ナレッジ

世界のM&A事情 ~ベトナム~

ベトナムにおける投資と開発課題

新型コロナウィルスによるパンデミックも巧みに封じ込め、着実に経済成長を継続させるベトナム。同国で活動をする駐在員の立場から、ベトナムにおけるM&Aを含めた海外からの投資の状況を概観するとともに、投資を検討するに当たり、開発途上国ベトナムならではの投資機会と課題について、俯瞰的な視座から検討します。

I.はじめに

今回は、ベトナムにおけるM&A等の状況について、現地に駐在する立場からご紹介する。ただし、経済成長の真っ只中にあるベトナムにおいては、M&Aに限らず、多くの投資機会が存在する。また、どのような形態の投資であろうとも、この国の社会経済の発展につながるものでなければ成功しづらいとの見地より、M&Aに限定せず、インフラ投資等も含め、ベトナムへの投資全般に関して、ベトナム経済の持続的な発展と関係が深いと思われる分野における投資に焦点を当てつつ、検討を行う。

II.経済・政治等のマクロ環境や規制動向

コロナ禍が続いている世界において、ベトナムでは、厳格な封じ込め政策により、感染者数を抑え込み、短い外出禁止の期間があったことを除いては、本稿を執筆している2021年1月現在において、ほぼコロナ禍前に近い状態での日常生活や経済活動が継続されている。無論、当国においても、サービス業、なかでも観光産業、航空産業等、大きな打撃を受けているセクターがあることは否めない。また、2020年の1年間において、およそ32百万人以上もの労働者が失業、休業、時短での勤務を余儀なくされる等、コロナ禍による負の影響を余儀なくされたとのことである(ベトナム統計総局(2021))。しかしながら、下図1のとおり、ASEANの主要国の中では、唯一実質GDPにおいて、2020年もプラス成長が見込まれているなど、安定した経済成長が見込まれている。

図表1:APAC主要各国実質GDP成長率予測
※クリックして画像を拡大表示できます

国内政治では、引き続き共産党一党独裁政権が維持されているものの、党の指導の下、社会主義と資本主義とを併存させる政策が取られてきている。今回のコロナ封じ込めとそれによる経済の迅速な立ち直りという成果はまさに、民主主義国には真似できないような強いリーダーシップと厳格統制ゆえに実現したものであったと実感させられた。また、国内のコロナ対策を徹底的に行う傍ら、ベトナムは東南アジア諸国連合(ASEAN)の議長国を務めるなど、東南アジア地域におけるリーダー国の一つとして、コロナや経済対策を含めたASEAN域内における強いリーダーシップを発揮していることも印象的である。日本との関係でいえば、2020年10月に、菅義偉首相が就任後初の外遊先としてベトナムを訪問しグエン・スアン・フック首相らと会談を行った。これは、ベトナムが東南アジア域内のみならず、日本を含め世界の主要国にとっても、経済や地政学的に見て極めて重要な国となっていることの証である。

 

III.M&Aを含めたベトナムへの投資の状況

1. M&AおよびFDIの状況

まず、ベトナムにおけるM&Aの状況を見ると、件数については、2012年以降、年により増減があるが、金額規模については、概ね右肩上がりとなっており、案件の大型化が進んでいるといえる。この背景としては、外資やベトナムの大手グループが関わる案件が増えていることなどが考えられる。例えば、昨今の傾向についていえば、不動産や金融セクターにおいて旺盛なM&Aが起こっているが、その中においては、外資金融機関によるベトナム銀行への出資、日系の大手生命保険によるベトナム生保への出資、シンガポール政府系ファンドによるベトナム不動産大手への出資等、いずれも数百億円前後の大型ディールが行われている。なお、2020年についてはコロナ禍の影響でM&Aの件数や金額についても一定の落ち込みが予想されているが、当社が当地で活動している肌感覚としては、実態は必ずしもそうとはいえない。無論、コロナ禍による企業の再編、撤退等のニーズが高まっているという影響もあるが、それにも増して、ベトナム経済の強い回復力や持続的な発展性を背景とした、“ポストコロナ”を見据えた動きが活発化しつつあるように感じる。また、昨今の米中貿易戦争による製造業等の中国からベトナムへの拠点移動なども追い風になっている。

