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世界のM&A事情 ~ブラジル~

回復しつつあるブラジルに今こそ長期見通しを持った取り組みを

成長が期待できる新興国としての熱狂が落ち着き、景気の低迷期にあったブラジルですが、現在は回復基調にあり、長期的に見て魅力がある国です。M&A市場は活発なものの、取引価格は過熱していません。長期的な目線で、一貫したM&A戦略を持って取り組めば、果実が得られる市場と考えられ、今こそ投資を検討すべき時期と考えられます。

1.ブラジル経済の現状~熱狂から落ち着きを取り戻したブラジル

今後成長が期待できる新興国の1つとして、「BRICs」の一角をなすブラジル。リーマンショックからの回復は早かったものの、2014年ワールドカップ、2016年リオオリンピックなど世界的イベントが行われた時期には経済が低迷し、2015年、2016年には実質GDP成長率がマイナスを記録した。スタジアムや会場の建設遅れや、また深刻な治安問題のニュースも取り上げられ、現状日本においては、どちらかといえば、ブラジル投資への慎重な見方が多い状況になっている。

2.日本からのM&A件数~熱狂の最中に順張りしてきた日系企業

実際、2011年から2016年までの日本からのM&A件数は年間15件程度であり、2017年からは、ブーム以前に戻ったかのように減少している。しかし、どちらかというと、この順張りの投資が裏目に出ているケースが多いのではないかと思われる。買収後に為替相場が半減するなど、円換算では為替の影響も大きいからだ。

図表1 ブラジルM&A件数と取引倍率
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また、GDP成長率の低下傾向に少し遅れた反応を見せたためか、日本の製造業から見た投資先としてのブラジルへの魅力度ランキングは下落している。ただし、その視点だけでブラジルを見ると、本質を見誤る可能性がある。

図表2 中期的有望事業展開先国・地域(日本の製造業回答)
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図表3 実質GDP成長率
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3.ブラジルのM&A市場の動向

日本企業のM&A件数が減る一方で、ブラジル国内全体では、実はM&A件数は毎年増えている。理由としては、景気は最悪期からの回復局面にあるものの、銀行の与信は引き続きタイトであり、資金繰りや事業拡大にプライベートエクイティが資金供与をしていることが背景にある。また、スタートアップへの投資も頻繁に行われているということが要因であろう。取引倍率(EV/EBITDA倍率)が景気後退を反映して、2012年の13.2倍から2018年には7.6倍と大幅な下がり基調で推移してきたことに注目すべきであろう。

大型インフラ投資は中国企業やインフラファンドを中心に継続して行われている。インフラ分野だけでなく、その他業種でも大型取引が多いことは国内市場の大きいブラジルの特徴と言える。

図表4 ブラジルM&A件数と取引倍率
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なお、三井物産がVale(ブラジルの大手総合資源開発企業)に出資したのは2003年。この時期も、決して先が見通せた状況ではない。隣国アルゼンチンのデフォルト(債務不履行)の影響や労働党のルラ政権への不安などでレアル安が急速に進行し、不透明な時期であった。しかし、その後は蓋を開けてみれば、むしろ繁栄の時代を謳歌したわけである。不透明な時期での逆張りが功を奏した例と言える。

日系企業のM&A件数は減っているが、2018年には日本電産がブラジル事業への投資を決定し、2019年にはソフトバンクはそれまでのスタートアップ投資に引き続き中南米ファンドの設立を発表するなどの動きもみられる。

4.ブラジル経済改革への期待の高まり

2018年11月の大統領選挙にて、ボルソナロ政権が誕生し、目下のところは、年金改革の行方に注目が集まる。同時に、民営化も活発に議論されており、特にインフラ関係の民営化では政府支出削減という観点からだけでなく、投資チャンスとしても注目される。

また、長期的に注目すべきなのは、税制改革であろう。典型的なブラジルコストの中で、悩ましいのが世界一複雑で、工数がかかるといわれる税務コンプライアンス対応である。税率というよりも、複雑な税制への企業の対応時間が問題である。この問題への対応については以前より議論が進んでおり、税制の簡素化が実現した場合、海外投資家から見ても、大きなポジティブ効果があると思われる。

5.ブラジルM&Aでの成功要素とは?

日本の製造業から見た場合、輸出も考慮することから、ブラジルの魅力度が下がっている部分もあると思われる。ブラジルは国内市場が大きく内需型経済ということもあり、ブラジルで成功するには、ブラジル国内市場でいかに勝つかということが外すことのできないテーマである。また、国土が大きく、各地域の市場が分断されるところがあり、そのうえ脆弱なインフラを中心に課題も多い。

そこで、ブラジルでのM&Aの基本発想として、“Domestic Market”、“Consolidation”、“Country Development”という3つの要素を挙げたい。

国、市場における課題に対応する形で、M&Aにより、市場や業界で垂直・水平統合していくことが、ブラジルで成功するM&Aと考えられる。例えば、教育分野でのKroton、医療診断サービスのDasa、Fleury、食肉加工のBRF、外資で言えば、Santander銀行などがM&A戦略で成功している好例である。サンパウロからリオや北東部に地域的に広がる、あるいはサービス領域を拡充する、そういった視点で、継続的に複数回のM&Aを検討し、統合していけるような分野に妙味があるだろう。さらに、ブラジルという国の漸進的な発展に投資すれば、より成功の確度が上がると考えられる。

 

6.最後に

アジアに魅力的な投資案件があるのに、なぜブラジルかと言われれば、その意見にも一理ある。日本からの近接性も重要な検討要素であろう。ただ、「人の行く裏に道あり、花の山」という相場格言もある。こういう時期にもブラジル投資を検討している日系、非日系企業の買収巧者は確実に存在しているし、ブラジル国内のM&A件数は増えているなか、買値は安くなってきた状況である。長期的な目線で今ブラジルに取り組めば、より多くの果実を手にすることができるのではないだろうか。それとも市場が熱狂している時期の順張りが常に安全であり、不透明な時期の逆張りは絶対に危険と考えるべきであろうか。現実の買収事例を見ると、それとはむしろ反対の結果が目に付く。少なくとも今は、市場過熱期に比べても、交渉を進めるには買い手側に有利な時期である。

また、世界的トレンドに合わせ、ブラジルでもスタートアップは興隆し、新しいテクノロジーやアイデアで課題を解決し、確実にブラジルを変えていくだろう。すでにブラジルには日本よりも多いユニコーン(株式価値1bilUSD以上のスタートアップ)が出てきている(ブラジルのユニコーンは8社、一方日本は2社である)。これらの会社が設立されたのは、ブラジルが不況に向かい始めた2013年くらいからである。課題が多いからと言って、何もせずに止まっているわけではない。今こそ改めてブラジル投資に着目すべきであろう。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ブラジル駐在 
熊谷 圭介

(2019.6.14)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。


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