ナレッジ

会計制度委員会研究報告第15号「インセンティブ報酬の会計処理に関する研究報告」の概要(第4回)

月刊誌『会計情報』2020年4月号

公認会計士 安場 達哉

1. はじめに

企業会計基準委員会(ASBJ)は、2020年3月31日に、改正企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」を公表した。
。2018年11月に開催された第397回企業会計基準委員会において、公益財団法人財務会計基準機構内に設けられている基準諮問会議より、「関連する会計基準等の定めが明らかでない場合に採用した会計処理の原則及び手続」に係る注記情報の充実について検討することが提言された。この提言を受けて、ASBJにおいて、2018年12月より、「関連する会計基準等の定めが明らかでない場合に採用した会計処理の原則及び手続」に係る注記情報の充実について審議が行われ、今般、2020年3月27日開催の第428回企業会計基準委員会において、表記の「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(以下「本会計基準」という。)の公表が承認されたことを受け、公表することとしたものとされている。

第1回(2019年8月号(Vol.516)掲載) インセンティブ報酬をめぐる最近の流れ
インセンティブ報酬の類型と現行の会計基準で定められている事項の概要
第2回(2019年10月号(Vol.518)掲載) インセンティブ報酬に関する会計上の論点(総論)
第3回(2020年2月号(Vol.522)掲載) インセンティブ報酬に関する会計上の論点と会社法の関係
第4回(本号) インセンティブ報酬に関するその他の会計上の論点(各論①)
第5回 インセンティブ報酬に関するその他の会計上の論点(各論②)

 

本連載では、以下の略称を用いている。

ストック・オプション会計基準・・企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」

ストック・オプション適用指針・・企業会計基準適用指針第11号「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」

524KB, PDF ※PDFダウンロード時には「本誌に関する留意事項」をご確認ください。

2. インセンティブ報酬に関するその他の会計上の論点

インセンティブ報酬は株式等による支給が予定されているため、費用の認識や測定、発行条件など、一般的な金銭報酬に比して様々な論点がある。本研究報告においては、そのようなインセンティブ報酬特有の論点について、その他の会計上の論点(各論)として12項目を取り上げている。本稿においては前半パートとして、(1)費用化の期間、(2)費用総額の測定、(3)事後的な時価変動の反映の要否、(4)逆インセンティブと会計処理の関係、(5)ノックイン・ノックアウト条項などの種々の発行条件の取扱い、(6)株式や新株予約権の発行を伴わない株価連動型金銭報酬の取扱い及び(7)役員や従業員などの対象者の相違による取扱いについての7項目の解説を行う。

 

(1) 費用化の期間

企業が役務提供を受けた場合、対応する費用は発生主義によって計上される(企業会計原則 第二 一 A)。インセンティブ報酬も考え方は同様であり、役員等からの追加的な労働等サービスとして、役務提供の期間に応じて費用計上されるのが基本的な考えとなる。

この点、本研究報告においては株式報酬に関連して現行の会計基準等で定めのあるストック・オプション会計基準の考え方とストック・オプション以外のインセンティブ報酬の基本的な考え方について、費用化の期間に関する原則的考え方、費用化の開始時点、費用化の終了時点についてそれぞれ整理している。

  ストック・オプション会計基準の考え方 ストック・オプション以外のインセンティブ報酬の基本的な考え方
費用化の期間に関する原則的考え方 各会計期間における費用計上額はストック・オプションの公正な評価額のうち、対象勤務期間※1を基礎とする方法その他合理的な方法に基づき当期に発生したと認められる額とされている(ストック・オプション会計基準第5項) 費用化の期間は、単に規程上や契約上の名目的なサービス提供期間を単純にあてはめるのではなく、その実態を適切に判断する必要がある。実態判断においては、業績評価期間、権利不確定の条件や役員の任期、譲渡制限付株式を用いたスキームでは譲渡制限期間などが判断の要素となると考えられる。
費用化の開始時点 ストック・オプションが付与された日(付与日)(ストック・オプション会計基準第2項(6)) 契約時点で株式等の交付とサービスの等価交換がされていると整理することが適切であり、企業と役員等の間で条件が合意された日を実態に応じて識別する。
費用化の終了時点 ストック・オプション本来の権利を獲得した日(権利確定日)(ストック・オプション会計基準第2項(2)、(7)) 株式交付を受ける権利が確定した時点又は譲渡制限の解除が確定した時点など、ストック・オプションにおける権利確定日と同一の時点を識別する。

