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クロスボーダーM&Aとグローバル人事

Global HR Journey~日本企業のグローバル人事を考える 第九回

クロスボーダーM&Aは、海外企業と真正面からぶつかるグローバル経営の最前線といえる経営行動で、これが日本企業のグローバル人事に与えるインパクトは小さくありません。海外企業の買収により、これまでとは異なる次元のガバナンスが必要となることや、日本企業にとって未知の人事のベストプラクティスに触れることを通じ、人事のグローバル化が加速した例は少なくないのです。

また、グローバル人事の進化が、結果としてさらに高度なPMIの実現にもつながっているなど、クロスボーダーM&Aとグローバル人事は双方向に関連し合っています。今回は、デロイト トーマツ コンサルティングのM&A人事領域におけるリーダーも交え、昨今の日本企業によるクロスボーダーM&Aとグローバル人事についてディスカッションします。

昨今の日系企業のクロスボーダーM&A

嶋田 日系企業による海外企業の買収には長い歴史がありますが、実際にM&Aに踏み切るケースは一部の企業に偏っていたという印象です。

それが特にリーマンショック以後は、この拡大路線が鮮明となり、多くの日本企業にとってクロスボーダーM&Aは成長戦略におけるごく一般的な選択肢となっています。

まずは昨今の日系企業によるクロスボーダーM&Aについて議論したいと思います。

日本企業が関係するM&A件数の推移

日本企業が関係するM&A件数の推移

村中 クロスボーダーM&Aが本格化してきた約10年前と現在を比較すると、隔世の感があります。以前はどこも手探りという感じでしたが、日本企業の中でもM&A巧者と呼ばれるような手練れの企業が確実に増えてきた印象があります。

端的な変化は買収後のガバナンス、特に買収した会社の経営者に対する処遇という点に見られると思います。以前は、買収した会社の経営者をなんとかして続投させることは重要な課題でした。ところが現在はそればかりでもありません。

古澤 そうですね。これは買収した海外企業を経営する人材が乏しいことに起因していると思います。「リテンション」手段の一つである海外の報酬のプラクティスに勘所がなく、また終身雇用的な感覚に慣れ、人材がいとも簡単に去ってしまうということが頭でわかっても腹落ちしきれない日本企業にとってはとても難解なテーマでもありました。

村中 もちろんリテンションは現在でも重要なテーマではあります。が、買収しても自らでは経営できないので、なし崩しに「とりあえずリテンション」という構図ばかりではなくなっているのです。

嶋田 現経営者の続投を大前提とするということではなく、買収した会社の現経営者であれ、買収側の人材であれ、適所適材というか、今後の事業戦略も見据えて最適な人選をするということですね。

村中 そうです。例えばDD(デュー・デリジェンス)の段階から、マネジメントインタビューや交渉の場を通じて、被買収先の経営者の力量を冷静に見極め、不適と考えられる場合は人材を入れ替えています。いわゆるグローバル人材と呼ばれるような人材を抱えることができている日本企業が増えてきているのです。あるいは外部から経営人材を調達することに慣れてきている。そのような状態を一定程度実現することで、買収した会社をどのように経営していくかということについて選択肢を持ち始めているのです。

古澤 外部から人材を調達するという点では、エグゼクティブサーチファームを使いこなせる企業が増えてきているように感じます。サーチファームに良い人材を探してもらえるような人材要件の伝え方であったり、面接での人材の見極め方だったり、これはという人材に「ぜひ当社で精一杯頑張ってみたい」と思わせるコミュニケーションだったり、そういう場数を踏むことで人材調達の力量を高めている企業が増えています。サーチファームがお膳立てしてくれるのを受け身で期待するのではなく、自らがオーナーシップを持って、文字通りサーチファームを使いながら人材を採りにいくという姿勢に変わりつつあるのでしょう。

嶋田 昨今は外国人含め様々なバックグラウンドを持つ社外取締役を揃えている企業があります。また、すでに買収した会社の人材や、自前で設立した海外現地法人にも相当に高いレベルの人材が登用されつつあります。サーチファームだけでなく、これらの多彩なネットワークを駆使したリクルーティングもあり得ます。これも人材の調達力の向上に関わっているといえます。

これらは、グローバル人材の調達力という点で、グローバル人事の進化が、結果としてさらに高度なPMI(Post Merger Integration)の実現にもつながっている一つの側面と言えそうです。

ノウハウの吸収

嶋田 ところで、海外企業を買収することで海外のベストプラクティスを自社に取り入れる、ということは以前より言われていました。これはもちろん人事領域だけに限らないのですが、昨今ではこれまで以上にこの動きが加速しているように感じます。

村中 確かに、これまではどちらかといえば自前主義で、海外企業の買収など思いもよらない会社が、ノウハウの吸収を目的として大きな買収案件を検討するケースが増えているように思います。

また、結果的にM&Aは不成立に終わったものの、その交渉の過程で、相手の海外企業から大きな刺激を受けて、人事を含む経営の様々な領域を一気にグローバル化した例もあります。この企業は極めて短期間の間にグローバル共通の人事制度や人事システムなど、グローバル経営に必要な人事のインフラを立て続けに整えました。

海外企業と直接的に触れ合ったことで、このままでは生き残れないという危機感を強く自覚したことが、変革を大きく加速させたわけです。

古澤 危機感を覚えることに加え、出来上がりのイメージというか、自らが目指すべき姿をありありと構想しやすくなる点も大切です。まさに、海外企業との直接的なインタラクションを通じてなせる業といいますか。これは多くの日本企業にとって、自前で設立した海外拠点の人材だけではなかなか受けられない刺激ですね。

