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伝統的日本企業が職能型からジョブ型へ移行することの意味(Q&A編)
Global HR Journey ~ 日本企業のグローバル人事を考える 第二十六回
以前、Global HR Journey(第23・24回)において、伝統的な日本の組織が職能型からジョブ型へ転換する上で遭遇する変化やチャレンジについて、組織・人材マネジメント全体の視点や、制度運用上のチャレンジ、意識改革といった幅広いテーマを通じて概観した。この記事について読者から様々な反響があったが、その中で比較的多く寄せられた質問に対し、今回は一問一答の形式で答えることとした。当社がジョブ型人事制度の設計・導入を支援する際にもよく耳にする実践的な内容も多く含まれることから、最近導入した企業、あるいは導入を検討している企業の読者には有意義になりうると期待している。
Q1:ジョブ型人事制度において、職務に応じた報酬が原則だとすると、職務が同等なのであれば本社・子会社の報酬水準を同等にする、という議論が出てくると思われる。多くの日本企業が分社化した大きな理由の一つは本社と処遇に差異を設けられることであったわけだが、この点をどう考えるべきか?
また、この原則を厳格に適用すると、職種別・ジョブ別に報酬水準に差異を設けることになりかねないが、どのように考えるべきか?
まず、1点目について、建前からすると、同等の質量の職務であれば、本社・子会社といった組織とは関係なく、報酬水準は同等であるべきと言える。まして、本社・子会社間あるいは子会社同士で人材の流動性が一定程度ある場合などは特に、従業員の納得感という点で見過ごせないテーマになりうる。他方、この建前を具現化する(例えば水準が相対的に低い子会社を相対的に高い本社並みに引き上げる)と大変なコスト増につながる可能性がある場合、建前の追求にどこまで経済合理性があるかという点については十分検討の余地がある。また、もしグループ会社間で一定の人材の流動性があるのであれば、異動の対象者だけ異動時に報酬を調整するといった対応や、本社の人材と普段から交流が頻繁な子会社の経営幹部層だけ本社並みの水準とするアプローチも考えられる。
Q2:自律的なキャリアの形成といった昨今の価値観にあった人材マネジメントを推進することを理由の一つとしてジョブ型人事制度を導入するケースが散見される。ジョブ型人事制度は、どのような点で自律的なキャリア形成を後押しするのか?
ジョブ型人事制度は自律的なキャリア形成といった考え方に一定の親和性があることは確かである。しかしながら、ジョブ型人事制度は必要条件とはいいがたく、まして十分条件にはなりえない。図Xに自律的なキャリア形成を促進する主な施策を示している。この図からもわかる通り、確かに組織内における職務とスキル要件の定義・公開(職務記述書の公開やポスティング)はジョブ型人事制度の根幹であり、また、ジョブ型人事制度が展開する(少し言葉は良くないが)椅子取りゲーム的な世界は、組織に一定の緊張感や危機感をもたらし、自身のキャリアを自律的に考える各人の意識改革につながりうる。また、年功によらない昇進が実現されると、各人の意欲・能力に応じたキャリア発展を選ぶ余地が生じ、まさに自律的なキャリアの形成が可能となってくる。
他方、会社の意のままに人事異動が決まる従来型の人材マネジメントを変えていくことや、各人の成長課題やペースに沿った自律的な学習を後押しする環境の整備といった、ジョブ型人事制度以前の、ある意味根深く、周到な準備が必要な取り組みが、自律的なキャリア形成の促進には不可欠といえる。
なお、そもそも各人に自らのキャリアに対する志向や内発的動機といったものが根本的に必要である点は言うまでもない。
図X(ジョブ型人事制度と自律的なキャリアの促進)
Q3:ジョブ型人事制度を組織に定着させるためのアプローチとは?
