ナレッジ

これからの人事機能体制の在り方 ~従来の人事部では足りない?~(後編)

“未来型”要員・人件費マネジメントのデザイン 第11回

本連載では人件費を考える上で重要な複数の観点から、どのように要員・人件費マネジメントに取り組むべきか、ストーリー形式で詳解していく。今回は、これから求められる人事機能とそれを実現するためのトランスフォーメーションの在り方について解説する。特に、本来は人事機能が主導すべきだが、現在はそれを果たし切れておらず、ポテンヒットになっているようなテーマをどうすればカバーできるのか等を紹介する。

前回のあらすじ

コンサルタントの諏訪は、「より精緻な要員・人件費計画を策定してコントロールすべし」という社長からの指示を受けたK社人事部長の青田とともに、その実現への取り組みに着手した。実態を探ると、人事部が中期経営計画策定にほとんど関与してこなかった実情や、本社人事と各社内カンパニー人事との関係性に問題があることが明らかになった。新たな計画策定に向けて行った、開発部門人事部長の矢神とのディスカッションは不調に終わったものの、諏訪はそこでのすれ違いから、「人員を量だけでなく、質的な側面からも把握する必要があるのではないか」というヒントを感じ取る。

これからの人事機能体制の在り方 ~従来の人事部では足りない?~(前編)はこちら

数値上の“1人”と現場での“1人”

「青田さん、この前ヒアリングを行ってみて、どう感じられましたか」
開発部門人事部長の矢神とのディスカッションから1週間。諏訪は人事部長の青田とこれからの進め方について話し合うために、K社オフィスを訪れていた。
「諏訪さん、先日はわざわざ大阪まで出向いていただきありがとうございました。でも、やっぱり現場は聞く耳持たずだったね。確かに、彼らの言っていることも分かるよ。会社の収益は彼らの力あってのもので、われわれのような間接部門の言うことなどあまり重要でないと思っているのだろうね。このままでは、せっかくの要員・人件費計画も、作ったはいいが、結局現場では今までと同様に使われることなく、勝手に運用されてしまうことになりそうだよ」

青田は、前回の提案を矢神にはねつけられた後、部門人事とうまく連携するための次なる一手を見つけられずにいた。
「要員・人件費計画に関して、今回は矢神部長からご協力のお返事をいただくことはできませんでした。しかし、現状に対して非常に危機感を感じておられましたし、われわれが検討した要員・人件費計画に関しても一定のご理解はいただけたと私は感じました。これは、全社人事からの提案を真っ向から否定・拒絶されていた今までとは明らかに違い、大きく前進したと思います」
「それはそうだね。ただ、結局は人が足りない、本社人事は現場のことが分かっていないといつものように言われ、断られてしまったのは事実だろう。これ以上、一体どういうアプローチをすればよかったのかな」
「今回のディスカッションでうまく合意までたどり着けなかったのは、要員の捉え方に関して、われわれと部門人事とで会話の目線が少し合っていなかったのだと思います。また、ディスカッションの冒頭では、われわれの提案内容にご納得いただき、話にもかなり前向きでしたが、詳細に及んだとたんに抵抗が強くなったという、まさに総論賛成・各論反対の状態でした。頭では理解していても、いざ自分の組織の話となると、日々の業務や目の前の課題がよぎって感情が勝ってしまい、なかなか合理的に判断しきれないというのもよくあることです」
「要員の捉え方に関して、われわれは"数"として捉えていましたが、部門人事側は業務を回していくために"何人"必要かに加えて、"どのような"人材が必要であるかという目線で考えており、この部分に齟齬があったのではないでしょうか。実際に先日のディスカッションでは、矢神部長から『人事は人をくれるって言っても即戦力にはほど遠い新卒ばかりじゃないか』『中途採用をしてくれと頼んだが、よこす人のスペックが低くてとても使えない』などというご意見をいただきましたよね。そうとすると、"現場の業務がうまく回るための人材"という彼らの要望に対応するためには、要員を"量"としての人数だけでなく、"質"的な観点からもきちんと把握・検討した上で計画を策定する必要があるのだと思います」

話を聞きながら、青田はなるほどといった顔で何度かうなずき、諏訪に言った。
「確かにそうかもしれないな。今まで人事部では要員を単なる"数"でしか捉えていなかったから、現場の要求を正しく理解して対応することができていなかったのだと思う。で、その"質"的な観点というのはどのように捉えればよいのかね」
「そうですね、やり方はいろいろとあるのですが、今回は、まず"職種"と"レイヤー(社員階層)"の2軸を取り入れて要員・人件費計画を策定してみるのがよいのではないでしょうか」
「なるほど。でも、どうせならばそれに加えて幹部候補の人材プールも作りたいな。それから、最近の潮流になっている女性の管理職登用候補やグローバル人材等も識別できるようにもしたい。あと、マネジメント力が強い人も可視化できるといいな。う~ん、いろいろとやりたいことが出てきたなあ」
 

