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第9回 原則主義の目的と重要性(その5)

月刊誌『会計情報』2020年11月号

国際会計基準(IFRS)—つくり手の狙いと監査

前 国際会計基準審議会(IASB)理事 IFRS部 鶯地 隆継

「重要性がある」の定義の変更

リース会計に関して重要性の議論が行われ、結論の根拠の中にリース会計基準適用を行うにあたって、重要性の判断を行使することが大切である旨が書き込まれてから、IASBでは「重要性がある」という言葉の定義について、改めて議論が活発となった。IASBは当時財務報告におけるコミュニケーションの改善を図るために、「開示イニシアティブ」というプロジェクトを推進していたが、「重要性がある」の定義の変更は、喫緊のものとして、優先度を上げて、速やかに対応をすることにした。

実は、2014年当時のIFRSには「重要性がある」という言葉の定義が、3か所に掲載されていた。ひとつは旧概念フレームワークであり、ひとつは旧IAS第1号「財務諸表の表示」、そしてもう一つは旧IAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」であった。基本的には同じ意味ではあったが、改正前は、それぞれに表現が微妙に違う部分もあった。以下は改正前の定義である。日本語の翻訳によって少しニュアンスが異なってしまっている部分もあるので、オリジナルの英文も併記した。なお、日本語の翻訳はIASBのe-IFRSに掲載されているもので、強調部分は筆者によるものである。

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旧概念フレームワーク QC11

情報は、その脱漏又は誤表示により、特定の報告企業に関する財務情報に基づいて利用者が行う意思決定に影響する可能性がある場合には、重要性がある。(後略)

Information is material if omitting it or misstating it could influence decisions that users make on the basis of financial information about a specific reporting entity.---

 

旧IAS第1号「財務諸表の表示」第7項および
旧IAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」第5項

項目の脱漏又は誤表示は、利用者が財務諸表を基礎として行う経済的意思決定に、単独で又は総体として影響を与える場合には、重要性がある。(後略)

Material Omissions or misstatements of items are material if they could, individually or ollectively, influence the economic decisions that users make on the basis of the financial statements. ---

 

このように、概念フレームワークの表現と、各基準の表現が異なっている。さらに、IAS第1号における定義と、IAS第8号における定義は全く同じ文言であったが、IAS第1号第7項にだけ、同じ条文の定義の中に以下のような追加の表現があった。

 

旧IAS第1号「財務諸表の表示」第7項

脱漏や誤表示が利用者の経済的意思決定に影響を及ぼし、それゆえに重要性があるかどうかを評価するには、(中略) 当該属性を有する利用者が経済的意思決定を行う際に、どのように影響を受けると合理的に予想しうるのかを考慮する必要がある。

Assessing whether an omission or misstatement could influence economic decisions of users,---- the assessment needs to take into account how users with such attributes could reasonably be expected to be influenced in making economic decisions.

 

この追加の表現が旧IAS第1号の定義にのみ加わっていることによって、重要性の意味合いが変わってくるのではないかという指摘があった。というのも、IAS第1号で追加された文章によって、「どのように影響を受けると合理的に予想し得るのかを考慮する」余地が生まれる。IAS第1号にはこの表現があるが、IAS第8号の定義の中に同じ表現はないので、IAS第1号において適用する重要性と、IAS第8号において適用する重要性に違いがあるのではないかとの混乱が生じていた。

IFRS第16号「リース」の中に重要性の基準を織り込まなかった理由は、重要性の基準は全ての基準に共通に当てはまるべきもので、個別の基準の中に織り込むと、IFRS第16号にだけ他の基準と異なる判断基準があるのではないかという誤解を生むから、というものだった。であれば、逆に全ての基準に共通する重要性の判断基準は、出来れば、一か所に、しかも完全に同じ表現であるべきという必要性をIASBは感じていた。

