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事業再編・事業構造改革(その2)

クライシスマネジメントメールマガジン 第38号

シリーズ:製造業の経営窮境要因と事業再生に向けた打ち手 第5回

2020年初頭からのコロナ禍は製造業も直撃した。最終製品を製造するメーカーが世界中で生産調整を実施した結果、コロナ禍以前から経営状況が芳しくなかった一部のBtoBを主とする製造業は一気に経営危機、もしくはその予備軍に陥っており、我々にも数多くの相談が寄せられている。このような窮境状況の企業に対して、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社では事業再生に向けた支援を行っている。こうした製造業の再生への処方箋を、シリーズを通じて紹介する。第5回は最終回として、海外拠点統廃合の進め方を具体的な事例を通して紹介する。

1. 海外拠点統廃合の進め方

第4回で述べたように、事業構造改革を進めるには、しっかりとした青写真を描いたうえで、包括的な生産地図の見直しを行うわけであるが、具体的に実施していくには海外拠点撤退の実務は必須である。特に、製造業界では、

  • 顧客への供給責任の履行が前提となる場合があり、その場合、長期にわたり、顧客、従業員、サプライヤー等各種ステークホルダーとの調整が必要となること
  • グローバル拠点ごとに各国ごとのルールや慣行が異なり、リスクと対応策が異なること

等から、他業界と比べて相対的に難易度が高く、より慎重な取り組みが求められる。
 

(1) 方針検討段階

海外事業撤退の方針立案段階では、合理的に考えられる戦略オプションを検討の俎上に載せたうえで、オプション別の定量効果(損益、キャッシュフロー等)、定性効果(レピュテーションリスク等)等を比較衡量し、事業継続するのか、売却するのか、清算するのか等、基本方針をまず意思決定する。

(2) 計画策定段階

撤退の方向性が判断された場合は、計画の詳細化に入る。

特に生産機能の撤退の場合、製品の生産移管もしくは転注方針の立案、それに伴う販売・生産・人員・投資計画、リストラコスト試算、撤退スケジュールの詳細化(工場閉鎖・労働契約解除、会社清算に係る、手続きに必要な期間が反映されているか)等、検討項目は多岐にわたる。

これらの検討実施に際しては、対象拠点の協力社員(拠点撤退の責任者)の協力が不可欠である。協力社員が、撤退を進めていくために必要な現地の情報・データを取得し、日本本社に提供する任を担う。これらは社内非公開で進めていく必要があることから、秘密保持等信頼のおける人物に依頼するのが望ましい。

(3)  実行段階

実行段階では、社内外の情報管理が最重要ポイントとなる。すわなち、撤退にあたっては、新規受注停止、生産継続期間(作りだめ)、生産終了までのステップがあるが、どのタイミングで従業員に告知し、告知まではどのような建付けで従業員に説明するのか、ということである。新規受注停止後、早いタイミングで従業員に事業停止を告知すれば、より長い期間リテンションが課題になる一方、告知タイミングを遅らせれば、告知までの間秘密保持が必要になり、情報漏えい時の従業員との係争リスクをはらむこととなる。
 

当社では、直近2年間でAPAC、欧州中心に世界13か国で、海外子会社の戦略的撤退プロジェクトを20例以上支援している(うち95%が製造業)。過去の経験を踏まえて海外事業撤退を成功させるためのノウハウを体系化・実践しているため、スピーディーかつ成功確率の高い撤退の支援が可能である。
 

【事例:売却で撤退したケース】

日系メーカーA社の米国子会社X社は、10数年前の買収後も長く業績が低迷しており、相当な損失を出し続けていた。当初は業績改善のために日本から多くの人材が送り込まれたが、それでも赤字を脱することができないため、いつの間にかX社は放置に近い状態に置かれるようになっていた。

