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事例紹介
英国における認知症対策
高齢化が進む日本では、認知症対策が重要な社会課題の一つであり、包括的な対策や認知症の人と共生するにあたっての革新的サービスの社会実装が必要であると考えられます。認知症対策は、今や日本だけの課題ではなく、世界各国で取組みが進められており、特に英国政府は、認知症において世界をリードすべく、様々な政策方針を打ち出しています。本稿では、英国の認知症対策の取組みを整理する上で重要な役割を担うAlzheimer's SocietyとDementia Action Allianceの活動内容等をまとめ、日本の認知症対策に有益であると考えられる仕組みを紹介します。
目次
- 英国における認知症対策の歴史
- Alzheimer's Society
- Dementia Action Alliance (DAA)
- Alzheimer's Society とDAAの関係性
- 英国における認知症対策から見える日本への示唆
英国における認知症対策の歴史
英国内では、1970年代から認知症患者数が増加し、認知症に対する偏見、社会的コストの増加、患者家族の不安や負担の増加、介護者の生活水準の低下、認知症に関する認知や情報の不足といった課題が多くありました。
そういった中、認知症患者の家族が、認知症の普及啓発活動を促進するべく、非営利団体Alzheimer's Disease Societyを設立しました(1999年にAlzheimer's Societyに変更)。Alzheimer's Societyによる、地域でのチャリティー活動、認知症普及啓発活動、認知症研修等の活動の結果、認知症の診断数、Dementia Friends(認知症サポーター)として研修を受けた地域ボランティア活動者数、認知症研修を受講した医療従事者数、認知症研究費等の増加が見られました。しかしながら、Alzheimer's Societyによる大きな成果の一方で、国家の推計によると、30年間で認知症患者の数が2倍に、そして社会的コストが3倍の£50billion以上に増加すると予想され、民間主導の取組みだけでなく、国家主導の取組みが必要な重要課題であると認識されました。
これを受けて2009年には、認知症ケア改善に集中的に取り組む包括的な認知症国家戦略“Living well with dementia”が発表され、2014年までの5年間、特に(1)早期診断と早期支援、(2)総合病院における認知症対応の改善、(3)介護施設における認知症患者や家族対応の改善、(4)介護者支援の強化、(5)抗精神病薬使用の低減、の5つを最優先課題とし、重点的な取組みを進められてきました。その結果、認知症診断数や抗精神病薬処方率の低下などの成果が見られました。
これらの国家戦略を更に促進するためには、企業や民間組織と官公庁の連携が不可欠であったため、2010年に産官学連携のプラットフォームとなるDementia Action Alliance (DAA)が設立されました。また、2012年には、認知症普及啓発や認知症にフレンドリーな地域づくり、更なる認知症ケアの質向上、認知症研究の推進を3大課題とし、官公庁のみならず、医療サービス提供業者、研究機関、非営利団、民間事業者が参画する形での政策推進を目指す、Prime Minister's Challenge on Dementiaが発表され、現在も様々な取組みがなされています。
このように、英国の認知症対策の歴史を見ていくと、民間組織が官や学、そして関係者と上手く連携する形で事業推進をしてきた経緯があります。そういった中で、大きな役割を果たしてきたAlzheimer's Societyと、産官学民連携の基盤としての役割を果たしてきたDAAの役割や取組等について以下に整理していきたいと思います。
Alzheimer's Society
Alzheimer's Societyは、地域で認知症普及啓発活動を促進するため設立された非営利団体で、その規模は日々拡大しています。普及啓発活動や支援事業に関しては、チャリティーイベントの開催や、Dementia Friendsという認知症サポーターの育成・普及啓発活動を推進しています。現在は、普及啓発活動以外にも、企業顕彰の策定や普及、認知症研究費投資、民間事業者・公共施設向けのガイドライン作成、オンラインや電話での相談・ヘルプライン事業なども行っています。
