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これからの人事機能体制の在り方 ~従来の人事部では足りない?~(前編)

“未来型”要員・人件費マネジメントのデザイン 第10回

本連載では人件費を考える上で重要な複数の観点から、どのように要員・人件費マネジメントに取り組むべきか、ストーリー形式で詳解していく。今回は、これから求められる人事機能とそれを実現するためのトランスフォーメーションの在り方について解説する。特に、本来は人事機能が主導すべきだが、現在はそれを果たし切れておらず、ポテンヒットになっているようなテーマをどうすればカバーできるのか等を紹介する。

強い部門人事・弱い全社人事

大手電機メーカーのK社は、高い技術力と営業力を基に、日本の基幹産業の一角を成し、長らく業界をリードしてきた企業である。個人消費者向けから企業や社会インフラ向けといったさまざまな分野への展開を進め、会社規模が大幅に拡大したことから十数年前にカンパニー制※へ移行し、各事業体が個々に独立して運営する形態を採っていた。

※カンパニー制:企業内を幾つかの事業体に分け、各事業体が疑似的な企業としてヒト・モノ・カネといった経営資源に関して独立採算を担う責任・権限を有する組織形態

この組織改革は、グローバル化が加速し、市場環境が劇的に変化していく中で、経営の意思決定スピードを高めることを狙っての試みであった。その一方、長らく権限委譲により各カンパニーが独立国家として事業運営してきた結果、K社では社内のガバナンスがまったく機能しない状況に陥っていた。折しも人材の獲得・定着をめぐる環境が厳しさを増す中で、採用競争力強化に向けたブランド力向上や人員の最適配置、財務コストの見直しなど、全社最適の戦略を本社人事からトップダウンで実行しようとしても、部門最適の視点に偏る現場からの抵抗が根強く、抜本的な改革への動きをつくりだせない状況が続いていた。

さらに、各カンパニーが結果責任を負う体制の下で、現場で起こっている問題やリスクが本社人事にまで上がってこない傾向にあり、現場でいま何が起こっているのか、どのような人事課題を抱えているのかがまったく把握できない状況となっていたのである。

コンサルタントの諏訪は、以前コンサルティングに携わっていた製薬メーカーのM社から紹介を受け、K社へと向かっていた。上記のような問題を抱える中、次期中期経営計画に向け、要員・人件費計画を全社戦略の観点から策定し直したい、という依頼を受けたのである。
 

中期経営計画への人事の関与

諏訪を出迎えたK社人事部長の青田は、席について早々、話を切り出してきた。

「遠いところ来てくれてありがとう。早速だけれども本題に入らせてもらいたい。わが社では、次期中期経営計画を策定する時期が迫ってきており、この機会に要員・人件費計画を作り直そうと思っているんだ。昨今のビジネスにおける変化スピードに対応するためにも、次期中期経営計画では今後の事業ポートフォリオを見直し、その実現に向けて中長期的にリソースシフトを実現する必要がある、と社長が言っていてね。そのために、人事として要員・人件費計画をもっと精緻に策定して、コントロールしてくれと直々に言われてしまったんだよ」

「ただ、要員・人件費計画を立てようにも、中期経営計画の方向性を早く経営企画部に出してもらわないと動き出せないのでどうすればいいか困っていてね。社長もわれわれでなく経営企画部にもっと言ったほうがいいんじゃないかなあ…。それに、いざ計画を立てようと動こうとしても、特にわが社はカンパニー制にしてから独立王国のようになってしまっていて、なかなかわれわれ本社人事の言うことを聞いてくれるような状況でもないんだよね」

よほど困っているのか、こちらが言葉を発する間もなく、矢継ぎ早に話を進める。

「M社の江元部長から君たちのことはよく聞いている。御社は人材・組織の分野ではグローバルNo.1の規模と実績があるみたいじゃないか。M社でのプロジェクトもとても良かったと江元部長がえらい高く評価していたので、今回こうして声を掛けさせてもらったんだ。ぜひわが社も手伝ってくれないかな」

身を乗り出して語る青田の切羽詰まった表情から、これは、なかなか重大なプロジェクトになりそうだな、と諏訪は思った。

「なるほど、お話はよく分かりました。われわれはこの領域で十分な実績と経験を積んでいますので、ぜひお手伝いさせていただければと思います。そこで早速ですが、まずは現状を把握したいので、現在の御社における要員・人件費計画の策定方法について詳しく教えてもらえますか」

