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Withコロナ、Postコロナ時代における海外駐在員の役割に関する考察(2/2)

クライシスマネジメントメールマガジン 第18号

シリーズ:丸ごとわかるフォレンジックの勘所 第24回

新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)の感染拡大防止のために規制されてきた経済活動が各国で再開され始めています。しかしながら、第2波、第3波に見舞われる可能性が否定できない現状において、海外出張や駐在員の派遣を見合わせる企業も多くあります。本稿では、COVID-19のリスクを前提としたニューノーマル(新常態)において変化する海外駐在員の新たな役割を考察します。

前回(第23回)は従来の海外駐在員の役割を整理したが、今回はWithコロナ時代、ニューノーマルの環境において海外駐在員に求められる新たな役割について考えていきたい。東南アジア諸国では、今春に一時帰任した駐在員の再赴任が未だに50%程度という国もあるようだ。これまで現地に滞在していた駐在員が日本から海外子会社等の仕事を一部行わざるを得なくなっている一方で、コロナ禍においても現地に留まり、陣頭指揮を執っていた現地経営層の駐在員もいることだろう。かかる状況は海外駐在員の役割を再定義するべきタイミングに来ていることを示唆している。
 

I. ニューノーマルにおける海外駐在員の新たな役割

今後新たに求められる、または強化されると想定される海外駐在員の役割を要素別に述べていきたい。

(1) Risk Management(リスクマネジメント)

COVID-19が世界各国に蔓延してから既に4カ月以上が経過している。経済状況の悪化は深刻化の一途をたどっており、国によっては治安の悪化も懸念され始めている。従前より海外駐在員は派遣先の国・地域の事情を正しく把握し対応することが求められてきたが、今後はさらに企業活動における広範なリスクマネジメントを求められるだろう。事業活動に伴う重要な要素に係るリスクとして、以下のようなものが挙げられる。

i) 再赴任時のリスク
一時帰国した駐在員が再赴任する際は、まず再赴任の可否についての検討が必要だろう。国によっては入国時に新型コロナに対する健康証明書(陰性証明書)が必要とされる場合も多い。また、家族帯同の可否については現地国におけるリスクを考慮し、従前よりも十分に吟味する必要がある。

ii) 現地従業員の健康リスク
労働集約型の企業にとっては、数多く抱える現地従業員の状態が事業活動の最重要資源だ。現地従業員の健康管理は、日本人駐在員に的を絞ったものが一般であったが、今後はローカルの従業員も含めた健康管理が重要となる。現地国の状況を不断に情報収集し、適切な戦略に基づいた健康管理計画を立案実行するべきだろう。

iii) 再赴任後の駐在員自身のリスク
当然ながら現地駐在員自身の健康リスクへの配慮も重要である。日本人駐在員が利用可能な現地医療機関において、COVID-19などの感染症に対応しているかの確認がこれまで以上に必要となるだろう。また現地駐在先での不自由な生活やCOVID-19によるストレス等によるメンタルヘルスへの影響についても注視することが求められる。

iv) サプライチェーン全体のリスク
COVID-19により停止または制限していた事業を再開する際は、前後の現地取引先を含むサプライチェーン全体において総合的な供給力(質・量・時間)が現在必要十分に達しているかを確認する必要があるだろう。サプライチェーンの供給力に疑義が生じた場合は、速やかにサプライチェーンを見直すことが求められる。

v) 企業内外における不正リスク
COVID-19を契機とした経済悪化シナリオとリモート労働環境シナリオの2大要因による不正リスクが想定される。経済環境の悪化により企業収益が落ち込むことで、経営者不正のリスクが高まる可能性がある。また、リモート環境においては不十分な内部統制やモニタリングの間隙をついて横領、汚職が発生する可能性が高まるだろう。起点が取引先となる可能性にも注視すべきだ。(「COVID-19による経営環境の悪化で想定される不正シナリオ」参考)

(2) Localization Facilitator(現地化の促進役)

駐在員を派遣するコスト、リスク等を考慮すると、日本からの駐在員派遣に頼らず、どのように現地従業員のみでビジネスを回していくかが重要となる。現地における採用、従業員の教育などを含むタレントマネジメントが今まで以上に重要な課題となる。

実施すべき対策として、業務オペレーションのうち、現地従業員に属人化した領域の棚卸が必要だ。それらの業務を標準化したうえでオペレーションをオンライン化し、現地従業員で対応することができるように業務環境を整備することが必要である。なお、業務の棚卸を実施する際には、内部統制の穴がないかを十分に吟味し、必要な統制を導入することが肝要だ。

(3) Digitization Facilitator(デジタル化の推進役)

