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第11回 重要性の判断の行使(その2)

月刊誌『会計情報』2021年1月号

国際会計基準(IFRS)—つくり手の狙いと監査

前 国際会計基準審議会(IASB)理事 鶯地 隆継

重要性の判断の行使は基準の一部

原則主義のIFRSの場合、会計基準を適用するに当たって様々な判断が必要となる。しかし、重要性の判断の行使は会計基準適用の判断の行使とは別である。というのは、重要性の判断の行使は、会計基準適用の判断の行使を適切に行うためのIFRS基準として求められているからである。つまり重要性の判断の行使は、適用の問題というよりもむしろ基準の一部なのだと考えるべきである。したがい重要性の判断の行使が適切に行われたものだけが、IFRSに基づいて作成された財務諸表と呼べるのであって、重要性の判断の行使が適切に行われていないものはIFRSに基づいて作成された財務諸表とは呼べない。

では、IFRS実務記述書第2号ではその重要性の判断の行使について、どの程度具体的に解説しているのであろうか。本稿では、第10回でカバーできなかった後半部分について解説する。

543KB, PDF ※PDFダウンロード時には「本記事に関する留意事項」をご確認ください。

IFRS実務記述書第2号の概要

  • 重要性の一般的な特性
  • 国内の法令との相互関係
  • 重要性の判断の行使 -4つのステップ
  • 個別トピック

・過年度情報
・誤謬
・財務制限条項に関する情報
・期中報告に関しての重要性の判の判断

下線部分が本稿の対象

 

重要性の判断の行使 ―4つのステップ

体系的なプロセス

重要性の判断の行使が適切になされたかどうかを客観的に確認することは、実は困難である。というのも、最終的には判断なので、適切に判断したかどうかは企業の主観的なものとならざるを得ない。ただ、それでは判断が適切になされたかどうかを客観的に評価することは出来ない。判断が適切になされたかどうかを客観的に評価するためには、判断のプロセスを検証することが必要となる。そしてそのプロセスが体系的で、首尾一貫して理にかなっているかどうかを確認して初めて、重要性の判断が適切になされたかどうかの評価が出る。むしろ、他に有効な方法がないというべきかもしれない。そのため、今回の実務記述書の公開草案に対して「一部のコメント提出者は、企業が財務諸表の作成において重要性の判断を行使する際に従う実務上のステップも記述することが有用であろうと提案した。(IFRS実務記述書 第2号 結論の根拠 BC第24項)」コメントを受けてIASBは4ステップの重要性プロセスを開発した。

 

4つの重要性プロセス

ステップ1 識別する。

潜在的に重要性のある情報を識別する。

ステップ2 評価する。

ステップ1で識別した情報が、実際に重要性があるかどうか評価する。

ステップ3 構成する。

情報を財務諸表案の中で、主要な利用者に明確かつ簡潔に伝達する方法で構成する。

ステップ4 レビューする。

財務諸表をレビューして、すべての重要性のある情報が識別され、重要性が完全な1組の財務諸表に基づいて幅広い視点から全体として考慮されているかどうか決定する。

(IFRS実務記述書 第2号 第33項)

 

ステップ1 識別する。

「潜在的に重要性のある情報を識別する。」

<識別の対象>
ここで、重要なことは視野を十分に広げることである。重要性の判断は、企業にとって重要かどうかという事だけではなく、財務諸表の利用者にとって重要かどうかである。また、IFRS基準に定められた要求事項がなかったとしても、「企業は、IFRS基準で定めていない情報が、特定の取引、その他の事象及び状況が企業の財政状態、財務業績及びキャッシュ・フローに与える影響を主要な利用者が理解するために必要である場合には、当該情報を提供すべきかどうか検討しなくてならない。(IFRS実務記述書 第2号 第10項)」したがって、企業は単にIFRS基準で定められた要求事項のみについての重要性を考慮するためにステップ1の識別をするのではなく、「IFRS基準で定められているものに加えて、企業の取引その他の事象及び状況が企業の財政状態、財務業績及びキャッシュ・フローに与える影響を主要な利用者が理解できるようにするのに必要な情報を識別しなければならない。(IFRS実務記述書 第2号 第38項)」

このように「潜在的に重要性のある情報を識別する」とは、「主要な利用者が企業への資源の提供に関する意思決定を行う際に考慮する必要がある可能性のあるものに関する情報を識別する。(IFRS実務記述書 第2号 第35項)」ことで、非常に広範な情報を識別しなければならないことを意味する。では何故、IASBがステップ1でこれだけ広い範囲の情報の識別をする必要があると考えたのか。それは、ステップ1で情報の識別の対象からはずれれば、仮にその情報が非常に重要な情報であったとしても、重要性の判断すら行われずに開示の対象外となってしまう可能性があるからである。

