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Industry Eye 第41回 スポーツビジネス 「スポーツ x 地方創生」
スポーツビジネスおよび周辺領域におけるベンチャー育成を兼ねた取り組みの事例
現在、「地方創生」の合言葉のもと、全国のさまざまな自治体が地域活性化の各種施策を展開しています。そんななか、埼玉県は地方創生推進交付金を活用し、これまでに無い独自の地方創生施策として、スポーツとベンチャーを切り口とした取り組みを実施しており、注目を集めています。
I.はじめに~地方創生の現状
我が国で地方創生が叫ばれて久しい。「地方創生」の文言を公式に政府が使用し始めたのは2014年の第二次安倍改造内閣発足時であり、「ローカル・アベノミクス」として謳われたのだった。2008年から始まった人口減少が、地方から大都市圏への若年層の流出によって地方から加速度的に進むと考えられることから、その対策として東京一極集中を是正して地方の人口減少に歯止めをかけることで、結果的に大都市圏だけでなく日本全体の活力を上げるというのがその趣旨である。
これを受け、地方創生を推進すべく同年に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生総合戦略」においては、「仕事が人を呼び、人が仕事を呼び込む好循環」を作り出すとともに、そのインフラとなる“街”を活性化するという戦略のコンセプトが示され、以下の4つの基本目標が設定された。
- 地方における安定した雇用を創出する
- 地方への新しいひとの流れをつくる
- 若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえる
- 時代に合った地域をつくり、安心な暮らしを守るとともに地域と地域を連携する
加えて、「自治体は地域の実情に応じた施策を自らが考え責任を持って推進する」、「国は『情報』『財政』『人』の3つの支援を行う」という役割分担が明記され、2016年度には、本格的な財政支援の一環として地方創生推進交付金制度が始まった。
自治体の自主的・主体的・先導的なもので、かつKPIの設定とPDCAサイクルを組み込んだ優れた提案と国が認定した事業に対して事業費の補助が行われるようになり、この制度のもと、2016、2017年度には合計2,018事業、769億円分の事業が採択されている1。
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1. 首相官邸「地方創生関係交付金」(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/senmon_bunka/shiearingu/dai9/sankousiryou9-1.pdf)
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II.スポーツx地方創生 -埼玉県の事例
1.自治体が起業促進を行う理由
さて、地方創生の掛け声のもと、多くの自治体が地域活性化のための各種施策を推進しており、雇用の創出はその中でも特に大きなウェイトを占めている。「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の文脈では、地方に魅力的な仕事が足りていないことが、人を集められていない理由だと読むことができるため、魅力的な仕事を生み出すことで人を呼び、人口減少に歯止めを掛けることを各自治体は試みているのだ。実際、戦後の三大都市圏への転入超過割合と大都市圏と地方との雇用格差比率の動きはほぼ連動しており、魅力的な職を求めて人々が大都市圏へ移り住んできたことは明白である。自治体もこれをよく理解しており、2016年に総務省が実施した地方自治体が考える人口流出の要因の調査では、自治体のおよそ80%が「良質な雇用機会の不足」を理由として挙げている(図表1)。いかに自治体が魅力的な仕事不足に危機感を抱いているかが窺える結果である。
魅力的な仕事を増やすためには、大きく二つの戦略が考えられる。一つは既存企業の主力事業活性化、もう一つは新規ビジネスの創出、すなわちベンチャー企業の創出である。自治体は前者には従前より注力している傾向にあり、その基本路線は維持していくと思われるが、テクノロジーの加速度的な進化等に伴う産業構造の急激な変化に呼応して、現在注目を集めているのは後者となっている。
では、各自治体の起業支援の試みにより、全国津々浦々で新たなベンチャー企業が次々と生まれ、地方に人を呼ぶ好循環が生まれるのかと言うと、必ずしも楽観視はできないだろう。そもそも鮮度の高い情報、優秀な人材、そして市場へのアクセスの確保が死活問題のベンチャー企業にとっては、それらが最も揃いやすい大都市圏に拠点を構えることこそが自然なのであって、敢えて地方を選択するインセンティブは限定的だと考えられるからだ。また、起業支援を行う自治体の数が増えても、起業家数が増えない限りは自治体同士が限られたパイを奪い合うこととなる。中小企業庁の調査では起業希望者および兼業・副業としての起業希望者数は1997年には約280万人だったのが、2012年には約150万人に減少しており、起業家を自治体同士で奪い合っている状況に陥っていることが垣間見える2。このような「起業家争奪戦」とも言える状況下で自治体が起業家を呼び込み、魅力ある仕事の創出につなげていくためには、他の自治体との差別化を図ったうえで、起業家に対して他の自治体には無い明確な魅力を提示していく必要がある。
2.スポーツを切り口に差別化を図る埼玉県の事例
埼玉県は、730万人の人口(愛知県に次いで全国第5位)を誇る、言わずと知れた「大自治体」である。東京都に隣接した交通利便性の高い立地を武器に現在も社会増を続ける人口は、他の自治体にとっては垂涎の的と言える。しかし、その立地の良さは諸刃の剣であり、大卒就職者の地元残留率は全国第42位、関東甲信越地域内では最下位となっており、若者が就職のタイミングで都内に大量に流出している状況が続いている。魅力的な仕事が無いがゆえに若者が流出するという他の自治体と同じ悩みを、埼玉県もまた抱えているのである。
