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医療制度の国際比較

医療人材に着目して

医療を適切に提供することは各国の重要課題の一つです。COVID-19の感染拡大により、世界各国での医療現場の様子が報道されていますが、各国の医療の提供の在り方には、その国の医療制度、経済状況、歴史等の様々な要素が反映されます。ここでは、保健医療人材に着目して医療制度の国際比較を試みたいと思います。

医療制度のフレームワーク

人々が健康で長生きするために、適切な医療サービスは欠かせない要素であると言えます。適切な医療を持続可能な形で提供するために、各国の経済的、社会的状況を考慮しながら、医療制度は構築されています。ヘルスケアシステム(医療制度を含む)を説明する様々なフレームワークが存在しますが、世界ではWHO building blocksが良く用いられます*1。そのフレームワークによると、ヘルスケアシステムは6つの要素、保健医療サービス提供体制、保健医療人材、保健医療情報体制、必要な医薬品へのアクセス、医療財政、ガバナンスから成り立っています。COVID-19の感染拡大により、世界各国での医療現場の最前線で働く保健医療従事者の様子が報道されています。ここでは、保健医療従事者について着目し、医師や看護師の分布と、グローバル化とともに多くなってきた医療従事者の国際的な移動について考えてみたいと思います。

 

医師、看護師の分布

日本と、経済的な発展段階で等しい状況(名目GDP上位国を参考)にあると考えられる、米国、ドイツ、英国、フランス、イタリアにおける医療従事者(医師と看護師)の割合を比較してみます(図1)。人口1万人当たりの医師の割合は、その5か国と比べると日本は一番低い一方、看護師の割合は比較的高い水準であることが分かります。ただし、ドイツや米国のように医師の割合が高い国であっても、医療従事者の地域偏在の問題があり、地域によって十分な医師がいるとは言えないこともあります*2。

COVID-19の流行下で、集中治療室(ICU)や高度治療室(HCU)と呼ばれる高度治療を要する病床の占有率がCOVID-19の入院患者でひっ迫しないことが医療崩壊を招かないために、重要と考えられています。日本では、HCUについては患者4人に対して看護師1名、ICUでは患者2名に対して看護師1名を配置することが基準として定められており、より多くの看護師を必要とします。アメリカやイギリスの研究では、ICUの看護師の質と適切な配置数によって、ICUでの患者の死亡率低下につながることが指摘されています*3,4。このような点からも、各医療機関で医療従事者が質、量ともに充実していることが、その国の全体の医療水準を支えている要因の一つと考えられます。

 

図1:医師と看護人材(看護師と助産師を含む)の人口1万に当たりの割合比較

引用:WHO(2017)Global Health Workforce Statisticsより作成(日本のデータは2017データ未掲載のため、2016年データを使用)

 

医師、看護師の教育制度*5,6

医師や看護師の教育制度は各国で異なります。例えば、米国では、メディカルスクールという制度をとっており、様々な学部を卒業した人が、卒業後または働いた後、医師になるためメディカルスクールにおいて4年間で医学を学びます。英国では、4年間のメディカルスクール制の大学もあれば、日本の大学と同様に、直接医学部に入学し、5年間で医学を学べる大学もあります。日本のように、医師になるには医学部を卒業し、かつ医師の国家試験が課せられる国もあれば、英国のように医学部を卒業試験に合格することで、医師免許が与えられる国もあります。

看護師資格取得に関する教育制度も各国で異なります。米国の病院附属プログラムでは2年間、大学学位プログラムでは4年間の就学期間を経て、国家試験の受験資格が与えられ、免許取得後も定期的な看護師免許の更新が必要です(米国では州により制度が異なります)。ドイツやフランスといった欧州の多くの国では、それぞれの教育機関で国家試験の受験資格を得られ、免許取得後も定期的な看護師免許の更新が必要です。ドイツでは、専門学校もしくは大学で看護師の国家試験の受験資格を得られるのに対し、フランスでは、主に3年間の専門学校で必要な履修単位を修得することで看護師受験資格が得られます。欧州で免許更新が必要ない国はベルギー、アイルランド、ポルトガル、スイスと限られています。

このような教育体制の違いもあり、国を超えた医療資格の相互互換は難しいのが現状です。しかしながら、グローバル化が進む現在では、母国での医療教育を受けた医療従事者が他国への医療に従事し、また逆に母国以外での医療教育を受けて医療従事者が帰国後に母国で医療に従事するケースも増えてきています。

