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グローバル人事の推進を加速させる成熟度モデル
Global HR Journey ~ 日本企業のグローバル人事を考える 第二十七回
「日本企業のグローバル人事を考える」と題したGlobal HR Journey。本稿では、当社において、グローバル人事について整備すべき仕組みとその成熟度段階を定義した成熟度モデル(マチュリティモデル)を刷新したのでご紹介する。グローバル人事の取り組みはきわめて多岐にわたるため、自社の現状と目指す姿を可視化するために役立ていただきたい。
日本企業の間でもグローバル人事が企業のグローバル・グループワイドの経営における不可欠な要素であるとの認識が高まってから10数年以上が経過した。しかしながら、グローバル人事の検討や整備にはかなりのばらつきがあり、多くの日本企業においては道半ばの状況である。この度、当社において、グローバル人事について整備すべき仕組みとその成熟度段階を定義した成熟度モデル(以下、マチュリティモデル)を刷新したので紹介する。グローバル人事の取り組みはきわめて多岐にわたり、グローバルビジネスを推進する人材の育成・確保や、そのための人事管理を実現する基盤整備などにより構成される。マチュリティモデルを用いて自社をアセスメントすることで、現状と目指す姿を可視化することができる。グローバル人事の全体像を把握しながら、自社はどこを目指すのか、そのためにどのようなテーマに優先して着手すべきかといった、自社に合った進め方を整理し、ひいては取り組みの加速化につなげることができる。
グローバル人事の取り組みは足踏み状態に陥りがち
日本企業のグローバルビジネスの展開が進む一方で、経営管理、特にヒトの面に着目すると、グループ・グローバル目線での人事の取り組みは置き去りになってきた。例えば、いまだ多くの企業は以下のような問題に直面し続けている。
- グループ・グローバルワイドでの適所適材ができていない
(そもそも、どこに、どのような人材がいるか不明) - グローバルビジネスを牽引する人材を育成できていない
- 評価・報酬の考え方がバラバラのため、国境を越えた目標達成や行動様式のアラインが難しい
グローバル人事の推進にあたっては、経営トップを含め、多彩なステークホルダーと共通認識を持ちながら合意形成やBuy-in獲得を図る必要がある。グローバル人事の問題が置き去りになってきた背景として、以下のような状況に陥り検討が前進しないケースが多い。
- 危機意識が乏しく本気での議論が先送りされがち
(そもそも現状把握や目指すべき姿の明確化が不十分である) - グローバル人事の取り組みが多岐にわたるため、どこから議論・対応すればよいかわからない
- 議論をしても、関係者の間で共通認識・共通言語が確立されておらず空回りしがち
- また、経験不足により必要な知識・知見が必ずしも十分ではなく、検討が深まらない
このような足踏み状態を脱するために有効なアプローチは、自社のグローバル人事について、現状と目指すべき姿を可視化することである。そもそもグローバル人事は、取り組みや考えるべき論点が多岐にわたり、かつ難易度が高いテーマといえる。取り組むべき対策や考えるべき論点の全体を頭に入れた上で優先度を決め、かつ、それぞれについて、いつまでに、どのような状態からどのような状態へ移行させる必要があるのかを明らかにする思考のプロセスなくして、議論に取り掛かることもできない上、漠然とした課題感はあったとしても、具体的なアクションにつながりうる健全な危機意識は生じようもない。
マチュリティモデルを用いたアセスメントによるグローバル人事の可視化
このような思考プロセスを可能にするには、グローバル人事というテーマについての体系的な理解が不可欠と言える。後段で詳述するが、デロイトのグローバル人事マチュリティモデルは、グローバル人事というテーマにおいて取り組むべき対策や考えるべき主な論点を全て網羅しつつ、そのそれぞれについて、ほとんど対策がとられていない状態からリーディングプラクティスと呼べる最高の状態まで、5段階の状態を定義している。まさにグローバル人事の全体系と言えるのがこのモデルであるわけだが、これを軸とし、自社の現状と将来のあるべき姿をアセスメントすることは、とりもなおさず「取り組むべき対策や考えるべき論点の全体を頭に入れた上で、それぞれについて、いつまでに、どのような状態からどのような状態へ移行させる必要があるのかを明らかにする」ことに他ならない。
