調査レポート

高等教育機関における博士号取得人材向けプロフェッショナル・ディベロップメントの拡充について

若手研究者のさらなる人材育成に向けて

日本において博士人材の有効活用が議論されている中で、若手研究者に対する人材育成体制のさらなる拡充が求められています。本稿では、海外の事例を紹介するとともに、今後、日本の高等教育機関におけるプロフェッショナル・ディベロップメントの取り組みを拡充させるための重要な要素について概観します。

はじめに

人口減少や少子高齢化が進む中、持続的な成長や新たな価値創出のため、科学技術イノベーションを担う多様な人材の育成が重要との認識が広がりつつあります。近年問題視されている博士研究員(以下、「ポスドク」という)の就職難や経済的困窮を受け、博士号取得者人材の活躍や、人材育成が議論の的になっており、高等教育機関における多様で優秀な研究人材の継続的な育成や、アカデミアだけでなく産業界においても活躍できる人材の輩出が望まれています。しかしながら、現状日本の高等教育機関においては、ポスドク等の若手研究者を育成する体系的な取り組みが、海外と比べると十分に整備され、機能しているとは言い難い状況です。

一方で、英国や米国をはじめとする諸外国においては、以前から大学における人材育成の取り組みは活発です。研究者育成に向けた体系化されたプログラムが実施されており、“プロフェッショナル・ディベロップメント”と呼ばれる、多様で優秀な研究人材の継続的な育成が行われています。

本レポートでは、海外の特徴的なプロフェッショナル・ディベロップメントの取り組みや事例を紹介するとともに、日本の大学にも参考となる情報や示唆について触れています。

 

プロフェッショナル・ディベロップメントとは

海外事例の紹介の前にプロフェッショナル・ディベロップメントについて解説します。プロフェッショナル・ディベロップメントとは、個人の基礎能力や専門能力を高めるために実施するトレーニングであり、米国ではキャリア・ディベロップメントと呼ばれることもあります。

研究者にとってのプロフェッショナル・ディベロップメントは、研究者がアカデミアでキャリアを順調に重ねていくために必要な能力開発や、産業界等のアカデミア以外のキャリアで活躍していくために必要な能力開発のいずれも該当します。ここでは知的プロフェッショナルとしての専門スキルや、アカデミア内外で通用する移転可能なスキル(トランスファラブルスキル)の習得が目標とされており、研究者が多様なキャリアで活躍していくうえで重要なことと認識されています。

 

海外におけるプロフェッショナル・ディベロップメントを実施する代表機関と取り組み

ここでは、海外のプロフェッショナル・ディベロップメントに関する代表機関やその取り組みについて紹介します。

(1) Vitae

Vitaeは英国においてプロフェッショナル・ディベロップメントの分野で中心的な役割を担っている非営利組織です。Vitaeは研究者に必要な資質能力・技能等を体系化したフレームワークである“Researcher Development Framework”(以下、「RDF」という)を開発し、このフレームワークをもとに、英国国内だけでなく世界中の大学や研究機関と協力してプロフェッショナル・ディベロップメントの開発や取り組みを実施しています。また世界中の200を超える大学や機関が、Vitaeのメンバーとして加入しています。

 

  • Researcher Development Framework

RDFは、研究者にとって必要な能力やスキル等を体系化したフレームワークであり、4つのドメイン、12のサブドメイン、及び63のディスクリプタで構成されています。ディスクリプタごとに、必要スキルの詳細が定義されており、それぞれ研究者の段階(博士課程在籍者、ポスドク、卓越した研究者、シニア研究者/著名な研究者)に分けて細かく設定されていることが特徴です。(下図は、各スキルが円状に配置され、可視化されたもの)

 

図表:VitaeのResearcher Development Framework

VitaeのResearcher Development Framework
※画像をクリックすると拡大表示します Vitae, Vitae Researcher Development Framework(https://www.vitae.ac.uk/rdf)

  • Vitae Hub Network

Vitaeは、プロフェッショナル・ディベロップメントの普及・促進のため、英国内の8校の大学にVitae Hubと呼ばれる活動拠点を設置しています。Vitae Hubの役割は、それぞれの地域においてプロフェッショナル・ディベロップメントに関する情報提供や、プログラムの実施等の主体となり、地域のネットワークを築き上げることです。Vitaeは、このVitae Hub Networkと呼ばれるネットワークを利用することで、英国内の大学にプロフェッショナル・ディベロップメントの体系的な取り組みを普及させ、英国内で一定の質が保たれた取り組みを展開しています。

 

(2) カリフォルニア大学バークレー校

カリフォルニア大学バークレー校では、大学院生(修士及び博士課程在籍者)やポスドクを対象としたプロフェッショナル・ディベロップメントのプログラムが実施されています。これらの取り組みは、大学院在籍者で構成される学生組織から、プロフェッショナル・ディベロップメントプログラムを開始することへの要望が出されたことをきっかけに検討が始められました。現在では、学内予算から運営資金も確保しており、プロフェッショナル・ディベロップメントを担当する役職や委員会が設置され、活動が行われています。

 

