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ニューノーマルの海外勤務「バーチャル駐在員」とは?

バーチャル駐在員 ~リモート勤務による新しい時代のグローバルリモートワーク 第1回

リモート勤務による新しいグローバルリモートワーク(「バーチャル駐在員」)について、そのメリットや、実現に向けて検討すべき論点・ポイントを全3回の連載でご紹介する。初回となる本稿では、バーチャル駐在員のメリットや実現に向けての課題を概観するとともに「ヒト・組織」の領域に絞って論じる。

昨今のテクノロジーの進歩の中、多様な働き方を求める潮流も相まって、従前よりリモートワークが採用されつつある状況はあった。しかしながら、グローバルでのCOVID-19パンデミックの発生後、世界中のビジネスシーンにおいて、多くの人々がリモートワークの採用を余儀なくされる状況となった。このような中、様々な課題を抱えつつも、日本含め世界の人々がリモートワークは「意外とできる」「思ったより良い」という感覚を持ったといえる。コロナ禍において海外勤務のリモート化はなし崩しに開始せざるを得なくなっている。他方、応急処置的な対応にとどまらない、新常態(ニューノーマル)としての海外勤務のリモートワークを徹底的に考え、その深化・定着のモメンタムにすべきと考える(図1)。

【図1】

 

本テーマは「ヒト・組織」、「国際税務」、「国際法務(規制・労働法務)」等々の複数の領域に跨るが、初回となる本稿では、「ヒト・組織」の領域に絞って論じる。

 

バーチャル駐在員のメリット

グローバルアサインメントのリモート化(「バーチャル駐在員」)にはいくつもの経営的メリットがある。例えば以下のようなものが挙げられる(図2-1、2-2)。

【図2-1、2-2】

 

人繰り力の向上:1つめのメリットが、「人繰り力の向上」である。オンサイトによる海外駐在には当然のことながらアサインされた本人・家族にとって極めて大きな負担・覚悟が求められ、準備にも多大なエネルギーと時間が必要となる。オンサイトの駐在ではなくリモートで良いということになれば、アサインメントはより迅速で機動性が高まりやすい。これは大きな経営的メリットといえる。また、昨今の若者は必ずしも海外志向ではないと言われているが、もしリモートで勤務ができるのであれば、海外の仕事にもっと積極的にチャレンジしてもらえるかもしれない。もちろん目下問題になっているコロナ禍だけでなく、地政学的リスクなどでオンサイトでの海外駐在が難しいタイミングでもアサインメントしやすい。さらに、これは海外の仕事に携わる日本人だけでなく、海外の優秀な外国人人材(特に日本に居住することを必ずしも希望しない人材)に、日本国内のポジションを担ってもらいやすいといえる。本社で働く外国人を増やすことができれば、本社の国際化にも一役買う、ということにもなりえるだろう。

 

グローバル・グループガバナンスの向上:国内外のグループ会社に、本社の意向に沿った経営をしてもらうことがグローバル・グループガバナンスの目的だとした場合、その実現には、グループ会社の権限の付与の仕方に工夫をしたり、本社が設計したルール・制度や業務プロセス・インフラの枠組みの中でグループ会社にオペレーションしてもらう、というハード的なアプローチがある。他方、グループ会社による意思決定や日々のオペレーションの判断の拠り所となる理念・価値観を浸透させる、といった、ソフト的なアプローチもありえる。 多くの場合は程度の差こそあれ、その双方の手法を採用するが、これらに加え、本社の人材をグループ会社の要職に派遣して経営させるアプローチがあり、それが一番手っ取り早いといえなくもない。実際、多くの日本企業が、ハード・ソフトアプローチを体系的に進めるところまで辿り着けず、人材派遣のアプローチを主に採用してきたという歴史があるわけだが、バーチャル駐在員化により、それがやり易くなるだろう。

 