そこで、IASBは「重要である」の定義を変更し、統一することにした。ただ、IASBが「重要である」の定義を変更するに至ったのは、統一をするということ以外に、いくつかの理由があった。

 

Couldか、Wouldか、

重要性があることを判断するに当たって、概念フレームワークの定義では「意思決定に影響する可能性がある場合には」という記述がある。一方で、IAS第1号ならびにIAS第8号の表現では「経済的意思決定に、単独で又は総体として影響を与える場合には」という表現になっており、概念フレームワークにはあった「可能性がある」という表現が抜けている。しかし、オリジナルの英文を見てみると、概念フレームワーク、IAS第1号ならびにIAS第8号ともに「could」という単語が使われている。「could」という単語は「可能性がある」ということを意味するので、旧IAS第1号ならびに旧IAS第8号の日本語の翻訳において、「可能性がある」という言葉を使用しなかったのは、筆者の推測ではあるが、翻訳の際に旧IAS第1号の追加の説明的文章を考慮に入れたのであろう。

ただ、英文上はどちらの定義にも「could」という単語が使われており、IASBではこの表現こそが問題になった。「could」という単語が使われると、どんな些細なことでも可能性は排除できないので、作成者が重要性を判断する余地はほとんどなくなってしまうのではないか、という指摘があったからである。実はこのポイントは、開示イニシアティブで最も重大な課題であると考えられていた。開示イニシアティブで問題視されたのは、作成者が、重要性があるかどうかについての判断をせずに、重要性があるものも、ないものも、基準に要求されているものは、チェックリスト方式で細大漏らさずに記載することであった。このことにより財務諸表の開示量は増えてしまい、分かり易いとは言えない財務諸表となってしまっている。これは、作成者の態度あるいは行動様式(behavior)の問題であるが、このような作成差のチェックリストに依存する行動様式の原因が、「重要である」の定義のなかにある「could」という表現から来ているのではないかと指摘された。

実際に監査の現場でも、基準の表現が「could」となっている以上、作成者が投資家の判断に与える影響はないとして記載を省略することを提案したとしても、監査人がそれに同意するのは簡単ではない。結果的に基準で要求されているものは、重要性があろうとなかろうと、やはり全て記載しましょうということになり、開示の分量が増えてしまう。また、たとえ開示の分量が増えたとしても、むしろその方が楽だというのが作成者と監査人の本音であろう。重要性の判断をするというリスクをとるよりも、開示分量を増やすことを選び、重要性の判断は放棄されているのが実態である。

しかし、基準のつくり手の意図は違う。基準は作成者が重要性の判断を行使してくれることを前提に基準を作っている。重要性の判断をせずに大量の開示が伴った分厚い読みにくい財務諸表はIASBが念頭に置いている財務諸表ではない。

この問題について、当初「could」という表現を「would」に変えればよいではないかという提案があった。「could」と「would」の違いは日本人にとってはなじみのないものだが、英語では大きな違いがあるという。「could」であれば、可能性のあるものは全てというニュアンスになるが、「would」であれば、「であろうと思われるもの」という程度の意味になる。しかし、IASBの多くの理事たちはそのアイデアに賛意を示さなかった。なぜならば「would」にすると、かなりの高確率で影響を与えるものだけというニュアンスになってしまうからだという。「would」にすると、判断をする人の裁量の余地がかなり多くなってしまって、極端な言い方をすれば、判断をする作成者がそう思ったらそうで、そう思わなかったらそうではなくなる、という事のようだ。

一方で、旧IAS第1号には上述の追加の説明的文章があった。そこには、「当該属性を有する利用者が経済的意思決定を行う際にどのように影響を受けると合理的に予想し得るのかを考慮する必要がある。(the assessment needs to take into account how users with such attributes could reasonably be expected to be influenced in making economic decisions.)」という表現がある。英文では「could」という表現がここにもまた入っている。ただし、その「could」がかかるのは、「influenced」ではなく、「reasonably be expected」である。「判断に影響を受ける可能性がある」ではなく、「影響を受けると合理的に予想し得る」、という意味である。まさにこれこそがIASBが思い描くものである。そこでIASBはこの表現を定義の中に活かすことにした。