二つ返事の回答に青田の顔が緩んだ。

「そうか、頼もしい答えでうれしいねえ。期待しているよ。わが社の要員・人件費計画の策定方法だが、まず会計期は4-3月で、第3四半期が終わる11月ごろから経営企画部がトップラインの売上高・利益率の計画値を策定し始め、それを受けて経理部が人件費予算を算定して全社へ提示する。人事部ではそれらの数値を基に、年末から年明けにかけて、このぐらいの採用数や昇格数が見込まれるなという要員・人件費計画に落とし込んでいる。特に変わったことはやっていないから、プロセスには問題がないと思っているけれど、何か気になるかな。他の会社も同じなんじゃないのかな」

諏訪は、なるほど、といった何やら納得したようにうなずき、そして話し始めた。

「お話しいただきありがとうございます。今のお話からすると、中期経営計画の策定自体に人事部は関与していないようですね」

「そうだね、おっしゃるとおり人事部はまったく関わっていないよ。ただ、そんなことは、そもそも人事部で扱うことではないと思うんだが」

青田は諏訪が何を聞きたかったのかよく分からなかったが、ひとまず答えた。

そんな青田を見て、諏訪はゆっくりと話し始めた。

「そうですね、人事部が中期経営計画の策定には関わらずに、所与の数値に合わせて人員や人件費の計画を立てるという進め方は、御社のみならず多くの日本企業で見受けられます。そういう意味では御社が世間に比べて大きくずれているということはありません」

「一方、今後ビジネスの変化スピードが加速度的に速くなっていく中で、そのビジネスを担うべき人の計画をこれまでのように後追い的に策定していては、スピードに乗り遅れてしまうことは必至でしょう。本来、会社の中長期の方向性を定める中期経営計画とそれを達成するための要員・人件費計画は密接な関係にあるはずで、その計画は経営企画部や経理部、人事部、そして事業を担う各カンパニーが一体となり作り上げていかねばならないものです。でなければ、その計画は会社として本当にあるべき姿を描いたものになっているとは言えないのではないでしょうか」

青田は、淡々と話す諏訪の話を聞いて理解はしているものの、いま一つ納得できていないようで、やや不満そうな顔で答えた。

「言っていることは分かるがね。実際に実務としてやっていく上ではいきなり要員・人件費計画を立てろと言っても、各事業部でどれくらいの生産性が見込めて、目標とする売上高に対してどの程度の人員数が必要か、ということは、現場でもなかなか決めきれるものではないんだよ」

諏訪は、その答えをあらかじめ予想していたようで、返す刀で切るように答えた。

「それならば、経営企画部や経理部、事業企画部と一緒に検討すればよいのではないでしょうか。要員・人件費計画は、経営の観点、ビジネスの観点、そして人事の観点と、関連する要素が非常に幅広いため、どこがオーナーシップを取るべきかがあいまいになり、ポテンヒットになりやすいテーマなのです。逆に言うと、経営企画部と人事と現場の三者が連携しながら検討しなければならないという難しさがあるのです。扱う範囲が広いテーマであるためにどこから手をつけていいか分からないので二の足を踏むことが多く、さらには実際に検討を進めるにも、関係者、特に現場の巻き込みがうまくいかず、結局は骨抜きの計画になってしまいがちなのです」

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痛いところを突かれたのか青田はうーんとうなり、諏訪へこう言った。

「確かに諏訪さんのおっしゃるとおりだよ。自組織以外の領域は管轄外という意識が強いし、なかなか意見することもはばかられる空気があるので、結果としてポテンヒットが起きてしまったり、部署間での施策の整合性が取れないケースも少なくないんだ」

「青田さん、大丈夫です。こうなってしまっているのは何も御社だけではないのです。今こうやってきちんと現状を把握できたのだから、これから一緒に解決していきましょう」

そう言った諏訪は一息入れ、話を続けた。

「それと御社にはもう一つ解決すべき大きな課題があります」
 

利害の違いによる確執の調整マネジメント

「それは部門人事との関係性です」

「部門人事か…。ここも非常に頭を悩ませているところでね。何しろ同じ会社であるはずなのに、カンパニー制になってからというもの、それぞれの部門が独立王国化してしまい、本社からは各部門で何が起こっているのか、ということがとても見えづらくなっているんだ」

諏訪は、問題に悩む青田に対してこう切り出した。

「青田さん、部門人事のミッションは、売上・利益確保をはじめとする自組織の目標達成のために、人的資源の最大効用を図るべく動くことです。ですから、全体最適で物事を捉えて考える全社人事と、局所最適で考えている部門人事との間で利害が衝突するケースもあります。部門人事としては、全社人事の言うとおりに従うことで利益を損なう可能性もあるため、ある程度の駆け引きを仕掛けてくるのはごく当たり前のことです。例えば、全社人事からすれば、経営者候補となり得る優秀な人材に多様な経験を積ませるため、いろいろな組織への異動を検討したいところですが、部門側からすれば優秀人材を異動させられることは死活問題であり、できるだけ囲い込もう、という意識が働くものです」