コストの削減:一般的に、海外駐在の人件費コストは1.5~2倍になるなどと言われているが、例えば100名といったまとまった数でグローバルアサインメントをリモート勤務化すると、年間十数億円といった規模でのコストセーブがありえる。

 


社会課題への取り組むことのアピール : グローバルアサインメントのリモート化が実現すると、結婚・育児といったライフイベントでも、キャリアを継続させやすくなるといえる。これはつまり、グローバルアサインメントについてリモート勤務の選択肢を従業員に提供できる状態を作るということであり、Diversity & Inclusion(D&I)の実現に寄与すると考えられる。また、会社として多様な働き方を促進する本気度を社内外に示すことにつながり、従業員のエンゲージメント向上や採用力の向上、さらには会社のレピュテーションやブランドの向上にも発展しうる。実際にクライアントと対話していると、コストというよりは、このメリットを重視してバーチャル駐在員プログラムの整備に関心を持つ企業も多い。

 

国内外における潮流

世界に目を向けると、国境を越えてのリモート勤務というコンセプトはコロナ禍以前からあった。直近10年程で言えば、例えば、”LIFE SHIFT:100年時代の人生戦略“の著者であるリンダ・グラットンのような著名な学者が国境を越えたリモートワークという新しい潮流について論じていたり、MITなどの研究機関によるグローバルでのバーチャルチームのパフォーマンスに影響を与える要素に関する調査なども散見される。また、国境を越えたリモートによるインターンのマッチング事業など、リモートワークの派生形のようなビジネスも出現している。AppleのCEOといった著名な経営者は、今後リモートワークは深化こそすれ逆戻りすることはないとコメントしているが、グローバルスケールでのリモートワークが近い将来のスタンダードになりつつあることは疑いの余地がなさそうだ。
一方、我が国においては、やはりコロナ禍がトリガーとなって海外勤務のリモート化の関心が大いに高まっている。海外でのオペレーションを有する多くの日本企業においては、任地におけるロックダウンなどに起因し、海外勤務者が半ば強制的に帰国を余儀なくされ、そのまま海外の仕事を国内で継続していたり、あるいは、海外赴任予定者がコロナで渡航できないまま国内で海外の仕事を始めたりと、程度の差こそあれバーチャル駐在員的な働き方が、なし崩しに発生してしまっている。このような状況の中、特に、税務や労務面でのリスクについて、思いつくままの応急処置にとどまっているケースもあるが、中期的な目標として、多様な論点を体系的に調査・検討したうえで、「バーチャル駐在員」というものをプログラム化や、会社として公式に「バーチャル駐在員」という働き方の選択肢を従業員に提供することを検討しているクライアントも確実に増えてきている(図3 参照)。

【図3】

 

検討の論点 ~ 将来像の可視化

では「バーチャル駐在員」をプログラム化するために必要な検討について述べたい。まずは図4の上段に示しているような3つの点について将来像を整理することが必要となる。

【図4】

 

「Work-仕事のあり方」の整理:
まず、現状の海外勤務の仕事のうち、何がリモート化できるのか、どのような工夫をすることにより、さらにリモート化できるのかといったことを検討し、今後のグローバルアサインメントの仕事のあり方を明らかにすべきである。図5は製造業をイメージした例であるが、この図が示す通り、グローバルアサインメントにはいくつかのタイプがある。それぞれ仕事内容が異なっているわけだが、これを洗い出してリモート化の余地を可視化する。ここでのポイントは、単純に現在の仕事を業務単位でリモート化の可否を仕分けるのにとどまらず、廃止・簡素化できる仕事は思い切って廃止・簡素化したり、役割分担の工夫で必ずしも海外勤務者が対応しなくてよい仕事は移管するといったこと等も考察すべきである。つまり仕分けでなくBPR的な視点で業務を見直すということである。また、一見リモート対応できなさそうな仕事でも、やり方を変えて同等の目的を達成できる方法を探ることや、仕事を「直訳」してリモート化の余地を探るのではなく、「意訳」してリモート化できる方法を考えることが大切だと考えられる。そのような考察をすると、想定以上にリモート化の余地が発見されるのではないか、というのが我々コンサルティングの現場にいる者の見立てである。

