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第12回 重要性の判断の行使(その3)

月刊誌『会計情報』2021年2月号

国際会計基準(IFRS)—つくり手の狙いと監査

前 国際会計基準審議会(IASB)理事 鶯地 隆継

重要性の判断の行使が難しいのは個別具体的な場面に直面した場合である。一般論としての重要性の議論は比較的に分かり易い。すなわち、それを省略したり、誤表示したり覆い隠したりしたときに、特定の報告企業に関する財務情報を提供する一般目的財務報告書の主要な利用者が当該報告書に基づいて行う意思決定に、当該情報が影響を与えると合理的に予想し得る場合には、重要性があるのだから、それに沿って判断すればよい。実務記述書では、その判断を行うためのプロセスとして4つのステップを示している。しかし、4つのステップを踏むとしても、やはり最終的には判断である。そして、ひとつの経済事象単独だけを見ての判断では、全体として大きく誤った判断になってしまうリスクもある。個別事象に対応して、臨機応変に全体像、前後関係も勘案しての判断が必要となる。

実務記述書では、判断が難しくなる可能性のある、過年度情報や誤謬の扱い、さらには財務制限条項に関する情報及び期中報告に関しての重要性の判断について、個別のトピックとして取り上げ、具体的な判断例を示している。

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IFRS実務記述書第2号の概要

  • 重要性の一般的な特性
  • 国内の法令との相互関係
  • 重要性の判断の行使 -4つのステップ
  • 個別トピック
    ・過年度情報
    ・誤謬
    ・財務制限条項に関する情報
    ・期中報告に関しての重要性の判断

長方形で囲った部分が本稿の対象

 

〇個別トピック

過年度情報

<過年度情報の位置づけ>

IFRS基準は、当期の財務諸表に含めて報告するすべての金額について、前期に係る情報を開示することを企業に要求している。IFRSの財務諸表の体系を規定しているIAS第1号「財務諸表の表示」では、「IFRSが別のことを許容又は要求している場合を除き、企業は、当期の財務諸表で報告するすべての金額について、前期に係る比較情報を開示しなければならない。当期の財務諸表の理解への目的適合性がある場合には、説明的・記述的な情報に関する比較情報も含めなければならない(IAS第1号「財務諸表の表示」第38項)」。と記載されている。これは、IFRSにおいては、財務諸表の理解のためには過年度情報は必須の情報であり、それは目的適合的でなければならないということである。したがって、重要性の判断も、年度ごとの個別の判断ではなく、過年度分と当年度分を合わせて判断することになる。この点について、IFRS実務記述書では「企業は、財務諸表において提供される、過年度情報を含めた完全な一組の財務諸表について重要性の判断をする(実務記述書第2号 第31項)」。と述べている。

過年度の財務諸表はいったん確定したものとして、過年度において公表されている。ただし、過年度の財務諸表は過年度に公表する時点で行使された重要性の判断に基づいて作成されている。問題は、過年度と当年度とで重要性の度合いが相対的に変わってくることであって、その場合の当年度における過年度の財務諸表についての重要性の判断の行使をどうすべきかについて、実務記述書は解説している。

 

<過去に提供していなかった過年度情報>

法域によっては、過年度の財務諸表は法的に確定情報であるために、財務諸表の内容を追加したり、省略したりすることに対して厳しい制限をかけている場合がある。しかし、IFRSの場合は上述した通り、過年度情報を含めた完全な一組の財務諸表について重要性の判断をするので、IFRSにおいては法域でのルールに拘わらず、過去に提供していなかった情報でも、当年度の財務諸表の理解において必要であれば、提供が必要になる場合がある。実務記述書ではこの点について、「企業は、過年度の財務諸表において提供されていたかどうかにかかわらず、当期の財務諸表を理解するために必要である場合には、過去に提供していなかった過年度情報の記載が要求されることになる。(実務記述書第2号 第70項)」と述べている。

 

