Industry Eye 第55回 コンシューマーインダストリー ブックマークが追加されました
ナレッジ
Industry Eye 第55回 コンシューマーインダストリー
紙媒体は消えるのか~デジタル時代におけるカタログ通販業界
昨秋立て続けに発表されたカタログ通販大手をめぐるM&A案件から、デジタルマーケティングとオールドメディアによるマーケティングの両立の難しさと、それでもデジタル時代にカタログ通販に投資する意義について考えます。
I.動いてはならない消費者たち
「今から20年後、紙は過去の遺物となっているだろう」― 米マイクロソフト社の当時の技術開発担当副社長がそう語ったのは1999年のことである1 。既に20年を経過した今、ご存知のコロナ禍において、極力動いてはならないといわれている我々消費者がオンラインショッピングやオンラインのフードデリバリーにますます頼って生きている一方、この「過去の遺物」になると思われていた紙メディアを用いた通信販売を運営するカタログ通販業界において再びM&Aが活発化しつつある。
II.もともと(あまり)動かない消費者たち
2020年9月、カタログ通販大手の千趣会は東日本旅客鉄道(JR東日本)との資本提携を締結した。千趣会は第三者割当増資による普通株式571万4,200株を処分し、JR東が約20億円で引き受ける。これによりJR東日本は同社の発行済株式総数の10.98%、議決権比率で12.46%を保有する筆頭株主となった2 。
暮らす場所から働く場所へ、暮らす場所から遊ぶ場所へ、我々日本人は「暮らす」「働く」「遊ぶ」それぞれの場所を明確に区別する傾向が他国に比べて強いといわれている。そしてそのような人々の移動を担ってきたのがJR東をはじめとする鉄道会社である。JR東日本も従来は基本的には働く女性をターゲットに駅ナカ・駅チカのショッピングモールやECモール「JREモール」を展開してきた。一方、千趣会をはじめとするカタログ通販のコアユーザーはF3層、つまり50歳以上の女性である。JR東日本は今回の投資により、動くことができないこのコロナ禍の中で、ある意味ではもともとそこまで動かずともショッピングを楽しむことができている顧客たちを手に入れたのである。
2020年11月に買収を発表したニフティも同様、今回の買収により同社のコアユーザーである40代以上の男性層とは真逆の顧客基盤を手に入れた。今後はニフティのネット接続サービスとセシールのカタログ通販とで「相互に顧客を紹介していく」としている3 。
また、カタログ通販大手のベルーナはインポートブランドの並行輸入とネット通信販売を展開するアイシーネットを19年9月に子会社化している。ベルーナは同社のノウハウの取り込みや自社のカタログ通販で同社の輸入品を展開するなどのシナジーを通じての相互の成長を期待している4 。
III.カタログ通販の栄枯盛衰
ここで少しカタログ通販の歴史を振り返りたい。女性用の衣類・アクセサリーをはじめとして男性用、子供用の衣類、雑貨や家具、コスメ、はたまた食品やサプリメントまで、多種多様な商品を扱う「総合カタログ通販」が誕生したのは1970年代前後、当時は現在とは異なり20代30代の女性をメインターゲットとしていた。地方各地に大型ショッピングモールがありECでも買いたい物を買うことができる現代とは異なり、昔は地方ではオシャレの手段が今よりもずっと限定的であった。カタログ通販は金髪の白人女性を広告に起用しそんな時代の若い女性のオシャレ欲求を刺激し、瞬く間に急成長を果たしたのである。カタログ通販を含む全ての通信販売の市場規模は1970年に514億円であったものが1979年には4,300億円、さらに1987年には1兆円を突破している。総合カタログ通販各社も同様に成長を果たし、セシールは1996年に同社の最高売上額2,080億円を達成している5 。
その後時代は、ECの時代へと突入していく。セシールが売上最高額を記録した96年の翌年97年には楽天市場がサービスを開始し、2000年にはAmazonが日本語サイトのサービスを開始する6 。また時をほぼ同じくしてユニクロが徐々に存在感を露わにしていく7 。製造から販売まで一貫して行うSPAモデルとモールとして店子に販売の場を提供し自社では在庫を抱えないECプラットフォーマービジネスモデルの優位性に押され、総合カタログ通販各社もまた、かつての規模を縮小させながらも近年ではカタログに加えオンラインでの販売を強化している。現在千趣会のEC販売比率は75%前後、セシールは45%前後、ニッセンは40%強となっている8 。
IV.販売チャネルか?はたまた広告か?
