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グローバル人事の構想策定

Global HR Journey ~ 日本企業のグローバル人事を考える 第十回

「日本企業のグローバル人事化を考える」と題したGlobal HR Journey。十回目となる今回は、グローバル人事の取り組みにあたってまず着手すべき構想の策定について、その進め方やポイントを紹介する。

グローバル人事の構想とは

嶋田 今回はグローバル人事について比較的初心者である会社が、大きな変革に取り組む際、まず始めに着手すべき「構想の策定」についてお話したいと思います。国内外のグループ会社をスコープとした人材管理やグローバル人事制度の導入等、人事のグローバル化にはベースの青写真となる構想が不可欠です。形だけは整っても成果が中途半端であったり、取り組みそのものが頓挫したりするケースにおいては、その構想が“まずい”場合が少なからずあります。これは、構想の内容自体に問題がある場合もあれば、構想を作る段階で関係者やステークホルダーを巻き込み、腹落ちさせるプロセスが十分でない等のアプローチに問題がある場合もあります。少し堅苦しいテーマではありますが、構想策定というきわめて大切な取り組みの進め方やポイントについて触れたいと思います。

古澤 最初に、構想策定の取り組みにおいて検討すべき項目を明らかにしてみましょう。ざっと挙げると以下のとおりです。これらを通常3~6ヶ月くらいかけて練り上げていくことになります。

(1)今後のグローバル人材管理の方向性
(事業課題を踏まえた、今後の採用、異動、人材育成等のあり方)

(2)今後のグローバル人材管理を支えるインフラの方向性・概要

1. 制度系インフラ
(人事権限、人事制度等)

2. 組織・プロセス系インフラ
(権限や制度の運用を支える人事組織体制・業務プロセス)

3. IT系インフラ
(上記を支える人事システム)

(3)ロードマップ

(4)推進体制

(5)コミュニケーション
(新しい人材管理やインフラ導入にあたっての従業員へのメッセージ)

嶋田 多くの日本企業にとって、将来のグローバル・グループ経営におけるグローバルでの人材管理は、まさにパラダイムシフトともいえる変革が求められるケースが多いといえます。そのような取り組みの青写真をしっかり構想しておくこと自体の重要性は今更言うまでもありません。

が、それ以上に、これを構想する過程で関係者が議論を尽くすことを通じ、想いを可視化し意識を合わせていくことや、時に腹を括るという意味でも、構想策定は大変重要といえます。

古澤 例えば、グローバル人事制度ひとつとっても、これを設計し国内外のグループ会社に導入していくのは容易ではありません。多大なエネルギーを費やすとともに、多くの問題を解決しなくてはならず、生半可な決心では成し遂げることはできません。

グローバル人事の構想の手順

嶋田 それでは構想策定の手順を解説していきましょう。

古澤 まずは「(1)今後のグローバルでの人材管理の方向性」の検討です。今後の事業課題を踏まえ、それを解決する人材管理とはどのようなものか、を明らかにします。例えば、今後の事業ニーズを踏まえると、どのような人材を育成・輩出させる必要があるのか?そのためにはどのような取り組みが必要なのか?特に経営層等、事業上キーとなるポジションに就く人材については、具体的な人材像を明らかにし、それをOJT/OFF-JTを通じてどのように育成していくかを明確化します。

その過程で、例えば本社や地域統括会社がどの範囲の人材に対して異動配置を決めるべきかといった人事権限に関する示唆や、どのような人材層あるいは地理的な範囲でグループ共通の人事制度が導入されるべきか、またその制度はどのような内容のものであるべきか、といった制度系のインフラへの示唆がたくさん出てきます。

さらに深堀していくと、その運用を支える人事組織のあり方や業務プロセスへの示唆も出てきます。多くの場合、現状の人事組織の体制を大きく変える、特に本社の人事のメンバーを大きく底上げする必要がある、というような議論に至ることの多いポイントです。