Alzheimer's Societyは、民間主導の非営利団体ではあるものの、中央、地方行政とも連携をとっており、英国における認知症対策において重要な役割を担っています。Alzheimer's Societyの活動の中で、特徴的な要素の例として、DAA等と連携して認知症にフレンドリーな地域社会構築を促進していること、また各業界のChampionを首相に推薦し、実用的な認知症ガイドラインの作成を支援していること等が挙げられます。
まず、Alzheimer's Societyが、行政と連携して認知症にフレンドリーな地域社会構築を推進した例として挙げられるのは、ロンドンです。Alzheimer's Societyがロンドン市役所で、ロンドン市長と共同で認知症サミットを開催し、ロンドンを世界初の認知症フレンドリーな首都にすることを目的とし、Dementia Friendly Londonを宣言しました。ロンドン市長は宣言の中で、次の目標を掲げました:(1) Dementia Friends(認知症サポーター)を500,000人育成する、(2) 2022年までに2,000社以上の企業や組織を認知症フレンドリーにする、(3) ロンドンの全ての地区が認知症フレンドリーな地域社会に向けて活動する、(4) 認知症患者の移動手段、住宅、医療ケア、ビジネス、社会参加における問題を解決する、(5) 認知症患者の価値ある社会参加活動を支援する、(6) 認知症患者が自由に、安全に、そして自信をもって地域参加できるロンドンを目指す、(7) 認知症患者の質の高い医療・福祉ケアのアクセスを向上する。
ロンドン市は、交通手段、住宅、医療サービス、福祉・介護サービス、ビジネス、社会参加などにおける認知症患者の課題を解決すべく、Alzheimer's SocietyやPan-London DAAの支援を受け、それぞれの課題に対し、加盟組織が対策を組んでいます。交通手段の課題に対しては、British Transport PoliceやTransport for Londonが加盟しており、バス運転手24,500人がTransport for Londonから認知症に関する情報やトレーニングを受けました。住宅においてはBilfinger GVAなどを含む企業が加盟しており、不動産マネージャー等に、所有する住居を認知症患者のニーズに沿ったものに改築する等の要請を行いました。医療サービスの課題に対しては、London Ambulance ServiceやNHS England等が メモリーサービス(認知症初期集中支援チーム)と連携をとり、認知症診断にかかる時間を短縮しました。社会福祉・介護サービス領域では、Metropolitan Policeを含む公的機関等が主導で、職員の認知症トレーニングや普及啓発活動を実施しました。民間事業・ビジネス領域では、Care City等が主導し、北・東ロンドンでは認知症患者が身に着けられるテクノロジーの開発を、企業、研究・教育機関と連携して進めています。認知症患者の社会参加を推進するため、博物館等が、認知症の来館者を対象とした特別ツアーなどのイベントを開催しています。このように、Alzheimer's SocietyはDAAと協力して、異業種連携を通じた、認知症にフレンドリーな地域社会構築を促進しています。
次にAlzheimer's Societyの重要な役割の例として挙げられるのは、各業界にとって実用的な認知症ガイドラインの作成を支援することです。実用的なガイドラインを作成するには、業界内のニーズを熟知していることが重要と考えられます。そのため、Prime Minister's Challenge on Dementiaの下、英国首相が各業界の認知症対策に対するモチベーションが高い企業の役員をChampionとして任命します。その際、Alzheimer's SocietyがChampion候補を首相に推薦します。Championは、「認知症にやさしい組織」となることの利益と重要性を業界内外で啓蒙します。組織内、または業界内で、認知症の兆候や症状を認識し、適切に対応するために関係スタッフへ基礎トレーニングを実施し、認知症の顧客のニーズを明確にし、安心して相談できる環境を整えます。また、認知症Championに任命された企業/組織代表は、必要に応じて業界内のニーズに沿ったガイドラインの作成をリードします。ガイドライン数は増えており、現在12個作成されています。例えば、認知症を患う患者が生活する上で困難なことの一つに、銀行や住宅金融機関や保険会社との手続が挙げられています。そのため、金融サービス業界のChampionとして任命されたLloyds Bankが主導して、認知症にフレンドリーな金融サービスガイドラインを作成しました。ガイドラインでは、認知症を患う顧客の対応、リスク、金融犯罪、苦情、法務部門等専門性のある業務に携わるスタッフが受けるべきトレーニング等に関する情報が具体的に書かれています。