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Global DEI ガバナンス~ グローバル・グループワイドのDEI活動と本社の役割(後編)

Global HR Journey ~ 日本企業のグローバル人事を考える 第二十九回

事業環境や価値観の変化が加速する中、持続的な企業価値向上における人的資本の重要さへの認識が高まっている。特にダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(DEI)は、マクロトレンドに対応するとともに、組織がイノベーティブであり続け、従業員のエンゲージメントを引き出す意味でも不可欠な取組みである。本稿では前編に続き、グローバル・グループワイドでのDEI活動で本社が果たすべき役割をより具体的に論じる。

「グローバルDEIガバナンス」の具体的な取り組み

各国・地域の個別の事情を熟知したローカルのメンバーに任せることが合理的である側面が濃厚なDEIというテーマにおいて本社が果たすべき役割とは何か?その具体的な中身を論じる前に、軸となる主な役割を述べると以下のとおりと考えられる。

  1. 企業グループとしての全体の方針や目標の定義
  2. 各子会社の活動のモニタリングや内容のチェック
  3. グローバル・グループワイドの活動や各子会社の活動の支援
  4. 社外への報告・発表

これらを軸としつつ、さらに具体的な役割を論じるにあたっては、経済産業省が2018年6月に公表した、「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン改訂版」1を援用する。このガイドラインは、「多様な属性の違いを活かし、個々の人材の能力を最大限引き出すことにより、付加価値を生み出し続ける企業を目指して、全社的かつ継続的に進めていく経営上の取組」2みを、「実践のための7つのアクション」というものに取りまとめている。

 

1  経済産業省「「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン改訂版」(https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/diversity/kigyo100sen/entry/pdf/1diveroda.pdf

2  同上


図1

ダイバーシティ2.0 行動ガイドライン実践のための7つのアクション

図2

ダイバーシティ2.0 行動ガイドライン実践のための7つのアクション2

この7つのアクションは、グローバル・グループワイドというよりは、単体としての企業を念頭に記載されているが、7つの観点はそのままに、グローバルDEIガバナンスというコンテキストに視点を変えることにより、本社の役割を論じてみたい。

実践のための7つのアクション

グローバルDEIガバナンスにおける本社の役割

① 経営戦略への組み込み

  • 経営トップが、ダイバーシティが経営戦略に不可欠であること(ダイバーシティ・ポリシー)を明確にし、KPI・ロードマップを策定するとともに、自らの責任で取組をリードする。
  • 本社はまずDEIにかかわるグローバル・グループワイドで共通の基本ポリシーを定義する必要がある。これは企業グループとしての決意表明というべきもので、企業活動を通じ、DEIというテーマに対峙するにあたっての自らのスタンスであったり、「社会や地域コミュニティ」、「顧客」、「従業員」といったステークホルダーにどのような価値を提供した何を達成しようとするのかを定義するものである。グローバル・グループワイドレベルの活動か、各国・地域レベルの活動かによらず、このポリシーが、組織におけるDEIの取り組みの徹底度や優先度、方向性のベースになる考え方となり、必須の要素である
  • さらに、グローバル・グループワイド共通でトラッキングすべきKPIを定義する。これはグループワイドでの情報取得にかかわるケイパビリティやインフラなどオペレーショナルな側面も関わってくるが、まずはあるべきとして定義するKPIを設定すべきである。あるべきは、その時々の自社としての課題設定や、何を対外的に公表していくかによる。尚、トラッキングすべきKPIはグローバル・グループワイドで共通である場合でも、目標(しばしば定量的な数値)は必ずしもそうはならない。各国・地域により状況が異なることから、少なくとも短期的には同じ目標レベルを設定することは合理的でないことが多いと考えられる。図表3, 図表4は米国系・欧州系のグローバル企業がトラッキングしているKPIの一覧であるので参考にしてほしい。
  • 取り組みのロードマップは、KPIの目標レベルと同様の議論で、グローバル・グループワイドで共通というよりは、基本は各国・地域に任せて、本社は内容の妥当性をチェックしたりモニタリングする役割に徹することが大半と考えられる。それは各国・地域により状況が異なることから、何が課題であるかも一様でなく、したがって取り組むべきアイテムや、課題解決に必要な時間も必ずしも同じでない、という考え方による。