その後、A社ではついに清算を含むX社事業の抜本的な見直しを行うことを決断し、アドバイザーとしてデロイトが起用された。デロイトでは、まずX社の事業実態の把握(事業レビュー)を実施、A社の手によるX社再建の可能性と、採り得る事業再構築オプションについて検討を行った。その結果、X社再建の可能性は決して大きくないとする一方、現地投資家への売却可能性が認められた。ただし、売却実現は確かなものではなく、条件的に極めて厳しいものとなる可能性もあった。そのため、「売却による撤退を優先的に探求しつつも、それが不首尾に終わった場合の手戻りを最低限に抑えるため、X社の会社清算も並行して準備を行う」という方針でプロセスを進めることとした。

X社従業員には、自力での業績改善は断念しないとの体裁で、現地デロイトの業務改善の専門家が支援しながら、実際には現地従業員を撤退へ向けた活動に巻き込んだ。一方、デロイト日本のメンバーも、現地に長期滞在し、撤退計画を密かに具体化しなければならないX社社長(日本からの派遣者)を物心両面でサポートした。

数ケ月に及ぶ買い手候補との交渉の末、X社は無事現地投資家に売却されることとなった。予想された通り条件的にはかなり厳しいものだったが、デロイトは「それでも清算するよりも経済合理性がある」との判断材料を提供し、A社の決断を後押しした。1年ほど前には困難だと考えられていたX社からの円滑な撤退を実現したA社を市場は好感し、撤退により生じた損失を大きく上回る株価上昇でA社の決断を評価した。

【事例:清算で撤退したケース】

日系部品メーカーB社の中国子会社Y社は、2000年代の初めに、低廉な労務コストに魅かれて日本国内向けの製造拠点として進出したものの、最近は賃金上昇や人民元高によって「安い製造拠点」としての位置づけは失われている。現地企業との競争が激しく現地での拡販もままならず、B社では工場閉鎖とY社清算を決断するに至った。

撤退支援のアドバイザーとして起用されたデロイトは、まず撤退に伴う費用・損失の試算を実施し、併せて、販売先・サプライヤー等との契約内容や、従業員との係争の有無、地元政府との関係等をヒアリングし、撤退に当たってどのような障害がありうるのかを洗い出した。

最大の障害は販売先への製品供給契約が数年継続することだったが、販売先との根気強い協議の結果、メイン販売先とは中国国外からの供給に切り替えてモデルの製造終息まで供給継続すること、一部ローカル販売先との契約は途中で返上することで合意し、生産の早期終了の目途をつけた。

また、従業員に対しては、トラブルによる操業停止に備えた在庫の作り貯めを行ったうえで、工場閉鎖の3カ月前に告知を実施した。事前に入念な説明準備と労働契約解除への補償プランの用意を行ったため、告知後も目立ったトラブルはなく、3カ月後の生産終了とともに従業員との雇用契約を終了させることができた(清算業務に当たる一部従業員を除く)。
 

2. おわりに

本シリーズでは、製造業における経営窮境の要因と事業再生に向けた打ち手に関する考察を、実際に我々が経験してきた事例を交えて紹介してきた。

製造業における事業環境は、グローバル化の発展とともにボーダーレスの時代を迎えており、世界的な競争環境の激化とともにリスクも複雑化してくる中で、各社は極めて難しい経営を求められる状況になってきている。そのような状況で昨年より発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の蔓延という未曽有の事態による影響を受け、各社の長期戦略の見直しが急務となっていることは言うまでもない。実際にCOVID-19の影響を考慮しその後の成長ストーリーを再度描くために改めて事業性評価を行っている企業も多い。

その検討結果として、自力での事業再構築、或いは外部との提携による再生・改善等、様々な打ち手が考えられるが、いずれのオプションを取る場合でも、この困難を乗り越えるためには、経営陣の強い意志の下で、現在の事業環境における自社の立ち位置を適切かつ客観的に評価し、自社を迅速、柔軟に適応・進化させていくことが必要となる。

当社としては事業性評価・オプション策定支援から事業再生・事業売却の実行支援において豊富な経験を有しており、そのご支援ができれば誠に幸いである。

以上

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
グローバルリストラクチャリングアドバイザリー
小川 幸夫(シニアヴァイスプレジデント)
五十鈴川 憲司(シニアヴァイスプレジデント)