また、認知症患者数が増えるとともに、テクノロジーの需要も増加しており、テクノロジーの適切な活用により生活水準の向上が目指せることから、テクノロジー業界向けの認知症ガイドラインも2018年に作成されました。そこでは、認知症患者ニーズや患者支援に適したテクノロジーの情報を、認知症のステージごとに分けて説明しています。例えば、認知症診断前の患者のニーズとして挙げられるのは、薬の飲み忘れや火の消し忘れによる火災の防止です。これらのニーズに適したテクノロジーとしてリマインダー機器や煙探知機が挙げられます。認知症診断後の患者のニーズとして、転倒した際のサポート、緊急事態の対応、夜中にベッドから転倒した際のサポート等が挙げられています。転倒感知器、ポケットベル、ベッドセンサー(患者がベッドから離れ、一定時間戻らないと介護者に連絡)等が患者のニーズに適した機器として挙げられています。更に、症状が複雑化・重症化した際には、患者のニーズとして心臓機能低下、ガスの消し忘れ、徘徊防止等が挙げられ、Telehealth(患者の状態をモニタリングし、異常を感知した際に担当医に連絡する)、ガス漏れ探知機、ドアセンサー(夜中にドアが開閉されると介護者へ連絡)等が有益なテクノロジーとして挙げられています。
民間事業者主導での認知症ガイドライン策定を推進することで、実態に即した、活用が容易なガイドライン作成が可能になり、各事業に関連する固有の課題が明示され、オペレーションの改善や新サービス等の検討にも有効だと思われます。また、認知症対策に対するモチベーションが高い企業や団体を首相がChampionに任命することで、各業界のリーダーシップが明確になり、責任の分散を防ぐとともに、企業・組織・業界内での普及や行動変容の促進につながります。加えて、当事者主導の非営利団体であるAlzheimer's Societyは、Prime Minister's Challenge on Dementiaの下で、政策立案に関わるプレーヤーとして関与することで、当事者の意見を尊重した活動を政策に反映することを可能にしていることなどが特徴的であると考えられます。
Dementia Action Alliance (DAA)
DAA は、英国内の企業や民間組織と官公庁との連携を通して、認知症患者やその介護者の健康、福祉ケアの向上を目指して2010年に発足した、英国内の非営利団体、医療機関、ソーシャルケア提供組織、官公庁、企業、大学や研究機関等を含む150以上の組織から構成されるアライアンスです。
DAAは、学会やイベント等を開催し、認知症に関するベストプラクティスの共有や加盟組織間での情報共有や連携を促進しています。DAAの活動は、患者・家族向け、専門家向け、企業向け等、多用なステークホルダーに対して展開されています。DAAが開催したイベントでは、イノベーションに焦点をあてたものが多くあり、在宅医療サービス事業者が、デジタル技術の認知症患者のケアにおける有益性について講演するイベント等があります。
DAAの中にはNational DAA とLocal DAAがあります。各加盟組織はNational DAAに登録して、National Declarationに沿って7つのAction plansを設定し、ホームページ上で公開します。2019年時点で、186団体がNational DAAに登録しています。National DAAは英国内全体における活動方針に焦点をあてていますが、Local DAAは、各地域特有の課題やニーズに沿って設立されます。設立組織は各Local DAAによって異なります。例えば、Local DAAの成功事例として頻繁に取り上げられるPlymouth DAAは、2010年にPlymouth大学が行った認知症診断に関する調査結果をきっかけに設立されました。調査の結果、患者や家族の大きな課題は、治療等の症状に関することよりも、患者や介護者の孤立や偏見が問題であり、地域のサポートが必要でした。包括的なケアを可能にするために、地域内での他組織との連携が必要になったため、Plymouth大学の研究チームがPlymouth市役所を訪れ、市長に支援を要請したことが設立のきっかけとなり、現在ではバス会社、図書館、大学、海軍基地、クリニック、介護施設、非営利団体、弁護士事務所などを含む30以上の組織が加盟しています。認知症の人にフレンドリーな環境であるかを評価するためのチェックリストの作成、スタッフへの認知症トレーニング・ガイダンス等の提供、ネットワークイベントの開催等を積極的に実施しています。
異業種連携において、DAAが官民産学連携のプラットフォームを提供することで、英国内で認知症フレンドリーな地域が増加しています。また、DAAは、あくまで場の提供を主要な役割としているため、各参加企業や事業団体がそれぞれのニーズにあった活動を制限されることなく、自由に実施することができ、活動の範囲や社会への影響が拡大します。