こうして時代の波に抗わずオンラインへの移行を模索しているカタログ通販各社であるが、そのEC化には独自の問題がつきまとう。カタログの「広告媒体化」である。各社がオンラインサイトを立ち上げたことでユーザーの一部でこれまでのはがき・ファックス・コールセンター経由の注文からネット注文へ切り替えが進み、カタログで選びネットで注文するという購買行動が誕生してしまい、カタログはこれまでの販売チャネルとしての機能を失い、内容の充実した広告媒体になってしまった。オンラインを強化したい企業側にとってその購買行動は決して否定できるものではない。しかしデジタルマーケティングにも力を入れなければならない中で、カタログ通販企業はデジタルマーケティングコストに加えて「販売チャネルかもしれないし単なる広告としか使われないかもしれないカタログ」の制作・配布コストという二重のコスト負担を受け入れなければならない状況にある。
V.紙媒体は消えるのか
紙媒体のカタログをいっそ思い切って撤廃したらよいかとも考えられるが、それはまだ難しいと言わざるを得ない。「(紙媒体の)カタログ通販は高齢者の生活の楽しみを支えている」とは業界の専門家の言である。新しいカタログが届くのを待つ楽しみ、届いてから開封するまで置いておく楽しみ、いよいよ開封するワクワクする気持ち、カタログをめくり商品を選ぶ楽しみ、注文してから商品が届くのを待つ楽しみ、商品を使う楽しみ・・・商品の選択以降の楽しみはオンラインでも享受可能であろう。しかし新しいカタログを待ちわびる時間、届いたカタログを家事が一段落するまで置いておく時間、分厚いカタログのページを1枚1枚めくっていく長い楽しみ、これらは紙媒体ならではの楽しみ方であり、既に高齢のコアユーザーたちの生活の一風景になっているのである。
現にカタログ通販の最大手ベルーナのEC販売比率は大手の中では最低レベルの29%である9 。EC化の中で他社が業績を落とす中でも同社は堅調に売上を伸ばしている。そして、かつて左利きの人には右綴じの雑誌はめくりにくいのではないかと考えユーザーの利き腕を調査したことがあるというのだからカタログ媒体には並々ならぬこだわりがある。
紙媒体の持つ力は消えていない。ベルーナはコロナ禍の巣ごもり需要をとらえ今期売上高予算を1,750億円から1,970億円に大幅な上方修正をしている10 。
VI.全ては高齢者の楽しみのために
内閣府の発行する「高齢社会白書」によると、2018年の日本の全人口に占める65歳以上の割合は28.1%、これが2065年には38.4%まで上昇すると見られている11 。国連の定義では21%以上を「超高齢化社会」と定義するので日本人口の高齢化の深刻さがよくわかる。しかし、人口動態の高齢化よりもさらに重大な高齢化を日本は抱えている。金融資産の高齢化である。2015年時点で日本人が保有していた金融資産は約1.9兆円、そのうち55歳以上が保有している割合は72%、65歳以上で52%にのぼる12 。購買力だけを見れば実は日本のメインマーケットは高齢者市場であり、アクティブ世代の市場は実はニッチマーケットである。1970年代の誕生から50年、カタログ通販は当時20代30代だったユーザーとともに年をとってきた。コロナ禍のもたらした一過性の盛り上がりではなく、カタログ通販は今やトレンドセッターに化けるかもしれない高齢者の趣味嗜好を熟知した企業たちといえるのではないか。高齢者の顧客基盤目的の投資は今後ますます増えていくのではないか。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
*1 WIRED、”マイクロソフト社幹部の予言「紙の本は消える」”, 1999年9月1日、
https://wired.jp/1999/09/01/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%BD%E3%83%95%E3%83%88%E7%A4%BE%E5%B9%B9%E9%83%A8%E3%81%AE%E4%BA%88%E8%A8%80%E3%80%8C%E7%B4%99%E3%81%AE%E6%9C%AC%E3%81%AF%E6%B6%88%E3%81%88%E3%82%8B%E3%80%8D/
*2 千趣会プレスリリース(2020年9月16日)
https://www.senshukai.co.jp/main/top/pdf/pdf2/200916_oshirase.pdf
*3 「ディノス・セシール「セシール」を売却へ、来年3月にも、ノジマ傘下のニフティに」通販新聞2020年12月3日、
https://www.tsuhanshimbun.com/products/article_detail.php?product_id=5564
*4 ベルーナプレスリリース、2019年9月6日、
https://www.belluna.co.jp/news/newsrelease/2019/20190906.html
*5 「通販の歴史」(「興盛期1970年代」「特化型通販期1980年代」「カタログ通販全盛期1990年代前半」)、
https://netshop.impress.co.jp/node/4350
*6 楽天ホームページ「楽天の創業秘話」、2017年6月12日、
https://corp.rakuten.co.jp/innovation/rakuten_today/2017/0612-1161/
Amazon News room、「アマゾンジャパンの沿革」、
https://amazon-press.jp/Top-Navi/About-Amazon/Milestones.html
*7 ファーストリテイリングホームページ、「ファーストリテイリングについて」、2021年1月15日更新、
https://www.fastretailing.com/jp/about/business/aboutfr.html
*8 ㈱富士経済「通販・e-コマースビジネスの実態と今後 2020」
*9 ㈱富士経済「通販・e-コマースビジネスの実態と今後 2020」
*10 ベルーナ21年3月期第2四半期決算説明会資料、
https://www.belluna.co.jp/irinfo/pdf/J/BusinessResults2009J.pdf
*11 内閣府『令和元年版高齢社会白書』
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2019/zenbun/pdf/1s1s_01.pdf
*12 LoveTechMedia「金融資産72%は55歳以上が保有、高齢化社会で期待されるFinTech~FIN/SUM2019Report8」、2019年9月20日、
https://lovetech-media.com/eventreport/20190920finsum08/#55
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コンシューマー
ヴァイスプレジデント 大廻 慶子
(2021.02.16)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
関連サービス
■ M&Aアドバイザリー
■ テクノロジー・メディア・通信
シリーズ記事一覧
■ Industry Eye 記事一覧
各インダストリーを取り巻く環境と最近のM&A動向について、法規制や会計基準・インダストリーサーベイ等を織り交ぜながら解説します。