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粒子線治療(重粒子線・陽子線)は、いまだ夢の治療法なのか

重粒子線治療の現在と未来

重粒子線治療は、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 放射線医学総合研究所(現:量子科学技術研究開発機構量子医学・医療部門)が世界で初めて実用化した技術であり、医療のインバウンド(海外からの集患)、アウトバウンド(技術の輸出)の面からも注目されています。この世界に誇れる日本の技術の現状を再度確認し、重粒子線治療の将来性を検討するうえでのポイントをご提示します。

重粒子線治療は他の治療に比べて多くの優位性が認められている

以前は、がん=不治の病という認識でしたが、治療法の発展により「がん=死」と感じる人は減っているように感じます。がんの治療方法は、大きく「外科療法」「化学療法」「放射線療法」の3種類に分けられ、三大療法と呼ばれています。

 

出所:国立がん研究センターがん情報サービスより作成

その中で、放射線療法に分類される重粒子線治療は、他の治療と比べて下記の有効性が認められていることに加えて、低侵襲な治療であることから、特に高齢者への身体的負担の軽減や早期の社会復帰が期待できることから注目されてきました。

  • 原発性腫瘍に対する抑制効果・・・最初に発生したがんに対する治療効果が高い
  • がん感受性(普遍性)・・・がんの種類ごとの治療効果の差異が少ない
  •  QOL維持・・・治療後の生活の質(QOL:Quality Of Life)を維持できる可能性が高い
  • 免疫保存・・・がん細胞を排除する免疫を温存する効果が高い

さらに、最近の研究では、重粒子線の照射によってがん細胞を排除する免疫をより活性化させる効果が確認されました。

 

重粒子線治療の需要はますます増加する

日本国内においては、がん罹患者数、がんによる死亡者数がともに増加しています。特に、重粒子線治療の適応となる部位では、男性は前立腺、膵臓、肺のがん罹患者数が多く、女性は乳房、膵臓、胃のがん罹患者数が増加傾向にあります。

 

出所:国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」より作成

世界的にもがん患者数は増加の傾向であり、2016年には、世界中で1,720万人のがん患者が発生し、がん患者数は2006年から2016年の間に28%増加しました(Global Burden of Disease Cancer Collaboration. JAMA Oncol. 2018 Jun 2)。このような状況から、がん患者は世界的に見ても増加傾向にあり、重粒子線の需要は今後も増加していくことが推察されます。

日本では、重粒子線治療の治療費は300万円程度必要(保険適用外の先進医療となり全額自己負担)であったため、民間保険の先進医療特約により自己負担を軽減できる患者がほとんどであり、誰でも受けられる治療ではありませんでした。しかしながら、日本国内での治療実績、治療効果が蓄積されてきたこともあり、平成30年度診療報酬改定で、前立腺がんと頭頸部がん(口腔・咽喉頭の扁平上皮がんを除く)に対する治療が保険適用となり、少ない自己負担で治療を受けることが可能となりました。自己負担が軽減したことにより、ますます国内の需要は増加していくものと推察されます。
 

国内は過密・海外は不足している施設数

がん患者数の増加と低侵襲な治療に対する需要に応えるべく、これまで多くの重粒子線治療施設が整備されてきました。現在、重粒子線治療施設は国内で6カ所が稼働しており、最新の治療施設は大阪重粒子治療センターです。また、山形大学医学部附属病院が令和2年10月ごろに稼働を予定しています。重粒子線治療は、世界でも注目されており、ドイツ、中国、イタリアで重粒子線治療機器の導入が始まっており、韓国、アメリカ、台湾などで導入が検討されています。重粒子線治療は日本が初めて実用化した技術ということもあり、人口に対する治療施設数は世界で最も多い状況です。
このことから、重粒子線治療の供給状況は、世界各国では新規建設の需要が増加する半面、日本では今後激しい競争環境に突入していくものと推察されます。

出所:各施設ホームページより作成

さらなる進化を遂げる重粒子線治療機器

重粒子線治療機器は、臨床試験の第1世代からスタートし、国内で最新の施設である山形大学医学部附属病院は、普及型のいわゆる第3世代機器の導入を予定しています。現在も機器の研究・開発は継続しており、第4・5世代の超伝導技術、マルチイオン照射技術、パワーレーザー量子加速技術の開発に向けて動き出しています。
これらの技術開発によって、治療の適応範囲の拡大や治療の高精度化だけではなく、小型化による建設コストの低減が実現されることで、さらなる重粒子線治療の普及が可能となります。

出所:国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構「OST NEWSLETTER(March2017)」 より作成

最後に

医療機関が今後の投資を考えるのであれば、中長期的な視点で人口推計や患者数の動向を踏まえた環境分析を行い、投資コストの回収を考慮した事業計画を慎重に検討する必要があります。

【事業計画検討のポイント】 凡例:〇プラス要因 ▲マイナス要因

〇 がん患者数の増加
〇 治療の保険適用に伴う自己負担軽減による国内患者数の増加
▲ 治療の保険適用による患者単価の低下
▲ 国内治療施設の充足による患者の獲り合い
〇 治療機器の進化による適応部位の拡大による患者数増加
〇 治療機器の小型化による建設コスト低減

また、国内の状況だけではなく海外市場に目を向け、海外の需要の高まりを前提とした医療インバウンドを絡めた集患策や、院内で培った技術や運用ノウハウを海外に展開する医療アウトバウンド戦略も併せて検討していくことが肝要です。

 

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