図表2:ベトナムにおけるM&A金額と件数
※クリックして画像を拡大表示できます

次に、ベトナムへの海外直接投資(FDI)の状況を見てみると、下表3の通り、件数、金額ともに、2006年より基本的に右肩上がりなのが分かる。M&AとFDIは類似した投資活動ではあるが、M&Aが売り側と買い側の“結婚”のような要素が強く、社会経済の状況と必ずしも関係なく成否が決まる場合もあるのに対して、FDIは投資家の事業計画や投資方針による部分が大きいことから、海外からのベトナムの経済やビジネス機会への関心や期待の高さをより正確に表すものといえる。この中で日本企業によるFDIも重要な部分を占めているが、ここ2年ほどの間においては、発電所や不動産開発等、大型案件に恵まれていないこともあり、韓国、香港、シンガポール、中国によるFDIに押されている状況がある。他方、規模としては大きくないが、ユニクロや無印良品等の日本ブランドの小売大手や日系の飲食店が軒並み進出あるいは拡大を進めており、日本人駐在員はもとより、ベトナム人にも大いに歓迎されている。こういった状況を見るにつけ、生活レベルでの“体感”としては、ベトナムにおける日本からの投資が順調に伸びているように感じている。

図表3:ベトナムにおける外国直接投資(FDI)
※クリックして画像を拡大表示できます

2. 開発課題と投資

ベトナムにおいてM&AやFDIの概況について紹介したが、こういったベトナムにおける投資において、特にいくつかのセクターに焦点を当てて検討したい。M&Aであれその他の投資であれ、それを実施する企業や投資家によってそれぞれ目的は異なるが、成長が期待できるとともに安定的な事業を見通すことができる分野を対象とするべきことは論を俟たないだろう。この点においては、2010年に「中所得国」となるとともに、目覚ましい経済成長を遂げているベトナムであっても、開発途上国、しかも約33万平方キロメートル(日本の0.88倍)という国土の広さや、約9,467万人(2018年)という大きな人口の観点でいえば、かなり規模の大きな途上国であるという事実に立ち返ることが重要である。

ハノイにもホーチミンにも多くのビルが立ち並び、ここに暮らす外国人駐在員にとっては、外国であるが故の一定の不便はあるものの、多くの面で先進国と遜色のない豊かで便利な生活を送れる環境が既に存在する。しかしながら、実際のベトナム人の暮らしを見た場合、引き続き、途上国に共通する深刻な社会課題、しかも、深刻度も規模も大きな問題が存在しているという点への留意が必要である。ベトナムにおいて中長期的に投資が期待される分野とは、まさにこれらの分野と一致すると考える。こういった分野の代表的なものとして、エネルギー、水、ヘルスケアを例として取り上げ、それぞれ簡単に見解を述べたい。

① エネルギー

まずエネルギー分野についていえば、昨今、当社にもベトナムにおける風力発電や太陽光発電等、再生可能エネルギーへの投資に関するご相談を多くいただく。ベトナムでは火力発電と水力発電が主要な電源となっているが、急激な都市化と工業化による電力の需給バランスへの影響、水力発電の雨季乾季等による不安定性、脱炭素に向けた世界的な動き等を背景として、再生可能エネルギーへの注目と期待が一気に高まっている。ベトナム政府は、「改定第7次電力マスタープラン」を決定し、再エネによる発電量を2030年までに全体の21%にまで引き上げる計画である(2018年時点で約7%)。また、太陽光発電、風力発電、バイオマス発電等についてそれぞれ固定買い取り価格(FIT)制度を設定している。このうち太陽光については、主に常に日照時間の長い南部を中心に、また、風力発電については、海岸線が長いベトナムにおいては、大きなポテンシャルがあるといえる。一方、太陽光については既に過剰投資が行われてきたきらいがあり、屋根置きを除いては、新たな投資について承認を得るのが困難な状況になっている。また、FIT制度についても、料金改定や制度見直しが行われており、先行きについての不透明感が否めない。このようにベトナムにおける再エネ市場はまだ発展途上ではあるが、政府の強いイニシアティブと有利な環境条件に裏打ちされたものでもあり、引き続き国内外の投資家の関心を集め続けることは間違いないであろう。

② 上下水

水分野については、開発課題としてはより深刻である。ハノイ都市圏やホーチミンで生活をしている限り、世界の多くの国と同様に水道水を直接飲めないこと以外は、水にさほど不便を感じることはないが、実際には、ベトナム全土で考えると安全な水へのアクセスや下水道の活用は、まだまだ限定的だ。また、急速な経済発展や都市化に伴って、上下水のニーズへの対応が遅れている。下水についていえば、下水処理場が圧倒的に少ないため、都市における下水のうち処理をされているものはまだ一部であり、残りは河川や湖沼へ直接放出されているといわれる。また、浄水についていえば、下水に比べれば比較的高い上水道の普及率が維持されているが、配管の老朽化の問題やそもそも農村部では安全な水へのアクセスが限られているという問題もある。無論、上下水ともに、我が国の政府開発援助(ODA)等によって、様々な支援が行われてきており一定の成果を生んできている。しかし、現状としてはまさに40年前の日本の公害問題と同じ状況があちこちで起こっており、先進国並みに都市化され自動化されたハノイやホーチミンの表の姿とは対照的な実態がある。一方、まさにこの分野は投資機会でもあり、既に日本企業も含めた海外事業者が下水処理事業の運営に参入するなど、深刻な開発課題を投資とビジネス知見により解決する試みが進んでいる。