「諏訪さん、言っていることは分かるよ。でも今の話を聞いていると、部門人事とは利害関係が変わらない限り確執は解消できない、つまりは全社人事としての施策が実行できないということなのかね」

諏訪は、大きくかぶりを振った。

「それは違います。やはり会社としてきちんと成長軌道に乗せるために、ダイナミズムを持った検討・施策を打つことが全社人事の役割だと思います。さらに、部門人事が強いということがなぜ起きるかというと、それは現在の計画立案を、全社人事が感覚に基づいて行っていることの影響も大きいでしょう。要員・人件費の現状と将来予測がきちんと"科学的"に可視化され、計画が論理的に立てられていれば、全社人事も部門人事も同じ定義の同じデータ・指標に向かって動くことができるため、強い・弱いといった力関係の差は発生しないはずです。では、どうやってこの課題を解決すべきでしょうか。そのためのメニューはこのようになります」
 

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「全社人事と部門人事の間で利害が一致せず確執が生じている状況を解決するには、まず"部門人事の動かし方"のバリエーションをそろえることが必要です。その上で現状を踏まえて、コミュニケーションのみのいくらか緩やかな施策か、はたまた強権を発動して全社人事としての施策が滞りなく実行できるように仕組みを変えてしまうのか、という選択肢を検討していくことが必要になります。今回の場合は、お話を聞く限り、部門人事が不必要に抵抗勢力となっているわけではなさそうなので、まずは部門人事の方とのコミュニケーションを図り、要員・人件費計画への参画・協力を仰ぐのがよろしいかと思います」

ここまでふむふむと聞いていた青田は腕を組み、少し黙って考えた後、こう答えた。

「なるほど、諏訪さんの言っていることは非常に理解できる。それでは、その案で一度部門人事と話してみようか」
 

部門人事への要員・人件費計画提言

青田はすぐに要員・人件費計画策定のチームを立ち上げ、諏訪とともに、まずは中期経営計画に基づく全社の要員・人件費計画を策定し、その計画に基づきながら、かつ、現時点で人事部メンバーが把握している各部門の現状を踏まえた部門計画のドラフトを作成した。

「よし、これを基に一度部門人事と話してみよう」

青田は、チームメンバーに、各部門とのミーティングを設定するよう指示を出した。

それから数日たったある日、開発部門人事と要員・人件費計画に関するディスカッションを行う場が設定され、青田と諏訪は開発拠点のある大阪へと向かった。

会議室に行くと、開発部門の部長である矢神が待っていた。

「わざわざ遠いところご苦労さまです。開発部門人事部長の矢神です」

その眼からは、本社が何か良からぬことをしに来たな、という疑念を抱いていることが読み取れる。そんな矢神に対して、青田はにこやかに返した。

「お忙しいところお時間いただきありがとうございます。本社人事部長の青田です。いつも何かとご協力いただき大変助かります。本日も折り入ってお願いにやってまいりました。実は、次期中期経営計画を策定するに当たり、要員・人件費計画を作り直そうと思っているのです。ぜひ今回もご協力いただけないでしょうか。こちらは現在本プロジェクトにてお世話になっているコンサルタントの諏訪さんです」

「なるほど、分かりました。ただ、われわれも開発部門としての要員・人件費計画は既に立てているのですが、それを共有すれば事足りるのでしょうか。それとも別のものをまた一から作れとおっしゃっているのでしょうか。そもそもカンパニー制として独自の採算性を持ってやっている中で、本社と一体的にやっていく必要があるのでしょうか。諏訪さんには申し訳ないけれども、今回やろうとしている理由がよく見えないな」

矢神はかなり抵抗感を持っているようである。身体は椅子の背もたれに大きく寄りかかり、あごをしきりに触っている。これはきちんと現状を伝え共感してもらわなければ、と諏訪は感じた。

「はじめまして、諏訪でございます。おっしゃるとおり、今までは部門人事の皆さまに主体的に要員・人件費の計画・実行を行っていただいておりました。しかしながら近年では、外部環境の変化スピードもとても速く、その潮流に遅れずについていくには、あらためて当社としてきちんと事業ポートフォリオを見直すとともに、そこへの中長期的なリソースシフトを検討することが必要になっています。そのためには、部門ごとの局所最適で考えるのではなく、全社を俯瞰した視野から部門横断での一体管理を行っていく必要があり、全社人事として要員・人件費計画をもっと精緻に策定していく必要があると思っております。さらに、社長もこのリソースマネジメントについては会社の重要施策の一つとして非常に関心をお持ちになっているとお聞きしております」

