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世界のM&A事情 ~タイ~

M&Aマーケット状況

本稿では、自動車を中心とした製造業からIT等の新しい分野への方向転換がまだ十分に進んでいないタイの現況と、消費財・再生エネ・ヘルスケア分野を中心とした日系企業の事業拡大余地や現地企業とのパートナリングの可能性について考察します。

I.経済・政治等のマクロ環境や規制動向

タイのGDPは2000年代~2012年まで、リーマンショックや大規模な洪水被害による一時的な落ち込みを除き概ね前年比5%前後と高成長を続け、2013年以降は前年比3%前後と安定成長フェーズに入っている。元々、自動車を中心とした製造業を中心に日系企業各社が早くから進出してきた背景もあり、東南アジアの中でもいち早く経済発展を遂げてきたのがタイである。他方近年は、デジタル化やスタートアップ創出といった新しい技術・産業発展の面においてシンガポールやインドネシア、マレーシア等の他国と比べ遅れをとっている感が否めない。

これまでは日本をはじめとした海外からの投資によって製造業で発展してきたタイであるが、IT・デジタル分野においては、十分な海外からの投資誘致および自国内での市場形成の方向性を今一つ欠いているよう見受けられる。政府が十分な投資誘致策を打ち出せていないことが考えられるほか、伝統的に財閥企業や政府系企業が各業界で圧倒的なプレゼンスを有しており、相続税や贈与税が他国と比べて低いこと等から、タイ国内で新陳代謝が進みにくい社会構造であることも一因と考えられる(海外からの投資誘致がまだ十分進んでおらず、またタイ国内における新規産業への転換エネルギーも弱い)。

このように、やや歪な社会構造が日系企業のタイでのM&Aを難しくしている側面はあるものの、依然として消費・エネルギー・サービス産業は日系各社にとって魅力的な市場であり、進出意欲が高い。

II.M&Aマーケットの状況

タイは引き続き日系企業、特に自動車関連産業にとって重要な製造拠点の位置づけだが、M&Aマーケットという側面ではそのプレゼンスを近年はやや落としている。タイにおける日系企業のM&A件数は、2013年時点で東南アジア全体の30%を占めていたのに対し、2020年では18%と半分近くまで減少している(Capital IQより)。背景には日本企業によるタイへの進出が一巡してきている等の影響が考えられる。また、伝統的に財閥企業が強く、タイのあらゆる業界にこれら財閥企業が入り込んでいることから、M&Aの対象となるような非財閥系で手頃な金額の案件を発掘するのが難しい。さらにシンガポールやインドネシアと比べスタートアップエコシステムが十分に形成されていないことも、M&A件数が伸び悩んでいる理由と考えられる。

このように良い売り案件が見つかりづらいという側面はあるものの、日系企業によるM&Aニーズ自体は依然として底堅く、消費財、物流、エネルギー、ヘルスケアといった分野において積極的に案件を探す企業が多く存在する。

特に、再生可能エネルギー業界では昨今の脱炭素化の世界的な潮流を受けて太陽光発電やバイオマス発電を中心に現地企業への出資を模索する企業が非常に多い。先進国同様、タイにおいても2050年にカーボンニュートラルを達成することを目指しており、これに向けて2036年に再生可能エネルギー比率(対、全エネルギー)を30%に高めることを目標に掲げており、現地再生可能エネルギー企業は事業拡大に積極的である。他方、足元でこれらタイ企業の出資受け入れニーズは限定的であることから、M&A以外の方法(業務提携など)も選択肢として含める必要がある点には留意が必要である。

また、ヘルスケア分野において、タイは東南アジアでも最も早く高齢化が進んでいる(国連の世界人口予想よると、2030年には全人口の20%が65歳以上になる)ことから医療・福祉関連サービスの展開を目指す日系企業が非常に多い。日本の高いサービス・品質を活かした富裕層向け介護施設の運営や介護・健康用品の販売事業の拡大を目指す企業が増えている。特に先に高齢化社会を迎えた日本において、日系企業各社は日本国内で蓄積した事業ノウハウをタイでも活かそうとしており、ヘルスケア分野におけるM&Aや業務提携も今後増えていくことが期待される。

 

いずれにしても、タイでのM&Aを積極的に目指す日系企業にとしては、売り案件が金融機関などから紹介されるのをただ待つだけではなく、自社で積極的に買収候補となり得る企業を特定した上でコンタクトするといった能動的なアプローチを行うことが重要である。また、M&Aに限らず業務提携等、他のアプローチも含め事業拡大の方法を模索していくことが望ましい。

III.最後に

上述のように、タイのM&Aマーケットだけを見ると良い売り案件が以前と比べ見つかりづらい状況にはあるものの、日系企業にとってのタイ国内での事業拡大の余地は引き続き大きく、現地企業とのM&Aに限らないパートナリングの為の能動的なアプローチが益々求められている。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
タイ駐在 谷口 純平

(2022.4.4)

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

 

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