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第14回 気候変動の影響(その2)

月刊誌『会計情報』2021年4月号

国際会計基準(IFRS)―つくり手の狙いと監査

前 国際会計基準審議会(IASB)理事 鶯地 隆継

TCFDレポートの波紋

ニック・アンダーソン理事が2019年11月に公表した「IFRS基準と気候に関連する開示」という文書は、2019年4月にオーストラリア会計基準審議会ならびにオーストラリアの監査及び保証基準審議会が、共同文書として公表した「気候関連およびその他の新たなリスクに関する開示」という文書がきっかけとなっているが、もう少し時間を戻せばTCFDレポートの影響が大きいことが分かる。

TCFDレポートとは、2017年6月15日に公表された「気候関連財務情報開示タスクフォースの勧告(Recommendations of the Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」というレポートで、G20の組織である金融安定理事会(FSB)の要請に応えて作成されたものである。TCFDを一言で説明するならば、FSBが2015年12月に、金融市場参加者が気候に関係するリスクを理解するのに有用な一貫した「開示方法」を設計するために設置した産業界主導のタスクフォースである。タスクフォースは、気候関連情報開示の仕組みを整備することにより、十分な情報に基づく投資や信用供与(もしくは融資)、保険引受の意思決定に寄与する役割を担う。

気候変動への対応を含む企業の社会的責任に関する企業情報開示の充実・改善に関しては、このTCFDレポートが公表される以前から、主に非財務情報の改善という形で、世界中でさまざまな試みが行われて来ていた。ただTCFDレポートは、以下の2つの理由から、他の企業情報開示改善提案に比べ、より現実的で大きなインパクトがあったと言ってよい。

1つ目の理由は、非財務情報だけではなく、財務情報への影響について言及していることである。TCFDは企業が気候関連リスクと機会を適切に把握し、それを財務情報において開示されるべきであることを述べている。TCFDレポートの優れた点は、気候変動のリスクと機会を細かく分解し、それは現時点の財務状態に影響を与えうるものであることを具体的に明らかにしたことである。そして、2つ目の理由は、このレポートは金融市場に影響力のあるFSBへのレポートであったので、このレポートは世界中の金融機関や保険会社、そして機関投資家など投・融資行動を変えるほどの影響力を持つことになった。

TCFDレポートはIFRSについても触れている。TCFDレポートは、まず気候変動が企業にどのようなリスクと機会をもたらすかを示し、企業がそれを適切に把握し、開示しなければならいとした上で、シナリオ分析を含む様々な手法を紹介している。そしてそのような手法を単に紹介するのみにとどまらず、現行の会計基準においても、そのような分析が既に必要であるのだということを指摘している。具体的には、国際会計基準(IAS)第37号「引当金、偶発債務および偶発資産」とIAS第36号「資産の減損」において、TCFDレポートが指摘したリスク分析を反映したものであるべきではないかということも示唆している。

IASBは通常、基準が明確である以上後から追加的な解説は加えない。なぜならば、基準が発行されてから時間差をおいて追加的な文書を出すと、基準の新解釈や変更とみなされる可能性もあるからだ。したがい、IASBは当然TCFDレポートの内容は承知していたが、それに対して何かリアクションをするということもなかった。しかし、一方でIASBは財務諸表の開示改善プロジェクトに取り組んでおり、そのプロジェクトのひとつの成果物として実務記述書第2号「重要性の判断の行使」を公表した。

ニック・アンダーソン理事による文書は、TCFDで求められているような分析を、どのように財務諸表に反映すべきかについて、実務記述書第2号に沿って投資家目線で解説したものである。本稿は、前稿につづいてニック・アンダーソン理事の文書の後半部分を紹介する。

ニック・アンダーソン理事の文書は以下の6項目で構成されており、本稿では、4項目以降について解説する。

①重要性の判断の行使
②気候関連およびその他の新たなリスクに関する重要性の判断の行使
③財務諸表での留意点
④気候関連及びその他の新たなリスクに関する開示
⑤経営者による説明
⑥重要性の判断は投資家の求める情報ニーズに応えているか

