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「クライシスリーダー」になるために

危機対応から得るインサイト

本稿は、Deloitte UKのウェブサイトにて公開された記事 Helping leaders become crisis leader を日本語に翻訳し、一部加筆・修正を加えたものです。和訳版と原文(英語)に差異が発生した場合には、原文を優先します。

今日の企業は、尽きることのない課題に直面しています。深刻な政治的・経済的環境の変化、破壊的なテクノロジー、ソーシャルメディア主導の行動の変化、異常気象、絶え間ないテロとサイバー攻撃の脅威……。これらは、企業が取り組む課題のうちのごく一部に過ぎません。

ほとんど前触れもなく、リスクや課題、クライシスは発生します。これほどまでに「クライシスへの備え」が企業に求められたことはありませんでした。

こうしたクライシスへの備えのため、企業は組織として様々な取り組みを実施し、レジリエンスを高める必要があります。それには、クライシスを直接経験した企業の教訓からの学びが重要です。

本記事は、このような学びを促進すべく執筆しています。デロイト トーマツ グループは、過去の経験を生かし、クライシスへの効果的な対応に欠かせない新たなインサイトをクライシスマネジメントの様々な側面にもたらし、企業のクライシス対応能力の向上をサポートします。

以下では、多様なクライシスに対応するうえで、効果的かつ最も重要となる要素のひとつ、リーダーシップについて概観します。

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危機に効果的に対応するうえで、最も重要な要素は何か?

私たち、デロイト トーマツ グループは、クライシス対応計画の改善を目指す企業から、上記のような質問をされることが多くあります。

どのようなクライシスに対応する場合にも、多数の要因が一定の役割を果たすということです。効果的なクライシス対応には、強固な体制と手順が求められます。クライシスの影響を軽減するために尽力する、十分な訓練を積んだ誠実な人材がいてこそ、必要となる体制と手順を速やかに実現することができます。

また、企業の成功を願うステークホルダー、あるいは少なくとも企業の失敗を望まない様々なステークホルダーの協力も必要でしょう。

とはいえ、クライシス対応が成功した場合に何かひとつ明白な要因があるとすれば、それは効果的なリーダーシップ、さらに言うなら、効果的な「クライシスリーダーシップ(有事の際のリーダーシップ)」です。効果的なクライシスリーダーシップがなければ、適切なクライシスへの対応は難しくなります。 ではクライシス対応計画の一環として、一体何をすれば、経営者は「平時のリーダー」から「クライシスリーダー(有事の際のリーダー)」へと変身できるのでしょう?

その問いに答えるため、巧みなクライシスリーダーシップの中心にあるものを探る必要があります。

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求められる能力は変わらない

「優れたクライシスリーダーには、超人的なリーダーシップ能力か、さもなければ、日常的にリーダーに求められるレベルとはまったく異なる特殊な能力・立ち振る舞いが必要だ。」そう片付けたい誘惑にかられます。しかし、本当にそうでしょうか?

クライシスリーダーには、効果的にクライシス対応においてリーダーシップをとるため次の4つの能力が求められます。

  1. 経営環境の内外で起きていることについて、事実を正しく認識する
  2. 自社のミッションを明確に表現する
  3. 実現可能な目標や成果についてコンセンサスを取り、共有することで、達成に向け周囲の協力を促す
  4. 取るべき対応または一連の活動を最適な人材に割り当て、責任をもって実行させる

この4つは、リーダーに日常的に求められる任務であることは明らかです。では、なぜ多くのリーダーは「平時のリーダー」から「クライシスリーダー」へと姿を変えられないのでしょう?

