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第10回 重要性の判断の行使(その1)

月刊誌『会計情報』2020年12月号

国際会計基準(IFRS)—つくり手の狙いと監査

前 国際会計基準審議会(IASB)理事 鶯地 隆継

求められたガイダンス

IASBは「重要性がある」という言葉の定義の変更に先立ち、IFRS実務記述書第2号「重要性の判断の行使」をリリースした。IFRS実務記述書とはIFRS Practice Statementの和訳である。IFRS実務記述書は第2号の他に第1号「経営者による説明 表示のフレームワーク」があるが、これらはあくまでも実務支援をするための強制力のないガイダンスである。したがって企業は実務記述書どおりに処理をする必要もなく、監査上も問題視されることはない。ただし、IFRS実務基準書第2号「重要性の判断の行使」には、IASBの立場、すなわち基準のつくり手の立場から見て、企業が当然行使しているであろうと想定している重要性の判断の目安となる実務が記載されている。ということは、裏返せば、IFRS基準は、企業がこの実務記述書に書かれているような重要性の判断を行っていることを前提としてつくられているということである。実はこの点は大変重要なことである。

基準は作成者が重要性の判断を行使してくれることを前提に基準を作っている。重要性の判断をせずに大量の開示が伴った分厚い読みにくい財務諸表はIASBが念頭に置いている財務諸表ではない。IASBがわざわざ実務記述書を作成し、公表したねらいはそこにある。というのも、IASBが「開示イニシアティブ」というプロジェクトを始めたそもそものきっかけが、IFRSにより作成された財務諸表の開示量が多すぎるという指摘からだった。この指摘は作成者サイドのみならず、財務諸表の利用者からも不満の声が大きかった。一般的に利用者は情報が豊富であること好み、情報は多ければ多いほどよく、必要な情報は自らが取捨選択するという姿勢の利用者も多いが、開示イニシアティブのプロジェクトで聞かれたのは、むしろ情報が多すぎて大事な情報が見失われるという声だった。

これを受けてIASBは当初、過剰な開示要求を減らすことを目的にリサーチを進めたが、何が過剰で何が適正なのかを見極めるのは極めて難しいことが分かった。もちろん時代の変化に対応できていない古い開示要求などは廃止するべきではあるが、例えば開示要求を三分の一減らそうといった作業は殆ど出来ないことが分かった。なぜならば、それぞれの基準で要求されている開示項目には、基準本体との関連で議論の末に必要であるという結論を得て基準の要求事項になっているので、開示項目を減らすのであれば、基準そのものの見直し作業を行っていく必要があるからだ。

そこで、IASBは開示要求を減らしていくという目的での検討は中止し、「開示の原則」というものを開発しようとした。しかし、これも漠然としたものとなり、開示の改善につながるようなものを導き出すことはできなかった。よって、この「開示の原則」を開発していくというアプローチも中断せざるを得なかった。

ただし、検討の過程で見えてきたのは、重要性の判断が行使されないまま開示されているものがあり、それが過剰な開示に繋がっているではないかという事である。「一部の企業において重要性の判断を行使する方法についての確信が持てず、どのような情報を財務諸表において提供すべきかを決定する際に、判断を用いるのではなく、IFRS基準の開示要求をチェックリストであるかのように使用している傾向がある。(IFRS実務記述書第2号 結論の根拠BC第1項)」。すなわちIASBが基準作りの前提としていた実務と異なる実務が行われているということである。

もし、その原因が重要性の判断を行使する方法について確信が持てないということであるならば、確信を持っていただけるようなガイダンスを提供することが大きな意味を持つのではないか。そういう背景からこの実務記述書第2号が生まれたのである。

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IFRS実務記述書第2号の概要

冒頭に述べた通り、実務記述書は強制力のないガイダンスである。しかし、実務記述書には、国内の法令との関係や、誤謬か否かの判断、財務制限条項に係る情報の扱い方など、作成者や監査人の関心が高いポイントについての具体的な記載がある。記述書の中ではそういった事象に直面した際の判断の手順が、「重要性がある」の定義から導き出されている。また、具体的な設例が豊富にある。また、強制力のある基準本体からの引用も多い。その意味では強制力のないガイダンスではあるものの、無視出来ないガイダンスであると言っても良いと思う。