話を聞いた矢神は少し考えると、少し背筋を伸ばしてこう言った。

「なるほど、そういうことか。確かに、昨今の業界の動きは目まぐるしい勢いで変化していて、このままではリーディングカンパニーといわれてきたわれわれの力をもってしても、あと何年も持たないのではないかという危惧を持っていたんだよ。ただ、どうすれば良いのか詰め切れていないのが実情でね。それを解消する施策を具体的に全社人事のほうで考えているということならば、もう少しきちんと聞く必要があるな」
 

相反する全社人事提案と部門人事からの要望

青田は、部門人事が今までと違い、乗り気になってくれたことに少し驚いた。諏訪は、これはチャンスとばかりに内容の説明を始めた。内外の動向、それに対して人事が抱える課題、あるべき姿とのギャップ、全社・部門としての要員・人件費計画を一つ一つ丁寧に伝えていった。

「…ということで、今回本社人事として考えた開発部門の要員・人件費計画はこのようになります」

諏訪のプレゼンが終わると、矢神はまた背もたれに寄りかかってしまった。

「本社人事のお考えは理解しました。確かに全社としての動きはこのようになるかもしれません。ただし、こと開発部門に関しては、既に人が足りずにひっ迫している状況でして、今後の技術動向に乗り遅れないようにしていこうとするとさらに多くの人員が必要になってきます。であるので、今回のご提案いただいた案を呑むことは難しいです」

諏訪はうまくいく予感がしていた矢先にまた拒絶を受けたことに少し戸惑ったが、再び説得にかかることにした。

「おっしゃることもよく分かります。しかし昨今、労務費の削減要求が厳しくなっていく一方で人件費も高騰しており、これ以上要員数を増やすということは会社として難しくなってきています。そのような中でも、全社としては開発部門の人員数維持を想定しております。むしろその上で、どのようにして生産性を上げていくのかという検討のためのディスカッションさせていただけないでしょうか」

話は聞いているものの、矢神の態度は変わらない。

「そうは言っても、もうすでに業務がパンパンで回らない状態になっているんだ。個々に対して今からさらに新規開発が発生し、なおかつ人もあてがわれないとなると、生産性を上げろと言われてもはっきり言って無理だよ。しかも採用要望数は聞いてくるけれど、要望を出したら本当に人は採ってもらえるの? どうせこんなことやったって、そのとおりには人をあてがってくれないじゃないか。だから、われわれはリソースが与えられてから初めて、どのように配賦・配置させれば業務がうまく回るか、目標を達成できるかを考えるしかないんだよ。やっぱり本社は現場のことが何も分かっていないなあ…」

ディスカッションは続いたが、結局話は平行線のまま時間切れとなってしまった。青田はやむを得ず、話をまとめた。

「本日はありがとうございました。本日いただきましたご意見を基に本社人事で再度検討させてください。それを踏まえ、もう一度ディスカッションをさせていただきたいと思います」

「別に話し合うのはいいけれど、このままだといくらやっても意味ないと思うけどね」

それを聞き、今日初めに会ったときのように、矢神がまた壁をつくってしまったな、やり方を見直し協力体制を整えていかねばと諏訪は感じた。
 

部門人事からの要望をきちんと捉えるためには

開発部門を後にした諏訪は、落ち込んでいる青田と別れ、すぐに今日の振り返りと反省を始めた。開発部門人事が言っていた、人が不足しているという話は本当にそうなのか。業務の見直しやアウトソーシング、働き方改革、ロボティクス・RPAの活用等、生産性を向上する施策を行う余地はまだまだたくさんある。そのためには、まずは現場をきちんと把握する必要がある――。

そこまで考えたとき、諏訪はふと思った。

「今日のディスカッションでは、終始何人の要員が必要かの話をしていた。けれども、本当に同じ目線で話し合っていたのだろうか。もしかすると、"ヘッドカウント"と"工数"の話として齟齬があったのではないか? そうであるなら、そもそもの工数充足という現場の要望に対応していくためには、実は、人員を量(人数)だけでなく質(等級・スキル・経験)の面からも把握・検討していかなければならないのでは…? なるほど、これは青田さんに連絡して検討アプローチを変える必要がありそうだ」

諏訪は、もう一度要員・人件費計画を検討し直す必要性を強く感じ、思い立ったら吉日と電話を手に取り、青田の電話番号を探し始めた。

(後編へ続く)

 

著者:橋本洋人(デロイト トーマツ コンサルティング シニアコンサルタント)

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。
※本コラムは、労務行政研究所の許諾を得て、労政時報 jin-jour(ジンジュール)の記事(2018年10月2日掲載)を転載したものです。

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