日本において在宅勤務が定着し始めているが、グローバルビジネス環境においても同様に在宅勤務環境の整備が求められていくだろう。既に活用されているオンラインの各種コミュニケーションツールだけではなく、現地の状況を日本からモニタリングできるIoTを活用した環境構築が求められる。そのため、駐在先海外子会社における業務オペレーションのデジタル化は急務である。デジタル化によるオペレーションの可視化(ビジュアライゼーション)は、今後海外子会社ガバナンスにおいて標準的に子会社に要求されるものとなるだろう。

(4) Think Tank (知識人)

海外駐在員には、本社の従業員よりも現地の各分野に精通した知識人としての役割が求められることだろう。特に知識・情報が必要とされる領域としては、現地国の政府対応(COVID-19関連政府方針等)、現地法制・税務対応(COVID-19関連の法制や税制優遇制度の把握等)、現地医療事情(PCR検査等の対応可能な検査機関の把握等)、不正・不祥事発生時の対応(リモートによる不正調査)等が挙げられる。

このような知識は、現地の各種プロフェッショナル(コンサルティングファーム、弁護士、会計事務所、医療機関等)と協働することで駐在員へのナレッジトランスファーを推進することができるだろう。駐在員をハブとしたワンストップでの対応が今後駐在員に求められる。

(5) Decision Maker(決定者)

海外に派遣された駐在員は、現地における経営層の役割を担い、事業活動に係る意思決定を行ってきた。これまでにない困難に立ち向かう必要のあるニューノーマルにおいては、この役割がより重要となってくる。今後発生する事業活動へのネガティブインパクトをどのように評価、判断し対処するかなど、まさに経営判断力が問われることになる。

経営判断においては、i) 選択可能なオプションをリストアップ、ii) 各オプションのシナリオにおける便益とリスクを評価、iii) 適切な戦略とロジックにより選択、iv) シナリオに沿ったアクションプランを実行するために必要なリソースを用意、v) アクションプランを実行する決断、指示、進捗モニタリングを実施、vi) 阻害要因が発生した際に対応すること等が必要になる。今後、現地に派遣される経営層は、スピード感のある迅速な経営判断を行う戦略・論理的思考がより求められる。

(6) Internal Auditor(内部監査人)

海外子会社に対するガバナンス活動の主要なものとして内部監査がある。現地化の推進およびCOVID-19によるさまざまな影響を受けた海外子会社の平衡を保つため、内部監査の強化は必然になると予想される。前述の通りCOVID-19による事業環境の大きな変化による不正リスクの高まりが懸念されているため、グループ全体として今後のガバナンス活動をどのように変革していくかは、企業活動において重要な課題になるだろう。

従来型の内部監査の手法では、日本本社の内部監査部門が各国の現地法人へ出張してフィールドワークを行う手法が一般的であったが、今後は、出張を前提とした内部監査の手法から大きく舵を切らざるを得ない。

ニューノーマルにおける内部監査については、デジタル化が進むことが予測されるが、デジタル化のみで対応が難しい部分は依然として残るため、海外駐在員に対し、現地に居住する重要な内部監査人としての役割を再定義し、育成していく必要が生じることも十分考えうる。

内部監査人としての海外駐在員に求められるスキルには、ガバナンス活動全般の理解、内部監査的視点に基づく統制活動(業務プロセス、企業カルチャー、従業員エシックス)、内部監査手続きの理解と監査フィールドワークの実行力等が挙げられる。内部監査手続きのスキルについては、実地訓練(OJT)が最も効果的と考えられるため、派遣先国における内部監査を委託しているプロフェッショナルファーム等と内部監査のコソース(内部監査の協働実施)を通じた訓練が効果的であろう。
また、事業環境悪化に伴い、現地駐在員、特に現地経営層が不正に手を染めるリスクが高まる可能性があるため、内部監査に携わる現地駐在員は、現地経営者の配下に置かず日本本社からの直属のレポーティングラインに入れることが重要となる。

以上のように今後の海外駐在員に求められていく役割、スキルをまとめたが、海外駐在員に限らず、日本における経営層においても同様のスキルが求められていくことだろう。

II. おわりに

COVID-19を契機として、コミュニケーションのオンライン化、さらにはIoTを活用した事業活動のデジタル化は、いまだかつてないほど速いスピードで進んでいる。わざわざ現地に赴かなくても、オンラインでタイムリーにコミュニケーションを図ることができる現状において、各企業はなぜ海外駐在員を派遣する必要があるのかを改めて見直すことだろう。

先行きが不透明なグローバルビジネスシーンにおいて、今まで以上にプロフェッショナルなスキルを備えた海外駐在員が求められることは必至である。海外駐在員の方々も、ご自身の付加価値を高めるためにこれまで述べたポイントをご参考いただきたい。

企業側においても、COVID-19 を機会と捉え、海外駐在員に求めるべき役割を再定義し、駐在員派遣の可否を検討する際の一つの参考となることを祈り本稿を終えたいと思う。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメント サービス

ヴァイスプレジデント 扇原 洋一郎

(2020.8.5)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。