基準のつくり手の狙いは、企業が重要性の判断の行使をする最初のステップとして、まず、想像力を最大限に発揮して、ありとあらゆる可能性を考慮してもらうことである。最大限の範囲で可能性を考慮してから、順次絞っていくというプロセスが必要であると、IASBは考えたのである。

<利用者の共通ニーズ>
ただ、やみくもに範囲を広げるべきと考えている訳ではない。大前提として、利用者の情報ニーズに応えることが目的であるので、まず、主要な利用者の共通のニーズを理解していなければならない。財務諸表の利用者は千差万別であるので、すべての財務諸表利用者のニーズを同時に満たすことはできない。重要性の判断をするということは、すなわち、開示のターゲットとすべき対象となる利用者像を識別するという事でもある。実務記述書第2号の結論の根拠にはこのような記述がある。「当審議会は、主要な利用者の共通の情報ニーズに関する企業の知識がステップ1の追加的なインプットであるべきであると決定した。その知識に基づいて、企業はIFRS基準で定められていない追加的な情報を財務諸表に含めるべきかどうかを検討すべきである。(IFRS実務記述書 第2号 結論の根拠 BC第27項)」

<コスト判断>
もうひとつ、見落としてはならない大事なメッセージがある。それは、作成者のコストと重要性の判断との関係である。実務上は全ての判断において、コストは重要な判断材料のひとつである。しかし、企業が重要性の判断を行使する際にコストを要素としてはならない。ある基準を適応するのにコストがかかるから、その情報は重要ではないという判断はありえない。適用に関するコスト判断をするのは、基準のつくり手であるIASBが行うものであり、作成者がするべきものではない。すなわち、基準のつくり手であるIASBは、個々の会計基準の要求項目を決定する際に、コストの要因を考慮している。本当にコストだけがかかって、有用性のない情報は要求していない。その情報にもし重要性があれば、コストをかけてでも企業が作成しなければならないと考えられるものだけが、IFRSの要求事項となっている。したがって、企業が重要性を判断する際に、先にコストがかかるからという判断要素を取り入れてしまうと、コストがかかる情報はどんなに重要であっても開示されないということになりかねない。したがって、この点についてIASBは明確なメッセージを発信している。「当審議会が基準を開発する際には、情報を提供することの便益と、当該基準の要求事項に準拠することのコストとの間のバランスも考慮する。しかし、基準における要求事項を適用することのコストは、企業が重要性の判断を行使する際に考慮すべき要因ではない。企業は、基準において明示的な許可がある場合を除き、IFRS基準における要求基準に準拠することのコストを考慮すべきではない。(IFRS実務記述書 第2号 第37項)」

 

ステップ2 評価する。

「ステップ1で識別した情報が、実際に重要性があるかどうか評価する。」

<定量的要因>
ステップ1では、重要性があるなしにかかわらず、潜在的に重要性があるものをリストアップしただけであり、ステップ2からは、実際に重要性があるかどうかを評価する。その際に、定量的要因と定性的要因の両面から評価する。実務の世界では、重要性を判断する際には定量的な方法に頼りがちである。すなわち、税前利益の5%以上であれば重要ではないかといった判断基準である。このような方法は、実務では一般的ではあるが、この実務記述書では「企業が純粋に数値的な指針に依拠することや、重要性について画一的な定量的閾値を適用することは、適切ではないであろう。(IFRS実務記述書 第2号 第41項)」としている。

しかし一方でこの実務記述書は、「まず、定量的な観点から評価することが重要性の評価の効率的アプローチとなる場合がある。企業がある情報を取引その他の事象又は状況の影響の大きさのみに基づいて重要性があると評価した場合には、企業は当該情報項目を他の重要性の諸要因に照らしてさらに評価する必要がない。(IFRS実務記述書 第2号 第53項)」と述べていて、量的に重要性があって、それで企業が重要だと判断できる場合は、それ以上作業する必要がないので、先に量的評価を行えば効率的だと述べている。ただ、逆に量的に重要性がないからといって、重要性がないということにはならない。実務記述書では、同じ項で「しかし、定量的な評価だけでは、ある項目に重要性がないと結論を下すには必ずしも十分ではない。企業は定性的要因をさらに評価すべきである。(IFRS実務記述書 第2号 第53項)」としている。すなわち、重要であると決定する際には定量的要因だけで判断できるが、重要でないと決定する際には定量的要因と、定性的要因の両面から判断しなくてはならない。したがって、画一的な定量的閾値を適応することは適切ではないのである。

<定性的要因>
 定性的要因には企業固有の定性的要因と外部の定性的要因があり、重要性の判断を行使するに当たっては、その両方を考慮する必要がある。企業固有の定性的要因とは、取引の内容又は企業のおかれた状況についての一般的・標準的でない特徴などであり、その影響を利用者が知っておくべき要因である。そして大事なことは、一般的・標準的でない企業固有の要因により、一般的には定量的に重要でない場合でも、当該企業には重要な影響が出てくる可能性があるような要因を利用者に適切に知らしめることである。

