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ビジネスDDガイド:コマーシャルデューデリジェンスの実務ポイント 第4回
事業計画分析~対象会社の事業計画分析時における留意点とは
第1~3回で競合環境分析、顧客動向分析、市場環境分析の進め方について説明したが、本稿ではその分析結果をどのように事業計画分析に活用するのか解説します。
I.はじめに~事業計画分析の目的
本稿では、「事業計画分析~対象会社の事業計画分析時における留意点とは」というテーマで第1~3回で取り上げた競合環境分析、顧客動向分析、市場環境分析をそれぞれどのように活用して事業計画分析を行うのか、また分析時に留意すべき事項について解説する。
M&A対象会社から開示される事業計画は過去実績からストレッチした“目標値”という建付けになっているケースが多く、かつセルサイド(売却側)からすれば株式を高値で売りたいと思うのは至極当然のことであり、バリュエーション(株式価値評価)の前提となる事業計画は楽観的なものになっている可能性が高い。そのため、競合環境分析、顧客動向分析、市場環境分析で得られた客観的な分析結果も踏まえて、事業計画の達成度の蓋然性を検討し、必要に応じてストレステストやシナリオ別のシミュレーションを行って、適切な修正事業計画を用いたバリュエーションに基づいて価格交渉を行うことで高値掴みを防ぐことにもつながる。
なお、本題に入る前に用語定義について解説させていただきたい。本テーマに「ビジネスDD」と「コマーシャルDD」という用語を使用しているが、前者のビジネスDDは、コマーシャルDD、オペレーショナルDD、シナジー分析定量化、事業計画分析を含んでおり、後者のコマーシャルDDは、狭義には競合環境分析、顧客動向分析、市場環境分析までとなるが、広義にはその分析結果をシナジー分析定量化、事業計画分析に活用するまでを範囲に含んでいる。
II.事業計画分析のアプローチ方法のポイントとは
事業計画分析のアプローチ方法は、以下の5つのステップで進める。
① 事業計画の前提条件の整理
② 外部環境からの妥当性検証
③ 過去実績からの連続性
④ シナリオに基づいた検証
⑤ 制約条件の有無に関する確認
なお、ここまでM&A対象会社が事業計画を有していることを前提に話を進めているが、当然のことながら事業計画が無いケースにも遭遇する。その場合、バリュエーションを行うために事業計画が必要であれば、コマーシャルDDで行った分析結果を用いて妥当な事業計画をバイサイド(買い手側)で作成することもある。その場合には上記の事業計画分析のアプローチ方法の「①事業計画の前提条件の整理」について前提条件をバイサイド自ら検討し、将来の事業計画をバリュエーションに使用する目的で作成することになる。
① 事業計画の前提条件の整理
―事業セグメント別に事業計画の前提条件、事業計画に影響を与えうるファクターについて整理を行う
M&A対象会社が複数の事業展開を行っている場合には、事業セグメント別に前提条件が異なると想定されるため、セグメント別に整理する必要がある。事業計画には将来的に計画している各種施策が織り込まれているが、定性的なもので数値に落とし込むのが難しく不明瞭なものに関しては、対象会社のマネジメントに対して施策の効果に関してインタビューを行うことも必要となる。
なお、コマーシャルDDの分析結果を用いることができるのは主に売上、売上原価(原材料市況に関わるところのみ)の部分となり、販売費および一般管理費以下の項目に関して事業計画の検証を行う場合には、オペレーショナルDDを行ってM&A対象会社をバリューチェーン別に分析する必要がある。
② 外部環境からの妥当性検証
―市場環境、競合環境、顧客動向から前提条件の妥当性があるか検証する
コマーシャルDDは、市場環境分析、競合環境分析、顧客動向分析を実施するが、事業計画分析では、3つの分析結果を用いて妥当性について検証を行う。そのため、市場環境、競合環境、顧客動向を分析する際には事業計画分析でどのような活用を行うのか事前に検討したうえで分析項目に織り込むと手戻りを防ぐことができる。
例えば、市場環境分析では事業計画の前提として見込まれている市場成長率と市場環境分析で特定した成長率を比較して妥当性を検討する。本稿はM&Aのバイサイドの視点で記述をしているが、M&Aの対象企業はセルサイドになるため、可能な限り高い市場成長率を採用して事業計画を策定しようとするのは理に適う。市場成長率が複数あるのか?と思われるかもしれないが、リサーチ会社によってアプローチ方法が違うことや調査範囲が微妙に異なっていることもあり、同様の市場を調査していたとしても数値が異なるケースが多い。
競合環境分析から競合企業が新製品/新サービスの拡販を検討しており、かつ、市場内における主要成功要因を満たしていてM&A対象会社の戦略や製品の競争力が劣っていると判断できる場合は、対象会社の市場シェアが一定とは見込みづらい。事業計画に対してストレステストを実施することで、どの程度まで下振れが想定されるか検討する必要がある。ただし、設備投資に数年要するような業態で競争力の変化がシェアに与える影響が小さい場合もあり、ケースバイケースで判断を行う必要がある。
顧客動向分析の視点で対象会社が売上を見込んでいる顧客もしくは顧客セグメントに対して主要購買決定要因を充足していない場合には、楽観的な計画と思われる。コマーシャルDDは外部有識者として顧客にもインタビューを行うことがあるが、その際に対象会社に対しての評価も得ることができる。なお、当然のことながらインタビュー時にM&Aを計画しているなどとは話してはいけない。インタビュー時に自社の名前を出すと支障がある状況の場合には、外部アドバイザーを起用してインタビューを行うという手段もある。
③ 過去実績からの連続性
―財務諸表の過去実績の傾向から事業計画の妥当性を考察する