※1:対象勤務期間とは、ストック・オプションと報酬関係にあるサービスの提供期間であり、付与日から権利確定日までの期間をいう(ストック・オプション会計基準第2項(9))

 

(2) 費用総額の測定

企業が役務提供を受けた場合、対応する費用は現金支出額によって測定されることが通常と考えられる(企業会計原則 第二 一 A)。通常の人件費についても源泉徴収等を含む現金支出額で費用計上される。インセンティブ報酬においても同様の考え方であり、一般的に労働等サービスの価値について信頼性をもって直接測定することは困難であるため、株式等の対価の価値によってサービスを間接的に測定することになると考えられる。

この点、本研究報告においては株式報酬に関連して現行の会計基準等で定めのあるストック・オプション会計基準の考え方とストック・オプション以外のインセンティブ報酬の基本的な考え方について整理している。

  ストック・オプション会計基準の考え方 ストック・オプション以外のインセンティブ報酬の基本的な考え方
費用総額の測定に関する原則的考え方 ストック・オプションの公正な評価額※1によって費用総額の測定が行われる(ストック・オプション会計基準第5項)
従業員等から提供される追加的なサービスである場合には、信頼性をもって測定することができないため、付与されたストック・オプションの価値で算定する(ストック・オプション会計基準第49項)こととされている。
インセンティブ報酬における費用総額の測定についても、ストック・オプションの考え方と同様に対価の価値によって費用総額を測定することになると考えられる。対価が現金であれば、現金支出額で測定が行われ、対価が株式の場合は、交付された株式の価値により測定される。
費用総額の測定時点 公正な評価単価※2は、付与日現在で算定される。(ストック・オプション会計基準第6項(1)) 対価が現金の場合は、支出時の現金支出額で測定が行われる。
対価が株式の場合は契約時点で株式の交付とサービスの提供が等価交換されていると整理することが適切であり、契約時点における株価をもって算定されると考えられる。

※1:公正な評価額とは、一般に、市場において形成されている取引価格、気配値又は指標その他の相場に基づく価額をいうが、市場価格がない場合でも、当該ストック・オプションの原資産である自社の株式の市場価格に基づき、合理的に算定された価額を入手できるときには、その合理的に算定された価額は公正な評価額と認められる(ストック・オプション会計基準第2項(12))

※2:単位当たりの公正な評価額を「公正な評価単価」という(ストック・オプション会計基準第2項(13))。

 

(3) 事後的な時価変動の反映の要否

認識された負債が金融負債である場合、デリバティブ取引により生じる正味の債務を除いた金銭債務については債務額をもって貸借対照表価額とされ(企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」第26項)、時価の変動による洗替は行われない。認識された負債が引当金である場合、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて合理的な金額で計上が行われるため、基本的に毎期測定額の見直しが行われる。なお、資本項目については、会計上、事後的に評価替えを行うことは一般的に想定されていないと考えられる。

この点、本研究報告においては株式報酬に関連して現行の会計基準等で定めのあるストック・オプション会計基準の考え方とストック・オプション以外のインセンティブ報酬の基本的な考え方について整理している。