人材の「質」をどこまで精緻に捉えるか

「青田さん、そこは一度整理しましょう。人材を質的側面から捉えるとなると、その方法は無数に存在します。その中で、どこまで"質"を精緻に捉えるかというのは、実はこのような検討を行っていく上で非常に重要なポイントなのです。一度立ち戻ってみると、そもそも今回質的な側面を捉える目的は、現場からの人材ニーズをきちんとつかむため。そして、そのニーズを踏まえて、同類の"質"を持った人材を一つの母集団として捉えることで、採用・異動・配置等の人材マネジメントを動かしやすくするためです。あまりにも細かく、数多くの分類を行ってしまうと、その2点を達成することが困難になってしまうので気を付ける必要があります」
「細かく分類を作り込めたとしても、内外の環境が劇的に変化していく中では、すぐにマッチしなくなり、また作り直す必要が出てきてしまいます。ですので、たとえ緩く、一部のみの設定であったとしても"まず動くこと"がとても重要です。早いうちに一度設計して、それを運用する中で見えてくるさまざまな問題・課題に対して次の打ち手を打っていくという形でブラッシュアップしていくことが望ましいです」

さらに、諏訪は具体的な提案に踏み込んでいく。
「まずは、一番優先したい重要な課題解決に向けて計画を策定し、回してみましょう。今回は、全組織をあまねく検討する必要があるので、『職種×レイヤー』の要素を入れ込むところから始めてみましょうか。御社の現状を踏まえると、職種はバリューチェーンに従って5職種程度に分類するのがよいかと思います。また、レイヤーは一般的な例にならって、マネジメントで2階層、スタッフで2階層の計4階層程度に分けてみると、より詳細な要員・人件費計画を立てられるのではないでしょうか」
「なるほど、何事も細かくしすぎると融通が利かなくなるということは確かによくある話だ。それに、まずはやってみないと何も分からないからな。よし、それでやってみようか」
 

量・質を鑑みた中長期要員計画

こうして青田と諏訪は、社員を5つの職種分類と4階層のレイヤーに区分し、要員・人件費計画を策定し直した。質的な側面として「職種×レイヤー」の要素まで含めて実際に策定してみると、今まで見えなかった課題も見えてきた。部署ごとのバラつき度合いも際立ち、これなら現場とも実態を踏まえた話し合いができるのでは、と青田は俄然(がぜん)乗り気になった。

それから数日後、再び開発部門人事部長の矢神と要員・人件費計画に関するディスカッションを行うため、青田と諏訪は大阪へ赴いた。矢神は前回と同じようにけげんそうな顔をしてプレゼンテーションを聞いていたが、職種×レイヤー要素を取り入れた具体的な内容に入ってくるといつの間にか前のめりになり、自身の手帳に何やらいろいろとメモを取り始めた。明らかに前回とは違って、提示された要員・人件費計画をより良いものへブラッシュアップしようという気構えがありありと見える。
「…というわけで、『職種×レイヤー』という区分に分類して要員・人件費計画を立てていこうと思います」

諏訪のプレゼンテーションが終わると、矢神は自身の思っていたことを堰(せき)を切ったように話し出した。
「そうなんだよ、今の話にあったとおりAI人材が足りないんだ。近ごろAI技術の増強を大きな経営課題としていることは知ってのとおりと思うけれど、人事からあてがわれる人は皆使えないんだよ。前から再三お願いしているのにまったく改善されないじゃないか」

青田はびっくりして聞き返した。
「え、そうなんですか。われわれもAI技術はこれから当社にとって非常に重要なスキルになると考えているので、各部署から仕事ができる優秀人材を引き抜いて開発部門へ回しているのですが。それでも、まだ足りないのでしょうか?」
「それは人材の捉え方が違っているな。回してくれた社員は確かに青田部長が言っているように、社内の仕事ができる人たちばかりだとは思う。しかし、社内で実績を積んでいる分、年齢もそれなりに高い。一方で、増強しなければならないAI技術は、過去の延長上にない新しい分野なので、過去に経験値を積んでいる人よりも、デジタルネイティブで学習意欲が高い若手人材を求めているんだよ」
「なるほど、そういうことでしたか。それは失礼しました。それなら今後はできる限り、ご要望いただいたような人材を配属できるように調整していきます。ほかにも何かございますか」
「たくさんあるよ。実験の作業自体は海外業者へ委託しているので、実作業者というよりは、アウトソース先とのやりとりやその取りまとめができる主任クラスが欲しい。管理業務は非常に業務範囲が広く、管理が行き届いていないのでマネジメント向けの人材が欲しい。社内情勢を知っている必要があるので、できれば異動による充足が望ましいな。それと…」