なお、以下はニック・アンダーソン理事の文書の趣旨をできるだけ忠実に記載したものとなるが、全訳ではなく、筆者の解釈も含めた筆者の理解に基づく文章である。

④気候関連及びその他の新たなリスクに関する開示

IASBが公表した実務記述書には強制力はないが、IFRS基準は企業に重要性の判断の行使を要求しており、実務記述書はその要求事項を満たすためのガイダンスとなるものである。実務記述書はしかし、財務諸表にのみ適用され、企業が公表する財務諸表以外の文書には適用されない。それらについては国ごとに制度などが異なるからである。

財務諸表上の重要性とは何か。IFRS基準では以下のように定義されている。

情報は、それを省略したり誤表示したり覆い隠したりしたときに、特定の報告企業に関する財務情報を提供する一般目的財務報告書の主要な利用者が当該報告書に基づいて行う意思決定に、当該情報が影響を与えると合理的に予想し得る場合には、重要性がある。


IAS第1号「財務諸表の表示」の7項では「重要性は、情報の性質若しくは規模、又はその両方に依存する。企業は、情報が、単独で又は他の情報との組合せで、財務諸表全体の文脈において重要性があるかどうかを評価する」と述べられている。実務記述書では、その点について、情報によっては規模には関係なく主要な利用者の意思決定に影響を与えるものがあることを強調している。とりわけ主要な利用者がその取引や事象およびその状況について注意して観察している場合は、その量的閾値がゼロという事もあり得る。

実務記述書は、企業が属する産業分野や投資家の期待といった「外部の定性的要因(external qualitative factors)」が財務諸表での開示の重要性を判断する際に考慮されなくてはならないということを、以下の設例を用いて説明している。

設例 「外部の定性的要因」が重要性の判断に与える影響

背景

ある国際的な銀行は現在、国内経済で深刻な財政的困難を経験している国で組成された非常に少額の債券を保有している。企業と同じ業種で営業している他の国際的な銀行は、当該国で組成された債券を多額に保有しており、したがって、当該国の財政的困難により重大な影響を受けている。

適用

IFRS第7号「金融商品:開示」の第31項は、企業が報告期間の末日現在で晒されていた金融商品から生じるリスクの内容及び程度を、財務諸表の利用者が評価することができるような情報を開示することを企業に要求している。

財務諸表を作成するにあたり、銀行は当該国で組成された非常に少額の債券を保有しているという事実が重要性のある情報かどうかを評価した。この評価を行う際に、銀行は同じ業種で営業している他の国際的銀行が直面しているその特定の債券に対するエクスポージャー(「外部の定性的要因」)を考慮した。

これらの状況において、同じ業種で営業している他の国際的銀行が多額に保有しているのに対し、銀行が当該国から組成された債券を非常に少額しか保有していない(又は全く債券を保有していない)という事実は、銀行の資源を当該国の経済状況の不利な影響から保護する上で、経営者がどれだけ効果的であったかに関する有用な情報を企業の主要な利用者に提供する。銀行は、その特定の債券に対するエクスポージャーがないことに関する情報を重要性があるものと評価し、当該情報を財務諸表に開示した。
実務記述書第2号 設例K (翻訳はASBJによる)

この設例は外部の定性的要因を評価する設例であり、国家財政が危機に直面している国が発行した国債(筆者注:たとえばギリシャ国債など)保有のリスクに晒されている産業(筆者注:たとえば欧州の国際的銀行)に属している企業(筆者注:たとえば欧州のある銀行)の例である。他の国際的銀行がそのような国債保有のリスクに晒されているという事実は、財務報告をしているその銀行も同じようなリスクに晒されているのではないかという合理的な期待を生む。したがって、当該銀行が、その国の国債については少額しか保有していなかったとしても、そのことを開示することの重要性を判断するに当たっては(上述のような)「外部の定性的要因」を考慮に入れる必要がある。

この設例は銀行の債券保有リスクに関するものではあるが、これは気候変動のリスクに晒されている一般の企業にもあてはまる。この設例と同様の「外部の定性的要因」が気候変動のリスクについても存在し、また、特定の会社においてはその他の新たなリスクについても存在するかもしれない。

