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Industry Eye 第65回 ライフサイエンス・ヘルスケアセクター

オンライン診療の規制動向と普及に向けた要点整理

新型コロナウイルス感染拡大に伴いオンライン診療の気運が高まってきていますが、未だに普及は限定的となっています。本稿では、規制動向および先進事例を紹介しながら、オンライン診療の普及に向けた課題や方向性について考察します。

I.はじめに

近年、新型コロナウイルス感染拡大に伴いオンライン診療の機運が高まってきている。オンライン診療における規制緩和が継続的に実施されてきており、2022度診療報酬改定においてもオンライン診療に係る改定が行われた。

本稿では、これまでのオンライン診療の規制動向、2022年度診療報酬改定の変更点、およびオンライン診療の先進事例を紹介しながらオンライン診療の普及の要点について考察する。

 

II. オンライン診療の規制動向と導入状況

厚生労働省が「オンライン診療の適切な実施に関する指針」として初めてオンライン診療のガイドラインを制定したのが2018年3月であり、2018年4月の診療報酬改定にてオンライン診療にかかる診療報酬を新設した。

当時の診療報酬は、初診は原則対面診療で、算定要件についても距離要件や3・6・12ルールと呼ばれるような対面診療の期間・頻度の要件などが厳しく、また診療報酬が低かったこともありオンライン診療を導入する医療機関は一部に限られていた。

この状況を一変させたのが、ご承知の通り新型コロナウイルスの感染拡大である。院内感染のリスクが非常に高いことからオンライン診療の必要性が高まり、2020年4月の診療報酬改定において時限措置として初診のオンライン診療が解禁された。

しかし、診療報酬改定直後に医療機関数が急速に伸びたものの、その後は伸び悩み電話診療・オンライン診療の導入率は2021年6月時点では15%程度にとどまっている1 。医療制度や環境が日本とは異なるが、例えばアメリカでは80%程度の病院がオンライン診療を導入していることと比較するとまだ拡大の余地は大きくあるといえる2

【図表1】電話・オンライン診療に対応する医療機関割合の推移
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導入が進まない要因としては、オンライン診療の算定要件が厳しいこと、予約制となりオペレーションが変わること、電子カルテとの連携が求められることなどが挙げられるが、最も大きい要因は診療報酬の低さと考えられる。慶應義塾大学の研究によると調査した17カ国のうち、対面診療よりもオンライン診療の報酬が低いのは日本と中国の一部の地域のみという結果となっている3

 

III.2022年度診療報酬改定

そのような状況下で、中央社会保険医療協議会(中医協)は2022年2月9日に2022年度診療報酬改定に関する答申をとりまとめた。オンライン診療については、①診療報酬の引き上げ、②初診のオンライン診療の位置づけ変更、③対面診療・距離要件の撤廃がなされることにより、一定オンライン診療の導入促進につながる改定となったといえる。ただし、診療報酬が引き上げられたとはいえ、対面診療288点に対し251点と未だに差がある状況であるため、今回の改定でオンライン診療実施施設数にどの程度影響があるか今後の推移を注視したい。

【図表2】オンライン診療に関する診療報酬の変遷
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IV.オンライン診療が利用されている疾患領域

オンライン診療において実現すべきことは「診療の質を担保」しながら「医師・患者の負荷を低減」し「医療アクセスの向上」を図ることと考える。「診療の質の担保」を踏まえるとオンライン環境における診療の難しさからオンライン診療と親和性のある疾患とそうでない疾患があり、以下の3つの要件に当てはまる疾患において親和性が高いといえる。

  1. 検査がリモート環境でできるもしくは不要である疾患
  2. 診察(問診、視診、触診など)のうち触診の重要性が低い疾患
  3. 症状が急変することが少ない慢性期疾患

具体的には、高血圧、慢性胃炎、脂質異常症、精神疾患、アトピー性皮膚炎、男性型脱毛症(AGA)、勃起障害(ED)、避妊などが例として挙げられる(なお、オンライン診療が困難な症状としては、日本医学会連合が作成している「オンライン診療の初診に関する提⾔」でまとめている)。

他方で、現状は上気道炎や発熱など、いわゆる風邪症状に関してオンライン診療の利用が多い傾向にある。新型コロナウイルスの症状を疑った患者や医療機関が院内感染リスクを避けるためにオンライン診療を利用していることが想定され、オンライン診療が活用されるべき疾患ではまだあまり活用されていない状況といえるだろう。

【図表3】オンライン診療における主な疾患・症候(2021年1~3月)
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V.優れたユーザーエクスペリエンスの実現

オンライン診療が普及するためにはこれまで触れている通り、「オンライン診療を実施する医療機関の増加」は不可欠である。他方で、サービスの「量」の増加だけではオンライン診療が幅広い疾患で日常的に活用されるようになるには不十分であり、サービスの「質」の向上が必要となる。すなわち、検査プロセスなど含む個々の疾患のペイシェントジャーニーに最適化された「優れたユーザーエクスペリエンスの実現」が求められる。

すでにAGAや低用量ピルなどの領域ではデジタルエクスペリエンスが患者に選ばれる際のキー・バイイング・ファクターの一つとなりつつある。したがって、今後は優れたサービスを提供する医療機関に患者が集まるなど患者獲得競争が激しくなる可能性があるため、医療機関は率先して診療のデジタル化を模索し、来る競争に備えておくことが重要である。

例えば、テレメディーズBPは、オンラインで完結できる高血圧症患者向けの診療を行っている。Bluetoothを搭載した血圧計を無料で貸し出し、定期的に測定した血圧データがアプリに自動連係され医師はそのデータを確認することができる。国内で高血圧患者が4,300万人と推定されているなか血圧コントロールを行っている患者が1,200万人にとどまり4 、治療を行っていない・継続できていない患者が多くいる現状を踏まえると、患者が治療を受けやすく、また継続しやすいサービスを提供することは意義が大きいといえる。

Clinic forは内科、アレルギー科、皮膚科などを標榜しているクリニックであり、AGA、ED、低用量ピル、美容などのオンライン診療を提供している。予約から処方薬の配送までオンラインで完結でき最短で翌日には医薬品が届くようなプロセスを構築している。仕事や育児などで忙しい患者にとっては利便性が高いといえよう。電子カルテを診療科間で共有しており、内科が併設していることから副作用の症状がでた場合に同じクリニックで診療を受けることもできる。

両者とも現状では自由診療でのサービス提供となっている。自由診療では患者アクセスが不十分となりうることから、「診療の質の担保」には十分に配慮しながらも、保険診療の枠組みでエクスペリエンスを高める柔軟な診療サービスが拡充するよう、今後も継続的な議論が求められる。

VI.おわりに

オンライン診療の機運が高まっているものの未だにオンライン診療の普及は限定的な状況である。さらなる診療報酬の改定を含む規制の緩和や、優れたサービスを提供するプレイヤーの裾野の広がりにより、医療のデジタル化が進展することを期待したい。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

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1 厚生労働省「第17回オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会」

2 American Hospital「Fact Sheet: Telehealth」

3 慶應義塾大学「Changes in telepsychiatry regulations during the COVID-19 pandemic: 17 countries and regions' approaches to an evolving healthcare landscape」

4 日本高血圧学会「高血圧治療ガイドライン2019」

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ライフサイエンス・ヘルスケアセクター
シニアアナリスト 赤羽 有爲

(2022.5.13)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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