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第3回・完 組織力を最大化するインクルーシブ・リーダーシップ
ここまでの連載では、リーダーシップが発揮される際の八つの世界共通の能力とポテンシャルの相関や、デジタルリーダーの育成について述べた。今回は、組織の多様性を巻き込む(インクルージョン)する力とは何かを具体的かつ詳細に考える。
1.インクルージョンとは何か
ダイバーシティ&インクルージョン(Diversity & Inclusion 以下、D&I)は経営レベルの課題であり、ビジネスを推進する上で必須の要素である、とうたわれて久しい。
日本においてはここ数年の間に、その重要性はますます高まっているといえる。背景として、人員構成の変容(シニア層・若年層の二極化等)とこれらに起因する価値観の多様化、デジタル化の大波がビジネスモデルの変化をもたらし職場と働き方を抜本的に変えている状況、グローバル化による地域・国を超えた協働の増加――など、企業を取り巻く環境の大きな変化が挙げられる。わが国においてD&Iの重要性は、社会情勢とビジネスの変化が折り重なりながら高まったといえる。
連載第1回では、リーダーシップは、八つの世界共通の能力とポテンシャルの相関で発揮されると説明した。また第2回では、普遍的な能力の中でも特定の能力が、デジタルを扱う場合のリーダーシップ発揮に有効であることを述べた。
伝統的なリーダーシップ能力がD&Iの推進場面でも必要であることに変わりはない。特に、「組織を巻き込む力」がD&I推進には求められる。今回は、組織の多様性を巻き込む(インクルージョン)する力とは何かをさらに具体的かつ詳細に考えたい。
ここで、いったんダイバーシティとインクルージョンの定義をあらためて整理しておきたい。いずれも既に市民権を得ているワードだが、その範囲の広さゆえ、人によって解釈がまちまちになっている可能性もあるからだ。ここではデロイトが定義している内容を軸として説明させていただく。
まず、ダイバーシティとは「あらゆる意味での違い」であり、目に見える外見的な違い(年齢、性別、人種等)と目に見えない内面的な違い(能力、経験、思想・考え方等)の組み合わせを指す。前者を「デモグラフィー型ダイバーシティ」、後者を「タスク型ダイバーシティ」と呼ぶこともある。
次に、インクルージョン。これはメンバー一人ひとりがあらゆる違いに関わらず、自身が受容されていると感じ、自信を持って個性を発揮できる状態であることを指す。
そしてインクルージョンには、次の三つの段階がある。
①FAIRNESS and RESPECT(公平と敬意)
②VALUE and BELONGING(価値認識と帰属意識)
③INSPIRATION and CONFIDENCE(自信による貢献意欲)
第1段階の「FAIRNESS and RESPECT」は、メンバーの誰もが、仕事の成果およびプロセスが公平であり、自身が他から敬意を持って扱われていると感じる状態である。公平性の観点がポイントとなっており、メンバーが組織に参加できている、自分はそこにいてもいいと実感できるかが問われる。
第2段階の「VALUE and BELONGING」は、個々のメンバーが、自身の個性が周知・評価されている、また、組織のメンバーとつながっていると感じる状態である。一人ひとりが受け入れられていると感じるかがポイントで、個人が持つ特徴や価値が認められ、帰属意識があるかが問われる。
第3段階の「INSPIRATION and CONFIDENCE」は、インクルージョン最上位の階層である。メンバーが、声を上げる自信を持ち、自身の最高の仕事をしようと奮起する状態である。メンバー一人ひとりが自信を持てるかどうかが問われる。
この三つの段階は、第1段階から第2段階、第3段階と進んでいく。いきなり第3段階に到達することはない。また、第3段階に到達して初めて、組織力の最大化および結果としてのビジネスインパクトが狙えるのである。
ダイバーシティの効果は、インクルージョンがあって初めて発揮される。別の言い方をすれば、インクルージョンのないダイバーシティは十分ではない。デロイトの調査研究[注1]によると、インクルーシブ(Inclusive)なカルチャーが醸成されている組織は、イノベーションの可能性を6倍、アジャイルもしくは変化への適応力を6倍、ビジネスパフォーマンスが向上する可能性を3倍、財務目標を達成する可能性を2倍に高める傾向が見られる。