ちなみに実務記述書では冒頭に「情報に重要性があるかどうかは判断の問題であり、関連する事実及び具体的な企業の状況に依存する。本実務記述書は、情報に重要性があるかどうかを判断する際に企業が考慮すべき要因種類を例示している。(IFRS実務記述書第2号 IN第5項)」とある。つまり、この実務記述書は企業が判断をする際の材料を提供しているだけであり、判断基準を提供しているものではないというということは理解しておかなくてはならない。

記述書の構成は以下の通りとなっている。

● 重要性の一般的な特性

● 国内の法令との相互関係

● 重要性の判断の行使 ―4つのステップ

● 個別トピック

  ・過年度情報

  ・誤謬

  ・財務制限条項に関する情報

  ・期中報告に関しての重要性の判断

 

〇 重要性の一般的な特性

定義

「重要性がある」の定義

情報は、それを省略したり、誤表示したり覆い隠したりしたときに、特定の報告企業に関する財務情報を提供する一般目的財務報告書の主要な利用者が当該報告書に基づいて行う意思決定に、当該情報影響を与えると合理的に予想し得る場合には、重要性がある。言い換えれば重要性は目的適合性の企業固有の一側面であり、個々の企業の財務報告書の文脈においてその情報が関連する項目の性質若しくは大きさ(又はその両方)に基づくものである。

(IFRS実務記述書第2号 第5項)

 

実務記述書では、定義を引用した上で、「企業が認識及び測定に関する要求事項を適用することを要求されるのは、それらの適用の影響に重要性がある場合のみである」としている。したがい、重要性がなければ、IFRS基準における要求事項を適用する必要は必ずしもない。しかし一方で、「企業が財政状態、財務業績又はキャッシュ・フローについて特定の表示を達成するために、IFRS基準からの重要性のない離脱を行うことや、それを修正しないでおくことは不適切である。」としている。

実際の現場では、このあたりの判断が一番難しいものになる。もともと重要性がないのだから、財務諸表に入れても入れなくても影響はないのではないかとも思われるが、意図的な離脱は不適切である。これは誤謬の項目でも強調されている。では、意図的ではない重要性のない離脱とはどのようなものであろうか。実務記述書には具体的な記載はなく、私見になるが、やはり一貫した判断基準に基づいた恣意性のない整合性のある判断を行う透明性の高い内部統制のメカニズムがあるかどうかという事がポイントになると思う。

 

判断

情報が財務諸表に対して重要性があるかどうかを判断する際に、企業は、主要な利用者が当該財務諸表に基づいて行う意思決定にその情報が影響を与えると合理的に予想し得るかどうかを決定するために判断を適用する。そうした判断を適用する際に、企業は、自らの具体的な状況と、財務諸表において提供する情報が主要な利用者の情報ニーズにどのように対応するのかの両方を考慮する。

(IFRS実務記述書第2号 第11項)

 

ここで、大切なことは重要性の判断をするに当たって、自らの状況だけで判断をしてはならないということである。自らにとって重要でなくても、主要な利用者が重要であると考えれば、それは重要であるということになる。また、実務記述書では判断について、「企業の状況は時とともに変化するため、重要性の判断は、そうした変化した状況に照らして各報告日に見直される。(IFRS実務記述書第2号 第11項)」としている。ということは、企業は判断にあたっては、まず、自らの財務諸表の主要な利用者は誰で、その主要な利用者が何を重要と考えているのかを正確に理解することが、判断のキーとなる。そしてさらにその上で、財務諸表利用者が重要と考えていること、すなわち関心事が、時とともに変化するならば、その変化にもキャッチアップしなければならない。

例えば、利用者が気候変動など地球環境の問題について、数年前よりも関心が高くなってきたとすると、たとえ自らの会社において気候変動に係る影響度が変わらなかったとしても、その重要性は高くなるのである。したがい、重要性は利用者との関係において相対的であり、かつ動態的であるということを意識しなくてはならない。