Alzheimer's Society とDAAの関係性
社会を変えていくためには、社会全体が一丸となり、認知症の患者や家族、また介護者を支えていく必要があることから、Alzheimer's Society とDAAは認知症にフレンドリーなコミュニティーという、地域社会の構築推進を提唱しています。DAAの運営はSecretariatとSteering Groupが行っており、活動内容は随時Alzheimer's Societyに報告されます。SecretariatはAlzheimer's Societyから雇用されており、DAAの活動を報告する役割を担っています。DAA加盟組織が連携を取りたい場合、Secretariatが仲介役として、連携プロジェクトの立上げに必要な業務を担当します。そして、Secretariatは、加盟組織が提案した連携プロジェクト案をSteering Groupに提出します。Steering Groupは Alzheimer's Societyから任命された職員が議長となり、保健省が政策担当を担います。また、認知症有識者はSecretariatから任命され、DAAの方針等を提言します。その他には、加盟団体から選ばれた代表団体と、認知症患者代表1名と介護者代表1名がSteering Groupのメンバーです。Steering Groupは最低、年に4回は会合を開催し、活動内容の報告や方針を決定します。このように、Alzheimer's Society とDAAは密接な連携をとり、包括的な認知症対策を推進しているため、取組効果を最大化できていると考えられます。
英国における認知症対策から見える日本への示唆
英国と日本では、産官学民連携の状況など多くの要素が異なることもあり、全ての要素が必ずしも参考になる訳ではありませんが、日本が今後、認知症対策を促進するには、(1)産官学民連携の円滑な推進、(2)現場のニーズを反映した実用的なアウトプットの社会実装、(3)リーダーのビジョンが社会のニーズに反映していると実感できるような包括的な取組みを迅速に行う仕組みの構築、という点については参考になるように考えられます。
(1)の産官学民連携を円滑に進めるという点においては、DAAのような、幅広いステークホルダーが比較的自由に、そして自主的に連携し、活動できる場の提供が必要だと考えられます。また、場の提供だけではなく、Alzheimer's Societyのような、行政に対して一定の影響力を持つ民間団体が活動を支援することで、認知症フレンドリーな地域社会構築が促進されると考えられます。
(2)の現場のニーズを反映した社会実装については、例えば、ガイドラインなどのツールは、作成することが目的ではなく、実際に活用され、当事者の患者や家族、また事業者が恩恵を受けることが目的であるため、使う人の目線で作成されること、業界内のニーズが反映されていることが必要であると考えられます。よって、認知症対策へのモチベーションが高く、業界のニーズを熟知している組織/人がリーダーシップをとり、現場経験を踏まえて各業界のガイドライン作成に影響力を及ぼすことは、ガイドライン実用化の促進にもつながり、より効果的であると考えられます。
(3)のリーダーのビジョンが社会のニーズに反映していると実感できるような包括的な取組みを迅速に行う仕組みの構築については、民間や当事者にとって重要な活動を、行政からトップダウンで広めていく仕組みを構築することが、迅速に活動を広めていくために重要だと考えられます。その際に注意しておく必要があるのは、責任の分散や非効率化を防ぎ、行動変容を促進するために、モチベーションの高いリーダーを明確にし、プロセスを簡略化する必要があります。そして、当事者である患者や家族、介護者の課題に焦点をあてた政策や支援事業が必要であり、そのためには、民間主導の組織の活動が政策に反映される仕組みを構築する必要があります。Alzheimer's Societyの例のように、政策策定に関わるプレーヤーに民間団体や当事者メンバーを加え、民間の活動内容やニーズが適切に政策に反映される場を構築することが、日本でも有効であるかもしれません。
(参考:外部サイト)
Alzheimer’s Society
ホームページ(https://www.alzheimers.org.uk/)
Dementia Action Alliance
ホームページ(https://www.dementiaaction.org.uk/)
Prime Minister’s Challenge on Dementia
(https://www.dementiaaction.org.uk/)