 

「重要性がある」の新しい定義

こういった審議を経て、IASBは「重要性がある」の定義を以下のように変更した。

重要性がある

情報は、それを省略したり、誤表示したり覆い隠したりしたときに、特定の報告企業に関する財務情報を提供する一般目的財務諸表の主要な利用者が当該財務諸表に基づいて行う意思決定に、当該情報が影響を与えると合理的に予想し得る場合には、重要性がある。

Material:
Information is material if omitting, misstating or obscuring it could reasonably be expected to influence decisions that the primary users of general purpose financial statements make on the basis of those financial statements, which provide financial information about a specific reporting entity.

 

尚、表示場所もIAS第1号第7項の一か所に絞り、IAS第8号第5項では、IAS第1号7項をリファーするというスタイルにしている。また、同時に概念フレームワークも全く同じ文章に修正した。これによって、「重要性がある」という言葉の定義のばらつきはなくなり、基準のつくり手の意図が明確に伝わるようになった。

 

新しい「重要性がある」の定義がもたらすもの

では、「重要性がある」の定義が変わったことで、実務にはどういう影響があるのであろうか。IASBが期待していること、すなわち基準のつくり手の狙いは、投資家の投資判断に影響を与えると合理的に判断されるようなものが、分かり易く目立つ形で財務諸表に表示されることである。

今回紙幅の関係で詳しくは説明していないが、今回の定義の変更には、重要な情報が重要でない情報によって覆い隠されることがないようにするという狙いもある。それは定義の最初の文章で、「省略したり、誤表記したり覆い隠したときに」という表現に表れている。ここでは「省略したり」と「誤表記したり」と言葉に加えて、それと対等な形で「覆い隠したときに」と記述されている。つまりこれは、基準に要求されているから記載しておけばそれでいいという事ではないという意味である。重要性の判断をせずに、なんでもかんでも記載することは、基準のつくり手の意図に反している。今回そのことを明確にしたのである。

また、今回の定義の変更に当たっては、財務諸表の利用者とは、という事についても議論した。財務諸表の利用者の判断と言った場合に、どういう利用者を想定するかによって「重要である」の判断がぶらついては困るからだ。定義の中には「主要な利用者」という表現を入れている。これは、利用者といっても全ての利用者を想定に入れる必要はないという意味である。全ての利用者を想定に入れてしまうと、結局あらゆる可能性を排除できなくなるからである。財務諸表が念頭に置くのは主要な利用者であるということを明確にしたのである。

このように、新しい「重要性がある」の定義には様々な基準のつくり手であるIASBの狙いが込められている。作成者と監査人はこの狙いを正しく理解し、実務に活かしていかねばならない。しかしながら、筆者が思うにこれは簡単なことではない。なぜならば、作成者はより多くの判断をしなければならなくなるからだ。そして最終的に重要性の判断をするさいには、どういう前提でその重要性の判断をするのかを明確にする必要がある。でなければ、判断がぶれるリスクがあるからだ。重要性の判断をするためには、どういう主要な利用者を想定し、何を持って合理的に予想できるのか、その合理的な根拠というものをしっかり考えておく必要がある。判断にはリスクが伴う。作成者が重要でないと判断し記述を省略したものについて、後日問題になり、なぜ記述を省略したのかと問い詰められたときに、しっかりとした基準で重要性を判断したことを示せなければ、意図的に隠ぺいしたと言われるリスクもある。かといって、そのリスクを恐れて、チェックリストに従って全ての情報を細大漏らさず開示すれば、元の木阿弥である。作成者と監査人の技量がためされる。

以 上

本記事に関する留意事項

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