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リスクインテリジェントな医療機関への変革

従来から医療機関においては医療安全等に関するリスクへの対応は実務において実践されていますが、昨今医療機関の運営法人に対してリスクマネジメントを実践していくことが求められるような法改正があるなど、リスクマネジメントに対しては従来より社会からの関心が高まっています。医療機関が実践してきたリスクマネジメントに関する現状の課題を確認し、今後求められる対応や具体的なリスク等のポイントについてご提示します。

これまでの医療機関のリスクへの取組み

医療機関の主たる運営主体は医療法人であり、その多くは一人医師医療法人ですが、そもそもは個人で経営していた診療所や病院が成長し、法人成りするケースが通例であったと考えられます。また、視点を変えると、医療機関の中には公的病院や公立病院といった、公共サービスの提供者として運営されているところがあります。日本では、このように様々な法制度で運営される医療機関がありますが、医療機関におけるリスクは、医療機関の経営目標の達成を阻害する要因を指すものであり、運営主体によって影響されるものではありません。では、様々な主体が医療機関を運営していますが、医療機関にとって『リスク』とは何を捉えているのでしょうか。

医療機関におけるリスクというと、真っ先にイメージされるのが、医療ミスに伴う訴訟の発生に係るリスクや、医療安全部門が管理する診療上のリスクが挙げられると思います。

医療訴訟に関連するリスクについては、事務局の法務部門等において、事案が発生する都度、対応していると考えられます。医療安全に係るリスクについては、いわゆる『形式知』として特に医療機関の経営上、最も注力して取り組んできているものであり、医療安全部門が統括管理している場合が大半であると考えられます。

また、医療機関を経営する上で考慮すべきリスクは、明確に認識していないものの、各部門において部門長が『暗黙知』として認識し、現場において対処しているものが多いと考えられます。

このように、医療機関におけるリスクは『形式知』ないしは『暗黙知』として組織に浸透し、管理されてきていますが、いずれも過去の事例や事象を後追いする形でその対処が文化として形成されていると整理されます。

 

現状の医療機関のリスク管理における課題とは

これまで医療機関で実践されているリスク管理は、個人または部門長による『暗黙知』として管理されているか、医療安全に関連する特定のリスクについて『形式知』として組織全体で管理されているか、という視点で実践されているところであり、第1世代型のリスクマネジメント手法であると整理されます。

この第1世代型の医療機関のリスク管理体制の特徴には次の2点が挙げられます。

まず1点目に、多岐にわたる部門によりリスク管理がなされていることがあります。それぞれの部門が独自にリスク管理を実施しているため、例えば、医事課において診療報酬の算定漏れに関するリスクを認識し、対応を実施している一方、経営企画課においても同様に算定漏れに対するリスクを認識し、算定漏れに関する調査・アナウンスといった対応を実施しているなど、異なる部門で重複したリスク対応を実施しており非効率となっていることがあります。また、単純な予算消化のための決裁と考えられるような稟議に対して、部門長、事務長、病院長、理事長と一律に承認を受けるなど、重要と判断されないリスクに対して手厚く対応しており、非効率になっていることがあります。あるいは、リスクの評価を部門ごとに実施しているため、本来はリスクを適切に管理すれば収益獲得につながる機会があったとしても、その機会を逸してしまっていることもあります。

2点目に、従来のリスク管理対象が医療安全や各部門の業務執行といった特定の分野に集中した管理となっていることがあります。各部門レベルではリスクの識別・評価や対応は十分にできていたとしても、組織全体で識別すべき根本的なリスク要因を十分に識別できていないことが考えられます。これらのリスクの多くは過去に実際に発生し、識別され、対応を余儀なくされた事項から構成されており、将来のリスク情報に基づく検討がなされていないことがほとんどです。

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第2世代型のリスク管理体制の構築に向けて

これからのリスク管理体制に求められるのは、医療機関全体ですべてのリスクを部門レベルではなく、経営レベルで俯瞰して把握していくことが肝要といえます。

言い換えると、医療機関として識別すべきリスクをすべて把握したうえで、それらのリスクについてどのように対処していくのか、効率的かつ効果的に「賢く」リスク管理を行っていくこと(リスクインテリジェントであること)が、これからの厳しい生存競争に勝ち抜いていく医療機関たり得ると考えられます。

第2世代型のリスク管理体制は、組織全体での活動として位置付けられるため、以下のメリットをもたらすものと考えられます。

○これまでに識別できていなかった、将来を含んだ経営上のリスクを識別できる

○リスクを見える化することによって、職員のリスクに対する感覚を引き上げ、リスクへの対応策を常に意識して業務を遂行することができるようになり、経営の品質の向上に貢献する

○重複したリスクへの対応を組織全体で俯瞰して確認し、調整することにより、リスク管理に係るコストを削減できる可能性がある(ポートフォリオ効果)