  • Graduate Student Professional Development Guide

カリフォルニア大学バークレー校では、“Graduate Student Professional Development Guide”と呼ばれる大学院生が多様なキャリアパスに適応するために習得すべき6つのコンピテンシーを設定しています(詳細は下表)。カリフォルニア大学バークレー校では、この可視化されたスキルガイドを基に、プロフェッショナル・ディベロップメントを実施しており、コンピテンシーごとにそのスキルの習得を目的としたワークショップやメンタリングプログラムが設置されています。これにより、受講者がどのスキルの習得のために、どのプログラムを受講すればよいか、理解しやすい仕組みとなっています。

 

図表:カリフォルニア大学バークレー校のGraduate Student Professional Development Guide

カリフォルニア大学バークレー校のGraduate Student Professional Development Guide
※画像をクリックすると拡大表示します

 
  • Passport to Professional Development

カリフォルニア大学バークレー校は、プロフェッショナル・ディベロップメントプログラムの受講率や認知度向上の取り組みとして、”Passport to Professional Development”と呼ばれるカードを発行しています。この取り組みは、受講者が上記で紹介した6つのコンピテンシーごとに設定されたワークショップやイベントに参加するとカードにスタンプが貰え、全てスタンプを集めると賞品がもらえるというものです。この取り組みは、受講率の向上に加え、受講者自身がスキルやその習得を可視化することで、6つのコンピテンシーの習得やその後のキャリア設計に寄与するものであると位置づけられています。

 

日本の大学への示唆

ここまで、海外のプロフェッショナル・ディベロップメントの取り組みの一部をご紹介してきました。日本においても人材育成のための取り組みを行っている大学はありますが、海外と比較すると、スキルフレームワークの独自開発や、体系化された多様なプログラムの実施には至ってない面があります。以下では、今後より多くの大学でプロフェッショナル・ディベロップメントの取り組みを実施し、充実させていくために重要な2つの要素について述べたいと思います

1.予算や受講者の規模に応じた取り組みを実施する

寄付金や産学連携などの学内予算が充実している海外の大学では、充実した人材や資金のリソースを活用しており、スキルフレームワークの体系化や、プログラムの開発を独自で実施している事例が多くみられます。しかしながら、日本の大学において同様に、一からプログラムを開発し、体系化することは容易ではありません。このような場合においては、Vitaeが海外の大学や機関に対してもメンバーシップの門戸を開いているように、すでにプログラムを体系化し成果を上げている機関と協力しながら、プログラムを実施することが考えられます。(現に、広島大学はVitaeとともにワークショップの開催などを行っています。)プログラムの実施にあたり、必ずしも、スキルフレームワークを開発する必要はなく、他機関のフレームワークを使用しながら、育成のためのプログラムを実施することは可能です。

また、コンソーシアム型のプロフェッショナル・ディベロップメントプログラムを実施することも有効です。このコンソーシアム型を取っている大学は、中・小規模の海外大学や、日本の国立大学等で多く見られ、他大学と協働してプログラムを実施することは、コスト面からも大きな利点があると言えます。複数の大学の持つ知見やリソースを共有しながらプログラムを実施することで、より洗練された効率的なプログラムを実施することができます。一方、参加者にとっても、様々なバックボーンを持つ人同士が、異分野間で交流できることは、コミュニケーションやリーダーシップなどのスキル養成にも繋がります。

2.ノンアカデミア(産業界等)と協力しプログラムを実施する

Vitaeのように、産業界と連携し、スキルフレームワークやプロフェッショナル・ディベロップメントの実際のプログラムを開発・実施している大学や機関が、海外でも多く見られます。ここでは、産業界の方々も参加して受講や指導を行うワークショップや、就職相談やリクルートとしての産業界とのマッチングイベント、インターンシップなど、学生や若手研究者が産業界と交流する機会が多く設けられています。若手研究者にとって、ノンアカデミアとの意見交換や、協働イベントなど、異分野・異業種からの多様な情報や刺激を受けることは、多様なキャリアパスを考えるきっかけにも繋がり、プロフェッショナル・ディベロップメントを行う上で重要です。また資金面でも産業界との連携は大きな強みになります。

一方で産業界にとっても、アカデミアとの協働はリクルートの一環として機能し、産学連携ビジネス等に繋がるなど、リレーションづくりの観点からも多くの利点があると言えます。

このように、様々な機関や企業と協力することで、プロフェッショナル・ディベロップメントを実施することへのハードルは低くなり、学生にとっても多様な情報や意見に触れることは、プログラムの有効性向上に繋がります。

 

おわりに

これまで、海外のプロフェッショナル・ディベロップメントの特徴的な取り組みや、日本の大学への示唆について述べてきました。国の研究力向上が叫ばれる中、今後ますます若手研究者人材に対するニーズは高まると共に、高等教育機関におけるプロフェッショナル・ディベロップメントが重要視されていくことと思います。各高等教育機関や研究者自身が、プロフェッショナル・ディベロップメントの重要性や必要性を認識し、独自のプログラムの開発、拡充の波が今後広がることを望みながら、デロイト トーマツ グループもその一端を担えることに期待しております。

教育業界のアドバイザリーサービス・事例紹介等に関するお問い合わせはこちら

有限責任監査法人トーマツ
ガバメント&パブリックサービシーズ 教育セクター(Education)
シニアマネジャー:吉田 圭造 / スタッフ:吉村 典子
Email: education.advisory@tohmatsu.co.jp

お役に立ちましたか?