TCFDは、気候変動リスクの影響を受けやすいタイプの企業として、以下を特定している。

金融セクター

銀行 保険業界、資産保有会社(投資会社)、資産運用会社

非金融セクター

エネルギー、運輸、鉱業、建設、農業、食品、林業

 

投資家が気候関連リスクを彼らの投資判断に活用するものとして認識しているなら、上記の産業セクターに属する企業が情報の重要性を判断する際には、その企業が資産の減損判断や、その他財務諸表に含まれる項目についての認識・測定にあたって、どのように気候関連リスクを織り込んだかについて説明する必要があると判断するであろう。設例Kは、たとえ、企業には気候関連リスクによる重要な減損の認識やその他の財務諸表への影響がない場合でも、極端な場合、企業がそのようなリスクには全く晒されていないとしても、気候関連リスクについて企業がどのような判断をしたのかを説明しなければならないことを示唆している。

気候関連の情報の多くは、現在、財務諸表ではなく経営者による説明などで開示されている。しかし、一部の企業では、重要性の定義と実務記述書の考え方を適用すると、それの情報の一部は財務諸表に反映させなければならないという結果になるだろう。

たとえば、気候変動が減損会計のアサンプションや将来キャッシュ・フローや割引率のリスク調整や耐用年数の見積もりに影響を与えているのかどうか、その判断を説明しなくてはならないかもしれない。金融セクターの企業は投資や貸付金のポートフォリオがどの程度気候関連リスクに晒されているのかということや、それらの資産の価値評価にどの程度織り込んでいるのかを開示することを考えなくてはならないかもしれない。

特定の項目やアサンプションに絞られ、財務諸表で認識されたものと関連性があるもので、かつ、それがボイラープレート(型にはまった開示)でなければ、財務諸表の注記で開示することが最も適切であろう。前稿で紹介した「③財務諸表での留意点」で特定した項目などがこういったものに当てはまるかもしれない。一方で、気候関連やその他の新たなリスクに対する企業の概括的なアプローチについてのコメントは、経営者による説明や財務諸表以外のその他の報告書に含まれるものである。

重要性の判断は、IFRS基準で要求されていない場合であっても、開示が必要になる場合があることを示している。IAS第1号と以下に示す実務記述書第2号の設例Cは、もし、財務諸表の主要な利用者が、その取引や事象およびその状況が及ぼす影響を理解するための情報を必要とするなら、IFRS基準では要求されていなくても、その情報を提供するかどうかを考えなくてはならないことを示している。

設例 IFRS基準における具体的な開示要求に加えて情報の開示につながる重要性の判断

背景

ある企業が、国際的な合意の一環として、炭素系エネルギーの使用を削減する規制の導入を公約している国に主要な事業を有している。その規制は、報告期間の末日現在ではその国においてまだ法制化されていない。企業はその国で火力発電所を所有している。報告期間中に、企業は火力発電所について減損損失を計上し、当該発電所の帳簿価額を回収可能価額まで減額した。その資金生成単位には、のれんや耐用年数を確定できない無形資産は含まれていなかった。

適用

IAS第36号「資産の減損」の第132項は、のれん又は耐用年数を確定できない無形資産が資金生成単位の帳簿価額に含まれている場合を除き、有形資産の回収可能価額の決定に使用した仮定を開示することを企業に要求していない。それでも、企業は、火力発電所の回収可能価額を測定する際に考慮した、炭素系エネルギーの使用を削減する規制の国内での法制化の可能性に関する仮定は、法制化の計画に関する仮定とともに、主要な利用者が企業の財務諸表に基づいて行う意思決定に影響を与えると合理的に予想し得ると結論を下した。このため、それらの仮定に関する情報は、減損が企業の財政状態、財務業績及びキャッシュ・フローに与える影響を主要な利用者が理解するために必要である。したがって、IAS第36号において具体的に要求されてはいないが、企業は、炭素系エネルギーの使用を削減する規制の国内での法制化の可能性に関する仮定は、法制化の計画に関する仮定とともに、重要性のある情報であると結論を下し、それらの仮定を財務諸表において開示する。
実務記述書第2号 設例C (翻訳はASBJによる)