<過年度情報の要約>

過年度においては、非常に重要であったものが、今年度は重要でなくなったということも起こる。過年度においては重要な事象であったため詳細な開示があったが、今年度は対象となる事象がない場合について、実務記述書はこう述べている。「財務諸表の作成又はそれらの監査に影響を与える国内の法令に従うために必要とされる範囲を除き、企業は、過年度の財務諸表で提供した情報のすべてを当期の財務諸表において自動的に再掲することはない。その代わりに、企業は、主要な利用者が当期の財務諸表を理解するために必要な情報を維持しつつ、過年度情報を要約することができる(実務記述書第2号 第70項)」。

 

誤謬

<誤謬とは>

重要性の判断を行使するに当たって、作成者並びに監査人の頭を最も悩ませるのが、重要性の判断を行使した上での会計処理、ないしは開示なのか、あるいは、本来の会計処理や開示を怠った誤謬であるのかという問題である。誤謬か誤謬でないのかという問題は、経営者や監査人の責任にも関わる話なので、非常に神経質な議論になり得るものである。

まず、重要なポイントとして、IAS第8号「会計方針、会計上の見積もりの変更及び誤謬」において、「過年度の誤謬」という言葉の定義はあるが、「誤謬」や「当年度の誤謬」という言葉は定義されていない。それは、当年度に重要性のある誤謬があるならば、それは当然に財務諸表が確定する前に修正すべきものであるからである。したがって、誤謬とはその誤謬が発生した時点では分からずに、あるいは誤謬ではないと確信して会計処理や開示の判断をしたものが、事後的に、あれは誤りであったと判明するものである。

ただし、難しいのは重要性のない誤謬である。いわゆるケアレスミスなどのヒューマンエラーや、事務的に十分補足できなかった情報である。IAS第8号ではこの点について、こう述べている「誤謬は、財務諸表の要素の認識、測定、表示又は開示に関し発生する。財務諸表は、重要性がある誤謬を含んでいる場合、又は重要性はないが、企業の財政状態、財務業績又はキャッシュ・フローの特定の表示を達成するために意図的に誤謬を犯した場合には、IFRSに準拠していないことになる。当期に発見される可能性のある当期の誤謬は財務諸表の発行が承認されるまでに訂正する。しかし、重要性がある誤謬が後の期まで発見されない場合もあり、これらの過年度の誤謬は、
後の期間の財務諸表に表示される比較情報で訂正される(IAS第8号 第41項)」。

 

<重要性のある誤謬>

IAS第8号の第41項の文言は大変重たいものである。まず、重要性のある誤謬が含まれていれば、それはIFRSに準拠していないことになる。したがって、必ず修正しなくてはならない。一方、重要性のない誤謬でも、特定の表示を達成するために意図した誤謬を犯した場合には、これもIFRSに準拠していないことになるが、ここでは、重要性のない誤謬については触れられていない。重要性がなく、特定の表示を達成する為でもない誤謬はどうすればよいのか。IAS8号の第41項は、しかし、「当期に発見される可能性のある当期の誤謬は財務諸表の発行が承認されるまでに訂正する。」と明記している。ということは、すなわち重要性がなくても誤謬は必ず修正しなければならない、とも読める。であれば、決算を報告する前に、僅かな金額の間違いが見つかったら、金額の多寡に拘わらず修正しなくてはならない。これは、建前は理解できるが、事務的にはプレッシャーの高い要求である。

この点について、実務記述書ではこの点を明確にし、「重要性がない誤謬は、特定の表示を達成するために意図的に行われたものでない場合には、IFRS基準への準拠を確保するために訂正する必要はない(後略)(実務記述書第2号第74項)」。と明記した。

では、重要性のある誤謬か、重要性のない誤謬かをどう判断するのか。この点が最も大事な判断となる。この点について実務記述書は、取引の重要性を判断するのと同じプロセスを踏んで判断すればよいのではないかと述べている。ただし、誤謬の重要性を判断する際には、誤謬が集合的に見て重要性があるのかどうかも判断しなければならない。たとえば、1件ごとの取引の処理としては微細な誤差であったとしても、何万件もの取引があれば、全体としては重要な誤謬となる可能性がある。