③ ヘルスケア

ベトナムにおいては、人口の増加、生活スタイルや食生活の変化による生活習慣病の広まり、それに対する健康志向の高まり等、経済成長等に伴う様々な要因により、ヘルスケアについてのニーズが全般的に高まりつつある。一方、ベトナムには圧倒的に病院やクリニックの数が不足しているといわれる。完全に私費治療となる民間病院はまた事情が異なるが、一般国民の多くが利用し、医療保険の対象となる公立病院においては、医師も病床数も満足にない場合が多い。また、特筆すべきは、高齢化問題である。ベトナムは平均年齢が30歳前後と非常に若く活力のある国であるが、その反面、過去に導入していた二人っ子政策の影響や、他の途上国との比較における相対的な寿命の長さ(約73歳(2019年))などから、史上最速のスピードで高齢化を迎えているといわれる。しかし、高齢者に対する医療や介護を専門とする病院やクリニックも少なく、公的な介護制度も未熟なため、受けられるサービスも限られているという現状がある。このため、病院、医薬、そして高齢者介護を含めたヘルスケア分野は、エネルギーや水に並ぶベトナム最大の開発課題であるといえ、このセクターへの投資は、M&Aや事業投資のいずれにおいても近年増加している。他方、病院施設や医者の欠如、あるいは、各種サービスや選択肢の少なさという問題のみならず、医療保険の適用範囲の問題も含め、医療や介護に関する法律や行財政の制度の整備が、投資環境の改善にとっては欠かせない。

 

IV.最後に

世界の多くの国がコロナ禍において悪戦苦闘している中、ベトナムは一気に経済成長を加速させようとしているようにも見える。ベトナムは2021年1月に共産党大会を迎え、それ以降7月に向けて、今後5年間の国家の舵取りをすることになる新しい政権が樹立されていくことになっている。ただ、政権がどう変わろうとも、市場経済の運営や対外投資についての開放政策についてはさらに進展があるとしても、後退することは考えにくい。よって、ある意味では民主主義の国よりも安定的であり、強固な経済推進体制であるといえるかもしれない。

しかしながら、現在のこの国の成長の源泉は、政府の強力なイニシアティブはもとより、外資を中心とした投資によるところが大きい。Vinh Group等、一部地場の巨大グループの躍進を除けば、主幹産業も裾野産業も含め、ベトナム産の地場産業の台頭がまだまだ不十分であることは誰の目にも明らかであろう。また、経済成長のスピードと比して労働生産性の向上が低迷しているほか、産業をリードし支えるべき熟練工や経営者など高度な産業人材の輩出も十分ではないとの指摘もある(Vietnam Productivity Report, GRIPS, 2020)。これらについては、様々な背景や経緯があるであろうが、駐在員の直感的なところからあえて言うならば、ベトナム人自らが、主体的にかつある程度民主的にこの国の未来を作っていくための諸環境が整っていないという点に帰結するようにも感じる。この点は、この国が中長期的に海外からのM&A等の投資を惹きつけ続けながら、さらに魅力のある国へと成長いくに当たり、避けて通ることのできない課題であると考える。

最後に、開発途上国であるベトナムにおけるM&Aや投資を考える際、単に投資対象となる個社や個別の事業の経済性を見るだけでは、その会社や事業の持続可能な収益性や発展性を計ることはできない。よって、この国の政治経済、あるいは、投資を行うセクターを含め、この国が抱える開発課題とその解決への見通しについて、深い分析を行うことが重要であることを強調しておきたい。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ベトナム駐在員 辻本 令
(インフラ・公共セクターアドバイザリー統括パートナー)

(2021.1.12)

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

 

関連サービス

M&A:トップページ
 ・ M&Aアドバイザリー
 ・ 海外ビジネス支援
 ・ インドネシアでの日系企業向けサービス


シリーズ記事一覧

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社の駐在員が、現地のM&Aの状況・トレンド、M&A交渉の際の留意点などをご紹介します。

 ・ 世界のM&A事情

記事、サービスに関するお問合せ

>> 問い合わせはこちら(オンラインフォーム)から

※ 担当者よりメールにて順次回答致しますので、お待ち頂けますようお願い申し上げます。

お役に立ちましたか?