また、起業促進を行って魅力的な仕事を増やすという点については、実は県内には起業に意欲のある20代の若者がおよそ10,000人程度いると推計されているものの、その多くは就職若しくは起業の段階で都内へ流出していると見られている。想定される原因としては、若き起業家をサポートする仕組みや人的資源が少ないこと、都心に比べて魅力的なビジネスフィールドが乏しいと思われていること、などが挙げられる3。人口も起業希望者も揃っているが、それを活かすことができていないのが課題だと推察されるのである。
では、埼玉県はこの状況にどのように立ち向かおうとしているのか。その一つの答えが、2018年度に地方創生推進交付金事業認定を受けた「イノベーションリーダーズ育成プログラム」だ。
この事業は、埼玉県内に拠点を置く全国的な人気を誇る複数の人気プロスポーツクラブ・球団という埼玉県固有のアセット(財産)、また2020年東京オリンピック・パラリンピックおよび2019年ラグビーワールドカップの県内一部開催を控えているという事実に着目し、単なる起業支援ではなく、埼玉県が持つスポーツというアセットを最大限利活用することで、県内でのスポーツビジネスはもちろん、その周辺分野での起業促進や事業活性化を狙った、他自治体との差別化を意識した地方創生施策である。私たちデロイト トーマツのスポーツビジネスグループは、本事業を受託し、スポーツビジネスに関する知見と、ベンチャー支援のケイパビリティを活かし、事業の着実な推進と、プロスポーツクラブ・球団、ベンチャー、そして地域の活性化に貢献すべく、挑戦を続けている。
3.イノベーションリーダーズ育成プログラム「埼玉 Sports Start-up」
では、埼玉県はスポーツとベンチャーを活用して、実際にどのように地域活性化へと結びつけようとしているのだろうか。
通称「埼玉 Sports Start-up」(以下、SSS)と銘打たれて実施されている当該事業では、埼玉を代表するプロスポーツクラブ・球団である浦和レッドダイヤモンズ・大宮アルディージャ・埼玉西武ライオンズが協力している。3者の経営課題を本プログラムの「テーマ」として提示してもらい、そのテーマに対してベンチャー企業や起業希望者に自らのアイデアや技術を用いた課題解決方法を提案してもらう、という仕組みである。
スポーツというコンテンツは、誰もが親しみやすく、スポーツというコンテンツを介することで、さまざまな「コト」が繋がる性質(ハブ機能)がある反面、普段はなかなかクラブ・球団の経営課題が公にされることは無い。
しかしSSSでは、そのクラブ・球団の経営課題が一部明らかにされる。加えて、解決のためのアイデアを提案するチャンスが与えられ、提案次第では実際にクラブ・球団との協業に結び付く可能性があるという点が特徴的である。
一般論として、ベンチャー企業は、革新的なアイデアや技術を持っていたとしても、低い知名度ゆえに、それらを知ってもらって実践する機会を得ることが難しい点が、事業を拡大するうえでの大きな妨げになっている。一方、プロスポーツクラブ・球団の中には、知名度は抜群に高いものの、必ずしも経営基盤が整っておらず、事業上の課題があったとしてもそれを解決するためのアイデアや技術、そしてそれを取り扱うことのできる人材が乏しいという悩みを抱えているところは少なくない。すなわち、両者は互いに補完し合う潜在性を秘めていると言えるのである。(図表2)
さらにSSSでは、スポーツコンテンツの「ハブ機能」を活かしたプラットフォームを用意することで上記の相互補完的なマッチングを実現させるだけでなく、クラブ・球団とベンチャー双方に課題となる資金の不足についても、大企業などのスポンサー候補者とのピッチイベントの場を提供することで解決を図っている。単なるアイデア出しや提案で終わらせず、実際に創業・自走化までつなげるサポートをする点が本事業のもう一つの特徴なのだ。
またSSSには、「スポーツとベンチャー」、そして「スポーツと地方創生」という、実は相性の良い組み合わせをより多くの人々に知ってもらう目的もある。そのため、参加資格に制限を設けず誰でも参加可能としたキックオフイベントを本年(2018年)8月21日に実施した。
イベントではJリーグ村井満チェアマンに基調講演をいただいたほか、チェアマンに加えてJリーグ栃木SCマーケティング戦略部長の江藤美帆氏、楽天大学学長の仲山進也氏、早稲田大学スポーツ科学学術院の間野義之教授によるパネルディスカッションを実施、さらに、浦和レッドダイヤモンズ・大宮アルディージャ・埼玉西武ライオンズに各クラブ・球団の経営課題と提案募集テーマを発表いただいた。開催日が平日であったにも関わらず、想定を大きく上回る人数が参加したほか、各種メディアでも取り上げられ、スポーツとベンチャー、スポーツと地方創生との親和性について広く理解が進む一助となったものと認識している。(写真参照)
写真:キックオフイベント当日の風景
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2 中小企業庁「2017年版 中小企業白書」(http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H29/h29/html/b2_1_1_1.html)
3 埼玉県「地域再生計画」(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/tiikisaisei/dai47nintei/plan/a185.pdf)
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III.おわりに
SSSでは、9月下旬に書類選考を経て本プログラム参加者40名(社)強が決定し、ワークショップをはじめ各種支援を実施中である。始まったばかりではあるものの、本事業が、我が国の地方創生について、そしてスポーツの社会との関わり方について新たな道を示すことに繋がれば幸いであると考えている。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
スポーツビジネスグループ
シニアアナリスト 太田和彦
2018.10.15
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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