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Global DEI ガバナンス~ グローバル・グループワイドのDEI活動と本社の役割(前編)

Global HR Journey ~ 日本企業のグローバル人事を考える 第二十八回

事業環境や価値観の変化が加速する中、持続的な企業価値の向上における人的資本の重要さへの認識が高まっている。特に多様性にかかわるダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(DEI)は、マクロトレンドに対応するとともに、組織がイノベーティブであり続け、従業員のエンゲージメントを引き出す意味でも不可欠な取組みである。本稿では、グローバル・グループワイドでのDEI活動にて本社が果たすべき役割を論じる。

DEIとは

ダイバーシティとは「多様性、相違点、多種多様性」という意味であり、シンプルに表現すると「人々の間の違い」ということになる*1。この「違い」というのは人種や国籍、年齢、性別、障害の有無などだけでなく、価値観や考え方、経験など深層的な要素も含まれている。そして一人一人が持つこの「違い」を尊重し、受け入れ、認め合ったうえでそれらを活用し、機能している状態をインクルージョンと呼んでいる。

昨今ではダイバーシティとインクルージョンに、「機会やリソース、評価などが属性に関わらず正当であり、公平に扱われること」*2 を示すエクイティも加わり、Diversity, Equity, and Inclusion(DE&I)という言葉が浸透し始めている。

少しだけ歴史を振り返ると、現在企業組織が推進しているDEI活動は、米国で1950年代から展開された公民権運動に端を発し、特に1960年代に誕生したアファーマティブ・アクション(以下、「AA」)が端緒となった政策として挙げられる。これは「積極的差別是正措置」といわれるように、歴史的に不利な状態に置かれていた人種・民族に対して機会の提供等を通じた立場の是正と優遇が主眼であった。ただ、企業にとってのAAは、法的・社会的責任を果たすコストであり、どちらかといえば訴訟を回避するためのリスクマネジメント的な側面が濃厚な取り組みと考えられた。

しかし80年代の後半に米ハドソン研究所から発表された『Workforce 2000』レポートにより、今後アメリカにおける労働力の人口構成が大きく変化し、女性やいわゆるマイノリティと呼ばれていた集団を企業において積極的に活用する必要性への理解が深まると、企業組織におけるダイバーシティの必要性への認識も高まった。また、米国の産業構造の変化(例えば製造業からサービス業へのシフトなど)が進んだことも相まって、イノベーションを引き起こす可能性のある人材の多様性は、企業の競争優位性の源泉の一つと認識され始めた。ここへきてダイバーシティは従前からの社会的責務といった倫理問題やリスクマネジメント以上に、経営課題や競争力といった角度で捉えられはじめたのである。その結果、この頃には多様性を積極的に企業活動に活かすための「ダイバーシティ・マネジメント」という概念が誕生した。さらに、単に人材が多様であるという状態にとどまらず、多様な人材が組織に受け容れられて活躍している状態を作るべき(インクルーシブであるべき)という考え方が、90年代後半に出現し、これが今日のダイバーシティ&インクルージョンとして確立していった。*3  

一方日本では男女雇用機会均等法が成立した1986年が企業組織におけるダイバーシティの取り組みの元年と言え、この法令の中で職場における男女の取り扱いが同じであるべきことが謳われた。また、1999年には女性労働者の機会均等の実現を目的として講じる暫定的な措置として「ポジティブ・アクション(=アファーマティブ・アクション)」が規定され、政府は企業の当テーマにかかわる活動の表彰などを通じ普及に努めた。さらに同じ時期に当時の日本経営者団体連盟(日経連)が「ダイバーシティ・ワークルール研究会」を発足させ、ダイバーシティは多様な人材を活かす経営戦略であり、企業の成長とともに個人の幸せにつなげる取り組みとして、多様な人材がそれぞれの価値観やニーズに合った働き方を選択可能とすることが必要という方向性を示した。そして、これに呼応するように、2000年頃ダイバーシティ・マネジメントの取り組みが日本企業でも活発になりはじめた。*4 以降、女性活躍を中心に日本の企業組織におけるダイバーシティは一定の成果を上げてはいるものの、取り組みの質的・量的な充足度や、一部の先進的企業だけでない社会全体での状況改善という意味では、理想から程遠い状態が続いているというのが私たちの認識である。

 

1:中村豊. (2017). ダイバーシティ & インクルージョンの基本概念・歴史的変遷および意義. 高千穂論叢, 52(1), 53-84.