 

医療従事者の国際的な移動

他国で医学を習得した医師の割合と他国で看護を習得した看護師の割合は、表1に示す通りです。ニュージーランドが、他国で医学を習得した医師の割合、他国で看護を習得した看護師の割合ともに他国と比較してかなり高い水準となっています。その国の移民政策などの影響も受けるため、その国における外国籍の保健医療人材の割合は変動すると考えられますが、それでも英語圏を中心として、医療従事者の国際的な移動が活発であると考えられます。

本データからは、他国で医学もしくは看護を習得した医師もしくは看護師がどの国の出身であるかは明らかではありませんが、経済的にあまり豊かでない国から豊かな国への人材が流出している傾向が一定程度あると考えられます。例えば、フィリピンでは英語圏への移動は言語的ハードルが低いこともあり、フィリピンで看護師資格を取得した後に諸外国で看護師ないし介護士として働くという人材流出が問題視されています*7。

日本では、法務省入国管理局によると2019年12月時点で、在留外国人で「医療」在留資格を有する外国人は2,269名(医師、看護師、薬剤師、歯科医師等の14の医療資格者が該当する)と登録されています*8。日本全体の医師数や看護師数から考えると、外国で医学や看護教育を受けて日本で働く医療従事者の割合は他国に比べ非常に少ないと考えられます。また、2008年から日本との経済連携協定(EPA)によって、ベトナム、フィリピン、インドネシアからの看護師および介護士の候補生の受入が始まっています。候補生の内、来日者数に対するする国家試験合格者の割合はあまり高いとは言えず(表2)、現段階での日本での外国人医療従事者は少ないと考えられます。

 

表1:国別外国で修学した保健医療人材の割合

†:各国の医師数に占める割合 ‡:各国の看護師数に占める割合

引用元:OECD(2016)Health Workforce Migration より作成

表2:日本とのEPAに基づく看護師・介護士候補の受入概要

†:在留資格「医療」で14の医療資格が一緒に集計されている。

引用元:厚生労働省(2019)各国からの「看護師・介護福祉士候補者の受入れについて」法務省入管局(2019)在留外国人統計より作成

 

最後に

医療を適切に提供することは各国にとって重要な課題です。その医療を支える保健医療人材の質と量をどのように確保していくかはその国の医療制度に大きな影響を与える可能性があります。日本では、医療現場においても働き方改革等が行われていますが、医療従事者の待遇が必ずしも他国と比べて良いとは言えない場合もあり、諸外国に比べると、言語等ハードル等が高いものの、より働きやすい職場を求めて、医療職者も国際的に移動することがあるかもしれません。一方で、グローバル化により患者が多国籍になっていくことも考えられ、国内における保健医療人材の多様化は必要になるでしょう。このような状況を踏まえながら、持続可能な医療制度の構築のため、地域偏在を低減しつつ今後とも保健医療人材の質と量の確保のための工夫が求められます。

参考文献

参考文献リスト

*1:Emma Sacks et al(2019). Beyond the building blocks: integrating community roles into health systems frameworks to achieve health for all. 

*2:OECD (2016), Health Workforce Policies in OECD Countries: Right Jobs, Right Skills, Right Places, OECD, Health Policy Studies, OECD Publishing, Paris.

*3:Elizabeth West et al (2014). Nurse staffing, medical staffing and mortality in Intensive Care: An observational study, International Journal of Nursing Studies 51, 781–794

*4:Deena M.Kelly et al (2014). Impact of Critical Care Nursing on 30-Day Mortality of Mechanically Ventilated Older Adults. Crit Care Med. 42:1089–1095

*5:文部科学省(2009)日本におけるメディカルスクール制度の導入課題の検討も含めた医師養成制度の国際比較と学士編入に関する調査研究

*6:National Council of State Boards of Nursing (2020), A Global Profile of Nursing Regulation, Education, and Practice, Journal of Nursing regulation

*7:金子勝槻(2014)ASEAN保健医療人材の国際労働移動.アジア研究.Vol 60, No.2

*8:法務省入管局(2019)在留外国人統計 国籍・地域別 在留資格(在留目的)別 在留外国人

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

※上記の部署・内容は掲載時点のものとなります。2020/09

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