 

図3

米国企業のモニタリング指標例(定量/定性)

図4

欧州企業のモニタリング指標例(定量/定性)2

実践のための7つのアクション

グローバルDEIガバナンスにおける本社の役割

② 推進体制の構築

  • ダイバーシティの取組を全社的・継続的に進めるために、推進体制を構築し、経営トップが実行に責任を持つ。
  • 体制としては、グローバル本社機能として「グローバルDEIガバナンス」を司る体制を置きつつ、各国・地域には実行部隊としての体制を構築する。グローバルとローカルの関係は、ソリッドなレポートラインでつながっているケースもあれば、より緩やかなドットのレポートラインのケースもある。レポートラインのあり方は、DEIだけでない会社全体の組織設計の考え方にもよるので一概に言えないが、DEI活動実行の主体が各国・地域であり、本社はそれをモニタリング・支援するというのが両者の関係性だとすると、緩やかなレポートライン関係でも合理的であると考えられる。(多くの日本企業においては、レポートラインというよりは、インフォーマルな連携を維持するだけの関係が大半であると思われるが、本社によるガバナンス態勢を整備するにあたっては、レポートラインの関係が望ましい)。
  • 図表5は、ある米系のグローバル企業のDEI体制を概念的に示したものである。本社サイドには、「Chief Diversity Officer」をはじめとして、事業ごとにローカルのDEI活動をモニタリング・支援する「Diversity Business Partner」と、地域内の活動をモニタリング・支援する「Diversity Regional Lead」が設置されている。(事業軸・地域軸で管掌がオーバーラップすることもあるが、その問題は都度状況に応じて整理されている模様)。当社はグローバルで10万人規模の従業員を有する企業であるが、そのグループワイドのDEI活動全体を統括する本社の体制が比較的簡素であるのは、DEI活動実行の主体が各国・地域である実態を反映している。また、実際の施策レベルになると、例えば人事制度の改定であったり、組織開発であったりと、他部署の力を借りながら進める部分も多く、そのことも体制の簡素さに影響を与えていると考えられる。
  • この事例においても登場するが、海外では「Employee Resource Group(以下、「ERG」)」という組織が存在することがままある。ERGは、人種・宗教・ジェンダー・世代など、共通の属性・特性に基づいて構成される職場における活動集団を指し、それぞれのグループ特有の問題について話し合ったり、部門を越えた交流を図ったり、時には会社に対して課題解決の提案をしたりといった活動を担うボトムアップ的な組織である。(図表5のように、女性、黒人、アジア人、LGBTQ等々が典型的なグループの単位。)ERGをベースとした活動は米国発祥だが、ERG自体は、同一企業内で国境を越えて、様々な国から参加者がいるケースも多く、この事例においても、グローバルの組織となっている。また、この事例のように、それぞれのERGにトップマネジメントがスポンサーとして関わって、活動を陰に陽に支えている体制も比較的一般的になっていると考えられる。読者が所属する日本企業においても、例えば米州地域においては、すでにERGが存在するケースがままあるのではないだろうか。例えば女性をテーマにした既存のERG組織をテコにグローバルワイドの活動を進展させるといったレバレッジも有効と思われる。

 

図5

事例:米系企業X社におけるグローバルDEI体制のイメージ

実践のための7つのアクション

グローバルDEIガバナンスにおける本社の役割

③ ガバナンスの改革

  • 構成員のジェンダーや国際性の面を含む多様性の確保により取締役会の監督機能を高め、取締役会がダイバーシティ経営の取組を適切に監督する。
  • 活動の監督も範囲が単体ではなく、グローバル・グループワイドであるという認識のもと、本社の取締役会でグループ全体の状況が報告される状況を作る必要がある