2.インクルーシブ・リーダーシップと通常のリーダーシップは何が違うのか
インクルージョンがビジネスの成功にとって重要であるならば、企業はインクルーシブな組織の形成を優先的な経営課題とおくべきだ。実際、日本を含むグローバルでは、その傾向が強まっている*1[注2]。
では、インクルーシブな組織を形成することができるのはどのようなリーダーなのか。デロイトは5年以上かけて、3,500人以上の評価者によって評価された450人以上のリーダーに関するデータを収集・分析し、インクルーシブなリーダーの能力・行動について研究し、「インクルーシブ・リーダーシップの六つの特徴(The six signature traits of inclusive leadership)」というフレームワークを定義した[図表]。
[図表]インクルーシブ・リーダーシップの六つの特徴
(The six signature traits of inclusive leadership)
六つの特徴のうち、従来のリーダーシップの要素と特に異なるのは、「コミットメント」「勇気(謙虚さ)」「バイアス(偏見)認識」の三つである。
「コミットメント」とは、ビジネスの場面でD&Iが実現されることに対するコミットメントであり、前提としてリーダー個人の価値観がD&Iを重視していることに基づく。
「勇気(謙虚さ)」は、自分の強みだけでなく、弱みもさらけ出す勇気を指す。これがなぜインクルージョンと結びつくかというと、リーダー自身がすべての解を持っている訳ではないということを明示すると、メンバーは自分にも貢献余地があるのではないか、自分は必要とされているのではないか、と感じる。前述したインクルージョンの第3段階である「貢献意欲」につながるのである。
少し話はそれるが、リーダーが弱みをさらけ出したり失敗を認めたりすることは、むしろチャレンジする組織風土の醸成にも資するといえる。逆の状況を考えると分かるが、成功事例ばかりがシェアされていると「成功=絶対善」となり、失敗が決して許されない雰囲気が組織を覆い、結果として失敗を隠す⇒不正の温床となる可能性が高くなる*2。
「バイアス(偏見)認識」は、誰しもがアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を抱いていることを自覚した上で、そのバイアスの影響を低減するための対策を採っているかを問う。私たちは常に情報に基づいた意思決定を行っていると思い込みがちだが、実際には、多くを脳の省エネ機能に頼っている。人間は一度に1100万もの情報にさらされていると推定されているが、人間の脳が意識的に処理できる情報は40万程度にすぎない。言い換えれば、私たちの意思決定の約80~90%は無意識に行われているのである。
その意思決定は「直観的」「感覚的」になされており、論理的に正しいか、そうでないかの判断はしない。これがアンコンシャス・バイアスである。そして、バイアスをゼロにすることは人間の脳の構造上できないため、低減するための対策が必要となる。例えば、常に他者からフィードバックを求める、重要な意思決定を下す際には自らに説明責任を課す、等である。
続いて「好奇心」「異文化適用能力」「コラボレーション」について解説する。
「好奇心」の重要な要素は、オープンマインド、他者への共感、曖昧さと不確実性が不可避であることの受容である。オープンなマインドを持ち、自分とは異なる視点や思考を受け入れていくことが大事であることに疑いはないが、一方でリーダーは意思決定をしなければならず、多様な意見を集約していく必要がある。その過程では曖昧なまま進めなければならない場面も出てくるが、多様な視点が新たなアイデアにつながることを信じ、進めることが求められる。
「異文化適用能力」は、特に海外駐在を経験された方なら肌感覚としてお持ちだと推察するが、日本の常識には当てはまらないことが多々ある中で、むしろその違いについて学ぶことを楽しみ、異なるカルチャーに理解を示した上で、柔軟性をもって対応していくことを指す。
最後の特徴である「コラボレーション」は、組織における心理的安全性を担保し、チームメンバー一人ひとりが気兼ねなくアイデアを共有し、課題や懸念を提起できるような環境を醸成することを指す。また、チーム内に衝突が起こった場合は、適切に対応し、協働を推進する。