  ストック・オプション会計基準の考え方 ストック・オプション以外のインセンティブ報酬の基本的な考え方
事後的な時価変動の反映の要否についての基本的な考え方 公正な評価単価の算定は付与日現在で算定し、一定の要件を満たす条件変更の場合を除き、その後は見直さない(ストック・オプション会計基準第6項(1))。これは、付与日時点でストック・オプションの交付と労働等サービスの提供が等価交換されていると考えられ、付与日以後のストック・オプションの時価変動は労働等サービスの価値とは直接的な関係を有しないと考えられているからである。 株価を参照する報酬制度で対価が現金の場合は、現金支出額で費用計上額が測定されるため、期末時点において将来の現金支出額の最善の見積りとして、株式等の時価変動を反映させると考えられる。
一方、対価が株式の場合は、左記のストック・オプションの基本的な考え方と同様に契約時点で株式の交付とサービスの提供が等価交換されていると整理することが適切であり、以後の時価変動を反映しない会計処理が適切と考えられる※1。

※1:自社株型報酬(事後交付型)の貸方項目については、現行会社法を前提にすると、株式交付時に株主資本として計上される。費用計上時における貸方項目は負債となるため、将来の株主資本計上額の最善の見積りとして、株式の時価変動を反映させることになると考えられる。

 

(4) 逆インセンティブと会計処理の関係

株式報酬のなかには金額を固定され、事後的に株式が交付される際の株価で除して株数が決定されるようなスキームもある。この場合、株価が上昇するほど付与数が減少し、反対に下落するほど付与数が増えるため、株価上昇につながる業績向上のインセンティブが生じ難い。

上記のような逆インセンティブの性格があるスキームで、インセンティブとしての機能は十分でないとしても、株式が役員等からの役務提供の対価として供与されるのであれば、報酬として会計処理するのが適当であると考えられるとされている。

 

(5) 種々の発行条件の取扱い

インセンティブ報酬制度においては、権利付与、行使に関して様々な条件が付加されるケースがある、代表的なものとして新株予約権に付加されるノックイン条項、ノックアウト条項、強制行使条項などがあり、本研究報告においてはこれらの会計上の取扱いを整理している。

  ノックイン条項 ノックアウト条項 強制行使条項
概要 一定の株価水準又は業績水準の達成により権利行使可能となる条項 一定の株価水準又は業績水準を下回った場合に権利行使不能となる条項 一定の条件を満たした場合、一定の価格で株式を取得させる条項
効果 新株予約権の時価を引き下げる効果がある。 新株予約権の時価を引き下げる効果がある。 新株予約権の時価を引き下げる効果がある。

 

ノックイン条項、ノックアウト条項はストック・オプションの業績条件(ストック・オプション会計基準第2項(11))の一種と考えられるとされている。権利不確定による失効の見積数は費用計上額の基礎となるストック・オプション数に反映される(ストック・オプション会計基準第5項、第7項(1))。但し、株価条件については、条件の達成に要する期間が固定的でなく、かつ、その権利確定日を合理的に予測することが困難な権利確定条件であるため、予測を行わない場合については、権利確定日の判定上は権利確定条件が付されていないものとみなされる(ストック・オプション適用指針第19項)。したがって株価水準によるノックイン条項、ノックアウト条項のみ付されたストック・オプション*1ついては、権利確定日を合理的に予測するのが困難であるため、予測を行わないときには、対象勤務期間はないものとみなして、付与日に一時に費用計上が行われる(ストック・オプション適用指針第18項)。

強制行使条項は株価に連動した条項であるが、業績条件(株価条件)に該当するかどうかは明らかではなく、会計基準等で処理を明確にすることが望まれる。*2

(6) 株価連動型金銭報酬における会計上の論点

株価連動型金銭報酬とは株式の発行や自己株式の処分は伴わず、金銭によって役員等に給付される報酬であるものの、当該報酬の額が自社ないし親会社等の株価に連動して決定されるような報酬を指す。