④ 全社的な環境・ルールの整備

  • 属性に関わらず活躍できる人事制度の見直し、働き方改革を実行する。
  • 環境・ルールの整備は、各国・地域主体による活動となる場合がほとんどであるが、グローバル・グループワイド共通のテーマについては、本社は活動をリードする。(例えば、グローバル・グループワイドでの次世代リーダー育成といったタレントマネジメントにおいては、女性やマイノリティの登用について、グローバル共通のルールを整備するなどがありえる)

⑤ 管理職の行動・意識改革

  • 従業員の多様性を活かせるマネージャーを育成する。
  • 本社がグローバル共通のトレーニングプログラムやワークショップなど、各国・地域の違いを超えて汎用的に整備することは合理的である。特に優秀人材はグローバル本社主導によるグループワイドで管理するという枠組みの中で、次世代リーダー人材として女性活躍を促進するためのプログラムの企画・実行などを本社がリードしている事例は、特に外資系グローバル企業においては一般的になりつつある。
  • 尚、管理職以前の話として、まずトップマネジメント層の行動・意識改革が必要な場合が特に日系企業には多い。本社と海外子会社のマネジメント層の意識に大きな隔たりがある場合も多く、このギャップを埋めることと、人材の多様性という課題についての共通認識を持つことは、グローバル・グループワイドで統一感のある活動を推進するにあたって、大変重要である。実感値としても、グローバル・グループワイドのトップマネジメントに絞って意識を高めるためのワークショップなどに比較的多くのリソースを投じるべきと考える日本企業は増えてきているように感じる。

⑥ 従業員の行動・意識改革

  • 多様なキャリアパスを構築し、従業員一人ひとりが自律的に行動できるよう、キャリアオーナーシップを育成する。
  • 自律的なキャリア開発という意味では、各国・地域での活動に委ねられる部分も多いと思われるが、グローバル・グループワイドでのキャリアパスを整備するという側面については、本社の役割は大きい。グローバル・グループワイドでのポジションの公募をはじめ、国境を跨いだ異動を円滑化するための処遇ルールの整備など、いくつかの重要な側面で本社の旗振りが不可欠な取り組みがありえる。
  • 他方、人材の多様化に向けた「従業員の行動・意識改革」ということからすると、グローバル共通のトレーニングプログラムやワークショップなど、管理職の場合と同様、本社が汎用的なプログラムを整備するべきである。

⑦ 労働市場・資本市場への情報開示と対話

  • 貫した人材戦略を策定・実行し、その内容・成果を効果的に労働市場に発信する。投資家に対して企業価値向上に繋がるダイバーシティの方針・取組を適切な媒体を通じ積極的に発信し、対話を行う。
  • これは本社の専権事項である。グローバル・グループワイドでの目標や取り組みの進捗状況など、情報をタイムリーに集約するプロセス・体制を内部で構築し、投資家ならびに自社のエンプロイヤーブランドを高めるべく労働市場などの外部にアピールすることは大事な活動といえる。

 

日本企業にとっての「グローバルDEIガバナンス」のポイント

上記で述べてきたようなグローバルDEIガバナンスの活動を進めるにあたって、日本企業にとってのポイントをいくつか述べてみたい。一点目は、自社としてのDEI活動のスタンスや、活動通じてどのようなことを達成したいのか、グローバル・グループワイドで(特に幹部層において)共通認識を形成することである。闇雲に多様性の目標を設定し追いかけるのではなく、自社の事業戦略を踏まえたうえで、なぜDEIに取り組むのか、何をどの程度達成しようとしているのかといった、目的や目標をビジネスと関連させて、DEIが経営課題であることを示す具体的なストーリーを作り、共通認識として浸透させることが肝要である。これはグローバルDEIガバナンス以前の話として、企業におけるあらゆるレベルのDEI活動において不可欠であるが、グローバル・グループワイドでの大規模な活動を推進するにあたっては特に重要なポイントである。(上記「①経営戦略への組み込み」の基本ポリシーに関連するポイントである)。

