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ナレッジ
マイノリティ出資を活用したVUCA時代のイノベーション戦略
独自動車部品メーカーA社の出資ヒストリーから紐解くトランスフォーメーション事例
VUCAと呼ばれる不確実性の高い現代で、大きな変革の局面を迎えている自動車業界は、特に未来が見通しにくい状況にあり、この変化に対応できない企業は淘汰されていくであろう。そのような激動の時代にあり、自動車関連メーカーは中核事業のリモデリングと併行して新たな柱となる新規事業の創出が待ったなしの状況である。 自動車関連メーカーがどのように新事業/イノベーションを創出しようとしているのか、先進事例である独自動車部品メーカーA社の戦略を紐解き考察する。
ドイツ自動車部品メーカーA社の出資戦略
A社は「今日の飯のタネ」となる既存事業の強化を図りつつ、「明日の飯のタネ」となる新事業/イノベーション創出による成長を目指すという、既存事業の継続的発展と新規事業創出との両立を、マイノリティ出資を巧みに活用することにより実現しようとしている。
既存事業の強化領域や新事業領域の多くは、既存事業とデジタルの融合や新技術の登場、社会課題解決のために生まれた新市場であり、この新市場でのポジショニングを優位に行うためには、スピーディーな市場の面取りによるデファクト化が重要となる。この実現には、必ずしも自前主義は有効ではなく、M&Aやアライアンス等により他社のケイパビリティを上手く活用し、非連続的な成長を実現することが肝要である。
A社の出資戦略において特に注目すべき点は、アーリーステージのスタートアップへのマイノリティ出資を上手く活用し、次に必要となる技術に対してかなり早い段階からリスクをとった出資を行っている点である。A社は2010年1月時点から2022年9月時点まででマイノリティ出資を158件実行しており、そのうち約7割がシード/アーリーステージでの投資である。
また一方で、A社は、上記の期間に実行した67件もの出資が本来の投資目的を達成できない状況(ターゲット企業の上場、他社による買収、倒産等)になっている。
A社はこの様なリスクの高い出資戦略により何を得たのか?
例えば、A社は2014年に創業したマシンビジョンセンサーのスタートアップ企業に対し、2015年のシードラウンド段階からCVCを通してマイノリティ出資を開始したのを皮切りに、現在までに計5回の出資を実行している。このスタートアップ企業が発明した、人間の網膜/脳の動きを模倣したイベントベースビジョンテクノロジーは自立走行車の「第2の目」になるとも評されおり、今後の進展が大いに期待されている領域である。A社は、自社開発ではなく他社活用により、「今日の飯のタネ」となる既存事業の強化を実現しているのである。
この他にもA社は、自動車の電気自動車化による家電化に伴い、事業領域をいわゆるスマートホームといった領域にも展開している。ここでもエネルギーマネジメントやIoT分野で先進的なスタートアップ企業への出資を通じた関係構築を積極的に行っており、「明日の飯のタネ」となる新市場でのデファクト化や市場の面取りを狙っている事がわかる。
日本企業への示唆
自社にないケイパビリティを補うため、他社の能力や事業を獲得するM&A手法は近年日本でも一般的になってきたが、A社で見られるようなマイノリティ出資による提携手法は、いつから海外の主要企業でそのセオリーが確立したのだろうか。
当社のNapierのデータでは、2010年ごろまでは、未上場企業へのマイノリティ出資はほとんど実施されておらず、洋の東西を問わず、彼我の差はほとんどなかったことを示している。一方で、この直近10年で、海外主要企業のマイノリティ出資戦略が大きく変化していることがわかる。
マイノリティ出資は、経営権が掌握できず対象事業部門のオーナーシップが曖昧となる点、ROIC経営等の観点から敬遠されてきた。しかしながら、ROIC経営等をモデルとしてきた海外主要企業は、このROIC等のセオリーに反し、この10年でマイノリティ出資による新たな戦略的手法を試行錯誤でブラッシュアップしてきたことになる。
スタートアップへのアーリーステージからの資本参画は大きな投資リスクを伴うが、海外の主要企業は、この投資リスクよりも新市場等における自社のエコシステム強化を優先している。自前主義の傾向が強い日本企業には、このトレンドに対抗する新しい手段の構築が求められる。また、こういったマイノリティ出資を活用したトランスフォーメーション戦略の事例は、なにも自動車部品メーカーに限らない。昨今あらゆる業界でディスラプティブな変化が生じており、同様の戦略が他の業界でも有効になるのではないであろうか。
Napier - Monitor Deloitte
https://portal.dps.deloitte.jp/contents/assets/Napier/index.html
執筆者
吉岡 孝師/Takashi Yoshioka
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員
「Napier」の事業責任者。成長戦略実現のためのM&A・アライアンス戦略立案を専門領域として、新規事業推進組織の立ち上げ、外部連携推進に係る案件に多数関与、Napierの開発を通じてコンサルティングサービスのDXや、サブスクリプション事業化を推進。
長嶋 規博 /Norihiro Nagashima
デロイト トーマツ コンサルティング ディレクター
「Napier」の発案者・開発責任者。M&A・アライアンス戦略、新規事業の専門家としてクライアントサービス提供に加え、デロイト内でNapier事業企画、推進組織の立ち上げ、外部提携を主導。経営管理高度化、統計的手法を用いたモデル化・分析、会計・税務にも強みを持つ。
穴山 達朗 /Anayama, Tatsuro
デロイトトーマツコンサルティング シニアコンサルタント
「Napier」研究グループメンバー。主に製造業やテクノロジー企業のM&A・アライアンス戦略立案、Deal実行支援を専門領域として国内外の大小さまざまな案件に多数関与した実績を持つ。「Napier」を活用した事例研究を推進。
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