2:青島未佳. (2022). “心理的安全性が高い”チームの新たな視点. WEB労政時報(https://www.rosei.jp/readers/article/83059

3:谷口真美 「組織におけるダイバーシティ・マネジメント」 日本労働研究雑誌 (2008年5月)(https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2008/05/pdf/069-084.pdf)、堀井紀壬子「ダイバーシティって何?(第2回)--ダイバーシティの歴史的展開と企業のかかわり」 東洋経済ONLINE(https://toyokeizai.net/articles/-/10938

4:HR Trend Lab 「ダイバーシティ・マネジメントの歴史的変遷と日本政府・企業の取り組み」(https://hr-trend-lab.mynavi.jp/column/management-strategy/2522/

新しい潮流 ~ グローバルDEI活動の必要性

前項のようなDEIの流れの中、特に最近では3つの新しい潮流が出現してきている。一つ目は、人的資本の情報開示にかかわる関心が示すような、会社組織におけるDEIといったテーマを含む、企業による人的資本への対応についての社会的な要請が今まで以上に高まっていることである。図表1は昨今の投資家による企業活動についての関心テーマを示した調査であるが、人的資本への投資が最大級の関心となっている。また、昨年11月には金融庁から、有価証券報告書において「人材の多様性の確保を含む人材育成の方針や社内環境整備の方針及び当該方針に関する指標の内容等について、必須記載事項とし、(中略)また、女性活躍推進法等に基づき、「女性管理職比率」、「男性の育児休業取得率」及び「男女間賃金格差」を公表している会社及びその連結子会社に対して、これらの指標を有価証券報告書等においても記載を求める」こと、また、「女性管理職比率」等の多様性に関する指標について、連結グループにおける会社ごとの指標の記載に加えて、連結ベースの開示に努めるべきであること」が公表された。*5

投資家が着目する情報

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2つ目の潮流は、企業による人材の多様性への取り組みが、エンプロイヤーブランディングに深く関連するという潮流である。一般的なブランディングが自社の商品やサービスなどに対する顧客のロイヤリティや共感を高める行為であるのに対し、エンプロイヤーブランディングとは、企業が従業員に雇用者として提供する価値に対する労働市場からのロイヤリティ・共感を高める行為を意味する。様々なクライアントとの接点を通じ、私たちの肌感覚としても、SDGにかかわる取り組み、特にDEI活動のアピールの優先度はかなり高いと考える企業が多いように感じる。人材の多様性への取り組みは、いまやエンプロイヤーブランドに影響を与える重要な要素の一つであり、人材獲得競争に勝ち抜くための必須の側面になりつつあると考えている。

3つ目の潮流は、少しDEIとは遠い話のように聞こえるかもしれないが、グローバル・グループガバナンスというものに対する社会的な要請である。我が国におけるコーポレートガバナンスの議論は、2015年の「コーポレートガバナンス・コード」の公表をきっかけに一層加速化されてきた。しかしながら、従来の議論はどちらかといえば法人単位(グループでいえば親会社本体)であったことから、グローバルワイドのガバナンスが求められる現状の企業活動の実態からみると必ずしも議論が十分と言えなかった。この議論の空白地帯に対応すべく2019年に経済産業省が「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」 を公表し、グループガバナンスの実効性を確保するために一般的に有意義と考えらえられるベストプラクティスを示した。この指針において、人材の多様性は必ずしも主要なテーマとしては扱われていない。ただ、グループガバナンスの趣旨や、上記の一つ目や二つ目の潮流とも合わせて考えると、本来各国・地域の固有の状況や経緯を踏まえ、各国・地域によるリードが合理的といえるDEI活動についても、本社として、その活動に一定の秩序と統制をもたらし、グローバル・グループワイドで十分な成果を上げ続け、さらにその成果や進捗を対外的に示していくという行為は、今後の日本企業にとって大変重要な取り組みであると考えられる。私たちはこのような取り組みを「グローバルDEIガバナンス」と呼び、本社がグローバル・グループワイドで積極的にリードしていくべきテーマであると捉えている。

次回は、この「グローバルDEIガバナンス」において本社が果たすべき具体的な役割について論じる。

(次回「後編」に続く)

 

5:金融庁「「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案の公表について」(https://www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20221107/20221107.html

6:経済産業省「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190628003/20190628003.html

執筆者

嶋田 聰
デロイト トーマツ コンサルティング ディレクター

Global HRサービスリーダー。
グローバル人材マネジメント、クロスボーダーM&A・PMI(人事領域)、国際人事異動制度の導入支援、国内・海外における人事制度の設計・導入等、日系企業のグローバル化の人事領域における支援に多く携わる。多国籍チームのマネジメントも豊富。

菊池 暁雄
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアコンサルタント

日系コンサルティングファームを経て現職。
グローバルリーダー育成支援、グローバル人事機能強化支援、グローバル人事制度導入等の案件に従事。
前職では、人事制度構築や労務リスク管理等の案件を中心に、大企業から中堅中小企業まで幅広くご支援。

出崎 日奈笑
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 アナリスト

新卒入社以来組織・人事コンサルティングに従事。
グローバル人事情報システムの選定・導入に従事。
またWomen in Techイニシアチブのメンバーとして、テクノロジー領域における女性の活躍を支援。

<執筆協力者>

大熊 朋子
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー

DEIサービスリーダー。
日系組織人事コンサルティングファームを経て現職。
人事制度設計・導入支援、人材アセスメント、組織風土改革等、組織・人事領域のコンサルティングに幅広く従事。
近年では、企業のダイバーシティ&インクルージョン支援を多数推進。

 

(2023.02.8)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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