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EBPMへの会計情報の活用 ~科学技術・イノベーション~(2)最終回
月刊誌『会計情報』2022年4月号
内閣府科学技術・イノベーション推進事務局参事官(エビデンス担当) 白井 俊行、公認会計士(内閣府科学技術・イノベーション推進事務局政策調査員) 眞岩 秀行
1. はじめに
エビデンスに基づく政策立案(以下「EBPM」という)は、我が国の経済社会構造が急速に変化する中、政策の企画をその場限りのエピソードではなく、合理的根拠に基づくものとすることであり、これにより政策の有効性を高め、国民により信頼される行政の展開に資する取組である。
内閣府科学技術・イノベーション推進事務局は、エビデンスに基づく科学技術政策分野における政策立案の推進という観点から、我が国の研究力の向上に向けたエビデンスの構築の一環として、投入した研究資金とそれにより生み出された論文との関係性などの分析を可能とするエビデンス・システム(以下「e-CSTI」という)を構築した。その主要なデータには、「研究力の分析に資するデータ標準化の推進に関するガイドライン」(平成31年4月5日。以下「ガイドライン」という)に基づき収集した標準化データがあり、e-CSTIを通じて、関係府省庁によるEBPMだけでなく、データを提供した国立大学法人、大学共同利用機関法人及び研究開発法人(以下「関係機関」という)によるエビデンスに基づくマネジメント(以下「EBMgt」という)にも活用が期待されるものである(図表1)。
本稿では、e-CSTIを活用した分析内容について可視化分析ツールの状況に触れながら紹介するとともに、分析ツールの作成前提となる標準化データに関してガイドラインで採用した管理会計的な考え方を考察する。
2. e-CSTIを活用した分析内容
e-CSTIは、①科学技術関係予算の見える化、②国立大学・研究開発法人等の研究力の見える化、③大学・研究開発法人等の外部資金・寄付金獲得の見える化、④人材育成に係る産業界ニーズの見える化、及び⑤地域における大学等の目指すべきビジョンの見える化の5つの機能から構成されている。
本稿では、EBPMへの会計情報の活用について考察するため、特に②国立大学・研究開発法人等の研究力の見える化に焦点を当てている。現在、e-CSTIサイト(https://e-csti.go.jp/)では、以下のような可視化分析ツールを公開している。
- 研究アウトプットと研究者属性の関係性分析(図表2)
日本の研究機関で生み出された論文データと府省共通研究開発管理システム(以下「e-Rad」という)における研究者データを研究者単位で紐付けることにより、日本全体の論文アウトプットの動向を研究者属性別に可視化した。その際には、このような分析での利用に定評のある3種類の書誌情報データベース(Scopus、Dimensions、WoS)の論文データを購入することで各データベースにおける特性にも配慮した。これにより研究者の年齢、任期の有無、所属している研究機関区分などを考慮した柔軟な分析が可能となった。例えば、任期の有無で研究者を分類して、それぞれの被引用率(他の論文により引用される率)の傾向を年代別にマクロ的視点で把握できる。さらに、研究機関区分や研究分野別に対象を絞り込むことで、ミクロ的視点でも分析することが可能となる。なお、当分析では、日本全体を俯瞰しているため、関係機関のみをデータ収集の対象とした標準化データは利用していない。
- 研究資金配分と論文アウトプットの関係性分析(図表3、図表4)
ガイドラインに基づき収集した標準化データを利用した分析である。具体的には、関係機関における全研究資金について、各機関に所属する研究者の予算執行データを網羅的に収集するため、e-Radに収録されている予算執行データと関係機関の協力を得て収集したe-Radには収録されていない予算執行データを統合した。この統合した予算執行データを内閣府科学技術・イノベーション推進事務局が購入した書誌情報データベースの論文データと研究者単位で紐付けることにより、研究資金配分と論文アウトプットの関係性を可視化した。なお、標準化データは毎年度収集するため、年度を経るにつれ徐々にデータ量が増加していくが、現在までに公開している可視化分析ツールでは2018年度時点での予算執行データを利用しており、約8万人の研究者に係るエビデンス・データが蓄積されている。
分析において中核となる標準化データの作成にあたって関係機関の協力を得るために、関係機関と内閣府科学技術・イノベーション推進事務局との間で多くの調整、検討の時間を要したが、結果として他に類を見ない研究者単位での予算執行データを基にした分析が可能となった。
なお、研究者の評価に利用する目的ではなく、EBPMやEBMgtへの活用を意図して標準化データを収集している。したがって、データ自体は研究者単位で保持しているものの、構築されたエビデンス・データベースは匿名化処理している。また、可視化分析ツールにおいて、年齢や所属研究機関の区分など研究者属性に着目してグルーピングし、分析結果を可視化しているという点において、前述の研究者属性と研究アウトプットの関係性分析とが根底にある考え方に変わりない。例えば、図表3で研究者属性別に予算執行額の全体像を把握した上で、図表4でそれらの研究者の資金獲得金額別に論文数や被引用数がどのような傾向にあるのかを分析することを可能としている。他にも分析ニーズに応じた多様な観点・価値観からの分析が可能である。