新しい物事を定着させるためには関係者の正しい「理解」と「共感」が必要になるが、ジョブ型人事制度の場合も同じであると言える。制度の適用者である従業員とともに、制度を運用する現場の幹部・マネジャーやHR(HRBP)にも、ジョブ型人事制度に関する理解・共感を得る必要がある。「理解」については、ジョブ型人事制度に求められる「意識」の側面と(下記Q7参照)、運用の根幹である「登用(ならびにポストオフ)」と「ポジション管理」についてマニュアルを作成するなど、正しい「知識」を学ぶという側面の取り組みが求められる(図Y参照)。また、「共感」については、ジョブ型を導入する際にその理由をしっかりコミュニケーションすることが第一歩だが、一朝一夕とはいかないことを前提とし、例えばトップマネジメントがジョブ型人事制度によるマネジメントに期待を寄せている点を繰り返し発信したり、現場の幹部・マネジャーを対象としたワークショップを定期的に実施するなど、少し時間をかけた取り組みが必要となる。
なお、これら「理解」「共感」は、その具体的な中身の状態を、少し解像度を上げて具体化した上で、いつまでに・どの程度といったKPI・目標を明らかにし、PDCAを回していくこともあわせて大事な取り組みである。
図Y(ジョブ型人事制度の運用マニュアルの主な項目)
Q4:ポストオフを円滑に行うためにはどのようなやり方や工夫があるか?
適所適材の実現には登用とあわせて円滑なポストオフ運用が必要となるが、必ずしも容易とは言えず、多くのジョブ型導入企業で課題の一つとなっている。工夫の方向性としては大きく分けて、(1)判断をしやすくする工夫、(2)本人が納得しやすくなる工夫の二つが考えられる。
(1)判断をしやすくする工夫
判断をしやすくする工夫として、まずは検討基準の明確化が重要である。例えば、一定未満の人事評価の場合、相対評価でボトムX%の場合、あるいは年齢や任期など、一定の検討基準を設けておくことが有効だ。この際、ジョブディスクリプションにより、ポジション要件を明確化しておくことで、議論や判断の物差しとして機能しうる。
次に、判断情報を多くすることである。例えば360度評価やアセスメントなど、多面的な情報を材料に検討することで、議論・判断の品質は高まる。
そして、任免コンセプトを明確化しておくことである。そもそも自社としてどのような考え方で任免を行うのか、「悪いから外す」のか、「より良い人材がいれば入れ替える」のか、といった任免コンセプトを決めておくことが、議論を適切に進める上で大変重要と考えられる。
(2)本人が納得しやすくなる工夫
上記(1)で記載した工夫は本人の納得感向上にも有効と考えられる。検討基準(ポジション要件)、判断材料、任免コンセプトに照らしたパフォーマンスの合致度などに具体的に言及することで、本人の納得にも一定寄与することが期待される。
また現実的には、処遇面の変化の緩和や、対外呼称の維持などの対応も有効と考えられる。(本人による自身のポストオフを受け容れやすくするとともに、部下のポストオフを判断する上司の心理的阻害を和らげることにもつながる)。再登用の可能性があることを示しチャレンジを促すことも、本人のデモチベーションを防ぐ上で非常に重要であろう。
Q5:例えば現在「本部長」の者を、業務立て直しなどの必要性で、その特命を帯びて別組織の「部長」ポジションに異動する場合、役職ベースでは「降格」となるが報酬も下げるべきか?
ジョブ型は、仕事・ジョブの価値に応じた報酬を支払うことが基本的な考え方なので、その考え方に則る限り、上記のようなケースで本人が就くポジションの職務が小さくなるのであれば、やはり報酬も下がりうるということになる。しかしながら、このようなケースは「平時」においても適用されるという考え方を採るのではなく、あくまで「有事」に限り、例外処置を講ずるというルールとすべきである。すなわち、異動先のミッションは引き続き相応の高い価値・重要性があると認められ、本人の力量に期待するからこその異動の場合は、円滑な異動配置の実現や、無用な離職リスクの回避のためにも、報酬の引き下げを行わない取り扱いが望ましいと考えられる。
Q6:あるポジションに、本来であればそのポジションに求める責任や成果をまだ期待できない(能力的に満たない)人材をやむを得ずアサインする場合、それでも本来のポジションに相当する報酬を支払うべきか?