嶋田 また、例えば、今後の事業環境からすると、一定の人材層が国境を越えて異動したり、異動しないまでも密接なやり取りが必要だとすると、その範囲では評価の仕組みを揃えて、目指すべき業績目標や求められる行動を揃えやすい状況を作るべきです。国境を越えてレポートラインが確立されるような状況を作る場合は、評価の仕組みを共通化することは、管理効率という点でも大変重要になります。上司は各国・地域の部下の評価にあたって、それぞれの人事制度を取り扱うのでは効率が悪すぎます。このようなことを、今後の事業環境や課題、すなわちビジネスニーズを具体的に想像して、それを支える人事のあり方を検討していくことが大切です。

古澤 そうですね。ビジネスニーズと直結させることは変革の目的を明らかにすることであり、これが変革推進の理由であり、拠り所となるわけで、大変重要です。「人事屋」だけの発想になってはいけません。人事のことを考える前に、グローバルビジネスがどうなるかを考えるのが第一です。例えば、一般的にグローバルビジネスは多極化する、つまり各市場に合わせた価値を提供することになる、世界中の市場が成長・成熟し、世界がフラット化したため、余程イノベーティブな製品でない限り、製品の力だけでは各市場で勝てなくなっている、等。これらをしっかり想像し切ったうえで、どのような人材が必要で、どのような人材管理が必要なのかを考えます。

嶋田 次は、「(2)今後のグローバル人材管理を支えるインフラの方向性・概要」ですね。これは文字通り、(1)で明らかになった人材管理を支えるための制度系・非制度系インフラの方向性を明らかにしていくプロセスです。変革の具体的なソリューションの方向性を見極めるわけですが、この局面においてはどのようなソリューションがあり得るか、幅広い知見が欠かせません。

古澤 そうですね。先進事例であったり、海外の競合がどのような背景・理由でどのような制度・非制度のインフラを整備しているかをよく理解し、自社としての方向性を見定める必要があると思います。そうでないと、思考が広がらず、現状の延長線上にあるような視野が狭く効果のない解決策となりかねません。

嶋田 目指すべき人材管理を支える制度系・非制度系インフラの方向性が明確になった後は、それをどのように進めるか・誰が進めるかといった、「(3)ロードマップ」や「(4)推進体制」を決めていくことが必要です。

特にロードマップを考えていくにあたっては、現状の把握が欠かせません。現状の把握とは国内外グループ会社、すなわち変革の対象となりうる範囲における、現行の人材マネジメント・人事制度の把握を意味します。そしてこれと(1)や(2)といった今後目指すべき姿とのギャップを分析します。このギャップが大きいと、目指すべき姿の実現には時間やリソースがかかったり、リスクが大きいということになり、ロードマップ(および推進体制)に影響を与えます。

現状把握は時間のかかる作業なので、構想策定の着手と同時に取り組みを開始することが一般的です。ちなみに、上記に述べたような現状把握・分析の目的(=ギャップ分析)を明確に持たないまま、闇雲に情報収集するケースが散見されます。

古澤 次に、あまり一般的ではないですが、ぜひ構想の段階で議論することをお勧めしたいのが、「(5)コミュニケーション」です。これは、新しい人材管理やインフラ導入にあたって、従業員へ発信するキーメッセージを指します。今後新しく変わること、変わらないことや、止めることは何か?、従業員のメリットは何か?、会社としてどのようなサポートをしてくのか?等を明らかにします。

嶋田 通常従業員コミュニケーションは(2)今後のグローバル人材管理を支えるインフラのあり方を詳細に設計し、いよいよ導入を具体的に検討する段階になって検討を始めることが多いですよね。

古澤 もちろんその段階でも遅くはないし、その段階では改めてコミュニケーションについて具体的に考えるべきです。ただ、構想段階で従業員への発信の仕方について初期的にでも想像を巡らしておくことは、構想策定後に(2)(例えばグローバル人事制度)を詳細化していく上でも、より地に足のついた良い議論につながると思います。

