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COVID-19に関するインドネシアの状況と新たな不正リスク

クライシスマネジメントメールマガジン 第19号

日系企業の駐在員が多いインドネシアでも新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるビジネスへの影響が深刻化しています。現地のデロイト職員から最新の状況をお伝えするとともに、今後増加する可能性のある不正リスクとそれらに対応するための新しい不正調査の方法についてお伝えします。

東南アジア地域で最大規模の経済大国であるインドネシアは、新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)により甚大な影響を被っている。政府が実施した渡航制限や都市部のロックダウン等の措置は、国の経済に影響を与えており、今後も長年にわたって継続する可能性が懸念される。このような前代未聞の状況における不正リスクの増加に伴い、不正防止に関する専門家(以下、専門家)は、クライアントおよび自分自身の安全を確保しながら不正防止に関する業務を実施するため、新しい勤務条件に適応しなくてはならない。

I. インドネシアにおけるCOVID-19の影響

2020年、COVID-19は世界的な公衆衛生および経済問題となった。COVID-19の感染者や都市封鎖などの事例の増加は、世界経済に影響しており、インドネシアも例外ではない。東南アジアにおいて、インドネシアは最もCOVID-19の感染事例が多い。2020年7月13日現在、インドネシアのCOVID-19の患者は76,981人で、36,689人が回復したが、死者は3,656人となった。検査のリソースが限られていることや、政府が重要な情報の公開に消極的であることなどから、インドネシアにおけるこのウイルス蔓延の深刻さを十分に把握することは困難である。

このパンデミックは、インドネシア経済に長期的に影響する可能性がある。経済協力開発機構(OECD)が実施した最悪のケース予測によると、インドネシア経済は2020年に3.9%縮小し、COVID-19の第二波に見舞われた場合は、当初の想定よりもさらに劇的に経済が落ち込む可能性がある。この予測は、2020年6月、インドネシア政府が2か月間に及ぶ部分的な都市封鎖後、経済回復の試みとして経済活動の再開を決定したのと同時に公表された。一方で、世界銀行はインドネシアの今年の経済成長を0%と予測している。

2カ月間の部分的な都市封鎖後、インドネシア経済は数々の損失を被った。国際労働機関(ILO)が実施した調査によると、部分的な都市封鎖中、インドネシア企業の三分の二がビジネスを部分的または一時的に停止した。また、企業の90%が財政困難な状況にあり、キャッシュフローを維持するため、政府による補償を必要としているという。さらに、四分の一を超える企業が収益の半分以上を失い、多くの企業が労働者を解雇せざるを得ないという状況に陥っている。インドネシアの商工会議所は、労働者の解雇は、全業種合計で1,500万人に達する可能性があるとしている。

いまだ先行きが不透明な状況の中、インドネシアはCOVID-19の致死率が東南アジアにおいて最大であるにもかかわらず、インドネシア政府が経済活動の再開を決めたことは、政府が国民の健康よりも経済を優先しているとして、世間から批判を浴びた。東南アジアの国々は、経済活動を通常通り再開することに関して慎重な姿勢を示していたが、インドネシアは2020年6月、同年7月までに全ての経済活動を再開することを目標にすると発表した。この決断は、世界最大規模のCOVID-19感染者を抱えながらも経済再開を優先した米国に似ている。ベトナム、シンガポール、韓国など、COVID-19感染拡大の抑え込みに成功したと称賛される国々の対応は、このような時こそ国民の健康が最大の優先事項であると示している。

II. COVID-19のパンデミックにおける不正リスクの増加

COVID-19は、今後も世界経済およびインドネシア経済に影響を与え続けるだろう。渡航制限、リモートワーク、テクノロジーへの依存、経済的な不確実性など、労働者が対処しなければならない問題が突如として世界中の労働者にとって新たな労働条件となった。これら新たな労働条件は、物流およびオペレーション上の課題であるが、不正につながるプレッシャーや不正を犯す機会の増加にもつながる。