対応方法としては大きく以下の二つが考えられる:
① 本来の報酬を適用する。ただし評価は下がるはずなので賞与は自然と標準より低くなる
基本給は本来の水準を適用する。パフォーマンスマネジメント上は目標設定も本来のレベル感で行う。そうすると評価としては未達になる可能性があり、その場合、賞与は標準より低い水準となる。これにより、ある程度は自然と実力に沿った調整メカニズムが働くことになる。
② 該当者の任用期間において、当該ポジションの責任や成果の定義自体を低く設定し、本来より低い報酬水準を適用する
任用者に期待する責任・成果に合わせ格付等を見直し、本来より低い報酬水準を適用する。この場合、目標設定水準も、見直した後のレベル感での設定となる。
どちらの対応方法をとるかについては、あるべき水準と個人の能力水準の差により判断される傾向がある。あるべき水準と能力水準の差が軽微であれば、特に一般社員層などの場合は、前者の対応が多い。本人のストレッチも期待しつつ、あるべき水準の目標設定を行いながらパフォーマンスマネジメントを行うものである。一方、あるべき水準と能力水準の差が一定程度あり、上長や周辺組織のミッションにも影響が及ぶ場合、例えば役員・シニアマネジメント層であれば、後者のような対応の方が妥当と考えられる。
Q7:ジョブ型人事制度を導入したが、社員の意識・行動面での変革はなかなか進んでいないのが現状である。今後、意識・行動面の変革を、どのように進めていくと良いのか?
一言で「意識・行動変革」と言っても、それだけではかなり抽象度の高い表現にとどまってしまっており、変革を着実に進めるためには、「現在がどのような状態で」、「それをどのような状態にしたいか」を、より解像度を上げて定義することが必要である。
また、そうなるとステークホルダーごとにその「状態」の定義は異なる(必ずしも同じではない)はずである。例えば、経営幹部、上級管理職、管理職、一般職、または現場だけでなく人事部門、など。このようにステークホルダーごとに分けて、現在と目指す姿の状態を整理する発想が必要である。
このようにステークホルダー×「現在の状態」×「目指す状態」といった構図の整理をした上で、現在と目指す姿のギャップを埋めていくための施策を講じていく。意識や行動変革は一朝一夕で達するものではなく、またステークホルダーごとに効果的な施策の内容・タイミング等は異なると考えられるので、一定の時間軸を構えた上で、計画的なアプローチ、モニタリングを通じた進捗確認・調整など、いわゆるチェンジマネジメントの考え方が求められる。
Q8:ジョブディスクリプション(以下JD)はどのように作成・管理するのか?
JDは、まず、活用目的を踏まえて作成の「単位」と記述の「粒度」を決めていく。作成の「単位」としては、最も細かいポジション毎に作成するか、等級×職種ごとにまとめて作成するかが論点になる。記述の「粒度」としては、①ポジション情報、②ミッション、③役割・責任、④人材要件をどこまで具体的に記載するか、また、そもそも①~④だけでなく、コンピテンシーなどさらに他の要素を追加するかが論点になる。この「単位」と「粒度」をジョブディスクリプションの活用目的に照らし、必要十分な情報量を持つアイテムとして整備する。なお、粒度の細かいJDが必要と認識していても、導入準備やメンテナンスの負荷に耐えられないといった状況によっては、最初は敢えて粒度を粗くし、導入後、徐々に粒度を細かくするといったステップを検討し、実力に応じたロードマップを検討することが重要になる。
次に、作成したJDの公開範囲も論点になる。例えば、自律的なキャリア形成に活用する場合、「粒度」に挙げた4項目を全社員に公開することが考えられる。他方で、全情報を常時公開すると社外への情報流出のリスクが高まるという考えも存在する。昨今では社外にまでJDを公開する事例が出てきているが、情報を公開する効用とリスクを自社なりに見極めて方針を定めることを推奨する。なお、ジョブ型人事制度ではJDに記載された内容以外の仕事は指示できない/請け負わないといった誤解が散見されるが、これは誤りである。JDには前述の通り、ミッションや役割・責任を記載しており、「これが全て」と定義する主旨はないことも意識したい。
Q9:複数のポジションを兼務する社員の格付けはどうあるべきか?
