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SEA地域製造業におけるGHG排出削減に向けて

APリスクアドバイザリー ニュースレター(2023年9月29日)

GHG排出と製造業の関連性

気候変動の影響が深刻化する中、製造業におけるGHG(温室効果ガス)排出の取り組みは、今や避けて通れない課題となっています。SEA地域における製造業の経営者の皆さまは勿論、経営企画部門、ESG/サステナビリティ推進部門、非財務情報開示等をご担当される方は、これらの具体的な取り組みについて悩まれていることが多いのではないでしょうか。そもそも製品の製造に伴い大量の熱や電力、水を使用し排出量の削減が難しい場合や、低炭素技術への投資コストなど、技術的・経済的な課題に直面していらっしゃると考えます。

一方で自動車セクターを軸にASEANでもトップクラスの産業集積を有するタイにおいては、2021年のCOP26におけるプラユット首相宣言以降(2050年「カーボンニュートラル」、2065年までに「ネットゼロ・エミッション」など)、脱炭素化に向けた取り組みが急務となっています1。特に製造業の皆さまは、自社の脱炭素化だけでなく、Scope1, 2, 3の排出量に対するリーダーとしての役割や期待を市場から持たれていると考えます。サプライチェーン全体のGHG把握の観点から、自社の直接排出量の算定(Scope1)、電力消費に伴う間接排出(Scope2)、さらに調達する原材料、製品やサービスなどサプライチェーン全体(Scope3)まで意識し始めている企業様は多いのではないでしょうか2

WEF3によるとグローバルにおける生産セクターが全世界における炭素排出量の5分の1を占めています。また世界のエネルギーの54%を使用しており、製造業が脱炭素化の課題に迅速に取り組むことが求められています。さらに製造業におけるサステナビリティやESGの取り組みは上記の社会的要請だけではなく、新たな挑戦として、ビジネスの持続可能性を確保するための戦略的な選択としても重要です。具体的には、製品のPRやコミュニケーションツールとしての位置づけの観点からも、製品の原材料調達から使用・廃棄されるまでの全ての工程での環境負荷をアセスメントすることが重要になります(LCA:ライフサイクルアセスメント)。

 

エネルギーを取り巻くトレンドや課題

製造業は莫大なエネルギーを消費していますが、エネルギーの世界は多岐にわたる要因によって日々変動しています。例えば国際情勢の不安定化や為替の変動は、製造業のコスト構造に影響を及ぼす可能性が高いと考えられます。また新しい技術やインフラの導入は、製造業にとって新たなチャンスをもたらすと同時に、リスクも伴います。

これらの製造業が脱炭素を目指す過程での課題は、技術やコストだけでなく、経営の深部にも関わるものです。これらの変化を先読みし、適切に対応することが、持続可能な経営の鍵になります。

エネルギーを取り巻くトレンド・課題
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それではSEAに工場等の拠点を有する企業ではこれらの状況をしっかり把握出来ているのでしょうか。

WEFのグローバルリスクレポート2023によると、今後10年間で最も深刻なグローバルリスクトップ10を確認すると環境関連の項目が昨年よりも上位に増えています。

(参考)今後10年間で最も深刻なグローバルリスク トップ10
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しかし今後2年以内、かつ東南アジア諸国に限定すると、環境関連のリスクに対する認識は下記の通り限定的な結果となっています。

(参考)今後2年以内に深刻な脅威になり得るリスク(東南アジア諸国) Top5
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製造業におけるGHG排出の削減に向けて

それではどのように事業を推進していけば良いのでしょうか。

製造業におけるGHGの排出削減においては、その一つの鍵としてLCAの活用が注目を集めています。LCAはライフサイクルアセスメントの略称であり、その名前のとおり、製品のライフサイクル全体での環境負荷を定量的に評価する手法です。サプライチェーンにおいて原材料の調達から生産、流通、使用、廃棄・リサイクルに至るまでモニタリングすることで、GHG排出量の削減策を策定することができます。その概念図は下記の通りですが、製品LCAの実施は製品バリューチェーンを考慮することと、サーキュラーエコノミーの観点も踏まえたGHG削減対策の効果も反映できるように検討を進める必要があります。