[図表]人材セグメントごとの人材過不足の可視化

※クリックかタップで拡大版をご覧いただけます。

今まで本社人事からは見えていなかった数々の課題が、非常に具体的な実情・要望として可視化され、議論の俎上に上がってきたのである。青田と諏訪はそのことをとても喜ばしく感じていた。矢神とのディスカッションは、会社の実態やキャパシティ等も踏まえつつ建設的に進み、要員・人件費計画は無事合意の運びとなった。

その結びに、青田は矢神へこう語りかけた。
「部門人事の皆さんには、今までお任せしっぱなしになっていて本社人事として実態がまったく見えていませんでした。今後は、本社の方針を共有し、現場の課題感を聞き出す場を定期的に持つようにします。ですので、これから互いの実情を踏まえて密に連携しながら、一貫した数値づくりをしていきましょう。引き続き、よろしくお願いいたします」
「ようし。この調子で変えていくぞ」

こうして無事に各部門人事とのディスカッションを終えた青田は、これまでよりも意欲に満ちあふれ、戦略的な人事を目指して次の一手に向けた構想を始めたのであった。
 

まとめ

本稿では、『職種×レイヤー』という視点を取り入れ、要員・人件費計画を「質」的な側面から捉えて精緻化を図る試みを紹介した。ストーリーで触れたように、こうした見直しにより、現場の実態・ニーズが具体的に可視化され、本社人事としても各部門の人材要望に対してつぶさに対応できるようになった。これからの青田部長らの取り組みとしては、今回培った情報を武器として、本社人事が社内ガバナンスの観点から、必要な権限と強制力をしっかりと持って現場に対して主体的に働き掛け、会社として目指すべき姿に向けた全社最適での人材マネジメントの実行において強力なリーダーシップを発揮していく戦略的な人事となっていく必要がある。そのような人事機能の高度化を確実に実現していくためにも、一度立ち止まって、現状の人事機能の実態を明らかにし、今後目指すべき姿を定義し直す時間を確保することが非常に重要となってくる。

そのような検討を行った上で、要員マネジメントをより高度化していこうとすると、まだまだ取り組むべき課題は多い。

例えば、今回は人材を「質」的な側面から捉えるスペックとして『職種×レイヤー』の単位を加えてみたが、これだけでも今までと比べて、よりきめ細かな人材ニーズの把握とアプローチを進めることができた。一方で、途中で青田が思いついたように、もっとさまざまな「質」の要素を取り入れ、人材をいくつかの固まりとしてセグメント分類していくことも試みてみたい。その要素の具体例として、以下のようなものが挙げられる。
 

  • スキル・経験:各ポジションが有するべき知識やスキル・経験といった要素を明確化し、現有人材についてその保有度合いを可視化することにより、適材適所の配置・異動が可能となる
  • コンピテンシー(ペルソナ):会社としての需要(業務・スキルニーズ)のみならず、個人の志向性や価値観といった供給面も鑑みた上でセグメント分類することで、外部市場環境を踏まえた採用・異動・配置等の人材マネジメントを行いやすくなり、また個々の能力やモチベーションを最大限に活かすことが可能となる
     

また、「質」的な要素を加えていくということは、人材を把握する粒度がより一層細かく・複雑になってくるので、要員・人件費計画策定時に用いるフォーマットを整備し、継続的な検討が可能な状態をつくることが必要となる。そのため、端的で分かりやすく見やすいフォーマットおよびガイドラインを作成することが求められる。

また、今回のストーリーではカンパニー制を採る企業の例を取り上げたが、こうした組織体制の下では部門人事の設置方法にも工夫の余地があると考えられる。登場人物の矢神部長がリーダーを務める部門人事は部門に所属しており、レポートラインが部門長であるという前提であったため、部門目標の達成を第一に考える立場からの検討・発言となっていた。しかし、部門人事の在り方としては、本社の人事部門に籍を置き、あくまで人事部のメンバーが部門に出ていく、という体制も考えられる。いずれの体制にも一長一短はあるが、特に、会社全体で何か大きな取り組みや変革を実現しようとする局面においては、人事部籍の部門人事(いわゆるHRBP)の体制を取ったほうが、部門固有の組織・人事課題に対して踏み込んだ提案、解決策の提示を行う上で、また全社方針・施策を現場に浸透させるなど戦略的な動きを進める上で優位に働くと考えられる(詳細は本連載第6・7回 「HRBPに求められるもの~現場の戦力づくりのリード役~」を参照)。
 

著者:橋本洋人(デロイト トーマツ コンサルティング シニアコンサルタント)

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。
※本コラムは、労務行政研究所の許諾を得て、労政時報 jin-jour(ジンジュール)の記事(2018年10月16日掲載)を転載したものです。

 

お役に立ちましたか?