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世界のM&A事情 ~イギリス~
英国企業を取り巻くM&Aの動向
新型コロナウイルスが猛威を振るう中でも、グローバル企業は欧州企業への投資を加速させています。その中でも英国企業を取り巻くM&Aの動向、特にグローバル企業による英国企業買収案件に見られる特徴を通じて、日本企業がM&A戦略を検討するための示唆を提供します。
I.英国政府の気候変動対策に係る新政策10-Point Plan
2020年11月、ボリス・ジョンソン首相は「グリーン産業革命」を推し進めるための新政策10-Point Planを発表した。クリーンエネルギー(① 洋上風力 ② 水素 ③ 原子力)④ 電気自動車の増強 ⑤ 路上交通 ⑥ 航空・船舶の脱炭素化 ⑦ 住宅のグリーン化 ⑧ CO2の回収貯蔵 ⑨ 植樹 ⑩ 技術革新・投資等の10項目に対し、120億ポンド(約1兆6千億円)を投じ25万人の雇用創出・支援を図る計画である。
最も注目すべきは、既に世界一の導入実績のある①の洋上風力のさらなる拡大だろう。2010年の1GWから2019年に10GWまで拡大した容量を、2030年までに40GWまで拡大し、全家庭の使用電力量(2020年では全使用電力量の約1/3に相当)を洋上風力のみで賄おうとしている。英国で中心の着床式は遠浅の海の無い日本での導入は難しいものの、10-Point Planの中には日本で導入可能な「イノベーティブな」浮体式洋上風力の1GW分も含んでおり、仮に製造コストを大きく下げるような方式が生まれれば、日本にとってもいいニュースとなる。
② 水素については、2030年までに低炭素の水素生産能力を5GWに拡大し、2030年までに完全水素で電力・熱供給される水素タウン開発を目指している。これは二次エネルギーとして水素に注目している日本の方針とも合致している。
③ 原子力は、大規模発電所や小型モジュール、先進炉の開発を挙げている。賛否あるものの、現状では日本の2050年までのカーボンニュートラルにとって原子力発電は主要な電源と位置づけられており、より安全な新技術が開発されれば、日本にとっても重要なものとなろう。
④ 電気自動車については既に大きなニュースになっているが、2030年までにディーゼル車・ガソリン車の新車販売禁止、ハイブリッド車については2035年に販売を禁止することを目指している。
最後に注目すべきもとして、⑧ 炭素回収が挙げられる。英国は、有害な排出物を大気から回収して貯蔵する技術において世界的リーダーの地位を目指し、2030年までに10MTの二酸化炭素除去を目標としている(4百万台の車が1年間で出すCO2排出量に相当)。当該技術も、再生可能エネルギーの導入余地が限定的な日本にとっては重要な技術になり得る。
II.英国M&Aマーケットの状況
まず英国企業に対するM&Aの状況を見て行きたい。Mergermarketによれば日本企業によるアウトバウンドM&A総額は2019年対比で63%減少、多くの企業が新型コロナウイルスの影響を注視し投資を控え、特に欧州向けのM&Aは大きく減少した。
他方、グローバル企業に目を向けると、新型コロナウイルスが猛威を振るう中でも積極的にアウトバウンドM&Aを実施してきたことが読み取れる。Mergermarketによれば北米企業によるアウトバウンドM&A総額は2019年対比で13%増加し、欧州企業によるアウトバウンドM&A総額は2019年対比で26%減少したが日本企業のそれと比較して減少幅は限定的であった。
グローバルで見ると堅調ともいえるアウトバウンドM&Aの対象企業の地域別構成はどうなっているのか。投資対象を地域別に見ると、欧州企業に対するM&A総額が特に増加しているというトレンドが見て取れる。具体的には、北米企業に対するM&A総額は26%減少し、APAC企業に対するM&A総額は10%増加している中、欧州企業に対するM&A総額はAPACを上回る16%増加を記録している。
買収対象となった欧州企業には多くの英国企業が含まれているが、それらの企業をセクター別に見ると、金融、メディア、ソフトウェアやエナジーセクターが占める割合が高いことがわかる。
金融セクターでは、保険・組織人事コンサルAonによる同業Willis Towers Watsonの買収、保険大手Intactによる同業RSAの買収など大型の買収案件が目立った。
メディアセクターでは、S&Pによる調査会社IHS Markit Ltdの買収、2019年に遡れば、ロンドン証券取引所による金融情報会社リフィニティブ買収や、ベインキャピタルによる市場調査会社カンターの買収をはじめ、情報会社の買収案件が金額面で上位を占めていたという特徴がある。
ソフトウェアセクターでは、クラリベイトによる知財ソフトウェアCPA Global Limited買収、翻訳サービスRWSによる同業SDLの買収などがあり、エナジーセクターでは、KKRによるリサイクル企業Viridor買収、コンソーシアムによるMultifuel Energyの買収案件など大型案件が多く登場した。
これらの英国企業を対象とするM&A事例からは、企業活動全般における情報の価値が高まる中で、グローバル企業が英国企業の買収を通じ、いわば情報知的資本の獲得を狙っている意図が透けて見える。特にこれまで以上にイノベーションやディスラプティブな新規事業検討の重要性が叫ばれる中、知的財産・IPのライフサイクル全体をカバーすることを狙ったベンターの統合があったことは興味深い。翻訳サービス企業の買収は、GAFAをはじめ巨大プラットフォームが世界を席巻、国境を越えたサービスの自由化が大きく進んでいることに伴い、翻訳サービスへのニーズが高まったことを反映していると思われる。
次に、英国企業によるM&Aの状況について見ると、日本企業によるM&Aとは買い手の属性が大きく異なることが見て取れる。日本企業によるM&Aが、海外市場の獲得や技術の獲得等を目的とした事業会社(戦略投資家)によって牽引されているのに対し、英国企業によるM&Aは、買い手の多くがプライベートエクイティ企業(金融投資家)によって構成されている。アストラゼネカやBPなど事業会社と区分をしても差し支えのない企業によるM&Aも見られるが、やはりM&Aマーケットを牽引しているのは金融投資家である。
金融投資家の投資対象領域は様々であるので、その全般的傾向をくみ取ることは難しいが、近年は、英国政府の気候変動対策に係る新政策10-Point Planと呼応するように、再生可能エネルギー関連へ投資を拡大しているトレンドがうかがえる。Greencoatという再生可能エネルギー特化ファンドによる洋上風力事業の買収やオフショアトランスミッション事業の買収など、サステナビリティや脱炭素ビジネスへの転換を狙いとした案件が目立った。
III.最後に
英国企業は文化・歴史的にもルールや知的資本を提供するところに強みを有している。英語という世界最大のインフラを支配している優位性、開かれた金融市場、英国が育んできたイノベーションの精神は、英国企業に根付いている共通のアセットであるともいえるだろう。
グローバル企業はこうした英国企業の有する知的資本を魅力的な投資対象として評価し、買収を通じて自社への取り込みを積極的に行っている。英国企業買収を検討するにあたっては、Brexitに伴う不確実性やコロナ被害の影響など考慮すべき様々な要素が存在するが、今後も英国企業がグローバルなインフラを提供する発信地であり続けること、そして、多くの日本企業が英国企業の有する知的資本を活用してさらなるグローバル事業を加速させることを期待してやまない。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ロンドン駐在 中村達郎、高橋優斗
(2021.5.7)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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