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Industry Eye 第18回 商社セクター

事業計画と割引率から考える減損リスク

昨今、大手総合商社による資源分野を中心とした減損の発表が相次いでおり、事業ポートフォリオマネジメントの見直しが議論されています。本稿では企業価値最大化のための一つの考え方として、減損に陥るリスクを低減するために投資時点で検討すべき点につき、会計上の減損テストの観点からの示唆をお伝えします。

I.はじめに

昨今、総合商社による資源関連投資の減損が相次いでおり、2015年3月期には総合商社大手5社だけでも合計減損額は約7,000億円、2016年度についても大手5社で1兆2,300億円に達したことが報じられた。今後は複数の総合商社が事業ポートフォリオの見直しを迫られるなか、本稿は会計上の減損テストの観点から、留意すべき点である事業計画と割引率の考え方について私見を述べるものである。 

II.総合商社による減損

1. 2014年度~2015年度の総合商社の減損発表

前述の通り、昨今では総合商社による減損が相次いでおり、2015年3月期には総合商社大手5社による減損額は合計で7,000億円、2016年3月期についても1兆円を超過している。いずれも9割近くが資源分野への投資に起因するものである。

石炭、鉄鉱石、非鉄金属、シェールガス、原油等の資源分野の巨額減損が相次ぐなか、事業ポートフォリオの見直しが加速し、今後はインフラ、食品、住生活等の非資源分野への投資が増加することが予想される。一方、資源投資の減損金額の大きさの陰に隠れているが、非資源分野も必ずしも安全な投資ではなく、資源分野より規模こそ小さいものの現に減損が生じているケースが散見される。非資源分野への投資に各社が舵を切るなかで、「非資源」への投資を増やす重圧から無理な投資を行うことがあれば、さらなる減損が生じる可能性があるだろう。
 

2. 減損が生じる要因:事業計画と割引率

減損とは対象事業(資産)の回収可能額が帳簿価額を下回る場合に生じる会計上の損失である。ここで言う対象事業(資産)の回収可能額(株式の場合は株式価値)とは、評価基準日時点における評価額である。減損は追加のキャッシュアウトは伴わないため企業の資金繰りに直結する問題ではないが、過去の投資が当初予想通りには推移していないことが表面化した事象と捉えることが出来る。

評価に当たる算定方法は複数存在するが、減損を測定するにあたってはインカム・アプローチ、主にDCF法(Discounted Cash Flow法)を用いることが一般的である。DCF法で算定される価値は事業計画上の将来の予想キャッシュ・フローを投資家の期待利回り(割引率)で割り戻した現在価値であり、この評価金額が簿価を下回ると減損の可能性が生じる。従って、インカム・アプローチを前提とした場合、その対象事業(資産)の価値を決定する主因は事業計画と割引率であるといえる。減損は当初予想した事業計画の下方修正が余儀なくされた場合、もしくは、投資対象のリスクに対する期待利回りの水準(ハードルレート)が低い場合に減損が生じると言えよう。
 

3. 投資時の期待利回り(ハードルレート)

投資時に求める期待利回りはハードルレートとも言われ、一般的には投資対象先への投資額と回収額によって計算されるIRR(Internal Rate of Return)とハードルレートを比較することを定量的な投資基準のひとつとして採用しているケースが多い。ハードルレートの設定詳細については各社の機密情報であるため詳しくは公開されていないが、投資対象事業や所属している地域ごとにハードルレートを個別に設定するケースや、ハードルレートを一律とするケースなど、方針は各社で異なっている。(IRR以外にも、EVA(Economic Value Added)の概念を基本とした指標を各社ごとに独自の指標として採用しているケースが多いが、本稿では減損をテーマとしているため、IRRとそれに対応するハードルレートに焦点を合わせている)

投資のリスクに対して求めるリターンの目線や考え方が各社で異なること自体は、それぞれの立ち位置や方針が異なることを踏まえると自然だが、減損の有無を検討する減損テストにおいて用いられる割引率は、必ずしも各社の投資時に採用した各社固有のハードルレートとは同一でない点に留意が必要である。減損テストで用いる割引率は会計基準上で求められる要件を満たす必要があり、例えば大手総合商社が採用する会計基準であるIFRS(一部総合商社については来年度からの本格導入)では割引率にCAPM理論(Capital Asset Pricing Model)を前提とした割引率(WACC(Weighted Average Cost of Capital))を用いることが実務上のスタンダードとなっており、それ以外の手法が割引率として用いられるケースは少ないと考えられる。