さらに留意すべきことは、異なる種類の誤謬が逆方向の効果をもたらすケースである。すなわちある間違いを別の間違いが取り消してくれるようなケースである。この点について、実務記述はこう述べている。「誤謬がそれ単独では重要性がないと判断された場合であっても、他の情報との組合せで考えた場合に重要性があるとみなされる可能性がある。しかし、一般に、誤謬が個別に企業の財務諸表に対して重要性があると評価される場合に、企業の財政状態、財務業績又はキャッシュ・フローに逆方向に影響を与える他の誤謬が存在しても、当該誤謬は重要性がないものとはならず、当該誤謬を訂正する必要がなくなることもない(実務記述書第2号 第76項)」。

逆方向に影響がある二つ以上の誤謬を組み合わせて相殺させ、あたかも重要性のある誤謬は一切なかったかのように装うことは、当然のことながら、あってはならないことである。ただ、重要性のない誤謬がいくつか集まって、結果的には互いに影響額を相殺しあって、全体としてはほとんど影響のないようにみえることは、意図してのものかどうかを問わず、実務上はあり得ることである。ここで、ポイントになるのは、やはりそれぞれの個別の取引が重要であるかどうかである。その際には、定量的な重要性だけではなく、むしろ定性的な重要性の判断を的確に行うことが大切である。

 

<累積的誤謬>

誤謬に関して、次にやっかいな問題は累積的誤謬である。過去の各年度において、重要性がないと判断した誤謬でも、それが複数年度において発生し、その累積額が大きくなり、その累積額に定量的な重要性が生じてきた場合に、その累積的誤謬をどう扱うかは悩ましい問題である。その場合、過去の判断が間違っていたと指摘されるのではないかというのが、気になるところである。結論から言えば、たとえば意図的に隠すなどという目的をもって開示しなかったというのでない限りは、過去の判断が誤っていたと責められることはない。この点について、実務記述書は「企業が過年度の財務諸表の発行が承認された時に行った過年度の財務諸表における累積的誤謬に関する重要性の判断は、その後の期間において再検討する必要はない。ただし、企業が次のような情報を使用しなかったか又は誤用した場合は除く。

(a) 当該期間に係る財務諸表の発行が承認された時に入手可能となっている情報で、かつ、

(b) 当該財務諸表を作成する際に入手でき、検討できたと合理的に予想できた情報(実務記述書第2号 第78項)」。と述べていて、過年度の判断についての再検討は不要であるとしている。ただし、その過年度の判断は、その時点で入手可能な情報に基づき適切に行われていることが大前提となるので、必要な手続きが適切に行われていたのかどうかは、確認されると思っておかなければならない。

なお、累積的誤謬の金額に定量的な重要性が生じて、それを当年度において修正する場合は、過年度情報についても、IAS第8号「会計方針、会計上の見積もり及び誤謬」に基づいて修正する必要がある。

 

財務制限条項に関する情報

財務制限条項とは、金融機関が債務者に対して付与する条件で、一定の基準値(純資産の総資産に対する比率など)を下回った場合などに、債務者に貸付金の即時返済を求めることができるとする条件を定めた条項である。コベナンツとも呼ばれる。このような財務制限条項に関する情報は、財務制限条項を付与した当該金融機関以外の資本提供者や、潜在的な資本提供者にとっては非常に重要な情報となることがある。というのも、財務諸表上は一見健全そうな企業でも、大変厳しい財務制限条項がついた融資契約によってワーキングキャピタルを保持しており、その条件を満たすぎりぎりの財務状況である可能性もあるからだ。したがって、財務制限条項の有無、そしてその条件の内容は、通常は非常に重要性のある情報であるといえる。このためIASB内部の当初の議論では、財務制限条項があれば、それらは内容にかかわらず、すべて重要であるという議論もあった。ただし、財務制限条項をどう定義するかにもよるが、ほとんどの融資契約において、何らかの形の財務制限条項は必ずついている。したがって、財務制限条項があれば、必ず重要性があるので、すべて開示すべしというガイダンスは行き過ぎであろうという議論になった。ならば、どういう財務制限条項であれば、重要性があるのかという判断基準が必要となる。たとえば、もともと重要性のない借入金に係る財務制限条項は、万一違反状態になったとしても、借入金そのものに重要性がないのだから、違反による帰結に重要性はない。一方で、借入金が重要性のある大きな金額であっても、財務制限条項の条件が形式的なもので、通常はあり得ないような状況に陥った場合にのみ発動されるようなものであれば、そのような条項について丁寧に開示する必要はないかもしれない。このようなことから、IASBは、違反の発生による帰結の重要性と、違反の発生の確率の二つの要因の組み合わせで重要性が決まるとし、実務記述書ではこのように記述した。「具体的には、財務制限条項が存在する場合には、企業は次の両方を考慮する。

