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世界のM&A事情 ~欧州~

同地域におけるスタートアップディール

欧州は米国、中国に次ぐ経済圏として、多くのスタートアップおよび多国籍企業・ベンチャーキャピタルが拠点を持ち、活動しています。コロナ禍が開けた2023年には世界でもいち早くスタートアップディールの投資額がコロナ禍以前の規模以上に復調を遂げ、イノベーションにおける動きが勢いづく地域として世界的にも注目されています。直近のスタートアップ動向、現地での注目領域に触れながら、同地域における新規事業戦略を検討する際の示唆を提供します。

I. 欧州におけるスタートアップ投資の状況

Atomico社が発表したレポートによると、欧州における2023年のスタートアップ投資額は45B USDとなった。

 

世界的にスタートアップディールは2021年から2022年に掛けて増大したのち、2023年に急激な落ち込みを見せた。この投資額推移は欧州も同様であり、同地域の投資額が2021年に100B USD, 2022年に82B USDであったことを踏まえると、2023年の数値は半減以下となっている。これを以て世界的なスタートアップディールの減速が取りざたされることとなったが、約1年が経った中、2023年以降の推移を減速と捉えるのでなく、むしろ2021年、2022年が例外的な外れ値、あるいはバブルであったとするのが欧州における一般的な整理となりつつある。つまり、COVID-19規制下でニューノーマルが浸透したことによるリモートワークの普及、それによるオンライン会議ツールやフードデリバリーサービスなどの新規需要への資金需要が創出された両年度を例外と整理し、それ以前の2019年や2020年からの投資額の推移でこそ各地域のスタートアップディールの地力が見えると整理された。

係る中、2023年のスタートアップ投資額を2023年との比較で捉え直すと、欧州における投資額は18%の増加となっている。この数値はアメリカや中国、他国がCOVID-19規制下以前の投資額にも復調していないことを鑑みると、同地域のにおけるスタートアップディールの需要が旺盛であることを示している。もちろん投資の絶対額で見るとアメリカの120B USDにはまだ至らないが、欧州が現状のスタートアップディールにおいて勢いづく地域のひとつであることは事実と言えよう。

II. 注目される領域と政府支援動向

勢いづく欧州のスタートアップディールの中で、最も資金が集まるのが環境対策、気候変動対策に向けた領域への投資である。Atomico社が発表したレポートによると、欧州におけるスタートアップディールにおいて、Carbon & Energyセクターは2014年以来ほぼ一貫して成長を続け、2023年には最多の投資額を集める領域となった。

 

欧州のスタートアップディールにおいてこうした領域に資金が集まる背景には、環境対策におけるリーディングリージョンとなるべく動く欧州連合の規制環境、および金銭的なコミットメントが背景にある。欧州連合においては、政策の優先順位などに基づき7年次毎に多年次財政枠組み(Multiannual Financial Framework=MFF)を策定する。現在のMFFは2021年から2027年までの7カ年であるが、この期間において欧州連合は総計557B EURを気候変動対策に充てることとしている。アメリカでは2022年に成立したInflation Reduction Act(=IRA)が、10年間で367B USDを拠出すると発表されたが、欧州連合における拠出額はIRAを上回る金額となる。

 

金銭的な支援策と同様に、欧州の気候変動対策を後押しするのが規制環境である。とりわけ代表的なものとして、同地域で2005年より運用されている排出権取引制度が挙げられよう。現在は2021年から始まった第4フェーズが2030年まで施行されている。同制度は、その施行以来対象となる産業を拡張してきており、2027年からは建物・道路輸送業界の企業も制度対象となる。排出権超過することで課される制裁金は現在100 EUR/tonとなっており、この制裁金が調整弁となってEU Carbon Permitsの価格も100 EURを大よその天井に推移している。これらの価格がボランタリーカーボンクレジットや同領域に隣接する気候変動技術のコストを事実上規定する作用を持つことからも、欧州が環境規制をひとつの軸として関連スタートアップの創発に意欲的であることが示唆される。

III. 最後に

欧州のイノベーションエコシステム、ならびにスタートアップディールは、規制と促進策の両軸をドライバとしつつ、各国の単位ではなく、欧州連合としての単位で市場の醸成を行っている点にその特徴を見ることが出来る。欧州連合における各国の緩やかな、時に強固な連帯は、参加する27カ国の紐帯を形成する作用を持つ一方で、時に独立国家間の相克を乗り越えられないケースもある。国外投資家による各国への投資に際しての規制策はその典型であろう。欧州連合としての連帯を是としつつ、現状では国外投資家に対する投資関連規制は国単位で異なるのが実情である。

ただ、こうした相克を是正することで欧州地域におけるスタートアップディールのモメンタムを発展、促進しようとする動きも起こっている。10月中旬に起こった、EU Incと称される動きがこの代表例であろう。欧米におけるスタートアップディールの重鎮が賛同者に名を連ねたこの動きでは、クロスボーダーの投資プロセスを標準化すること、従業員向けストックオプションプ規制の統一、雇用や資本移動などの簡素・統一化等に向けた政策の策定を欧州委員会に求めている。

これが実現されれば、EU域内のスタートアップ投資・オペレーションは水平化され、域内のどの国にいてもクロスボーダーディールは共通ルールのもと行うことが可能となる。すなわち投資家、スタートアップにとっては投資までの意思決定スピード、グロースのスピードの双方が増進することが期待される。欧州委員会はこの12月より今後の中期戦略、それに必要な法案の策定を開始する予定であり、この動きが政策として今後実現されるのか注目される。その結果として、欧州のスタートアップディールのさらなる発展が期待される。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
フランス駐在員 床島 遼

(2024.12.6)

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

 

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