 

主要な利用者

財務諸表の目的は、主要な利用者に、企業への資源の提供に関する意思決定を行う際に有用な財務情報を提供することである。しかし、一般目的財務諸表は、主要な利用者が必要とする情報のすべてを提供しているわけではなく、すべてを提供することは出来ない。したがって、企業は、主要な利用者の共通のニーズを満たすことを目指す。特殊化された情報ニーズ(特定の利用者にとって固有の情報ニーズ)に対処することは目指さない。

(IFRS実務記述書第2号 第21項)

 

ここでのポイントは主要な利用者の共通のニーズは何かを判断することが、企業に求められているということである。しかしながら、財務諸表の利用者は千差万別であり、それぞれの利用者が全く異なったニーズを持っている可能性もある。それは、必ずしも特定の利用者にとっての固有の情報ニーズではなく、一般的な利用者のニーズであっても、利用者の立場は、例えば潜在的な投資者と債権者では異なるので、すべての利用者に共通するニーズを見つけることは難しいかもしれない。この点について、記述書には「共通のニーズの評価は、すべての現在の及び潜在的な投資者、融資者及び他の債権者に共有されている情報ニーズを識別することを必要としない。(IFRS実務記述書第2号 第23項)」と記載されている。

すなわち、企業がある程度戦略的に主要な利用者というものを絞り込んで、そのターゲットとなる利用者への共通ニーズというものを明確にしていく必要があるのである。この部分は非常に大事なポイントであり、企業がどういう姿勢でステークホルダーと向き合っているかが問われるポイントである。

 

〇 国内の法令との相互関係

企業の財務諸表は、企業がIFRS基準に準拠している旨を記載するためには、重要性に関する要求事項(重要性の要求事項)などのIFRS基準の要求事項に準拠しなければならない。したがって、IFRS基準に準拠している旨を記載したいと考える企業は、たとえ国内の法令が認めている場合であっても、提供する情報を基準が要求している情報よりも少なくすることは出来ない。

(IFRS実務記述書第2号 第27項)

 

重要性の判断に限らず、すべての要求事項について言えることではあるが、IFRS適用企業は、国内の法令とIFRS基準の要求事項の双方を遵守する必要がある。したがって、上記第27項が求めているものは当然のことであるにもかかわらず、なぜ記述書の中で独立した章を作って迄強調する必要があったのか。それは、重要性の判断が、会計基準の一部ではなく基準の適用問題として扱われがちだからである。

会計基準を適用するに当たって、様々な判断が必要であることは論を待たず、同じ会計基準であったとしても、法域が違ったり、産業分野が違ったり、あるいは商習慣が違ったりすることにより、その適用方法はそれぞれに異なることはあり得る。それは、原則主義のIFRSの場合、当然のこととして許容される。しかし、重要性の判断の行使は会計基準の判断の行使とは別である。むしろ重要性の判断の行使は、会計基準の判断の行使を適切に行うためのIFRS基準として求められているのである。つまり重要性の判断の行使は、適用の問題というよりもむしろ基準の一部なのだと考えるべきである。したがい重要性の判断の行使が適切に行われたものだけが、IFRSに基づいて作成された財務諸表と呼べるのであって、重要性の判断の行使が適切に行われていないものはIFRSに基づいて作成された財務諸表とは呼べないのである。

その意味で、この実務記述書は無視のできないものであると、私は考えている。次稿以降でさらに詳しく解説したい。

以上

本記事に関する留意事項

本記事は皆様への情報提供として一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、特定の個人や事業体に具体的に適用される個別の事情に対応するものではありません。また、本記事の作成または発行後に、関連する制度その他の適用の前提となる状況について、変動を生じる可能性もあります。個別の事案に適用するためには、当該時点で有効とされる内容により結論等を異にする可能性があることをご留意いただき、本記事の記載のみに依拠して意思決定・行動をされることなく、適用に関する具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

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