実なので、有利な証拠に囲まれているはずだからである。納税者は、その事実が真実である限り、それをうまくストーリーで説明できるはずである。そのストーリーに合致する客観的な証拠も、たくさん提出できるだろう。そのストーリーどおりに証言してくれる関係者も、大勢いるだろう。審査請求が始まった後から、有利な証拠をどんどん後出しすることもできる。

これに対し、税務当局は、もともと納税者に関する事実を知らない。限られた税務調査の期間中に、限られた証拠をもとに、限られた人数で調査をし、把握した事実をうまく説明できるストーリーを検討することを迫られる。しかも、一旦審査請求が始まると、新たに証拠を集めるのが難しくなる。

審判所は、納税者と税務当局のどちらのストーリーがより合理的で自然かを検討して、何が正しい事実であるかを決めることになる。どちらのストーリーが、客観的で動かし難い事実をうまく説明できるか? どちらのストーリーが、より多くの客観的な証拠と合致しているか? どちらのストーリーが、より多くの関係者の証言と一致しているか? 

審判所は、こういった検討を重ねたうえで、何が正しい事実であるかを決めるのである。しかも、どちらともいえない場合は、原則として税務当局に不利に判断する。そのため、納税者に関する事実について争いがある場合、納税者は審査請求をとても有利に進めることができるというわけである *1

 

3 税務当局は隠れた当事者

税金のルールに、納税者が行った取引や取得した財産などに関する事実を当てはめると、税務当局の取り分である税金の有無・納期・金額が決まる。その意味で、税務当局は、納税者の取引や財産などに関する隠れた当事者といえる。当事者である税務当局としては、少しでも税務当局に有利になるように納税者の取引や財産などに関する事実を決めて、1円でも多くの税金を取ろうとするのは、当然のことである。

それは、日本の財政が厳しい状況にあるからだけではない。税務当局は、単に相手方であるだけではなく、私たち自身の代表者でもあるからである。つまり、私たち自身が、自分以外の誰かから1円でも多くの税金を取り、ひいては、自分の負担割合を減らすことを(本音では)望んでいるからにほかならない。

でも、自分に対する税務調査については、きっと話は別だろう。まさに相手方である税務当局が、相手方に有利になるように自分の取引や財産などに関する事実を決めてくるわけだから、相手方がレフェリーを兼ねているようなものである。相手方にフェアな判断を期待するのは、土台、無理がある。

 

4 フェアに事実を決める方法

では、どうすれば、フェアに事実を決めることができるのだろうか? もとより、真実を知っているのは神様だけである。神様ではない人間としては、真実を取り巻く周りの状況から推測するしかない。立場によって、当然ながら、事実の見え方も変わってくる。そこで、登場するのが、審判所に対する審査請求である。審判所という第三者のレフェリーが、双方の言い分を聞いて判断する仕組みである。

もちろん、審判所も神様ではない。しかし、相対立する当事者が、何が正しい事実なのかを精一杯議論をし、その上で、第三者のレフェリーが説得力のある方に軍配を上げることにすれば、きっと真実に近づけるだろう。少なくとも、より中立的で、より透明性の高い手続で、より明確に、そして何よりも、より公正に税務に関する事実を決めることができる。すなわち、よりフェアに事実を決めることができるのである。それが、古くから事実の争いを解決してきた人間の知恵ではないだろうか。

念のためであるが、私は、納税者にむやみに争うことを勧めるものではない。税務当局の指摘が正しいのであれば、それに従って税金の申告を修正すべきである。指摘が間違っているとしても、戦える武器があるかどうか、よくよく検討すべきである。納税者に勝ち目もないのにやみくもに審査請求をするのは、時間と費用の無駄遣いである。その意味で、納税者にとっては、勝ち目があるかどうかの見極めが最も重要となる。しかし、勝ち目があるのであれば、審査請求をすることをためらう必要はない。納税者がよりフェアに事実を決めたいのであれば、審査請求をするべきである。

審査請求をして税務当局と争ったら、今後の税務調査で報復されるのではないかと納税者が不安に思う気持ちは分かる。でも、実際にはそんなことはできない。納税者が審査請求をして争ったことを理由に、税務当局が報復することはできないのである。そのような報復は、税務当局に認められた権限を超えた行為だからである。

逆に、納税者が争うべき点をきちんと争う姿勢を見せれば、税務当局にも、唯々諾々と指摘に応じる相手ではないことが伝わる。むしろ、裏付けが不十分なまま納めるべき税金が少ないと指摘されるようなことがなくなり、今後の税務調査は、納税者にとってよりフェアなものになるだろう。

 

5 おわりに

日本の審査請求は、諸外国と比較すると件数の絶対量が少ない。果たして、日本には、税務当局を相手にフェアに税務に関する議論ができる仕組みがあると本当にいえるのだろうか。そんな疑問さえ湧いてくる。日本でも、税務をもっとフェアにするための手続の入口である、審判所に対する審査請求をさらに普及させる必要があるのではないだろうか。そこで、争えば税務はもっとフェアになるということを、あえて申し上げる次第である。

私たちは、課税処分への対応等について、随時、オンライン相談会を開催しているので、もし課税処分に直面されていて、争ったら勝てるかどうか検討することをご希望であれば、いつでも上記メールアドレスまでご連絡いただきたい。

 

以上

 

*1 審査請求における納税者の武器についてさらに詳しく知りたい方は、拙著『争えば税務はもっとフェアになる』(中央経済社)を参照されたい。

本記事に関する留意事項

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