【図5】

 

「Assignment-働き方」の整理:
今後のグローバルアサインメントの仕事のあり方が明らかになると、次は、アサインメント単位での過ごし方を明らかにする。例えば、標準的なアサインメントの期間が仮に2~4年だったとして、そのうち最初の半年はオンサイトで過ごし、その後は定期的あるいは緊急時に出張しつつ、帰任前の一定期間には引継ぎを目的として再びオンサイトにする、といった、アサインメント期間全体での働き方の整理である。
 

「Career-キャリア全体におけるグローバルアサインメント」の整理:
働き方を整理した後は、次はキャリア全体を通じての、アサインメントのあり方を明らかにする。例えば、一回目のアサインメントではトレーニーとして海外に慣れることや、人間関係・ネットワークを作ることを目的として、オンサイト中心とするが、二回目以降、マネジャーとしてのアサインメントの場合はオンサイトを減らす等、キャリアを通してのアサインメントの組み立て方を整理する。

図6が「Assignment」・「Career」の整理のイメージであるが、最終的には結婚・育児・介護といったライフイベントなどとも重ね合わせて、キャリア通期でのアサンメントの全体像を整理すべきである。

【図6】

 

検討の論点 ~ 課題と解決の方向性

グローバルアサインメントや仕事のあり方の将来像を可視化した後は、それを実現するための課題と解決の方向性を明らかにする。前掲の図4で示した4つの観点が検討の領域であるが、その一つめは「ヒト・組織」についてである。これは、主として国境を越えて部下・上司の関係が出現することによる、ワークスタイルの変革や制度基盤の整備に関わるものである。 以下、図7に沿って説明をする。

【図7】

 

人材のスキルの向上・マインドの変革:
リモートコミュニケーションを前提とした上司・部下のスキルの開発とマインドの醸成が必要となる可能性がある。 現有人材の成熟度・スキルレベルにもよるが、日常の指示・命令・タスク管理やコーチング、人事評価等の上司のスキルの向上が必要になるかもしれない。他方で、リモートの状態でも自律的に自走できたり、物事を自分事としてとらえるといった、部下のマインドの醸成など必要かもしれない 。特にリモート環境では、阿吽の呼吸によるマネジメントが通用しないケースが多く、慣れ親しんだ従前の手法を大きく見直すことが求められるマネジャーが続出する可能性がある。

 

労務管理体制の整備:
国境を越えた上司・部下間の労務管理の工夫が必要となる可能性がある。例えば、上司が日本、部下が海外で勤務する場合、日本から日々の指示・命令をする「ラインマネジャー」に加え、部下が在籍する海外の拠点にも、一部の労務管理を担当するいわゆる「サイトマネジャー」とよばれるロールを設置して、日本と現地とで労務管理を完結させるための役割分担をするということがオペレーションと法令の双方の理由から必要になるかもしれない 。これは、裏を返せば、労務管理はリモートだけでは完結しえず、どうしてもオンサイトで実施すべきことが一部残らざるを得ない可能性があることを意味しているが、その場合、このような検討が必要となってくる。

 

組織開発:
リモート下においてはメンバーの自律度の向上が欠かせない。そのような中では、日々の判断の根拠や行動の原則となる企業理念・バリューや行動指針の浸透の重要性が増す。また、リモート環境でこそ強固なチームワーク、円滑な意思疎通が大切となるが、求心力の醸成という点でも、共通言語によるコミュニケーション・意思疎通の促進という点でも、企業理念・バリューや行動指針の浸透は大切な要素といえる。
また、リモート環境下における強固なチームワークという意味では、会社ならびに仕事へのエンゲージメント向上の対策が今まで以上に重要となりうる。

