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Industry Eye 第88回 小売・流通セクター

アクティビスト・ファンドが日本の流通・小売業に見るもの

近年アクティビスト・ファンドの活動は他株主からの支持を得る事例が増えており、短期的株主利益の追求として静観する選択肢は取り得ないものになりつつあります。本稿では近時日本の流通・小売業界において活発な彼らの動向から、その背景と狙い、そして流通・小売企業として取るべき戦略について解説します。

I. はじめに アクティビスト・ファンドはなぜ社会的に受容されつつあるのか

通称「モノ言う株主」とも呼ばれるアクティビスト・ファンドとは、一般的に上場投資先企業の企業価値を高めるために積極的な提言・対話活動や株主提案を行う投資ファンドである。2000年代、日本でその存在が認知されるようになった時期の彼らの主な手法は、潤沢な現預金を保有する一方PBR*1が1倍を切るような株価の低迷している企業を相手に、配当や自社株買いなどの株主還元策を要求することだった。その提言は株主利益の追求という命題に対して正論であるものの企業の成長や発展に直結するものではないため、日本社会から支持を得られることは少なく徐々に報道などで注目されることも少なくなっていった。しかし、2024年現在は異なる様相を呈している。割安な株価の企業を対象とする点は共通としつつも、①筆頭株主の存在感が強い企業のコーポレートガバナンス改革、②収益性の低い事業ポートフォリオの見直し、③市場成長が鈍化した企業に対する新成長戦略、などの経営課題を積極的に提言することで他株主の支持を得た結果、報道媒体で取り上げられる機会も再び多くなっている。そして、これらの課題をぶつける相手先として近時は流通・小売業界が選ばれる事例が多くなっている。潤沢な現預金を有しているという理由で食品業界などが選ばれることが多かった過去から今なぜ流通・小売業が選ばれているのか。個々の要素に着目して解説していきたい。

*1 Price Book-value Ratio:株価純資産倍率。株価を1株当たり純資産で除することにより求められる。簡易的に時価総額が企業の清算価値をどの程度上回っているかを示す指標。

II. 創業家による経営は“正される”べきという考え

第一に、日本の流通・小売業界に対して彼らが頻繁に提言するのは、上場後も創業家株主兼経営者が牽引している企業のコーポレートガバナンス改革である。近年証券取引所による上場子会社などを想定したガバナンス向上施策やガイドラインが新たに打ち出されている通り、支配的株主が存在する上場企業において少数株主の利益が保護されない懸念が浮上すること自体は構造上の問題として認識されることである。

たしかに日本の流通・小売業の上場企業において上場後も引き続き創業家株主がかなりの議決権を有している事例は多い。例えば地方でのドミナント経営に強みを持つ小売業では各地域の地権者との強い関係が出店戦略上も有利に働く。ビジネスのみの関係よりは人的関係を有している方が経営は効率的となり創業家の強い企業が結果として残っているという側面もあるだろう。

また、オーナー経営者は迅速な意思決定が可能であり大胆な戦略を選べるという言説もある。であれば一般投資家など不要なので非上場化せよ、というのがアクティビスト・ファンド側の隠れた主張であり、非上場化時のキャピタルゲインを狙う意図としてあるだろう。その主張は合理的な点もあるが、創業家株主の存在感が強いことで少数株主が真に不利益を被っているのかといえば上記の構造上の背景や優位性を踏まえると一様に正しいとは言えない。

創業家株主による不利益を語るアクティビスト・ファンドの主張には刺激的な内容で情動に訴えるようなものが含まれている場合もある。一般投資家の立場からは彼らの批判が企業の発展を期待する株主の利益に資するものなのかどうか、今一度よく検証していくべきだろう。

III. 儲けの少ない事業を抱え続ける意義

第二に、収益性の低い事業ポートフォリオの見直しもよく唱えられる主張である。近年日本でも事業ポートフォリオマネジメントの考えが浸透し、自社の存在意義を定義したうえで事業内容については経済状況の変化に応じて絶えず見直す方向に舵が切られつつある。その一環として大手企業による事業や部門の売却などが積極的に行われM&A市場の活性化にも繋がっている。

