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ナレッジ
第24回 企業価値とのれん(その4)
月刊誌『会計情報』2022年4月号
国際会計基準(IFRS)―つくり手の狙いと監査
前 国際会計基準審議会(IASB)理事 鶯地 隆継
企業結合会計の矛盾
企業結合会計は、元々矛盾を孕んだ会計処理である。歴史の異なる2つ以上の企業を1つの企業として表現しようというところに、始めから無理がある。IFRSの財務諸表はさまざまな測定属性をもった資産・負債で構成されている混合測定の財務諸表である。公正価値で測定されている資産・負債もあれば、取得原価で測定されている資産・負債もある。したがい、矛盾を孕んでいるかどうかという点だけで追及すれば、混合測定によって財務諸表を作成すること自体が矛盾を孕んでいると言える。
ただ、そもそも財務諸表は資産・負債の測定を、整合性を持って継続することに意味がある。取得原価での測定であっても、公正価値での測定であっても、それが整合性を以って継続されていれば、その差額に意味が出て来る。もちろん、測定属性によって差額の扱い方は異なってくるが、少なくとも同じ測定が継続している以上は、そこにB/SとP/Lの連続性が維持されて、財務諸表のメッセージが形成される。
ところが、企業結合をする前とした後では、その連続性はない。本稿の第23回「企業価値とのれん(その3)」でも指摘したとおり、現在の企業結合会計はIFRSのみならず、US-GAAPでも日本基準でもパーチェス法に一本化されているが、パーチェス法には大きな欠点がある。それは、企業買収というイベントを挟んで、企業結合前と企業結合後の間に大きな分断があることである。この分断が、財務諸表が本来伝えなければならないメッセージを混乱させている可能性がある。
たとえば、企業Aが企業Bを買収した場合、これを資本提供者の視点から見れば、Aという買収企業を通じて、Bという被買収企業に投資をしたという見方ができる。これを、資本提供者がAという買収企業を通さずに、Bという被買収企業に直接投資した場合と比較してみよう。後者の場合は企業結合が起こっていないので、企業Bの財務諸表の継続性が維持される。
- 機械設備の購入日はABともに同日
- 3年目の末日/4年目の期首:企業Aが企業Bを買収
- 3年目の末日/4年目の期首における機械設備Aの新品の公正価格:150万円
- 3年目の末日/4年目の期首における機械設備Aの再調達価格:150万円-15万円×3= 105万円
たとえば、企業Bの財務諸表の中に取得原価100万円の機械設備Bがあり、10年の減価償却期間の3年を経過した時点の末日、ないしは翌4年目の期首に資本提供者が直接企業Bに投資したとする。企業Bの財務諸表は、株主が変わっただけなので、何も変わらない。4年目の期首の財務諸表では、機械設備は70万円で、10万円の減価償却費(10年定額残存価額なし)がその期に認識され、4年目の末日の簿価は60万円になる。しかし前者(企業Aを通じて企業Bに投資)の場合、仮に買収時点で同じ機械設備の新品の価格が150万円になっていたならば、その3年経過後の再調達価格は3年償却した後の105万円と推定される。このような場合、企業Aと企業Bの企業結合後の連結財務諸表では、機械設備についての簿価は、期首では105万円で15万円の減価償却費が認識され、期末の簿価は90万円となる。
これを企業Bの立場で見ると、昨年までは10万円の減価償却費負担だったものが、今年から突然15万円の減価償却費負担になる。もし、収益が仮に12万円で、他の損益がなかったとすると、投資家が企業Bに直接投資をしていれば、12万円の収益から10万円の減価償却費を差し引いた、2万円の黒字(税負担を便宜無視する)の企業に投資したことになるのに、企業Aを通じて買収すると、12万円の収益から15万円の減価償却費を差し引いた、3万円の赤字の企業に投資したことになる。企業Bの業績は、2万円の黒字なのか、3万円の赤字なのか、どちらが正しいのかと問われると、実は簡単には答えられない。この両者の違いは、会計上の立場の違いから生じたものである。もう少し詳しく見ていく。
業績比較への影響