何年分の過去実績を用いるかという点に関して、一般的には5年と考えられるが、事業や市場の性質によっても異なる。新製品や新プレイヤーが多い業態であれば、10年前の数字は意味のないものとなるため、3~5年が良いだろう。一方で上位プレイヤーに変化はなく、循環性のある市場であれば5年よりも長い期間を用いて検証を行った方が良い。5年以上前の実績値を資料として依頼する場合には、対象会社も資料開示に労力を要するため、依頼する理由を事前に用意しておいた方が良いだろう。
また、過去実績の傾向を参考にする場合には、他のDDとの連携も必要となる。財務DDでは財務諸表の実績について分析を行っているため、売上変動要因や顧客別の売上比率等もデータが存在していれば、実績の変遷に関して分析を行っている。また、オペレーショナルDDでは、対象会社の内部環境(事業活動)をバリューチェーンの機能別(例:研究開発、製造、営業、サービス等)に分析している。この点は事前に他のDDチームにも情報共有依頼を行い、スケジュールに関しても合意しておくことで事業計画分析に活用する際に遅延を防ぐことに繋がる。
④ シナリオに基づいた検証
―ベースシナリオ、楽観的シナリオ、悲観的シナリオの3つを作成してそれぞれのシナリオの発現する確度を検討する
通常コマーシャルDDを進めていると複数のシナリオが出てくる。例えば、市場環境分析で市場成長のドライバーとなっている規制緩和が実現可否や実現時期が不明確である場合や、競合企業の新製品の発売や技術革新等外部からは計り知れない部分もあり、想定されるシナリオが分岐する場合もある。市場環境分析、競合環境分析、顧客動向分析それぞれにシナリオが考えられるが、その中で最も妥当だと考えられるシナリオを組み合わせたものがベースシナリオとなる。ケースバイケースではあるものの、対象会社の事業計画は楽観的シナリオに近いものになっている。悲観的シナリオは対象会社が想定しているシナリオと大きく認識ギャップが発生する可能性もあるため、価格交渉のために算出する株式価値は楽観的シナリオからベースシナリオに基づいたものになるケースが多いと思われるが、最終的には買収価格は買い手と売り手の交渉力に依拠する。
なお、シナジー効果が考えられる場合にはシナリオ分析に織り込むことも必要となる。M&Aが「1+1=2ではなく、1+1>2」といわれるのは、M&Aによるシナジー効果が理由だ。シナジー効果は売上、コスト、資産効率の面で考えられるが、事業内容によって実現しうるシナジー効果は異なる。なお、シナジー効果とはプラスの要因だけではなく、ディスシナジー効果といわれるマイナス要因も場合によっては生じうる点を留意する必要がある。
⑤ 制約条件の有無に関する確認
―見込まれている販売計画を達成するためにボトルネックになる事項がないか検討する
上記ステップの①~④で事業計画で見込まれている売上の蓋然性を外部環境の視点から検証して、仮に実現の見込みがあるとなった場合には、設備投資資金、生産キャパシティ、営業人員等のM&A対象会社の内部的要因で制約条件になる事項がないか検討を行う必要がある。
なお、今回はコマーシャルDDの分析結果を事業計画分析にどのように活用するのか解説を行ったが、事業計画の全ての範囲を分析できるわけではない。通常、コマーシャルDDは売上高の前提となる条件に関しては分析が可能であるが、コスト面に関しては殆どカバーしておらず、財務DD、オペレーショナルDDや税務DD等が必要となる。
III.総括
今回は「ビジネスDDガイド:コマーシャルデューデリジェンスの実務ポイント」の第1~3回の分析結果をどのように事業計画分析に結び付けるのか解説したが、適切な株式価値で買収を行うためにM&A対象会社の事業計画に対してストレステストを行うことは非常に重要なプロセスとなる。
これまで各分析スコープの作業の進め方について解説をしたが、次回は実際にプロジェクトを推進するうえでの確認項目や留意点について解説をする。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
<略語>
DD:デューデリジェンス(Due Diligence)
CDD:コマーシャルデューデリジェンス(Commercial Due Diligence)
ODD:オペレーショナルデューデリジェンス(Operational Due Diligence)
FDD:財務デューデリジェンス(Financial Due Diligence)
TDD:税務デューデリジェンス(Tax Due Diligence)
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス
ヴァイスプレジデント 中山 博喜
※2017年7月からタイのメンバーファームであるDeloitte Touche Tohmatsu Jaiyos Advisory Co., Ltd.に駐在中
コーポレートストラテジー部門にて、各業種のクライアントに対して主にビジネスDD、コマーシャルDD、オペレーショナルDDを提供。クロスボーダー案件の経験も数多く、現在は在タイの日系企業を中心にM&A案件に関するアドバイザリー業務を提供。
監修
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス統括
パートナー 初瀬 正晃
主にM&A戦略、統合型デューデリジェンス(ビジネスDDを含む)、事業計画策定支援、事業価値評価、交渉支援、PMI支援、Independent Business Review (IBR)、Corporate Business Review (CBR)、Performance Improvement (PI)に従事。大手商社の経営企画部に出向し、国内外の投融資案件を多数支援した経験を有する。
(2019.9.9)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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