二点目は、いろいろな側面で日本こそがDEI後進国と言えなくもない状況で、どのように本社がDEI活動をリードしていくのか、という点である。大多数が大和民族で構成される日本の社会は同一性が高いという歴史的背景を持つうえに、企業組織における人材の多様性というテーマへの取り組みについても、他の多くの先進諸国と比較すると、これから成熟させていくべき余地が多い。そのような状況において日本企業の本社はグローバルDEI活動をリードしガバナンスするためには他国の会社とは一味違う努力が必要と考えるのが合理的である。本社のトップマネジメントや、本社からの海外赴任者、本社において海外子会社と接点のある、「本社の顔」ともいえる人材について、まずは集中的に意識改革するといったことの優先度が高いことは言うまでもない。また、本社によるグローバルDEIガバナンス活動のリーダーとして、海外子会社に在籍して経験豊富な人材や、外部の人材を活用することも対策として考えられる。

三点目は、少し角度の異なるポイントであるが、グローバルでのシェアドバリューをしっかり定義し浸透させることの重要性である。イノベーションを活性化し、ひいては組織の業績を維持・向上させることを狙いとしたDEIの推進であるわけだが、多様な人材を結束させるにあたっては、組織にとって大事な根本的な価値観が組織を構成する人材に共有されていることが大事である。それは円滑なコミュニケーションやチームワークを促進するほか、コンプライアンスや業績を高めることそれ自体に関わってくる。少し逆説的であるが、人材の多様化の促進は、シェアドバリューの浸透とセットで考える必要がある。

おわりに

上記で述べたような様々な社会的要請などがあり、グローバル・グループワイドでのDEI活動の推進を本社としてリードすることの重要性は、今後ますます高まると想像される。

尚、グローバルDEI活動は大事なテーマであるとともに、グローバル・グループワイドで様々な利害関係がある中でも、比較的総論賛成となりやすいテーマであるといえる。目下、グローバル・グループワイドでの人材マネジメントや組織マネジメントという概念が希薄で、まさにこれから本社と海外子会社との関係を強化しながら、そのような活動を本格化させていこうとする日本企業も多いと想像されるが、総論賛成のグローバルDEIガバナンスは、まさに人事・組織領域におけるグローバルプロジェクトの入門編で、比較的取り組み易いテーマである。そのような意味でも、この取り組みを捉えていただき、ぜひしっかり取り組んでいただきたい。

(おわり)

執筆者

嶋田 聰
デロイト トーマツ コンサルティング ディレクター

Global HRサービスリーダー。
グローバル人材マネジメント、クロスボーダーM&A・PMI(人事領域)、国際人事異動制度の導入支援、国内・海外における人事制度の設計・導入等、日系企業のグローバル化の人事領域における支援に多く携わる。多国籍チームのマネジメントも豊富。

菊池 暁雄
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアコンサルタント

日系コンサルティングファームを経て現職。
グローバルリーダー育成支援、グローバル人事機能強化支援、グローバル人事制度導入等の案件に従事。
前職では、人事制度構築や労務リスク管理等の案件を中心に、大企業から中堅中小企業まで幅広くご支援。

出崎 日奈笑
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 アナリスト

新卒入社以来組織・人事コンサルティングに従事。
グローバル人事情報システムの選定・導入に従事。
またWomen in Techイニシアチブのメンバーとして、テクノロジー領域における女性の活躍を支援。

<執筆協力者>

大熊 朋子
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー

DEIサービスリーダー。
日系組織人事コンサルティングファームを経て現職。
人事制度設計・導入支援、人材アセスメント、組織風土改革等、組織・人事領域のコンサルティングに幅広く従事。
近年では、企業のダイバーシティ&インクルージョン支援を多数推進。

 

(2023.3.6)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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