外部の定性的要因とは、企業が活動を行っている地理的所在地、業種、経済の状況などである。実務記述書は「企業の財務諸表の主要な利用者にとっての情報の目的適合性はまた、企業が営業を行っている文脈の影響を受ける可能性がある。(IFRS実務記述書 第2号 第49項)」と述べている。ここでいう“文脈”は原文では、contextであり、企業の置かれた状況、環境、前後関係という幅広い意味合いが込められている。まさに外部の状況、空気すなわち、あらたに形成されつつある社会的コンセンサスの動向と言ったものも含まれている。

特に注目すべきなのは、この実務記述書では「外部の定性的要因は長期間にわたり一定の場合もあれば、変化する場合もある。(IFRS実務記述書 第2号 第50項)」と述べていることで、企業自身に変化はなくても、外部要因が変化すれば重要性の判断も変わり得るという事を意味している。さらに外部要因がcontextであり、かつ、重要性とは利用者にとっての重要性であるとするならば、利用者の関心が新たに形成されつつある社会的コンセンサスの影響を受けることを、企業経営者は知っておかなければならない。

<重要性がないことを証明する>
重要性があるということを証明するのは比較的容易である。一方で、重要性がないということを証明するのは大変困難である。実務記述書は「定性的要因の存在は、定量的評価の閾値を引き下げる。定性的要因が重大であるほど、定量的な閾値は低くなる。(IFRS実務記述書 第2号 第54項)」とも述べており、「また、状況によっては、ある情報項目は、その大きさに関係なく、主要な利用者の意思決定に影響を与えると合理的に予想し得る場合がある。すなわち定量的な閾値がゼロにまで下がる可能性もある。(IFRS実務記述書 第2号 第55項)」とまで述べている。すなわち、定量的にゼロであっても、それだけで重要性がないとは言い切れない。

また実務記述書は、重要性がないことを証明する方法を示してくれてはいない。こうすれば、重要性がないことが立証できますというマニュアルはない。重要性がないという結論は、結局は判断なので証明する事は不可能である。敢えて言うならば、判断に至ったプロセスを明らかにして、それぞれのプロセスにおいて真摯な検討がなされたことが第三者の目からも明らかであれば、それが証明の代わりになるのであろう。実務記述書はそのプロセスの一例として活用されることをねらいとして作成されたものである。


ステップ3 構成する。

「情報を財務諸表案の中で、主要な利用者に明確かつ簡潔に伝達する方法で構成する。」

<構成の留意点>
実務記述書は以下の留意点を挙げている。

(a) 重要性のある事項を強調する。
(b) 情報を企業自身の状況に合わせて加工する。
(c) 企業の取引その他の事象又は状況を、重要性がある情報を脱漏することも、財務諸表の長さを不必要に伸ばすこともなく、できるだけ単純かつ直接的に記述する。
(d) 異なる情報間の関係を強調する。
(e) 情報の種類に適した様式(例えば、表又は記述)で情報を提供する。
(f) 企業間及び報告期間ごとの比較可能性を可能な限り最大化する方法で情報を提供する。
(g) 財務諸表の異なる部分における情報の重複を回避又は最少化する。
(h) 重要性のある情報が重要性のない情報で覆い隠されないようにする。

(IFRS実務記述書 第2号 第56項)
 

ステップ4 レビューする。

財務諸表をレビューして、すべての重要性のある情報が識別され、重要性が完全な1組の財務諸表に基づいて幅広い視点から全体として考慮されているかどうか決定する。

<一歩ひいてみる>
レビューをするにあたっては、幅広い視点から総体として見ることが重要である。この点について、実務記述書の原文では「“step back” and consider(IFRS実務記述書 第2号 第62項)」と記述している。すなわち、改めて第三者であるかのように全体をながめて、本当に重要なことが偏りなく表現されているかをチェックする機会を設けることが大事である。その際には情報を単独で見るのではなく、他の情報との組み合わせで判断することが求められる。また、すべての情報が適切な目立ち方で提供されているかどうか確認することも忘れてはならない。

<必要なアクションをとる>
ステップ4では、ステップ2で評価した重要性が見直される可能性がある。たとえば、ステップ2で単独の情報としては重要ではないと判断したが、他の情報と組み合わせて考えれば、重要であると判断されるような場合は、情報の開示を追加しなければならないし、その逆もある。

 

以上
 

本記事に関する留意事項

本記事は皆様への情報提供として一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、特定の個人や事業体に具体的に適用される個別の事情に対応するものではありません。また、本記事の作成または発行後に、関連する制度その他の適用の前提となる状況について、変動を生じる可能性もあります。個別の事案に適用するためには、当該時点で有効とされる内容により結論等を異にする可能性があることをご留意いただき、本記事の記載のみに依拠して意思決定・行動をされることなく、適用に関する具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

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