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会計制度委員会研究報告第15号「インセンティブ報酬の会計処理に関する研究報告」の概要(第3回)

月刊誌『会計情報』2020年2月号

公認会計士 安場達哉

1.はじめに

日本公認会計士協会(会計制度委員会)は、2019年5月27日付けで、会計制度委員会研究報告第15号「インセンティブ報酬の会計処理に関する研究報告」(以下「本研究報告」という。)を公表した。

本連載では、本研究報告を5回に分けて概要を紹介する。本号においては、インセンティブ報酬に関する会計上の論点と会社法の関係について取り上げる。

第1回
(2019年8月号
(Vol.516)掲載)
インセンティブ報酬をめぐる最近の流れ
インセンティブ報酬の類型と現行の会計基準で定められている事項の概要
第2回
(2019年10月号
(Vol.518)掲載)
インセンティブ報酬に関する会計上の論点(総論)
第3回
(本号)
インセンティブ報酬に関する会計上の論点と会社法の関係
第4回 インセンティブ報酬に関するその他の会計上の論点(各論①)
第5回 インセンティブ報酬に関するその他の会計上の論点(各論②)


本連載では、以下の略称を用いている。

ストック・オプション会計基準:企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」
純資産会計基準:企業会計基準第5号「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」

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2. インセンティブ報酬に関する会計上の論点と会社法の関係

(1)資本会計上の論点

株式や新株予約権の発行を伴うインセンティブ報酬においては、発行価額や貸方の計上科目等において資本会計と関連している。会計上は企業の財政状態及び経営成績を適正に示す観点から、株主からの払込資本と留保利益を区分し、資本取引と損益取引を明確に区別する考え方が重視される一方で、会社法においては債権者保護の観点から、株主資本を資本金、準備金及び剰余金に区分し、会社に留保すべきものと分配可能なものを区別している。そのため、インセンティブ報酬においては、債権者保護の観点から株式発行価額に相当する財産が拠出されているのか、どの時点で株主資本として認識するのか等が論点となってくる。以下において自社株式オプション型報酬・自社株型報酬について、現行の実務を踏まえて、費用認識・測定の概要を表にまとめ、会社法上の取扱いや論点について解説する。

  自社株式オプション型報酬 自社株型報酬(事前交付型) 自社株型報酬(事後交付型)
費用計上額の相手勘定 純資産(新株予約権) 純資産(株主資本) 負債/純資産(株主資本)
新株予約権・株式発行に関する測定の基準日 付与日 付与日(現物出資時)※1 株式交付日(現物出資時)※1
測定の基礎 公正な評価単価 時価 時価
権利確定/不確定までの期間に認識される費用 条件達成の見積りによる 確定額を期間配分する 条件達成の見積りによる
利不確定による失効又は企業による無償取得の場合の取扱い 費用を認識しない 損失計上※2 費用を認識しない※3
適用される会計基準 ストック・オプション会計基準 なし※4 なし※4

※1 付与日・株式交付日に現物出資が行われると考えている。
※2 対象勤務期間中の退職の場合に企業による無償取得が発生し、その時点での費用未認識残額を損失計上する。
※3 条件未達等により対象となる株式が会社から交付されない場合を想定している。
※4 自社株型報酬については、ストック・オプション会計基準第3項(3)に企業が財貨又はサービスの取得において、対価として自社の株式を交付する取引についても範囲内であるとされているが、現行会社法を前提にすると、費用計上額は株式交付時の時価となり、ストック・オプション会計基準との整合性を図ることはできず、一般的に自社株型報酬についてストック・オプション会計基準の適用対象になるという解釈はされていないと思われる。

① 新株予約権・株式発行時の会社法上の取扱い

自社株式オプション型報酬では、ストック・オプションを付与された者が割当日(付与日)から新株予約権者になるとともに、払込金額が存在する場合については払込期日までに払込金額の全額を払い込まなければならない(会社法第245条及び第246条並びにストック・オプション会計基準第22項)。また、ストック・オプションの発行の際に払込金額を定めた場合、役員等がサービス提供を行うことにより、役員等が株式会社に対して報酬債権を取得し、新株予約権者は、株式会社の承諾を得て、払込みに代えて、当該株式会社に対する債権をもって相殺するという法的な構成を行うことが可能とされている(会社法第246条第2項及びストック・オプション会計基準第22項)。

自社株型報酬(事前交付型)では、企業が対象となる役員等への金銭報酬債権又は金銭債権付与の決議を行い、これらの役員等が当該金銭債権等を現物出資として払い込むという法的構成を行い、企業が当該役員等に株式を割り当てる。現行の会社法上、役務提供を対価として資本の払込を行うことは認められないと解されていることから、従来、報酬として直接株式を付与する手法は採用されていなかった。しかし、2015 年(平成27 年)7月に経済産業省から出された『コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会』報告書「コーポレート・ガバナンスの実践~企業価値向上に向けたインセンティブと改革~」において提示された解釈を下に「金銭債権等の現物出資」という法的構成を採用することで、報酬として株式を付与する手法が多く見られるようになった。

自社株型報酬(事後交付型)では、初年度(スキーム導入時)に企業が対象となる役員等への金銭債権等の付与の決議を行い、一定の業績期間連動期間後に、これらの役員等が当該金銭債権等を現物出資として払い込むという法的構成を行い、当該金銭債権等が現物出資財産として払い込まれ、企業が当該役員等に株式を発行する。