パンデミック中に生じた新たな脅威や不正リスクは、インドネシアに限らず、世界共通だろう。最大の脅威は、会社メールの漏えい、ハッキング、マルウェアなどのスキームを含むサイバー犯罪である。リモートワークでテクノロジーへの依存が高まっており、サイバー犯罪は、個人および会社にとって破壊的な結果をもたらす可能性がある。

サイバー犯罪に加えて、業者や販売者により行われる商品・サービス価格のつり上げ、製品の虚偽表示、過大請求などの不正は、COVID-19を契機に増加する可能性が高い。なぜなら、消費者は日用品の購入をこれまで以上にオンライン市場に頼っており、この困難な状況においては、オンライン市場の業者が多くの収入を得るためにこの状況を悪用する可能性がある。

また、多くの消費者がオンラインで取引を実施する状況においては、クレジットカード不正やモバイル決済不正など支払いに関する不正が特に大きな脅威である。最後に、このパンデミックにおいては、保険会社、医療専門家または製薬会社によるヘルスケア関連の不正も特に高いリスクである。

III. インドネシアにおける不正調査の新たな課題

パンデミックに端を発した環境の変化に伴い、世界中の労働者が日々の仕事に影響を及ぼす新たな課題に直面している。デロイト インドネシアのフォレンジックチームに属する専門家にとって、これらの課題は、不正調査の円滑な進行を妨げる可能性があり、自身およびクライアントが適応できるよう迅速に対応する必要がある。以下、調査の各段階におけるCOVID-19の影響とその対処方法を紹介する。

i. 調査計画

調査は、調査計画の立案から始まる。円滑に調査を進めるため、調査者とクライアントは、調査計画段階でスケジュール調整、必要な資料の整理、担当者との連絡などを行う。パンデミックの間、インドネシア政府からリモートワークが義務付けられたため、インドネシアの多くの企業は対面の会議を開催することができなかった。クライアントとの会議はビデオ会議ツールを使用して行われ、調査者とクライアントが同じ内容を理解していることを確認するため、会議は定期的に開催されている。特殊な状況のため、スケジュールは延長する可能性が考慮されている。

資料請求に関する手続きは、通常よりも長い期間がかかるだろう。なぜなら、調査者は紙文書を分析することができず、クライアントに文書をスキャニングしてもらい、クラウドにアップロードまたはメールで送ってもらう必要があるからだ。クライアントが調査に必要な書類のハードコピーを調査員に送付することは稀である。

ii. 現地視察

現地視察は、専門家が不正行為を目撃したり、不正を犯した可能性のある人や目撃者を直接インタビューしたりするための方法だ。2020年7月現在、インドネシア政府は、国内外の移動規制を緩和している。国内線の運航は限定され、乗客は劇的に減少している。

国外旅行に関しては、COVID-19の感染拡大が続いているため、政府もいまだに推奨していない。国外渡航の際には、正式な赴任証明書、PCR陰性証明書、滞在場所証明、詳細な旅行計画の提出などの条件を満たす必要がある。これらの規制もあり、多くの企業はこの不安定な状況において現地視察に消極的であり、専門家は、新たな問題に対処するためビデオ会議に頼っている。

iii. インタビュー

対面のインタビューは、調査者が調査対象企業の業務オペレーションを理解したり、不正を犯した可能性のある人や目撃者と対面したりすることができる場であり、調査の大きな柱である。パンデミックに伴い、ビデオ会議によるインタビューは、もはや可能性でなく現実的に実施可能な方法だ。

ビデオ会議のアプリケーションは、この問題解決に寄与した。しかしながら、対面のインタビューができない場合、インタビュー対象者のボディーランゲージを完全に理解することは難しく、ミスコミュニケーションの可能性や、インタビュー対象者がインタビューを受けることを避ける可能性がある。