本研究報告においては、株価連動型金銭報酬について、以下のように記載されている。我が国の会計基準等において、株価連動型金銭報酬の会計処理は特に定められておらず、基本的には勤務対象期間を通じて株式報酬費用等を計上していくことになるものと考えられる。計上額の測定については一般的に単価×仮想交付見込株式数で算定される。単価の測定に際しては、将来において企業が現金を支払う義務に対応したものであることから、期末日の株価を基礎とした単価によることが考えられる。また、仮想行使価格が設定されているものについては、株式オプションと同様にボラティリティの影響を受けるため、厳密にはボラティリティを考慮した単価になると考えられる。株式報酬費用等の相手勘定は、将来において企業が役員等に対して現金を支払う義務を負っている点に鑑み、負債として計上されるものと考えられる。つまり、企業会計原則注解18の引当金の計上要件に従い、引当金の計上の要否を検討することになる。

(7) 対象者の相違による取扱い

インセンティブ報酬制度の対象者の代表的なものとして、役員、従業員、社外の第三者などがある。本研究報告においては、このうち役員、従業員については会計上の取扱いを考える上で特段の相違は無いものの、法的な面で相違が見られるとして、以下のように記載されている。

役員の場合、役員報酬は会社法において従業員の給与等とは異なる決議の要件が求められているため、特に新たなスキームを導入する際には、法的手続が適切に行われているかどうかという点に留意する必要がある。

従業員の場合、会社法上の規制は無いものの、労働基準法第24条第1項のいわゆる「賃金の通貨払いの原則」に抵触する恐れがある。そのため、現物出資方式を用いた譲渡制限付株式の交付に際しては、現物出資に先立ち従業員に交付される債権が、将来の労働の対価を債権として交付しているのではなく、あくまで福利厚生目的で債権を交付していることを明確にするために、役員に交付する場合と用語を変えている例がある。

社外の第三者の場合、ストック・オプション会計基準において、財貨又はサービスの取得の対価として自社株式オプションを付与する取引の会計処理、財貨又はサービスの取得の対価として自社の株式を交付する取引の会計処理がそれぞれ定められている。

対価が自社株式オプションの場合、基本的に従業員等からサービスを取得する対価としてストック・オプションを用いる取引と同様の会計処理が適用されるが、以下の点に留意する必要がある(ストック・オプション会計基準第14項)

  • 取得した財貨又はサービスが、他の会計基準に基づき資産とされる場合には、当該他の会計基準に基づき会計処理を行う。
  • 取得した財貨又はサービスの取得価額は、対価として用いられた自社株式オプションの公正な評価額若しくは取得した財貨又はサービスの公正な評価額のうち、いずれかより高い信頼性をもって測定可能な評価額で算定する。
  • 自社株式オプションの付与日における公正な評価単価の算定につき、市場価格が観察できる場合には、当該市場価格による。
    対価が自社の株式の場合、次のように会計処理を行う(ストック・オプション会計基準第15項)
  • 取得した財貨又はサービスを資産又は費用として計上し、対応額を払込資本として計上する。
  • 取得した財貨又はサービスの取得価額は、対価として用いられた自社の株式の契約日における公正な評価額若しくは取得した財貨又はサービスの公正な評価額のうち、いずれかより高い信頼性をもって測定可能な評価額で算定する。

以上

 

*1 ノックアウト条項については、権利行使期間の開始日以降は権利行使可能であり、権利行使期間の開始日以前に権利確定条件を満たさないことにより失効するため、権利行使期間の開始日の前日(ストック・オプション会計基準第2項(7)、ストック・オプション適用指針第17項(2))を権利確定日とすべきと考えるられる。

*2 強制行使条項は役務提供を行う者に負の対価を支払うことになるため、付与にあたってはその合理性が問われることに留意すべきと考えられる。

本記事に関する留意事項

本記事は皆様への情報提供として一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、特定の個人や事業体に具体的に適用される個別の事情に対応するものではありません。また、本記事の作成または発行後に、関連する制度その他の適用の前提となる状況について、変動を生じる可能性もあります。個別の事案に適用するためには、当該時点で有効とされる内容により結論等を異にする可能性があることをご留意いただき、本記事の記載のみに依拠して意思決定・行動をされることなく、適用に関する具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

お役に立ちましたか?