可視化分析ツールはBIツール(Business Intelligenceツール)により作成し、ツール上のチェックボックスやプルダウンメニューから選択、スライダーの開閉といった操作により、分析画面を対話的(動的)に遷移させ分析することができるようにしている。標準化データのように、データベース化され、多数のデータ項目(カラム)を有する分析潜在力の高いデータを活かす仕組みへの利用に適している。
今後も改良の余地が多いと考えている。研究力とは何かという議論に関係するため、可視化対象となるデータはより充実させる必要がある。例えば、研究アウトプットとして特許データを利用すること、研究インプットとして複数年度の予算執行データを利用するなど、エビデンス・データベースを拡張すべきと考えている。フィージビリティ・スタディの段階ではあるが、AI・機械学習を利用してデータ背景を捉えることにも挑戦している。
3. ガイドラインで採用した管理会計的な考え方
標準化データの重要な特徴は、研究者単位でデータ収集したことにある。研究資金配分と論文アウトプットの関係性分析に資するデータの持ち方としては、これ以外にも研究室単位や研究プロジェクト単位といったより大きな単位や論文単位というより小さな単位もある。これらは全て研究活動の実施単位であり、科学技術政策を議論するために必要なマクロ的視点での分析に役立つ。ただし、研究資金が実際に論文や特許などのどのアウトプットに直接紐付くものであるかの切り分けが困難であったことに加え、対象とするアウトプットは研究者単位で紐付いていることや様々な研究者属性に着目した柔軟な分析を実現させるため、ガイドラインでは研究者単位による方法を採用した(図表5)。
本取組は、データ提供側である関係機関に研究者単位での標準化データが既に存在しているのであれば、難易度はそれほど高いものではなかったであろう。しかし、実際には研究者単位でデータを有していないケースが多く存在していた。
図表5ではインプット、視点、アウトプットが標準化データであるとしている。このうち、視点についてはe-Radデータを基礎とするため、元々、研究者単位という性質があった。また、アウトプットは書誌情報データベースを購入しており、論文情報にはどの研究者によるものかという情報が付与されている。一方で、インプットについては関係機関における全研究資金について、所属研究者別の予算執行データを網羅的に収集するとしたものの、研究資金種別や研究機関別にデータの保有実態を関係機関に確認すると、研究者単位でデータを有していないケースも存在しており、特に運営費交付金財源などの場合、研究者単位で予算執行データを把握していないことも多く、どのようにデータを収集していくかの検討が必要となった。前述のとおり、標準化データは研究者の評価を目的としてではなくEBPMやEBMgtへの活用を意図して収集しており、それはマクロでの分析に焦点を当てたものである。このため、データ収集に当たってはマクロ分析上の視点から、割り切りの考え方を導入することとした。例えば、運営費交付金の配分を研究室単位までしか補足していないのであれば、研究室に所属する研究者の総数で均等割りすることとした。このような一種の管理会計的な考え方を採用することにより関係機関との目線を合わせ、細部にこだわり過ぎることを放棄することで、関係機関側のデータ提供が容易な仕組みとし、データの網羅的な収集に向けた取組みを前進させることができた。マクロの成果を出すためにミクロの成果を犠牲にする考え方として、このような考え方は、他のEBPMやEBMgtの推進に向けた取組みにも参考になると考えられる。
最後に、e-CSTIの強みや弱みについて触れておきたい。本取組では、マクロ分析上の割り切りをした標準化データにより構築したエビデンス・データベースを、可視化分析ツールにより可視化しているが、このことは、研究者単位の評価のようなミクロでの厳格な評価といった用途には向かないことや、データが存在しない定性的な事象の分析には一定の限界があることに繋がる。一方で、エビデンスに基づく科学技術政策分野における政策立案の推進という観点から新たにガイダンスを策定したことで、これに基づき収集された標準化データはマクロ分析という目的への適合性については大きな強みとなっている。e-CSTIにおける可視化分析ツールの公開を通じて、政府担当者にとどまることなく多くの方々に利用してもらうことでEBPMはより強固な取組みとなる。
4. おわりに
IT(情報技術)の高度化・普及は、これまでに認識されていなかったデータの潜在力や可能性を引き出す。これによりEBPMへの会計情報の活用もますます活発化する。会計や分析の知識がある公認会計士などの専門家が貢献できる余地は大きい。
本稿では、内閣府科学技術・イノベーション推進事務局におけるEBPMを紹介した。我が国でも、省庁や自治体でのEBPMの取組みは増えていく。会計情報を含むデータ分析の専門家として、興味を持っていただけたら幸いである。
以 上
本記事に関する留意事項
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