○リスクを組織全体で評価することにより、従来であればリスク回避の対応をしていた事項に対しても積極的にリスク管理を行い、受容していくことで、新たな収益獲得の機会を得ることができる

○複数の施設を運営している医療機関グループにおいて、個々の施設の経営能力の評価を行うための指針となり得る

対応を検討することが必要なリスク項目とは

これからの医療機関の経営を存続させていくにあたっては、例えば、以下に示す項目について、リスクを網羅的に把握していくことが重要であると考えます。

病院経営において意識すべきリスク項目の領域(例)

  • 経済環境関連
  • 自然災害関連
  • 法律・規制関連(コンプライアンスを含む)
  • レピュテーション関連
  • 不正関連
  • 診療/サービス提供体制及びオペレーション関連
  • システム関連(サイバー攻撃など)
  • 人事・労務関連
  • ガバナンス関連

 

第2世代型のリスクマネジメントにおいて求められる活動

第2世代型のリスクマネジメントにおいては、上記の例に示したようなリスク項目を俯瞰的にすべて識別し、組織全体として評価を行い、対応策を検討していくことが求められます。そして、リスクマネジメントに関するPDCAサイクルを組織全体で循環させることが必要となります。

第2世代型のリスクマネジメントのポイントは『賢く』リスクの評価を行うこと、すなわち、リスクを回避したり、他に転嫁するだけではなく、リスクの評価結果によっては、受容して収益獲得の機会を検討することにあります。そのためには、経営レベルで俯瞰したリスク評価を行うことが重要となり、組織的に取り組む必要があります。具体的には、診療報酬改定に伴う単価変動のリスクに対して経営レベルでの判断を行うことはまさに『賢くリスク評価を行う』ことの最たるものと考えられます。例えば、新設された施設基準に対して、部門レベルでは新規に職員採用が必要であるため、取組みに対して及び腰になるような内容であっても、職員の配置転換と職員採用の両面で進めるほうが適切と判断することはリスクを賢く評価し、対応している例です。この判断の背景には、改定ポイントへ対応しなかった場合の次々回の改定の局面を想定し、早めに対処する判断をしたものであり、先を読んだ対応を行った事例と言えます。

また、これまでの病院経営においては、収入の確保に対しては積極的に対応しても、コストをかけてコストを削減するような取組みに対しては消極的な方針が目立ったと思います。特にコンプライアンスへの取組みは、経営資源を投入してまで対応するのではなく、発生したら対応する、というようなスタンスで構えている医療機関が今でも多いのではないかと思います。しかし、コンプライアンス違反といったレッテルを貼られることは、患者や地域住民との間の信用問題に発展しかねず、避けたいところであり、今後はコンプライアンスに関するリスクに対しても賢く対処することが必要と考えられます。具体的には、自院においてコンプライアンスに関してどのようなリスクが潜んでいて、実際に発現する可能性がどの程度で、発現した場合にどのくらいの損失が生じるのかといったことを事前に適切に評価することが重要です。こうしたリスクの評価は経営レベルでの検討が肝要です。なぜなら部門レベルでの検討を行った場合には必ずや『お蔵入り』するリスクが多いからです。コンプライアンスに関するリスクを洗い出し、対応が必要なリスクを評価し策を講じて、実際に発生することを防ぐことが、トータルコストの観点からは安く済むようなリスクも多くあります。

運営主体の成り立ちにはそれぞれの法制度がありますが、医療機関としての経営目標を阻害するリスク要因に対して、事前に賢くリスクと向き合っておくことは、どの医療機関にとっても価値のある行動であると考えられます。

 

【Plan】リスクの識別、リスクの評価

組織全体でリスクを識別し、識別されたリスク項目に対してどのように対処するのかという評価を組織全体として行います。

【Do】リスクの低減策の立案・実施

リスク低減策を組織全体で決定し、具体的な活動内容を立案し、実施します。具体的な活動内容の立案にあたり、リスク事象が具体的に発生したときに、患者への診療の継続を最優先とした復旧までの計画がなされているかどうか留意しておくことは医療機関特有の【Do】となります。

【Check】対応状況の点検

リスク低減策が着実に実行されているのか、期中にその実施状況をモニタリングします。特に上述したようにリスク事象の発生した際の点検には診療の継続が優先された対応であったかについて留意する必要があります。

【Action】改善

リスク低減策が十分に実施できていないと確認できた場合には、改善を促し、確実な遂行を推進していきます。

 

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最後に

高齢化の進展や地域医療構想の推進など、医療機関を取り巻く経営環境が激しく変化している昨今、医療機関の経営を健全に継続させていくためには、リスク事象の適切な管理とタイムリーな対応を行うことで、リスクとの賢い付き合い方が実現できます。

それゆえ、発生の都度対処するリスク管理スタイルには変革が必要であり、将来を見据えたリスク評価とその対応の検討が今後より一層求められます。

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