平時でも簡単には実行できない活動が、クライシス発生時にはさらに困難になります。

何が発生したか、どのように発生したかが正確に理解できていないと、的確な状況分析が非常に難しくなります。刻々と変化する状況の中、緊急対応 、規制当局、政府機関の突然の介入により、誰が何をすべきかについて混乱が生じるおそれがあります。その結果、最善の対応が何であるのか、判断ができなくなります。ましてや、現実的な目標など立てられません。最善の対応が決まらなければ具体的な行動は起こせず、その行動を指示することも不可能になります。

その上、マスメディアとソーシャルメディアはほぼ必ず、クライシスを感情的な論調で容赦なく取り上げ、犯人捜しや、被害者の救済に向けた速やかな対応を求めます。*

リーダーがこうした任務を十分果たせずに苛立つことで、短気になる、早まって責任を転嫁する、完璧な解決策(クライシスにそのようなものは存在しない)を探す、「縄張り」争いを繰り広げるといった行動が生まれ、その焦りが部下にも伝わります。普段は周囲に十分配慮できるリーダーが、部下の前で見せたこともないような醜態をさらすのです。やがてリーダーの権威が低下し、任務の遂行がさらに困難になります。悪循環の始まりと言えるでしょう。

ここまでで、クライシスリーダーになることの難しさが明確に見えてきました。では、どうすればよいのでしょう?

*「被害者と犯人」をめぐる力学は、以下の記事(英語)で詳しく扱っています。
Putting victims at the heart of a crisis response

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有能なクライシスリーダーに変身するための3つのステップ

以下では、すべての企業が採るべき3つのステップを概説します。

  1. リーダーシップのあり方をあらかじめ整理しておく
    十分な危機対策計画を備えた企業は、一般に、戦術・経営・戦略的なレベルでクライシスへの対応を支援する段階的な危機対応体制を確立しています。これらの各チームそれぞれにリーダーが任命されています。しかしほとんどの企業は、それ以外のリーダーがどう動くかを考えてはいません。戦略的なレベルの危機管理チーム(CMT: Crisis Management Team)のリーダーが、CEO以外の人物である場合、CEOはどのような役割を担うのか? CMTのリーダーには、どういったレベルの権限が与えられるのか?取締役会長や非業務執行取締役の役割は?クライシスがもたらす混乱により、リーダー同士が衝突する、支配権を争う、アクションが重複する、矛盾する指示を出すといった状況が増えます。あらゆる事態に備えることはできません。危機対応計画の一環として、上級経営陣の間で、危機管理チームを軸として各自がどう動くかを話し合っておく必要があります。
  2. 危機時の任務遂行に役立つツールやテクノロジーを教える
    リーダーが、クライシスの際に必要となる前述の重要な任務遂行を支援する様々なツールとテクノロジーが存在します。リーダーがクライシスに伴う混乱や雑音に惑わされることなく、各段階で危機管理チームと連携しつつ、決然と行動できるよう支援する目的で、こうしたツールやテクノロジーが用意されています。こうしたツールは、リーダーが重要な任務を遂行する過程で、確実に統制できるよう支援します。そしてリーダーの苛立ちを緩和し、無駄なアクションを未然に防ぎます。とはいえ、標準的な危機対応プログラムの中でこうしたツール、テクノロジーを把握できているリーダーは多くありません。
  3. リーダーに、決めたやり方を検証し、スキルを練習する機会を与える
    クライシスの渦中に先頭で指揮をとるのは、ツールでもテクノロジーでもありません。人です。そのため、クライシス時のリーダーシップのあり方を明確にし、実際に検証しておく必要があります。リーダーに、ツールやテクノロジーを「感情的になった状態」、または出来る限りクライシス時に近い状態で各種対応や判断の練習する場を用意することも必要です。そのための有効なソリューションも存在します。危機対応シミュレーション訓練です。しかし、この種の重要な取り組みの場で、「リーダーシップ」にしかるべき重点が置かれることは多くはありません。

またリーダーは、クライシスに対応する他のリーダーに対しても関心を向け、十分に理解するべきです。クライシス対応には、トレードオフがつきものであり、何かを得るために、何かを捨てることが必要になります。そのため、他社のクライシス対応を批判するよりも、その対応を指揮するリーダーが強いられたトレードオフを検討し、もし自分が同じ状況に置かれた場合には、どのように対応したかを考えてみるべきです。