嶋田 人事領域は日本企業と海外企業との差が極めて大きな領域の一つといえます。海外企業は圧倒的に少ない人数で、より高度な人材マネジメントを行うために、グローバルで優れたHRサービス・モデルやインフラを有していることも多い。

人材マネジメントという点では、グローバルで経営者人材を計画的に育成する仕組み(サクセッションマネジメント)や、グローバルでの報酬のマネジメントにおいて海外企業に大きく水をあけられています。サクセッションマネジメントは言うに及ばずですが、グローバル報酬マネジメントは、優秀な人材のリテンションをはじめ、グループ会社全体のガバナンスや、グローバルモビリティといった「適所適材」に密接に関わります。

まさに経営がグローバル化された企業にとっては極めて重要なテーマといえるわけですが、効率的なHR機能・インフラとともに、これらを深く咀嚼し、単なる模倣ではなく、日本企業に合った新しいモデルを確立することは、重要な経営課題ではないでしょうか。

村中 M&Aは制度インフラ・システムインフラだけでなく、無形のノウハウというか、有用な人材を確保する機会でもあります。これには自社にない経営手法、新しい分野や経験のない地域の知識、自社にない視点などを提供してもらう「ナレッジの供給者」とともに、自社人材にない経験、能力、人脈等をもつ人材に、自社だけでは推進が困難または不可能な事業・機能を任せるといった、「戦略・事業の推進者」としての2つの側面があります。

前者については、これら「ナレッジの供給者」を受け容れて活用するだけでなく、買収した会社に人を送り込むことにより結果としてナレッジトランスファーを受けるという方法があります。

嶋田 少し話は逸れますが、海外の人材を本社で活用するにあたっては、日本人の活用とは異なる工夫が必要です。例えば転職に対する心理的なハードルが日本人とは比較にならないほど低いことを踏まえて適切な処遇をするのはもちろんですが、本心では転職を望んでいるわけではないことも知るべきです。

自らの意にそぐわないことがあれば転職は厭わないわけですが、やはり転職にはエネルギーも時間も必要で、多くの人はできれば転職は避けたいと思っており、そのあたりの機微も理解する必要があります。加えて、以前から言われているように、阿吽の呼吸は通じないことから目的・役割をしっかり伝える、孤立しないよう必要な支援の提供に気を配るといった、マネジメントスタイルも大切です。

日本企業、とくに大企業には未だに外国人どころか、中途採用さえうまく根付かせることに苦しんでいる企業もありますが、うまく活用できている会社も確実に増えていると感じます。

グローバル人事変革のモメンタム

古澤 先に触れたクロスボーダーM&Aを通じてノウハウを吸収した例は、M&Aが刺激になって一気呵成にグローバル人事が進んだ例ですが、グローバル人事の世界ではこの「一気呵成」が非常に大切といえます。グローバル人事制度や、グローバルのタレントマネジメントシステムの整備など、地理的な広がりとともに多くのステークホルダーが絡む取り組みにおいては、石橋を叩いて進めるようなやり方では、何年経ってもゴールまで辿りつきません。

嶋田 そうですね。グローバル人事制度や、グローバルのタレントマネジメントシステムの整備などは多くのステークホルダーも関わることから、どうしても共通認識を形成していくところで一定の時間が必要である点もわかります。ただ、それも塩梅です。緻密な検討を否定するわけではありませんが、経営トップが旗を振って、ある程度は走りながら考える、数年後には見直すといった、スタンスが不可欠といえます。

村中 その意味で、クロスボーダーM&Aのような会社を挙げての「有事」においては、このような経営トップがリードしていくことで変革の機運が高まりやすいといえそうですね。M&A、特に海外企業の買収は難易度もリスクも高いプラクティスではありますが、いろいろな意味で極めて有効な変革の起爆剤です。クロスボーダーM&Aを検討している、あるいは実際に進行させている企業は、そのような視点で考えてみるのも良いと思います。

村中 靖
村中 靖

執行役員 村中 靖
国内・クロスボーダーのM&A関連、中でもM&A人事の分野(HRデューデリジェンス、PMI)、さらに、役員・海外経営幹部報酬やグローバル人材マネジメント関連のコンサルティングに携わる。主な著書に『戦略的な役員報酬改革』(税務経理協会)、『MBA人材マネジメント戦略』(TAC出版)等がある。

古澤 哲也
古澤 哲也

執行役員 古澤 哲也
組織・人材コンサルティング歴15年以上。国内外の企業の様々な経営課題を組織・人事面から解決する業務に従事。特に、経営・事業戦略をグローバルに推進するためのグローバル人事戦略の立案、各種人事基盤の設計から組織風土改革までをトータルに支援する経験が豊富。
主な著書に、『MOTリーダー育成法』(中央経済社)、『変革を先取りする技術経営』(共著・企業研究会)等。

嶋田 聰
嶋田 聰

シニアマネジャー 嶋田 聰
グローバル人材マネジメント、グローバル共通人事制度、国際人事異動制度の設計・導入支援などに加え、クロスボーダーM&A・PMIや、学習・人材開発等、日系企業のグローバル化の人事領域における支援に数多く携わる。海外におけるプロジェクト経験は北米・南米・欧州・アジア・アフリカ含む約20ヵ国。多国籍チームのプロジェクト・マネジメント経験も豊富。

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