仮に、企業Aが企業Bと全く同じ事業をしていたとしよう。企業Aは企業Bと全く同じ機械設備を同じタイミングで取得したとする。そして収益も全く同じ12万円であるとする。そうすると、企業Aの4年目の単体での業績は、2万円の黒字である。企業Bの単体での業績も2万円の黒字である。ところがこれを連結すると、企業Aの業績は連結上も単体と同じ2万円の黒字が計上されるのに対し、企業Bの連結上の業績は3万円の赤字となる。この違いはどこから来るのであろうか。
パーチェス法による企業結合会計では、企業Aの連結決算は、あくまでも企業Aの立場から計算される。企業Bにとって100万円で取得した耐用年数10年の機械設備は、企業Aの立場から見れば、105万円で取得した耐用年数7年の機械設備である。したがって、収益が同じであれば、企業Aの連結決算の中では企業Bが保有する資産の簿価が高いので、企業Bの業績が良くないのは当然である。そして、連結ベースでみた企業ABグループの連結業績は1万円の赤字となる。
ここで、Cという企業が全く同じ機械設備を2つ、企業AとBが取得したのと同じタイミングで取得し、収益も同様にそれぞれ12万円ずつ、合計24万円稼得していたとする。企業Cは子会社がなく連結と単体で同じ業績となるので、企業Cの4年目の業績は4万円の黒字となる。企業ABグループは1万円の赤字であるのに対して、企業Cは4万円の黒字である。しかも、この状況で何も変化がなければ、それが今後7年間継続することになる。これを投資家などの財務諸表利用者はどう評価するのであろうか。たとえば、4年目の期末の財務諸表を見て、これから新規に投資をしようと考えている潜在的な投資家に、財務諸表は有用な情報を提供しているのであろうか。その投資家が、企業ABグループに投資をすべきか企業Cに投資をすべきかを判断する場合、2つの財務諸表はどう比較されるのだろうか。
企業ABグループと企業Cとの違いは、機械設備の簿価が異なることである。期初時点で企業ABグループにおける機械設備の簿価は175万円であるのに対して、企業Cにおける機械設備の簿価は140万円である。この簿価の差額35万円が毎期の償却負担の差額となり、業績の差につながる。会計的には大きな違和感はない。しかし、将来キャッシュフローという視点でみると、企業ABグループと企業Cの将来キャッシュフローは同じである。将来キャッシュフローが同じ企業について、一方の企業は4年目も含めて、あと7年間赤字が続き、一方の企業はあと7年間黒字が続くという情報は、多くの投資家にとっては有用な情報とは受け止められていない。したがい、多くの投資家やアナリストは企業価値評価を行う際には、減価償却費を足し戻している。これから新規に投資をしようと考えている投資家にとって、業績に大きな開きがあったとしても、それが会計処理の違いによるものであるならば、そのことによってミスリードされないように、減価償却費を足し戻して、本来のグロスのキャッシュフローを見極めようとする。つまり投資家やアナリストにとって減価償却費はノイズであり、無視すべき対象なのだ。
ただ、会計に携わっている経理マンの立場から見れば、減価償却費を無視するという方法には違和感を覚える。なぜならば、簿価が高いということは、それだけのキャッシュを過去に流出させているからであり、簿価が低いということは、キャッシュの流出が少なかったことを意味する。減価償却費はその事実を耐用年数に応じて各期に配分しているのであるから、減価償却費を無視するという事は、その事実を無視しているということになる。したがい、経理マンにとってみれば企業ABグループは赤字の会社であり、企業Cは黒字の会社なのである。
この両者の肌感覚の違いはどこから来るのであろうか。それも両者の立場の違いから来るものである。もう少し詳しく見ていく。
企業の将来価値
会計の基本は記録であり、創業以来の過去の事実を正確に記録して積み上げていく作業である。一方の投資家やアナリストが行う企業価値評価の作業は、投資をした時点以降の将来の企業価値の増加を予測する作業である。ここに立場の違いがある。