「グローバル人事マチュリティモデル」を使ったクイックエクササイズ

嶋田 ここまで構想策定の進め方についてお話しましたが、構想策定に本格的に着手する前の前哨戦として、当社の「グローバル人事マチュリティモデル」を使ってクイックに構想を試作するアプローチをお勧めしています。このモデルは、採用、育成、配置といった人材マネジメントや、人事制度(等級・評価・報酬の諸制度)といった、グローバル人事にかかわる20の項目について、全く取り組まれていない状態から先進的な状態まで、それぞれ4段階のマチュリティ(成熟度)の状態が定義されたものです。これを使って、現状の状態と今後目指すべき状態、およびその理由(事業上の背景)をクイックに明らかにします。もちろん、闇雲に最上位の段階を目指すことが良いわけではありません。目指すべき状態はあくまでも、事業のニーズによります。2~3段階目くらいで良い場合もあります。

なお、この議論に合わせて競合の取り組みについて情報収集します。競合の状態はあくまでも参考ですが、自社の方向性を見定めるにあたって有意義なインプットとなるはずです。

デロイト トーマツでは、このモデルの提供、現行と今後の状態を明らかにする議論のファシリテーション、競合の情報収集を支援しています。本格的な構想策定の前に取り組むことで、現状が整理され、また何より関係者との共通認識・共通言語を一定程度確立できることで、後々の議論が非常に行い易くなります。

構想策定におけるポイント

古澤 先にも述べた通り、まずは人事のことを考える前に、グローバルビジネスがどうなるかを考えることが第一です。このためには議論に、人事だけでなく、事業や経営企画といったビジネスを深く理解するメンバーを常に同席させるべきです。さらに言えば、会社の高度な意思決定といえるグローバルでの人事変革のようなテーマは本来人事ではなく経営企画等がリードすべきかもしれません。

嶋田 事業や経営企画のメンバーの巻き込みは、良いインプットをもらうことだけでなく、今後共に変革を進める人材のチームビルディングの意味もありますね。なお、キーとなる国内外のグループ会社の人事メンバーに当初から関わってもらうことも大事です。

さらに、グローバル人事領域での経験が豊富な外部の専門家の活用も検討すべきです。海外子会社のメンバーから知見を集めることで専門家の代替をはかるケースがありますが、本社の状況(例えば長期雇用前提のモデル、職能ベースの人事制度、日本の報酬水準等々)の理解が不足している場合、的確な示唆を出すことはできません。結局のところ、グローバル人事を考えるとき、もっともケアすべきは本社であることが大半であり、本社および日本の労働市場についての勘所は不可欠です。また、時に耳の痛い話も含め、外部専門家から利害関係を超えたアドバイスを得ることは有効だと思います。

古澤 最後になりますが、構想策定は何度かサイクルを繰り返すと良いでしょう。構想を策定した後、これをベースに様々なことを具体化・詳細化していくわけですが、そうなれば必ず新しい発想やそれまでに見落としていたことが出てきたり、考え切れていなかったことがわかってきます。少なくとも制度系・非制度系インフラの具体的な設計を終えて、いよいよ従業員に発表するといった段階ではあらためて構想を整理することをお勧めします。何度かブラッシュアップすることを想定して構想策定に取り組むことが重要です。

古澤 哲也
古澤 哲也

執行役員 古澤 哲也
組織・人材コンサルティング歴15年以上。国内外の企業の様々な経営課題を組織・人事面から解決する業務に従事。特に、経営・事業戦略をグローバルに推進するためのグローバル人事戦略の立案、各種人事基盤の設計から組織風土改革までをトータルに支援する経験が豊富。
主な著書に、『MOTリーダー育成法』(中央経済社)、『変革を先取りする技術経営』(共著・企業研究会)等。

嶋田 聰
嶋田 聰

シニアマネジャー 嶋田 聰
グローバル人材マネジメント、グローバル共通人事制度、国際人事異動制度の設計・導入支援などに加え、クロスボーダーM&A・PMIや、学習・人材開発等、日系企業のグローバル化の人事領域における支援に数多く携わる。海外におけるプロジェクト経験は北米・南米・欧州・アジア・アフリカ含む約20ヵ国。多国籍チームのプロジェクト・マネジメント経験も豊富。

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