Posted: 01 Sep. 2021 3 min. read

DXを巻き起こす「価値創造サイクル」成功の秘訣とは

1.日本らしいデジタル変革とは ~ポイントは「在るものを活かして、無きものを創る」
2.DXを巻き起こす「価値創造サイクル」成功の秘訣とは
3.デジタル人財育成のために今、日本が取り組むべきこと

 

前回の記事では、日本社会のデジタル変革を進めていくために「在るものを活かして、無きものを創る」というコンセプトの下、3ステップの価値創造サイクルを回していくことを提言した。

本稿では、まず価値創造サイクルを実行する上でハードルとなる課題を考察した上で、日本固有の強みを活かした取り組み事例を課題解決のヒントとして紹介したい。

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まず、価値創造サイクルの第一段階の「データをとる」については、データをとること自体が課題となる。日本では紙が多く使われ、データベース化されていない場合や、データベースがあったとしてもデータ共有に対して心理的な抵抗感がある場合がある。

 

第二段階の「つながりをつくる」の課題としては、データ共有の場がまだ少なく、データをつなげるためのルールが存在していない。また、データをつなぐための様式が標準化されていないため、各社が異なる様式でデータを保有していることが多い。更に、つなぐ際のセキュリティについても堅牢にしていかなければならない。

 

第三段階の「価値を生み出す」について、データを読み解き価値に変えていくための人財不足や、既存のルールが制約となっていることが課題として存在する。

 

このような課題が山積している中で、二つの事例を通して上記の課題を解決する糸口を探っていきたい。

事例① スーパーシティ構想におけるID基盤づくり(まえばしID)

群馬県前橋市はスーパーシティ構想に手を挙げており、「スーパーシティ×スローシティ」というコンセプトの下、市民に対する新たな価値創造を目指している。例えば、非対面(オンライン)で手続きができる行政サービス、MaaS(Mobility-as-a-Service)、パーソナライズされた学びや医療サービス、交通手段と医療の連携等を構想している。つまり、街、交通、医療、福祉、学校等、既に在るものを活かしながら、今はまだ世の中にないものをつくろうとチャレンジしている。

 

このようなサービスをシームレスに実現する上では、データ活用が不可欠であり、その前提となるのが個人の認証(本人確認)とデータ連携である。個人の認証は一般的に、公的な認証方法であるマイナンバーカードや、民間におけるID/Passwordによる認証や生体認証等、手段が多様化している。つまり、価値創造サイクルの「データをとる」の段階においては、それぞれのサービス提供者が多様な形式でデータを保有しており、利用者は各サービスで個人認証を行う必要があるという状態だ。

 

そこで、スマートフォンの電子証明書、生体認証技術を活用し、マイナンバーカードに加え携帯電話や顔でも本人確認ができる、安全性の高い認証システム「まえばしID」を構築しようとしている。「まえばしID」があることで、必要に応じて各事業者のデータをつなげることができる。また、先端技術の開発・活用によるデータ連携を検討すると同時に、変えるべき法律・ルールがあるかどうかも検討している。このように技術的な開発とルール整備の両方を進めていくことで、日常生活を安全かつ便利にするための行政・民間サービスを市民が享受できる社会を目指している。

事例② 自動運転におけるセキュリティのルール形成

二つ目の事例は産業界における自動運転の取り組みである。

 

自動車業界においてはIoT化が進展し、車が収集したビッグデータや社会インフラのデータをつなぎ、顧客向けの安心・安全なサービスの提供や、社会に対する価値創造の機運が高まっている。

 

様々なデータがつながる中ではセキュリティがより重要になってくるが、日本では自動車関連団体・メーカー及び政府関係機関が協調し、自動運転のセキュリティに関するルールについて議論を重ねた結果、2020年4月に道路運送車両法の改正・施行にこぎつけた。これは自動車業界や官民が一体になりながら、世界に先駆けてルールづくりをしてきた一つの成果が結実したということだ。

 