表1は、いま述べた例を展開したものである。その他の資産負債や税などを一切無視し、機械設備と収益と減価償却費だけで純資産を計算して、企業ABグループと企業Cを比較する。企業Aは、3年目の末日ないしは翌4年目の期首に企業Bを買収した。その際に企業Bには全く同じ機械設備があったが、同等の機械設備の再調達価格は105万円(残存耐用年数7年)であり、7年間にわたり15万円の定額償却となる。企業Aが持っている機械設備を機械設備A、企業Bが持っている機械設備を機械設備Bとして、その簿価と収益の10年間の推移を展開している。企業Aは、3年目の末日ないしは翌4年目の期首に機械設備Bを持つ企業Bを買収し、機械設備を公正価値で評価して105万円の機械設備Bを連結決算上認識している。相手科目は便宜上、資本金と想定し、他の資産負債などは全て無視すると、3年目の末日ないしは翌4年目の期首の純資産は211万円となる。企業買収後の4年目以降は毎期1万円の赤字を認識するので、10年目の末日の純資産は204万円となる。
表2は、企業Cが同じ機械設備を企業ABグループと同じタイミングで2台購入していた場合の展開を示している。企業Cの場合、コンスタントに24万円の収益と20万円の減価償却費が計上されている。途中に企業買収がないので、10年目の末日の純資産は240万円となる。
この企業ABグループと、企業Cを比較すると、企業Cの方が将来の純資産は大きい。また、毎期の業績も企業Cの方が良い。したがって、企業Cの方が断然良い会社であるように見える。
投資判断
では、投資家やアナリストは企業Cを選好するであろうか。投資家やアナリストは、しかし、単純に純利益の業績が良い企業や、将来の純資産が大きな企業を選好する訳ではない。投資家やアナリストにとって重要なのは、投資をした時点以降の将来の企業価値の増加である。
投資家が投資判断を行う時点が、4年目の財務諸表を見てからであるとする。この時点で企業ABグループは1万円の赤字を今後7年間継続し、企業Cは4万円の黒字を今後7年間継続することが見込まれている。
4年目の財務諸表を比較すると、企業ABグループの純資産は210万円、企業Cの純資産は216万円。企業ABグループの10年目末日の予想純資産は204万円、企業Cの予想純資産は240万円。それぞれ、4年目末からの純資産の予想増加額を比較すると、企業ABグループの純資産の予想増加額は、マイナス6万円、企業Cの純資産の予想増加額は、プラス24万円。投資をした時点以降の将来の純資産の増加額で比較しても、やはり企業Cの方が、増加額が多い。
たしかに、企業ABグループは簿価の高い資産を抱えて、その償却負担にあえいでいる。企業Aによる企業B買収の判断は適切ではなかったかもしれない。収益性のない資産を高値で抱え込んでしまったかもしれない。一方で企業Cは償却負担が軽く、毎期黒字を出している。2つの財務諸表はその両者の違いを適正に反映している。しかし、そのことは投資家が投資を行う以前に起きた過去の事象の反映に過ぎない。過去の事象を将来に反映させた財務諸表によって、投資時点以降の企業価値の増加額を比較すると、その増加額の中には、将来とは関係のない要素がノイズとして入ってしまっている。
実際に、企業ABグループの保有資産と企業Cの保有資産は全く同じである。たしかに企業ABグループでの保有簿価は高い。それが財務諸表を圧迫している。しかし、それぞれの資産の将来キャッシュフローを生み出す力は全く同じである。簿価が高いことは、過去の事象の会計技術的な反映に過ぎないので、保有資産の将来の収益性そのものを毀損するものではない。このようなことから、上述のとおり、投資家やアナリストは減価償却費を足し戻している。そのベースで比較してみると、企業ABグループの減価償却累計額を足し戻した4年目の末日の純資産は265万円、企業Cでは296万円。それぞれの10年目の末日では、企業ABグループは409万円、企業Cでは440万円。4年目末からの純資産の予想増加額を比較すると、企業ABグループの純資産の予想増加額は、プラス144万円、企業Cの純資産の予想増加額も、プラス144万円となり、同額となる。
上記の分析は、非常に基本的な企業価値評価手法であるので、常識の範疇に入る話である。しかし、筆者のように長く経理を担当してきた経理マンにとっては、実はすぐに理解しがたいものでもある。企業は過去からの事業経営の積み重ねの上に成り立っているものであり、それを適切に期間配分することが、正しい会計処理であると叩き込まれてきたからである。
ただ、この感覚の相違は、話がのれんの話となると、深刻な見解の相違となって顕れる。次稿では、のれんの場合のサンプルを用いて議論する。
以 上
本記事に関する留意事項
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