たとえば、企業が減損をしていないか、あるいは、減損をしていても気候変動の仮定(アサンプション)が減損の認識に影響を与えていない場合は、IAS第36号で開示を求められない。しかし、IAS第36号で求められていなくても、財務諸表の利用者が判断をするに当たって必要とする情報には、気候変動に関する仮定の開示が含まれる可能性がある。同様に、企業が財務諸表への影響や、次の会計年度における資産・負債金額の修正が必要となるようなリスクに現時点では直面しておらず、結果的にIAS第1号による開示を要求されていなくても、企業は(自主的に)気候変動による重要な見積もりや判断に関する開示を行うかもしれない。
財務報告書は、事業及び経済活動についての合理的な知識を有し、情報を、勤勉さをもって検討し分析する利用者のために作成される。しかし、それぞれの主要な利用者の情報ニーズは異なるので、全ての主要な利用者のニーズを満たすことは出来ない。財務諸表の主要な利用者でない人たちも、財務諸表の情報が有用と考えるかもしれないが、財務諸表はすべての利用者の興味があると考えるすべてのものを提供するようには設計されていない。

⑤経営者による説明

財務諸表は全ての情報を提供できないが、経営者による説明がその情報ギャップを埋めることになる。IASBは現在、実務記述書第1号「経営者による説明」のアップデートに取り組んでいる(内容の詳細は2019年11月当時のものであるので省略)。

⑥重要性の判断は投資家の求める情報ニーズに応えているか

気候関連およびその他の新たなリスクについては、IFRS基準では明示的にはカバーされていない。しかし、IFRS基準はこの問題について適切に対処できる仕組みとなっている。気候関連およびその他の新たなリスクについては、この限りではないが、IAS第1号「財務諸表の表示」、IAS第16号「有形固定資産」、IAS第38号「無形資産」、IFRS第13号「公正価値測定」、IFRS第9号「金融商品」、IFRS第7号「金融商品:開示」、IAS第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」の要求事項によって、財務諸表に潜在的な影響を与える。

重要性の判断は、財務諸表を準備する上で大きな意味を持つ。IAS第1号にあるとおり、情報は、それを省略したり誤表示したり覆い隠したりしたときに、特定の報告企業に関する財務情報を提供する一般目的財務報告書の主要な利用者が当該報告書に基づいて行う意思決定に、当該情報が影響を与えると合理的に予想し得る場合には、重要性がある。重要性は、情報の性質若しくは規模、又はその両方に依存する。実務記述書第2号「重要性の判断の行使」では、その点について、情報によっては規模には関係なく主要な利用者の意思決定に影響を与えるものがあり、とりわけ主要な利用者がその取引や事象およびその状況について注意して観察している場合は、その量的閾値がゼロという事もあり得るということを強調している。

財務諸表以外の文書(経営者による説明やサステナビリティ報告なども含む)における開示は、財務諸表で開示することが要求されていて、ほとんどの法域で監査対象となるものを代替することは出来ない。

IASBは財務諸表が全ての主たる利用者や全ての利害関係者のニーズを満たすことが出来ないことを認識している。財務諸表は投資家の共通のニーズに焦点を絞っており、全ての利用者の利害に係るすべての事象を報告することはできない。

経営者による説明などは財務諸表を補足するものである。経営者は、企業の長期的な見通しと、ビジネスに対する経営者のスチュワードシップについて、主要な利用者自身が自らの評価を形成し得るまで、環境や社会問題について報告をすることが期待される。

おわりに

以上、2回に亘ってニック・アンダーソン理事の文書をできるだけ詳しく紹介した。ニック・アンダーソン理事は投資家出身の理事であり、投資家目線で、どのような開示が望ましいかを記載している。一方で財務諸表のつくり手である作成者の立場から見れば、どこまでの開示をすれば十分なのか分からないという面もあるかもしれない。特に、財務諸表の中で認識・測定ないしは開示をすることが、既に要求されているのだという点については、具体的にどういう要求があるのか、はっきりしないと判断できないということも言えるかもしれない。このため、IASBは後に、教育文書を公表した。その内容を次稿で詳しく見ていきたい。

以上

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本記事に関する留意事項

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