(a) 違反が発生した場合の帰結、すなわち、財務制限条項への違反が企業の財政状態、財務業績及びキャッシュ・フローに与えるであろう影響。それらの帰結が主要な利用者の意思決定に影響を与えると合理的に予想し得る方法で企業の財政状態、財務業績又はキャッシュ・フローに影響を与える場合には、財務制限条項の存在及びその条件は重要性がある可能性が高い。逆に、財務制限条項への違反の帰結が、企業の財政状態、財務業績又はキャッシュ・フローにそのような形で影響を与えない場合には、当該財務制限条項に関する開示は必要ない可能性がある。

(b) 財務制限条項への違反が発生する確率。財務制限条項への違反が生じる可能性が高いほど、
当該財務制限条項の存在及
びその条件に関する情報に重要性がある可能性が高くなる(実務記述書第2号 第82項)」。

 

期中報告に関しての重要性の判断

IASBは、期中報告と年次報告において重要性の判断が変わるのかどうかについて議論し、基本的には変わらないとしたものの、いくつか考慮すべきことがあるとして、実務記述書の中に以下の留意点を織り込んだ。「期中財務報告書に関しての重要性の判断を行使するにあたり、企業は当該報告書の対象となっている期間に焦点を当てる。すなわち、

(a) 期中財務報告書の中の情報が、年次のデータではなく期中報告期間の財務データとの関連において重要性があるかどうかを評価する。

(b) 重要性の諸要因を、期中報告期間のデータと、複数の期中報告期間がある場合(例えば、四半期報告の場合)は、その事業年度の年初からの累計期間に係るデータの両方に基づいて適用する。

(c) 年次財務諸表に対して重要性があると予想される情報を期中財務報告書で提供するかどうかを考慮することがある。しかし、年次財務諸表に対して重要性があると予想される情報であっても、期中財務報告書に対して重要性がない場合には、期中財務報告書において提供する必要はない(実務記述書第2号 第85項)」。

 

この節のおわりに

以上3回にわたり、実務記述書第2号「重要性の判断の行使」の内容について、少し細かく見てきた。この節の冒頭に述べた通り、実務記述書はIFRSの一部ではないので、強制力はない。また、この実務記述書が他のIFRSの要求事項を変更したり、追加・削除したりしているわけでもない。ただ、IASBはこの実務記述書によって、次のような効果があるのではないかと期待している。

(1) 重要性の認知度を高め、企業がチェックリスト方式の判断から、主体的な判断をするようになる。

(2) 決まり文句の開示(ボイラープレート)を減らして、内容のある開示になる。

(3) 企業と監査人との間で、有用な議論が増える。

要すれば、実質的な改善が起こることを期待しているのである。私自身も大きな期待をしている。

以 上

本記事に関する留意事項

本記事は皆様への情報提供として一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、特定の個人や事業体に具体的に適用される個別の事情に対応するものではありません。また、本記事の作成または発行後に、関連する制度その他の適用の前提となる状況について、変動を生じる可能性もあります。個別の事案に適用するためには、当該時点で有効とされる内容により結論等を異にする可能性があることをご留意いただき、本記事の記載のみに依拠して意思決定・行動をされることなく、適用に関する具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

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