LCA概念図
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LCAの実施プロセスは大きく3点あります。まず「目的及び調査範囲の設定」を行います。調査対象製品、算定対象範囲のバリューチェーンの全工程を整理し、各工程の必要データと入手可能データを照合したうえで、対象ガス(CO2やCH4等)の算定方法を確立します。具体的には以下の3つのステップが考えられます。

1. 算定対象範囲の工程確認

  • 対象製品と算定対象とする活動範囲の把握
  • 各活動範囲の詳細な工程の把握

2. 算定基準等の確認

  • 参考となる算定方法、算定基準の確認
  • 算定に使用する/使用可能な活動量の確認
  • 算定に使用する原単位の確認

3. 算定方法の確立

次に2点目のプロセスとして取り掛かるのは「インベントリ分析」です。インベントリ分析では、ライフサイクルの各段階においてインプットするデータとアウトプットされるデータを把握することで、どのステップで何がどのくらい消費され、どの程度の環境に負荷を与える物質が排出されたのか確認することが可能です。

「インベントリ分析」の対象工程とフロー図例(例:ペットボトルコーヒー飲料)
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その後最後のプロセスとして「影響評価」に取り組みます。これまでの分析結果を踏まえ、環境に影響を与えるCO2などの各項目が、温暖化や大気汚染などの環境課題に対し、どのような影響を及ぼすか定量的に評価をします。

しかし上記の内容を実務的にやりきることについては、以下の3つの課題に直面するとも考えます。

1. データ統合の壁

まずデータ収集について、製造プロセスのどのポイントでデータを収集すべきか、またその範囲や詳細度はどれくらいであるべきかという課題に直面する可能性があります。次に、収集したデータは集約する必要がありますが、複数ラインや複数拠点からのデータの集約はどのように実現すれば良いでしょうか。またこれらのデータの正確性はどのように確保するべきでしょうか。収集したデータの正確性の検証も必要かもしれません。

2. 組織内のリソースの壁

LCAの実施には適切なリソース(時間、人手、費用)が必要です。前述のペットボトルコーヒー飲料の例を思い出して頂ければと思いますが、ペットボトル本体を製造し、コーヒーを充填するまでの無数のラインの情報を集めるだけでも一苦労ではないでしょうか。人手不足が課題の現在、リソースの確保はとても重要です。

3. 外部関連の壁

最後に外部との調整です。まずサプライヤーの方々からの協力を取り付ける必要がありますし、関連するコストの負担者を確定する必要があります。コスト転嫁の課題も大きな悩みですが、変動する原材料価格や、政府の政策変更といった外部からの変数も、LCAの結果に影響を及ぼす可能性があり、これらへの柔軟な対応も必要です。

これらのお悩みを一挙に解決することは厳しいかもしれませんが、専門家の知見をご活用頂くことで、スムーズな実現に繋がる可能性は高いと考えられます。

 

今後の取組み

SEA地域は、各国の歴史的背景やビジネス慣習、規制や法律、多様な文化が複雑に交錯するエリアです。各国の各工場でも無数の業務プロセスが存在している可能性があり、製品によって製造プロセスも様々です。このような複雑な状況下であっても、製造業のGHG対策の取り組みは不可避な状況にあります。

これらの解決には製造業に関する理解、GHG排出削減等に関する専門的な知識や経験が必要であり、デロイト トーマツ グループはこれらのケイパビリティを備えております。また、日経企業を熟知したプロフェッショナルによるきめ細やかなサポートを実施することも可能です。まずは皆様のGHG排出の現状を把握することや、取組み事例を確認したいと思われた場合はお気軽にご連絡を頂戴できれば幸いです。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

1 タイ製造業におけるサプライチェーン脱炭素化|リスクアドバイザリー | デロイト トーマツ グループ | Deloitte

2 タイ製造業におけるサプライチェーン脱炭素化|リスクアドバイザリー | デロイト トーマツ グループ | Deloitte

3 Reducing the carbon footprint of the manufacturing industry through data sharing | World Economic Forum (weforum.org)

著者:渡辺 佑己

※本ニュースレターは、2023年9月29日に投稿された内容です。

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ap_risk@tohmatsu.co.jp

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