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2020年上期IPO市場の動向

月刊誌『会計情報』2020年9月号

IPO戦略統括室 公認会計士 山口 誠二

1.はじめに

2020年上期におけるIPO市場は、世界的に拡大した新型コロナウイルス感染症の影響による欧米でのロックダウンや原油価格の急落、世界経済の先行き不安を背景に、一時急激に減速したものの、その後の経済活動の再開、各国の経済対策等により株式市場全体が回復しつつある。

2020年上期の国内IPO企業数は39社(TOKYO PRO Marketへの上場5社を含む)であり、前年2019年上期の41社(TOKYO PRO Marketへの上場3社を含む)を若干下回る結果となった。上場承認を受けた企業のうち18社が上場延期・中止するなど、株式市場が新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受けながらも、IPO企業数は例年並みの水準で推移したといえる。

以下、2020年上期の国内IPO市場の動向と特徴を整理してみることとする。

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【図表1】国内IPO企業数の推移(単位:社)
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2.2020年上期のIPOの特徴

2020年上期のIPOの主な特徴を要約すると、以下のとおりである。各項目の詳細については後述する。

① 市場別…引き続きマザーズ市場へのIPOの割合は高く、全体の56%を占めている。

② 業種別…サービス業が全体の41%を占めた。また、初値の公開価格割れ企業が18社と突出した。

③ 上場承認取消し…上場延期・中止のため承認を受けた企業のうち18社が上場申請を取下げた。

④ 発行総額…発行総額500億円以上の企業はなく、比較的中小型のIPOが多い傾向があった。

⑤ IPOのタイミング…期越え上場数が38%を占めている。

⑥ IFRS適用によるIPO…IFRS適用企業は1社のみ(㈱きずなホールディングス)

⑦ 時価総額…初値時価総額500億円以上の企業は1社のみ(㈱カーブスホールディングス)

⑧赤字上場の減少…上場直前期の当期純損失企業は3社であり、前年比で大幅に減少した。

 

① 市場別

直近の市場別のIPO企業数は、図表2のとおりである。2020年上期のマザーズへのIPO企業数は22社、全体に占める割合は56%と引き続き高い水準である。また、東証本則へ上場する企業数は前年上期と同数の6社、JASDAQへの上場は3社から5社に増加している。なお、名古屋証券取引所で1社、TOKYO PRO Marketでは5社の上場があった。

【図表2】市場別IPO企業数の推移(単位:社)
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② 業種別

2020年上期にIPOした企業の業種別の内訳は図表3のとおりである。2020年上期ではサービス業16社、情報通信業7社となり、2業種合計では23社と全体の59%を占めている。代表的なサービス業では、フィットネスクラブを展開する㈱カーブスホールディングスがあり、後述する初値時価総額では2020年上期で最大値となっている。

一方で、不動産業はTOKYO PRO Marketへの上場1社のみとなり、過年度からの推移と比較し、減少傾向にある。

【図表3】業種別IPO企業数(単位:社)
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また、初値と公開価格の倍率が高かったIPO企業は図表4のとおりである。With/Afterコロナの影響を踏まえた成長が期待できる企業や巣ごもり需要の恩恵を受けるビジネス等に対する投資家の期待が高い傾向にあった。これらに加えて、初値と公開価格の倍率が高かったIPO企業は、新型コロナウイルス感染症拡大による株式市場の混乱が収まった後、株式市場が回復基調に転じた6月以降の上場となっている。

【図表4】公開価格比(初値と公開価格の比)が高かった企業
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一方で、初値が公開価格を下回った公開価格割れのIPO企業数の推移が図表5のとおりである。2020年上期が突出しており、新型コロナウイルス感染症拡大による株式市場の混乱の影響を受けたと考えられる。なお、公開価格割れしたIPOの全てが3月〜4月に上場した企業となっている。

【図表5】初値が公開価格を下回ったIPO企業数の推移
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③ 上場承認取消し

上場承認後に承認取消しとなった企業数の推移は図表6のとおりである。2020年上期が突出しており、3月〜4月にかけて上場承認を受けた企業からの上場延期・中止の申し出に基づき、18社の上場承認が取消されている。前述の初値が公開価格を下回ったIPO企業数と同様に、新型コロナウイルス感染症拡大の影響による株式市場の混乱を懸念した企業からの申請取下げと考えられる。

なお、2020年6月末時点では、18社のうち3社(㈱ロコガイド、㈱コパ・コーポレーション、㈱コマースOneホールディングス)は再上場申請のうえ、新規上場を果たしている。

【図表6】上場承認後に承認取り消しとなった企業数の推移(単位:社)
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④ 発行総額

公募金額及び売出し金額を合計した発行総額レンジ別のIPO企業数は、図表7のとおりである。2020年上期の特徴として、発行総額100億円以上のIPO企業は1社のみとなっており、2018年通期の12社、2019年通期の9社に対して、IPO全体に占める割合は2.9%に低下している。発行総額50億円未満の比較的中小規模のIPOの割合が増加している傾向にある。