ジョブ型人事制度においても、これまでのメンバーシップ型の制度と同様に複数のポジションの兼務が生じる。その際は、基本的に、「主務で就いているポジションの等級を適用し処遇を得る」ことになり、「2つのポジションを担っているから、2つ分の処遇を得る」ということにはならない。これは、完全に二人分働くというより、周囲のサポートや理解に支えられながら、なんとか兼任しているというありがちな実態にも即していると思われ、不公平ということになりにくいと考えられる。なお、兼務先が主務よりも等級が高い場合に備え、ルールを決めておくことも重要である。(蛇足だが、上記の通り、兼務はなんとか成立しているという状態、すなわち「迅速に適材をアサインすべき」状態であるため、社内外に応募をかけ、少しでも早く兼務が解消され組織が十分機能する状態を整備することを推奨する。JDに記載されている職務を各人がしっかりやりきるのが建前であるジョブ型においては、兼務はメンバーシップ型より一層不健全な状態であるといえなくもない。)
あわせて補足するが、出向時のルールに関しても兼務同様に、格付けを悩むシーンが想定されるため、グループ会社間での格付けのルールを検討しておく必要がある。
Q10:ジョブ型人事制度ではジョブに対して給与を支払うことになるため、基本給はジョブに対して一意に決まる「シングルレート」にすべきか?
ジョブ型人事制度では、「職務価値」に応じて処遇が決まることから、基本給が一意であるシングルレートのイメージを持つ方もいることだろう。確かにシングルレートとしている事例も散見される。しかし、シングルレートであることはジョブ型人事制度における必須要件というわけではなく、人材マネジメント方針によっては範囲給を構えるほうが有効な場合もある。例えば、これまでの年功的な処遇を改め、より仕事と成果に対して報酬を支払うと徹底することを意図する際に、その思想を強く反映・浸透させていくことを狙い、シングルレートを構える場合がある。ただ、シングルレートは等級が上がらない限り基本給が上がらないため、モチベーションを維持することが難しくなりがちである。
上記のような理由もあって欧米企業で見ても範囲給を採用している企業が多く、日本企業においても同様の傾向が見られる。昨今、各社が人材獲得やリテンション、従業員のモチベーション維持のために取り組んでいる状況下でシングルレートを採用する場合、競争力が劣位する可能性があることにも留意いただきたい。なお、昨今では人材獲得競争力を高めることや、配置のしやすさを一定維持するために、範囲給をやや広めに構え、前後の等級と報酬水準が重なる形にする工夫がよく見られる。
おわりに
今回はGlobal HR Journey(第23・24回)の続編として、読者から比較的多く寄せられた質問について、一問一答の形式で答えた。ジョブ型人事制度を導入した企業がまず遭遇する典型的な疑問を概ね網羅した内容になっていることを願う。また、更なる続編の執筆も計画しているので、質問や疑問などがあれば、当社のウェブサイトなどを通じて積極的に投げかけていただきたい。
執筆者
嶋田 聰
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ディレクター
グローバル人材マネジメント、クロスボーダーM&A・PMI(人事領域)、国際人事異動制度の導入支援、国内・海外における人事制度の設計・導入等、日系企業のグローバル化の人事領域における支援に多く携わる。多国籍チームのマネジメントも豊富。
田村 征継
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー
日系金融機関、米国系コンサルティングファームを経て現職。組織・人事コンサルティング歴15年以上。 日系・外資系企業を対象として、人事戦略策定、人事制度改革、チェンジマネジメント、M&Aに伴う人事領域支援、コーポレートガバナンス設計支援など、人事領域における幅広いプロジェクトに従事
鈴木 侃太
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアコンサルタント
入社後、一貫して組織・人事領域のコンサルティングを専門とするヒューマンキャピタルに所属。
グローバル組織設計、人事制度設計、人事制度設計ガイドラインの策定、要員分析、働き方改革に向けたBPR施策立案など、組織・人事領域のコンサルティングを多数経験。
※上記の役職は、執筆時点のものとなります。
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