本事例における成功のポイントは、業界において強固なつながりを作ることができたからだと私は考えている。自動運転の世界では競争領域と協調領域があり、日本では、セキュリティについては協調領域であるという認識の下、業界内で各社が連携してきた。業界団体が旗振り役になり、サイバーセキュリティリスクの情報共有・分析やサイバーセキュリティ対応能力の強化を推進するための組織「J-Auto-ISAC」を設立した。「J-Auto-ISAC」を、議論を重ねるための基盤とすることで、完成車メーカー(OEM)のみならずサプライヤーも含めて裾野が広い企業がコミュニティの一員としてつながり、業界を越えたコラボレーションを実現することができた。

 

更に、日本は自動車業界の技術的な優位性に加えて、安心や安全に対する意識の高さがあったからこそ、それが原動力になり、ルール作りにおいて議論をリードし、世界標準を念頭に法制化に結び付けられたと考えている。

 

このようなつながりによって法改正を実現するとともに、メーカーにとっても開発しやすい外部環境ができた。実際、レベル3(特定条件下の自動運転)クラスの新車も最近販売されて、ユーザーとしても安心・安全な自動運転の体験ができるようになり、新しい価値創造につながった。

 

成功要因は3つある

このような価値創造サイクルを進めていく上での重要な成功要因は三つある。

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一つ目は「官民連携によるオーナーシップ」だ。組織単位でバラバラになっているデータを公共の空間でつなぐには相当なオーナーシップが必要となるため、まさに官民が連携して1つのオーナーシップを取ることができるかどうかがポイントだ。

 

二つ目は「オープンな仕組み」である。どちらの事例においても、幅広い企業を巻き込みながら、情報の共有や価値創造を共に行っている。このようなオープンな仕組みを意識的につくっていくことが重要だ。

 

三つめは「革新的なルールづくり」だ。データをとり、デジタルやリアルな世界でつながるところまで実現できたとしても、既存のルールに縛られてどうしてもタコつぼ化してしまうことがある。そのため、ボトルネックとなっているルールを明確にし、抜本的に変えていくことが非常に重要だ。

 

「在るものを活かして、無きものを創る」には、このような三つのポイントを常に意識しながら、価値創造サイクルを回していくことが重要だ。

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松江 英夫/Hideo Matsue

松江 英夫/Hideo Matsue

デロイト トーマツ グループ CETL(Chief Executive Thought Leader)、デロイト トーマツ インスティテュート(DTI)代表

デロイト トーマツ合同会社 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 パートナー 中央大学ビジネススクール 客員教授 事業構想大学院大学 客員教授 経済同友会 幹事 国際戦略経営研究学会 常任理事 フジテレビ系列 報道番組「Live News α」コメンテーター(金曜日) 経済産業省 「成長志向型の資源自律経済デザイン研究会」 委員 経営戦略及び組織変革、経済政策が専門、産官学メディアにおいて多様な経験を有する。 (主な著書) 「「脱・自前」の日本成長戦略」(新潮社・新潮新書 2022年5月) 『両極化時代のデジタル経営—共著:ポストコロナを生き抜くビジネスの未来図』(ダイヤモンド社.2020年) 「自己変革の経営戦略」(ダイヤモンド社.2015年) 「ポストM&A成功戦略」(ダイヤモンド社.2008年) 「クロスボーダーM&A成功戦略」(ダイヤモンド社 2012年: 共著) など多数。 (職歴) 1995年4月 トーマツ コンサルティング株式会社(現デロイト トーマツ コンサルティング合同会社)入社 2004年4月 同社 業務執行社員(パートナー)就任 2018年6月 デロイト トーマツ グループ CSO 就任 2018年10月 デロイト トーマツ インスティテュート(DTI)代表 就任(現任) 2022年6月 デロイト トーマツ グループ CETL 就任(現任) 2012年4月 中央大学ビジネススクール客員教授就任(現任) 2015年4月 事業構想大学院大学客員教授就任(現任) 2021年1月 特定非営利活動法人アイ・エス・エル(ISL) ファカルティ就任(現任) 2018年10月 フジテレビ「Live News α」 コメンテーター(現任) (公歴) 2022年10月 経済産業省 「成長志向型の資源自律経済デザイン研究会」 委員就任(現任) 2020年12月 経済産業省 「スマートかつ強靱な地域経済社会の実現に向けた研究会」委員就任 2018年1月 経済産業省 「我が国企業による海外M&A研究会」委員就任 2019年5月 経済同友会幹事(現任) 2022年10月 国際経営戦略学会 常任理事(現任)