【図表7】発行総額レンジ別のIPO企業数の推移(単位:社)
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⑤ IPOのタイミング

最近はIPOのタイミングが上場申請期の期初から長い企業が多い傾向にあるが、2020年上期も同様の傾向にある。図表8では、2017年、2018年、2019年及び2020年上期の上場申請期の期初からIPOするまでの月数別の企業数を示している。

【図表8】上場直前期末からIPOするまでの月数別企業数(単位:社)
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上場申請期の第4四半期期末月(=上場申請期の期初から数えて12か月目)に上場する企業数は、2020年上期では17社あり、他の月と比較して最も多い月となった。また、上場申請期の期初から数えて13か月目から15か月目での上場、いわゆる「期越え上場」については、図表9で示すとおり、2020年上期は15社と全体の38%を占めている。これは、業績予想の達成状況を慎重に見極めてから上場する会社が多いことに起因していると考えられ、今後もこの傾向が続くことが予想される。

【図表9】期越え上場の件数と割合
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⑥ IFRS適用によるIPO

2020年上期にIFRS(国際財務報告基準)を適用して上場した企業は、3月に上場した㈱きずなホールディングスの1社のみであることも特徴のひとつである。前述した発行総額100億円以上の企業が減少し、比較的中小規模のIPOの割合が膨らんでいることも関連していると考えられる。

なお、最近のIFRSを適用して上場した企業は図表10のとおりであり、投資ファンドが主要株主となっているか若しくは資本上位会社がIFRSを適用している会社であった。IPO企業において、投資ファンドが多くを出資するケースでは上場する際にIFRSを適用する傾向が見受けられる。

【図表10】IFRSを適用したIPO企業
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⑦ 時価総額

初値時価総額レンジ別のIPO企業数は、図表11のとおりであり、2020年上期に初値時価総額1,000億円を超えたIPOはない。初値時価総額500億円を超えるIPOは1社であり、3月2日に上場したフィットネスクラブを展開する㈱カーブスホールディングスである。上場初値は670円(公募価格750円)をつけ、初値時価総額567億円は2020年上期で最大規模のIPOとなった。

なお、初値時価総額100億円以上の企業の割合は、全体の35%であり、過去の割合と比較した場合、時価総額では中小規模のIPOが膨らんだ結果となった。

【図表11】初値時価総額レンジ別のIPO企業数の推移(単位:社)
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⑧ 赤字上場の減少

2016年以降、上場直前期に当期純損失を計上している企業や上場申請期に当期純損失を予想している企業が増加傾向にあったが、2020年上期では上場直前期の当期純損失企業は、前年の19社(上期6社)から3社に減少している。また、上場申請期においても当期純損失の業績予想をしている企業はない。

【図表12】当期純損失を上場直前期に計上、申請期に予想したIPO企業の推移(単位:社)
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3.おわりに

2020年上期は、新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、株式市場は一時急激に悪化したものの、その後の経済活動の再開や経済対策等により株式市場は回復しつつある。ただし、株式指標の回復については、実体経済との乖離も懸念され、国内の新型コロナウイルス感染症も再び拡大傾向にあることを踏まえると、今後も経営環境の変化等に留意すべき局面が継続していくものと考えられる。

一方、市場構造の在り方等の見直しについて、日本取引所グループより、2020年2月21日に今後の市場区分の見直しに向けた「新市場区分の概要等について」が公表された。当公表では、現状の市場区分を明確なコンセプトに基づき、「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」(いずれも仮称)の3市場に再編し、新たな上場基準や経過措置等の概要が示された(詳細は2020年内に公表予定)。なお、新市場区分への移行は2022年4月1日を予定している。

また、金融庁では2019年12月に「株式新規上場(IPO)に係る監査事務所の選任等に関する連絡協議会」を設置し、IPOに係る監査事務所の選任等に関する問題につき、2020年3月27日に報告書を公表した。報告書では、新規・成長企業がその成長プロセスに応じて適切な監査を受けることができるための環境整備を進めるに当たって、監査事務所のほか、証券会社、ベンチャーキャピタル、取引所などの関係者が、その必要性についての理解を共有した上で、課題解決を図っていく必要がある旨が示された。

冒頭の新型コロナウイルス感染症拡大の影響や市場区分の再編、監査事務所の選任問題等は、IPOを目指す企業やその関係者において、注視している事項である。特に新型コロナウイルス感染症拡大の問題は、経営環境の大きな変化を伴い、事業の見直しや内部管理体制の再構築に影響を与える可能性がある。そのような場合、上場準備企業はIPOを延期して事業の状況を再度見直し、内部管理体制を強化するなど、体制を整えたうえでIPOするという判断も必要であり、時には早期の上場を望む経営者に対してそのような指導を行うことが必要ではないかと考える。IPOを目指す企業とその関係者も含め、上場後の持続的成長と中長期的な企業価値向上を支えるための準備を怠ってならない。

以上

本記事に関する留意事項

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