3.インクルーシブ・リーダーをいかに育成するか
インクルージョンがビジネスの成功につながり、インクルーシブ・リーダーがその土台を築くのであれば、インクルーシブ・リーダーの育成は当然、企業にとって重要な経営課題といえる。
ここで北米最大手の銀行の事例を紹介する。同行では、アンコンシャス・バイアスがビジネスに与える影響の大きさを理解し、採用や評価において生じ得るバイアスについて認識を高め、それを防止するための取り組みを行った。
最初に行われたのはレビューで、とりわけマネージャーが大きな裁量を持つ採用と人事評価について、バイアスが影響を及ぼす可能性のあるプロセスを具体的に特定した。例えば、採用面接が業務時間終了後に実施される場合、マネージャーは疲れていたり急いでいたりする可能性が高い。バイアスは疲労により増大するため、そのような状況ではバイアスが倍増するリスクが高まる。こういったプロセスを一つ一つ検証した。
次に、特定されたプロセスの見直しを行い、マネージャーがメンバーの成果・貢献度に応じた評価を実施できるよう、新たなプロセスを設計した。同行はこの新たなプロセスをマネージャーに共有され、同時に各チームに対して、採用や人事評価においてバイアスをなくす方法を話し合うよう呼び掛けた。その結果、マネージャーの採用・人事評価における意思決定について後でレビューできるよう、進捗をトラッキングする手法が整備された。
また、この取り組みの一環としてマネージャーに対する研修が行われた。そこで重視されたのは、マネージャーに対してメンバーとともに解決策を見いだすため、率先して話し合いを行うよう教育することであった。
こうした取り組みの結果、エンゲージメントサーベイの指標のうち、「従業員がインクルードされているという認識」と、「職場で自分の意見を聞いてもらえるという認識」に対してプラスの影響が見られ、どちらの指標も毎年2%を超える上昇が見られた。加えて、多様な人材の採用率も年3%超の増加が続くなど、顕著な好影響が表れた。
この事例では、バイアスの影響を低減するための対策を組織的に立案・実行することで、マネージャーに「バイアス(偏見)認識」を持たせ、自分自身の意思決定およびそのプロセスをレビューする、という行動を促した。また、メンバーとともに解決策を考えることにより、「コミットメント」「好奇心」「コラボレーション」にまつわる思考・行動を促したのである。
言うまでもないことだが、インクルーシブ・リーダーの輩出は、一朝一夕で実現できるものではない。組織のリーダーたちは、明日から少し違ったやり方で物事に取り組むために必要な、具体的・実践的な行動を考える必要がある。その際に必要なフレームワークは、「宣言・行動計画・優先順位・測定」である。まず、明日から何をするのか/やめるのか、を宣言し行動計画を立てる。そして行動計画における優先順位をつけ実行に移す。内省できるよう測定基準を設けておく。
最後に、事業および組織に大きなインパクトを与えるインクルーシブ・リーダーが、日本企業において多数輩出されることを願ってやまない。
注1: 600人の評価者によって評価された105人のリーダーについて、インクルーシブ・リーダーシップとパフォーマンスの関連性についてデロイト・オーストラリアが分析した結果である
注2: 2017年に行ったデロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド調査では、69%の経営幹部がD&Iを経営の重要事項と評価している
《参考文献》
*1 2017 グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド「デジタル時代の新たなルール」
*2 北野唯我著「OPENNESSオープネス 職場の「空気」が結果を決める」
著者:櫻井 希(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)
桑原由紀子(デロイト トーマツ コンサルティング シニアマネジャー)
※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。
※本コラムは、労務行政研究所の許諾を得て、労務行政研究所『WEB労政時報』への寄稿記事を転載したものです。
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