このマチュリティモデルについて解説していきたい。このモデルは、下図の通り7つの領域と、細分化した42のアセスメント観点で構成され、観点別に5段階のスケールで自社や競合の成熟度をプロットする。自社の現状や競合の状況を把握するとともに、自社は将来どこを目指すべきかを明らかにする。目指すべき姿と現状とのギャップが大きい観点・領域は、優先度高く対応すべきであると整理される。
(図1) グローバル人事マチュリティモデルを用いたアセスメント
マチュリティモデルの構成要素について解説する。
<7つの領域・42の観点>
グローバル人事の仕組み構築のテーマは7つの領域にわたる。
(図2) グローバル人事の仕組み7領域
まず人材管理のあり方に係る領域として、リーダー層を対象とした「グローバルタレントマネジメント(サクセッションマネジメント)の実現」や、コロナ禍において重要性・問題意識の高まりがみられる「グローバルリモートワークの実現」といった2領域の仕組みの整備がある。またこれらを下支えするために必要な基盤の整備は、「人事権限」、「人事制度系基盤」、「人事オペレーション系基盤」の3領域にわたる。さらに、組織開発の面からも2領域への対応が求められる。1つは、国境を越えたグローバルオペレーションやチームプレーの促進に向けた「グローバル組織開発」。もう1つは、グローバルオペレーションをリードする本社の組織・人材の変革と環境の整備、すなわち「本社の国際化(内なる国際化)」である。
アセスメントでは、これら7領域をさらに細分化した42のアセスメント観点を、観点毎に定められた成熟度定義に照らして自社の現状、目指すべき姿を可視化する。
(図3)42のアセスメント観点
<5段階の成熟度定義>
成熟度は5段階のスケールでアセスメントする。それぞれの段階の定義は下図の通りである。
(図4) 成熟度定義
大まかにはLevel 3からようやく一定程度成熟度がある(仕組みが整備されている)状態といえる。なお、必ずしも成熟度が高いことが自社において目指すべき姿になるとは限らない。グローバルビジネスの状況や仕組み整備の目的に合わせて、あくまで自社にとって必要十分な仕組みを整備することがまずは目指すべき姿といえる。人事制度系基盤領域の「グローバルポリシー」の観点を例に挙げて説明する。
(図5)アセスメント観点例: 「グローバルポリシー」
「グローバルポリシー」の観点に関しては、Level 5は全階層共通のグレーディング・評価の仕組みが導入されている状態と定義されているが、必ずしもこれが目指すべき姿になるとは限らない。グローバルポリシーの共通化範囲は、海外拠点の保有機能・事業や規模、また共通化の目的(例:サクセションマネジメント/グローバルガバナンス、等)といった側面からも検討が必要である。その結果、合目的性の観点から、例えばLevel 4の管理職以上共通、あるいはLevel 3のグローバルキーポジション共通が適切なケースもある。
グローバル人事マチュリティモデルの観点の具体例
マチュリティモデルがどのようなものか、他にもいくつかのアセスメント観点を例に挙げて解説する。
領域①グローバルタレントマネジメントの実現:リーダー育成(カルチャー)
観点:「トップのコミットメント」
グローバルリーダー育成において整備が必要な要素として、一般的にまず挙がるのがサクセッションマネジメントだろう。キーポジションの設定、後継者特定・育成などの仕組みが該当する。これらのサクセッションマネジメントの仕組みそのものに加え、リーダー育成を確実に加速させるためには、仕組みを運用するにあたってのカルチャー面の整備も欠かすことができない。そのために肝となる「トップのコミットメント」、「関係者の意識改革」についてもアセスメントの観点として定義されている。
(図6)アセスメント観点例:「トップのコミットメント」、「関係者の意識改革」
「トップのコミットメント」の観点について、リーダー育成に対して、トップが一定程度コミットしている(Lv.3)とされるのは、タレントレビューやリーダートレーニング等に一定時間を割いている状態である。自身のポジションを含むキーポジションの後継者の育成に対して、仕組みづくりを指示するのみならず、後継者の育成状況について確認やコメントをしたり、リーダー育成の研修で講話したり、実際に活動に関与しているのがこの状態である。