ビデオ会議アプリケーションを利用するメリットとして、インタビューの録画が挙げられる。多くのビデオ会議アプリは、録画機能を備えている。伝統的な対面によるインタビューでは、録音、録画するために電子機器が必要となるが、ビデオ会議アプリなら簡単に録画することができ、データのコピーや保存も容易である。

iv. ビジネスインテリジェンスサービス(BIS)/バックグラウンド調査

ビジネスインテリジェンスサービス(BIS)(またはバックグラウンド調査)は、調査に関する企業や個人の情報を取得するために必要な調査の一環である。インドネシアでは、BISを行う際に使用することができる公正証書を管理する政府機関がある。多くの公正証書は企業名で登録され、個人名では登録されない。この政府機関はCOVID-19のパンデミック中も機能しており、専門家は現在も引き続きBISを実施することができる。

v. eDiscovery

eDiscoveryでは、パソコン、携帯端末、記憶媒体などの電子機器にある電子データを調査する。eDiscoveryは、パンデミック以前からリモートで実施することができた。eDiscoveryの担当チームは、彼らのハードウェアにアクセスすることができる限り、リモートでデジタル調査を行うことができる。eDiscoveryの問題はデータ収集であり、顧客のハードウェアから物理的にデータを収集しなくてはならないケースが多々ある。近年、データ量が増加しており、データの抽出には数時間かかる。

この問題を解決するため、このデータ抽出作業はフォレンジックのラボで少しずつ実施され始めている。この選択肢により、適切な文書化に関するフォレンジックの原則を遵守し、強固な文書保管体制を維持しながら、調査者とクライアントの対面機会を減らすことができる。

他の選択肢としては、特定の種類のデータを対象にリモートでデータを取得する方法だ。全てのデータを取得するのではなく、メールサーバーやクラウドなど顧客のオンラインシステムから対象データが必要最小限となるようにリモートで選定する。

vi. フォレンジック会計分析

調査者が会社の財務状況や取引などを分析するフォレンジック会計分析は、調査の大部分を占める。コロナ禍以前、調査者は大量の文書やデータの提出をクライアントに依頼し、クライアントは、調査者が分析できるよう電子データと併せて紙文書を提供していた。

パンデミックに伴い、会計書類および財務データは、検索可能性のある文書(通常はPDF)にするためOCRで変換し、必要な人にアクセスが限定され、セキュリティの確保された情報共有サイトやクラウドにアップロードするよう調査者から依頼されるだろう。このプロセスは、OCRやアップロードの作業時間を考慮すると、予想以上に時間がかかる可能性がある。しかし、調査者が必要なデータにアクセスできれば、このプロセスはパンデミック下でもマネジメント可能で、リモートでサポートすることができる。OCRは画像ファイルやスキャンされた文書の一連の文字を識別するため、テキストファイルのようにインデックス化が可能であり、検索可能性がある。

この方法のメリットは、データソースの保管、ワーキングペーパーの保管、分析とレポートの共同作業など、全てを1つの保存場所に集約できることだ。ただし、クライアントと調査者はこの集約されたデータの安全性を確保しなければならない。

IV. おわりに

世界は少しずつCOVID-19のニューノーマルに適応し始めており、インドネシアはこれ以上のネガティブな影響を減少させるために迅速かつ効果的に行動しなくてはならない。インドネシアは、第二波を避けるため、東南アジア諸国による経済再開へ向けた厳しい規制の事例に学び、国民の健康と安全により焦点を当てる必要がある。

パンデミックによる不安定な経済状況においても、専門家は調査を行うことができる。調査をサポートするビデオ会議ツールが洗練されており、前例のない状況においても、専門家が力を合わせて支援する準備ができている。

インドネシアの多くの地域は、ニューノーマルに向けた過渡期にある。ニューノーマルが定着し、コロナ禍以前の状態に戻るまでの間も、インドネシアでの調査は従来の方法を微調整することで実施できるため、気軽にご相談いただきたい。

執筆者

デロイト インドネシア
フォレンジックチーム
Dimas Bernardo Rahardjo

(2020.8.17)
 

本記事に関する問い合わせ先

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
中島 祐輔(パートナー)
扇原 洋一郎(シニアヴァイスプレジデント)

※本稿はデロイト インドネシアによる「Indonesia’s situation during COVID-19 and in the face of new emerging fraud risks」の翻訳です。
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。