② 主な会社法上の論点

A)発行時における論点
自社株型報酬(事前交付型)では、初年度(スキーム導入時)に会社が取締役に付与する金銭報酬債権を取締役が現物出資して株式の発行を受けるという法的構成になるため、会社法上の労務出資禁止に抵触するか否かが論点となる。この点、経済産業省の法的論点に関する解釈指針*1によれば、いわゆる労務出資が認められるか明らかでないため、金銭報酬債権を付与して、当該金銭報酬債権を払い込む法的構成にする必要があるとされている。一方で前払費用等を認識するという会計処理をするのであれば、労務出資を受け入れ、資本金等を増加させたのと変わりがなく、会社法上の労務出資禁止に抵触すると考えざるを得ない*2という見解もある。

*1 「コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会報告書」 別紙3 法的論点に関する解釈指針 P14
*2 2017年4月 ビジネス法務 P53 「リストリクテッド・ストックの法的陥穽」 弥永真生

B)払込資本の算定に関する論点
対象取締役の報酬決定及び第三者割当決議を同一の取締役会で決議し、当該取締役会開催日の前取引日の終値を参照する場合、現物出資財産の給付期日における株価と差額が生じる場合がある。会社法上で株式の発行価額が現物出資財産の時価と一致しなければならないという規律はないとされるものの、給付期日における株価が決議時点の株価を下回る可能性がある。

C)あるべき処理と会社法上の論点
自社株型報酬(事前交付型)及び自社株型報酬(事後交付型)において、現行の会計基準及び会社法を離れてあるべき会計処理を考察すると、自社株式オプションと同様に付与された株式報酬に付された一定の条件の達成に応じて、これに見合う株式割当が行われたとする会計処理を行うことが考えられる。
具体的には勤務対象期間等の各期末日に下記の会計処理を行うことが考えられる。

(借)株式報酬費用 XXX    (貸)払込資本 XXX


なお、本論点については、法務省・法制審議会が2017年4月に立ち上げた会社法性(企業統治等関係)部会で会社法改正に向けた議論を行っており、取締役の報酬等のうち金銭でないもの(会社法361条第1第3号)に関して当該株式会社の株式を引き受ける者の募集については、募集株式と引換えに金銭の払込みを要しない旨を募集事項として定めることができるものとすることが要綱として決定していた。その後、本研究報告公表後の2019年10月に「会社法の一部を改正する法律案」及び「会社法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案」の閣議決定を経て、第200回国会(臨時会)に提出されている。

(2)負債と純資産の区分

① 企業会計における負債と純資産の考え方
純資産会計基準には2014年9月公表の討議資料「財務会計の概念フレームワーク」の考え方が反映されており、これによると負債、純資産、株主資本の考え方は以下となる。

  • 負債は、過去の取引又は事象の結果として、報告主体の資産やサービス等の経済的資源を放棄したり引き渡したりする義務をいう(純資産会計基準第19項参照)。
  • 純資産は資産と負債の差額をいう(純資産会計基準第21項参照)。
  • 株主資本は、純資産のうち報告主体の所有者である株主(連結財務諸表の場合には親会社株主)に帰属する部分をいう。

② 自社株式オプション型報酬では、ストック・オプションを付与し、これに応じて企業が役員等から取得する労働等サービスは、その取得に応じて費用として計上し、対応する金額をストック・オプションの権利の行使又は失効が確定するまでの間、貸借対照表の純資産の部に「新株予約権」として計上する(ストック・オプション会計基準第4項)。これは、新株予約権は、将来、権利行使され、払込資本となる可能性がある一方、失効して払込資本とはならない可能性もあること、また、新株予約権は返済義務のある負債ではなく、負債の部に表示することは適当ではないことから、純資産の部に株主資本とは区別して記載することとされた(純資産会計基準第22項)。

③ 自社株型報酬(事前交付型)では、企業が対象となる役員等への金銭債権等の付与の決議を行い、これらの役員等が当該金銭債権等を現物出資として払い込み、会社の株式を発行する手続きが制度制定の当初に行われる。当該役員等による金銭債権等の現物出資は、株主との直接的な取引と考えられることから、貸借対照表の貸方項目の区分は、株主資本であると考えられる。

④ 自社株型報酬(事後交付型)では、初年度のスキーム導入時に企業が対象となる役員等への金銭債権等の付与の決議を行い、一定の業績連動期間後に当該金銭債権等が付与され直ちに現物出資財産として払い込まれ、株式が発行される。一定の契約又は規程を根拠に費用計上された自社株型報酬に係る株式報酬費用等の相手勘定は、返済義務が無いため、自社株式オプション型報酬の新株予約権と同様に純資産の部に記載することが考えられるが、純資産会計基準において純資産の部の表示項目が限定列挙とされている点を鑑みると、現行会計基準の下では当該相手勘定は負債として計上することになる。

自社株型報酬(事前交付型)及び自社株型報酬(事後交付型)の貸方項目については、現行会社法を前提とすると、株式交付時に株主資本として計上されることになるため、(1)②C)で上述したあるべき会計処理と同様の処理はできず、現状の実務は会社法に従った処理が行われている。

以 上

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