さらに日本でベストプラクティスとして一般的に認知されるようなLv.4は、そのような取り組みに対して時間を多く割き、またオーナーシップを発揮している状態である。例えばリーダートレーニングの企画構想から関与し、取り組みを活性化している状態である。
最も成熟度が高いLv.5は、トップがリーダー育成についてビジョンや持論を持ち、周囲に影響を与えることで、リーダー育成の取り組みを会社の中核的位置づけとして確立しているような状態である。
なお、図6に示している成熟度の定義は簡易版である。実際はさらに具体的な文言で各レベルの状態が定義されている。(以降の例も同様)
領域⑥:グローバル組織開発
観点:「従業員エンゲージメント」、「Shared Value」、「グローバルDEI」
グローバルでの組織開発にも触れたい。国境や文化的背景を越えたグループ・グローバルでのチームプレー・成果創出を促進する上で、従業員のエンゲージメント、Shared Value、DEI(Diversity, Equity, and Inclusion)といった組織開発面における取り組みや仕組みの整備も欠かせない。
(図7) アセスメント観点例:「従業員エンゲージメント」、「Shared Value」、「グローバルDEI」
グローバルワイドで「従業員エンゲージメント」について整備する際、まずはエンゲージメントサーベイをグローバルあるいは一部地域で実施するところから始める(Lv.2)。その後PDCAサイクルをグローバル共通のプロセスに則り回すことで取り組みの品質を確保する(Lv.3)。さらに成熟度が高まると、従業員エンゲージメントに関する目標設定や賞与との連動をルール化することにより、より強制力を持たせるといったことに取り組む(Lv.4 、5)。
出自や文化的背景が異なる従業員同士の交流を円滑にする基盤や業務上の判断の拠り所となるのが共通の価値観「Shared Value」だ。醸成に向けては、まずどのようなValueを浸透させたいかを定義することはもちろん(Lv.2、Lv.3)、より成熟度が高い状態では、ストーリー性のある制作物(資料や映像等)が展開されていたり、人事評価の項目となるなど仕組みとして組み込まれている状態となる(Lv.4)。
おわりに
本稿では、足踏み状態に陥りがちなグローバル人事の取り組みを前進させるアプローチとして、グローバル人事のマチュリティモデルを用いたアセスメントについて紹介した。グローバル人事の可視化を通じて担当者の理解・検討を促進するのみならず、社内ステークホルダーの共通認識・危機意識の醸成をも促進し、グローバル人事の取り組みの加速化に活用することができる。本アセスメントは短期間(4週間から)での実施が可能となっており、ご関心をお持ちの読者の皆様は、当社ヒューマンキャピタルディビジョンにお問い合わせいただきたい。
執筆者
中村 哲也
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 マネジャー
グローバル組織人事コンサルティングチームのコアメンバー。
大手建設会社、英国MBA留学を経て現職。グローバル・グループワイドでのガバナンス強化、人材マネジメント、グローバル共通人事制度、国際人事異動制度の設計・導入支援をはじめ、国内外の組織・人事に係る幅広い領域を支援。従業員エンゲージメント、組織風土改革に関する支援も豊富。
一級建築士。
<執筆協力者>
吉永 立平
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアコンサルタント
人事・組織領域のコンサルティング業務に従事。
大手日系企業に対する、人材マネジメントポリシーの策定、人事制度(ジョブ型含む)の設計、人材育成(デジタル人材・営業/マーケティング人材改革含む)、グローバル10か国に対するタレントマネジメントシステムの導入、等の案件に関与。
グローバル・クロスユニットプロジェクトにも多数参画。
※上記の役職は、執筆時点のものとなります。
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