 

人事制度・ルールの整備・改定 :
リモート下での就業条件や特別な手当等、リモート勤務ベースのグローバルアサインメントを実現するための制度・ルールの整備が必要となる可能性がある。また、複数の部下が世界中にリモートで散らばっているような状態になれば、グローバルである程度共通化された評価制度などを整備することは合理的であるといえる。

以上が、「ヒト・組織」の側面での検討領域であり、現有の人材・現状の組織の状況と向かうべき将来像を照らし合わせ、課題と解決の方向性を明らかにしていく必要がある。
 

おわりに

最後に総論として、「バーチャル駐在員」を検討する際のポイントについて2つ触れたい。1つめは、決してグローバルアサインメント全体をすべからくリモート化するといったことは目指さないことである。それはほぼ不可能に近いであろうし、大事なことは従業員に対してリモートワークの選択肢を会社として提供できる状況を作ることである。この選択肢を世界中のあらゆるグループ拠点の従業員に対して提供する、ということを目指すべきである。

2つめは、一足飛びにやらないということである。拠点は世界中に多数存在したとしても、まずは文化的に近い拠点や歴史的に一定の人材交流があり「勝手知ったる」拠点、法令・規制が複雑でない拠点、あるいは時差が小さい拠点や、すでに限定的な形ではあるがリモートワークという行為に馴染みのある拠点等、「バーチャル駐在員」の実現において相対的な難易度の高くない拠点をいくつか選んで検討を開始することをお勧めする。

今回は、リモート勤務による新しいグローバルアサインメント(「バーチャル駐在員」)について、そのメリットや実現に向けて検討すべき論点をご紹介してきた。検討すべき論点としては、今回は「ヒト・組織」に絞ってご紹介したが、その他に「国際税務」「国際法務」「インフラ・セキュリティ」の側面での検討が必要である。「国際税務」であれば、例えばバーチャル駐在員が本国(滞在国)と役務を提供する国の双方からの二重課税を回避する対策であったり、「国際法務」では労働法務的な課題や、そもそもバーチャル駐在という行為への規制への対策を講じるための検討が不可欠といえる。また、リモートワークを実現するシステムインフラや個人情報の規制対策も含めた情報セキュリティも(「インフラ・セキュリティ」)、バーチャル駐在員を実現するための、大事な検討項目である。


「国際税務」ならびに「国際法務」といった側面については、コンプライアンスやコストといった企業経営の根幹にかかわり、かつテクニカルで複雑になり、次号以降において、デロイト トーマツの国際税理士・国際弁護士が詳述する。


(次号につづく)
 

1 Lynda Gratton, ”The globalization of work – and people” (September 7, 2012), BBC NEWS, (https://www.bbc.com/news/business-19476254

2 Shardul Phadnis et.al, “Global Virtual Teams: How Are They Performing”, (July/August, 2013)Supply

Chain Management Review(https://ctl.mit.edu/sites/default/files/SCMR1307_TalentStrategies.pdf

3 Virtual Internships社(https://www.virtualinternships.com/

4 Mark Gurman, “Apple CEO Impressed by Remote Work, Sees Permanent Changes”, (September 22, 2020), Bloomberg(https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-09-22/apple-ceo-impressed-by-remote-work-sees-permanent-changes
 

執筆者紹介

嶋田 聰
デロイト トーマツ コンサルティング ディレクター

グローバル人材マネジメント、グローバル共通人事制度、国際人事異動制度の設計・導入支援などに加え、クロスボーダーM&A・PMIや、学習・人材開発等、日系企業のグローバル化の人事領域における支援に数多く携わる。海外におけるプロジェクト経験は北米・南米・欧州・アジア・アフリカ含む約20ヵ国。多国籍チームのプロジェクト・マネジメント経験も豊富。

※所属・役職は執筆時点の情報です。

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