日本の流通・小売業の上場企業には数十年の業歴を有する老舗企業も数多い。消費需要の変遷という観点でその歴史を俯瞰した場合、チェーンストアオペレーションの浸透から各種専門業態の発展、そしてEコマースの勃興に至るまで絶えずビジネスモデルの刷新を迫られてきた過去がある。その荒波を思い切った主力事業の転換で乗り越えた企業もあれば、多角化によって総体として成長を継続することで克服した企業もある。ただし、後者の例では成長事業の陰に隠れた祖業が気づけば苦戦を強いられている状況も珍しくない。

祖業に対する愛着は何も創業家株主の影響が色濃く残る企業に限らない。企業に属する人間からすれば自分を育ててくれた先人から承継した事業を守り続けたいという発想は自然なものである。ただし、事業を守ろうとしつつも他の事業が優先され続け状況が悪化しているとなれば、やはり立ち止まって見つめ直すことは必要だろう。

収益性や成長性の低さを指摘して事業売却を主張するアクティビスト・ファンドは企業の社会的意義という本質的な議論を行っているわけではないかもしれない。しかし、経営指標にまで顕在化している事業ポートフォリオマネジメントの問題である可能性を踏まえて、その主張を検証することは必須といってもよいのではないだろうか。

IV. 曲がり角を迎えつつある事業戦略

第三に、最新の潮流として市場成長の鈍化した企業に対する新成長戦略を促すものがある。市場成長が鈍化した場合でも頭を打つまでは現状の戦略を維持することは合理的である。しかし、新たな事業に果敢に投資する、あるいは、合従連衡などにより規模の経済を追求するなど、非連続な発想が最も求められる局面であるのも事実である。

実は前項でも言及した日本の流通・小売業における各種専門業態は1990年代から成長産業として大きくその存在感を示すようになった一方、2010年代後半からは出店余地が乏しくなり成長の鈍化、あるいは頭打ちという局面を迎えている業種が多い。コンビニエンスストア、家電量販店、ドラッグストア、ホームセンター、家具店、生活雑貨店・・・。激しい競争環境から過去から連綿と合従連衡が繰り広げられてきた業界もあれば、限られた企業による寡占状態が長く続いている業界など状況は様々であるが、平成の30年間の成長の後、地方経済の縮小も明らかな令和において順調な出店戦略は終わり、どのように次の成長を成し遂げるか各社とも頭を悩ませている。思い切って海外に出るのか、さらなる合従連衡の最終局面に突入するか、取り得る選択肢はいくつかあるがアクティビスト・ファンドにとっての短期的な利益の実現はキャピタルゲインの期待される他社との経営統合だろう。

企業によっては思い切った成長戦略を見出せないまま、過去には出店投資に回していた内部留保が徐々に現預金という形で積み上ってしまっている事例や、過当競争による収益性の悪化に晒されている事例も散見される。株主からの指摘を待たずとも次なる一手を打たないわけにはいかない、というのがこの場合の整理ではないだろうか。

V. おわりに

今回、近時アクティビスト・ファンドの主張する日本の流通・小売業界の経営課題について産業構造という観点から紐解いてみたが、そこには日本経済の本質に迫る無視できない要素が含まれている。これは過去の言動とは明らかに一線を画するものであり、一部株主の支持を得る原動力となっている点は改めて強調しておきたい。実際、潤沢な現預金により株主還元を受けるという目標に比べれば、成立するか不透明な合従連衡やM&Aの可能性に賭けて投資することのリスクは高い。アクティビスト・ファンドも過去より高いリスクを取る時代となっている。日本の流通・小売業がどのようなリスクを取るか。今新たな時代を迎えていると言えよう。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
消費財/小売・流通リード
吉田 修平

(2024.6.14)

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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