こうした段階を踏むことで、リーダーは「平時のリーダー」から「クライシスリーダー」へと変わる心構えをすることができます。いつ訪れるかもわからない、幾多のクライシスシナリオに対して自社の対応能力を大幅に高める、重要な最初の一歩を確実に踏み出すことができるでしょう。

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クライシスリーダーシップを発揮する

リーダーがキャリアの中で経験する最大の試練のひとつは、自社にクライシスが発生したという報告を受けた瞬間に訪れます。そのリーダーがCMTのリーダーである場合には、なおさらです。

「悪いニュース」をリーダーに伝えた人物は、その瞬間からリーダーの反応をつぶさに観察します。リーダーがその事態をどれほど深刻な状況であると捉えているか確認するためです(そして、自分も責任の一端を負わされる可能性があるか知るためです)。クライシスが発生した際も同様です。ただし、さらに厳しい目がリーダーに注がれます。加えて、報告した人物は次にとるべきアクションを知りたがります。

CMTのリーダーは、パニックを起こすことはほとんどありません。しかし、矢継ぎ早に指示を出してしまったり、どうすべきか分からずアクションを起こせないといった反応は、珍しいものではありません。

このような反応は能力不足が理由ではありません。人の進化の結果からくるものなのです。

人間の脳には扁桃体と呼ばれる部位があります。この部位は神経細胞の集まりで、しばしば「緊急ボタン」にたとえられます。扁桃体は絶えず脅威に目を光らせています。脅威を発見するとわずか数ミリ秒で、戦うか、あるいは逃げる態勢を整えます。血液中にアドレナリンを放出し、体に対して逃げる準備か戦う準備をさせます。残念ながらこの働きにはマイナス面もあり、アドレナリンのせいで脳内の合理的思考や問題解決を司る部位である前頭前皮質の働きが抑制されます。そのため、いわゆる「感情によるハイジャック」*が起こり、反射的にずさんな指示を出す、理性が麻痺した状態に陥るといった事態を招きます。前者はまったく役に立たず、後者は極めて危険な場合があります。

では悪いニュースの報告を受けた時、リーダーはどうすればよいのでしょう?

  1. 何もしない。少し時間を置く 企業のクライシスリーダーが、命を救う緊急的な介入を行うことはまずありません。そのような勇敢な任務は他の人が果たすものです。リーダーは少し時間を置き、検討の時間を設けることができます。
  2. あらかじめ決めた質問リストを用い、問題を整理する リーダーは、しばしばリスト化されたものを嫌います。自分はリストに縛られないと考えているためです。しかし、あらかじめ確認すべき事項を決めておくことで、落ち着いた冷静な対応を促し、 統率力を示し、何よりも、状況を正確に評価することができます。
  3. 情報発信を通じて、余裕を確保する クライシスに対応するため、企業には時間と余裕が必要です。企業がクライシスの発生を認識していることをSNSや声明文を通じて発信することで、少なくとも一定の時間と余裕を確保できます。
  4. 危機対応体制を立ち上げる 危機対応体制の立ち上げを命じます。立ち上げの方法は、事前に決めておく必要があります。
  5. リーダーシップの在り方を明確にする 前述のように、リーダーシップのあり方もあらかじめ決めておくべきです。とはいえ、想定通りに対応が進められているか、リーダー同士が電話等で手短に確認しても時間の無駄にはなりません。
  6. 残された時間と余裕を有効に活用する 上記の点に注意すれば、リーダーは初回のCMT会議に先立ち、考えをまとめる時間と余裕を確保できます。この時間と余裕を活用して、現時点で分かっている事実を精査し、普段通り動けば良いだけだと自分に言い聞かせます。そうすることで直面する課題はある程度想定の範囲内で解決することができるでしょう。

* Goleman, D. (1996), Emotional Intelligence: Why it can matter more than IQ. London: Bloomsbury Publishing Plc. (Page 13).(ダニエル・ゴールマン著『EQ~こころの知能指数』、講談社)

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