WACCは税後負債コストと株主資本コストを最適資本構成を前提とした資本構成にて加重平均した割引率である。このうち税後負債コストは、対象会社のスタンドアローンの借入コストに節税効果を加味したものであり、株主資本コストはリスクフリーレートにベータとマーケットリスクプレミアムを乗じたものを加算して計算される。使用するベータと資本構成は、対象事業と類似していると考えられる上場類似会社の過去の株価パフォーマンスを前提としており、複数の類似会社の中央値または平均値を使用するのが一般的であり、この値がWACCの出来上がりの水準に大きな影響を与える要因となる。従って、監査人は類似会社の選定方法について恣意性が無いか厳しいチェックを入れることとなり、その際には、類似会社の選定基準の妥当性について監査人に合理的に説明が出来ることが肝要となる。なお、減損テストは基本的に毎年実施されるため、一度選定した類似会社を翌年度以降の減損テストで十分な理由付け無く変更できない可能性がある点についても留意が必要である。また、海外企業や規模が小さい会社へ投資を行う際には、通常カントリーリスクプレミアムやサイズリスクプレミアムを株主資本コストに加算することや、マイノリティ出資の場合にはマイノリティディスカウントを考慮することを監査人から要求される可能性がある点も併せて留意が必要である。

そのため投資時に設定した期待利回りが、前述の減損テストを意識したWACCを下回る場合、減損のリスクが高まると言えよう。実際に投資時のハードルレートとしてWACCを採用している企業もあるが、会計上求められるWACCと目線がずれていないかは十分に検討することが必要であると言える。
 

4. 投資時の事業計画

投資の意思決定を行う段階では必ずしも投資対象に対する十分な情報が揃っているとは限らず、かつ、未来は不確実であることから、将来を正しく予想した事業計画を策定することには限界があるのは言うまでもない。そのため、投資時点で合理的に予見困難な外的要因により当初の事業計画が下振れることは、リスクを取って投資をする以上は常に発生し得る問題である。一方で事業計画の前提条件に対するデューデリジェンスが不十分であったり、過度に楽観的なシナジー効果を織り込んでいる場合、本来は一定程度マネージできたはずの減損リスクが高まると考えられる。

減損テストで用いる事業計画は監査人により精査され、特に前提条件の妥当性については厳格なチェックが入ることとなる。例えば、事業計画期間において利益率が著しく改善することが想定されている場合、その前提条件となっているパラメーターの根拠を問われたり、その利益水準が類似会社と比較して違和感が無いかを問われることになる。特にIFRSでは減損金額の測定において「使用価値」と「売却費用控除後の公正価値」のいずれか高い金額を対象事業(資産)の価値と看做すこととなっているが、例えば「使用価値」を算定するうえでは将来のリストラによるコスト削減効果や設備の拡張によるキャッシュフローの増加は、価値算定から除外することが求められる。従って、投資時に不確実要素の多いリストラ効果や設備拡張計画等を事業計画に過度に織り込んだ場合などは将来の減損リスクが高まると言えよう。
 

5. 減損に陥らないために投資時に検討すべき論点

総合商社に限らず、M&A等の投資を行う以上は減損は常に発生する可能性がある重要な論点である。減損はリスクに対する手当てが不十分な場合や要求利回りが市場が要求するレベルよりも低い場合に発生する可能性が高まると考えられる。そのため、新規投資時には投資対象の潜在的なリスクを洗い出し、分析したうえでそれぞれのリスクの対応策(契約書に織り込む、保険に加入する、買収価格に反映する等)を取ることが大前提となる。当然ながら、投資対象の事業計画のベースケースは実現可能性が高いものであるべきであり、希望的観測に近いシナジー効果や前提条件は織り込まないよう、管理部門による適切なガバナンスが求められよう。

また、リスクが高いと考えられる投資を行う際には外部専門家の算定報告書を入手することも一案であると考えられる。算定報告書の発行にあたっては、前提としている事業計画に対して評価人から前提条件等を問われるプロセスを経るため、一定程度外部のチェックも入ることになる。同時に、自社のハードルレートだけではなく、外部専門家によるWACCの算定をすることで、減損テストの際のWACC目線の参考情報になるだろう。この際にハードルレートがWACCを著しく下回るようであれば将来の減損リスクについて十分に検討する必要がある。 

III.おわりに

投資のリスクとリターンは表裏一体である。リスクを取り投資を続ける以上は、減損が一定程度生じてしまうことは避けられない。投資基準を引き締め、ハードルレートを高く設定すれば減損に陥るような投資を抑えることは容易だが、安易な投資基準の引締めは新規の投資機会を制限し、将来の成長の芽を摘むことになる。本来的に重要なことは、投資時のリスクの適切な洗い出しと各リスクに対する対応策を明確にすることでリスクを極力低減したうえ、それでも残存するリスクに対してはリスクに見合った適切なリターンを要求することである。以上を踏まえたうえ、減損テストを意識した割引率および事業計画も投資時の検討事項の一つとすることで、予期せぬ減損に陥るリスクをマネージしつつ、新たな成長投資を行うことが望ましいと考えられる。


本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
 


デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
商社セクター担当
ヴァイスプレジデント 清川 亮

(2016.5.20)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

執筆者


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